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051 わたしはこれをデートと呼んでいる

 

 わたしとみゅんみゅんは、大通りの外れにあるアングラな裏通りを訪れている。


 味覚が無くなったことで精神的に参っていた訳だけど、街へお出かけできる程度には復活してきた。


 これもあの晩、リューカちゃんが屋敷を訪れてわたしを連れ出してくれたからだ。

 リューカちゃんの勇姿を直接目にしたことで、わたしはまた元気のお裾分けを恵んでもらった。


 目の前に現れた壁に立ち向かうあの背中は、落ちていたわたしの心に熱を与えてくれた。

 打ち上げられたアランも、今頃頭を冷やしてるんじゃないかな。


 わたしもこんなところで停滞してられない。

 みゅんみゅんの作る料理の味が分からないのは嫌だけど、それだけが幸せの形じゃない。

 一緒に星を見たり、一緒に海へ行ったり、一緒にアクセサリーを作ったり。

 楽しいことなんてこの世界に溢れかえっている。


 例えば、一緒に洋服を買いに行ったりとかね。


 ブティック『アゲハアガペー』。

 以前訪れたあの日から、また大分時間が経ってしまった。


 季節も移り変わり始めて、もうすぐ春が終わろうとしている。

 基本的には給仕服を纏っているみゅんみゅんだけど、お風呂を上がった後や稀にある休日には私服へ着替えている。


 ちなみに、みゅんみゅんは全然休みを取ってくれないので、日中私服でいるなんてことは滅多にない。

 

 わたしはもっと色んな服を着ている彼女を目に焼き付けたいんだけど、そういうのはもっと仲良くなってからでも遅くないかな。

 今はメイドとして夢を謳歌しているみゅんみゅんでいて欲しい。

 給仕服を纏うということは彼女にとって重要な項だから、それをわたしが否定するなんてことは有り得ない。

 

 一年後二年後、生活に落ち着きが出てきてから誘ってみよう。

 私服デートとかいう幻のイベントに。


 ブティックの扉を開けて中に入ると、うたた寝しかけていた女店員がこちらに気づき、駆け寄ってきた。



「わ!お久しぶりですエリゼさん!お元気そうで何よりです!

 メイドのお方から行方不明と聞いた時には心の臓が止まりかけましたよ」


「あはは、ごめんね。まさか店員さんも心配させちゃったとは」


「そりゃ心配しますよ。東奔西走あちこち探し回ったんですから」



 なんだか、想像している以上に自分を思ってくれている人達がいるんだなと、胸の内が暖かくなった。

 嬉しいな、わたしのために行動を起こしてくれるなんて。



「ありがとうございます。

 こんなに思われてるなんて思ってなかったから、凄く嬉しいな」


「い、いえいえ、その……お得意様が減ると売り上げに関わってくるので」


「え〜、店員さん照れ隠しですか〜?」


「そ、そうですよ!私、褒められ慣れてないんであんまり褒めないでください!

 もう、こんな話はどうでも良いんですよ!

 ほら、お二人とも夏服を見に来たんですよね?

