047 あたしの知らない顔をしているあなた
大通りから少し外れた場所にある、アンティークなカフェ。
そのテラス席にあたし達三人は座っていた。
夜風が気持ちいいその場所からは、人混みが比較的少ない裏通りが一望できる。
大通りとはまた違った顔を見せるこの通りには、このカフェや特殊な服屋までマニアックな店が立ち並んでいる。
「夜遊びなんて、なんだかワクワクするね」
「夜遊びねぇ、多分日は跨がないわよ」
三人でご飯を食べるだけならまだしも、アランに会うなんて野暮用さっさと終わらしたいんだから。
「