 これなんてどうです?夏に本領を発揮するノースリーブシャツに長めのスカート。

 下半身の露出を抑えながらも爽やかな印象を与えるアイテムです。

 特にメイドのお方にオススメ商品となってますよ」



 照れ顔モードからナチュラルに店員モードに切り替わると、新商品を猛烈に勧め出した。

 流石、商売魂の塊のようなお人。


 話術に長けているのは出来る商売人の素養だろうか。

 とある占い師を浮かべながらそんなことを考える。



「私に似合うだろうか……」



 みゅんみゅんは不安そうな顔でそう呟く。


 何でも似合うよ、なんて言ってみたいけど、この言葉意外と無責任なんだよね。

 だからここはプロに任せよう。


 わたしの役割は商品の購入後、この衣服を纏ったみゅんみゅんを褒めちぎることだ。



「ええ似合いますとも。

 しかもこれ、なんとなんとオーナーに頼んでメイドのお方用のサイズを仕立て上げて貰った一品物だったりします」



 新商品が入荷したよー、なテンションで差し出してきたその衣服はなんとみゅんみゅん専用の一点物だった。

 店側が勝手に個人用の服を作るなんてことあるんだ……。



「この店、そんな粋なことしてくれるんですね」


「メイドのお方へ特別にですよ。

 うちに入れ込んでくれそうだな、と感じた方にはこちらから特殊な営業を仕掛けるんです。

 どうです、この採算取れるかどうかが全く分からない戦略。

 笑っちゃうぐらいにおかしいんですけど、私は好きなんですよね」



 そう言うと、店員はみゅんみゅんを試着室へと誘い半ば強制的に押し込む。

 素早い手捌きで商品を試着室の中へと運ぶと、仕切りのカーテンをさっと閉めた。


 少し時間が経ったところでカーテンが内側から開けられ、セット一式を纏った姿でみゅんみゅんが現れた。


 先ほどまでメイドだった彼女は、涼しげな美女へと姿を変えていた。

 決して細いとは言えない筋肉質の脚はロングスカートに呑まれて拝見することはできない。

 対照的に、上半身に位置する両腕は完璧に露出している。


 この服を着る時は、白い腕が日に焼けちゃわないようにわたしが注意しないと。

 あとは、脇だ。

 ノースリーブの魅力で有り弱点でもある脇。

 みゅんみゅんの脇を外界の女に見せる訳にはいかない。

 その聖域を何としてでも死守しないといけないな。


 あまりにも美しすぎて、全身の血管が脈打つほどに興奮している。

 自分の世話をしてくれている人は、絶世の美女であることを再認識させられた。


 だけど、どこか息苦しそうだ。

 眉を少しだけ歪ませている。



「なんだか、辛い……」


「え、サイズは合ってると思うんですけど……」



 店員は失礼とだけ言うと、メジャーを取り出してみゅんみゅんの全身を採寸し始める。

 要所要所のサイズをスピーディーに確認していたが、バストの測定へと移るとその手が止まった。



「あ、あれぇ、この前採寸した時とサイズが変わってる?

 あの、お胸の方が成長されてるんですけど、もしかしてメイドのお方未だに成長期真っ只中だったり?」


「いや、そんなことは無いと思うが」


「はぁ、じゃああれですか。

 エリゼさんに愛を注いでもらった結果、それが胸に凝縮されていると……そういうことですか」



 おわあああああああ。

 これはそのまま受け取っていいのか、それとも何らかの行為の暗喩なのか。

 前者なら有り得るけど、後者はまだちょっと、その域に達してないというか何というか。



「なるほど、私の胸の膨らみはご主人様からの愛か、それは良いな」



 わたしが勝手にもごもごしていると、みゅんみゅんはとんでもなく誤解を生みそうな回答をしていた。



「あー、わざと変なこと言ってるでしょ、ミュエルさん」


「ふふ、ご名答だご主人様」



 ここ最近、みゅんみゅんとの仲が深くなってきた気がする。

 こんな軽口を言い合える日が来るなんて、昔のわたしに言っても信じてもらえないだろうな。



「あの〜お二人?店の中で桃色な世界を創り上げないで頂きたい。

 他のお客様と私に迷惑ですから」



 みゅんみゅんのバストを採寸している最中の店員から苦情が来た。



「それと、この服は仕立て直しが必要ですね。

 来週には出来上がるんで、また店に足を運んでくれれば幸いです。

 あ、一つだけ注意事項があるんですけど、仕立て上がるその翌日から少しの間店を空けるんですよね〜。

 だから、確実に仕立て日に来店してもらわないといけないんですけど、大丈夫そうですか?」



 カレンダーを指差してそう言った。

 わたしとみゅんみゅんは互いの顔を見合わせる。

 二人で同時にコクリと頷く。

 うん、まあそうだよね。

 多分同じことを思ってるはずだ。



「全然大丈夫です。わたし達、基本用事とか無いんで」


「そうだな、私達基本引き篭もりだからな」



 何を隠そう、わたし達二人は屋敷に篭りがち人間なのだ。

 みゅんみゅんはお料理に凝っていたり、家庭菜園に勤しんだりと、屋敷の中で完結させる趣味を持っている。

 さらに言うと、メイドとしての仕事が大好きな人なので、家事そのものを楽しんで日々を過ごしている。

 わたしはそんなみゅんみゅんを眺めたり、会話したりするだけで嬉しい。


 つまり、そういうこと。


 外に出る用事が買い物ぐらいなので、突然イベントが差し込まれても余裕で対応できてしまう。



「ならもっとこの店に足を運んでくださいよ〜。

 頻繁に品揃えが移ろうんですから、せめて月に二回は来て欲しいな〜」


「ええ、是非。体も治ったことだし、これからは毎日ここに来ますよ」


「いや、毎日はちょっと……厄介な客が付いてると思われると損なんで」


「おい」


「あっははは!ふふっ、とにかく来週また来てください、ふふふ。

 他にも何か見て行かれますか、ぐふっ」


 声を存分に振るわせながらそう言った。

 ウケすぎだろ。

 おい、の二文字でここまで笑ってくれるのは嬉しいけど、ツボ浅すぎでは、この店員。



「わたしも夏服欲しいから、ちょっと見ていこうかな」


「お、良いですね。エリゼさんに似合いそうなワンピースと指輪と倉庫行きになりそうな春物がたくさんあるんですよね」



 え、もしかしてこの人、わたしで在庫処分しようとしてない。


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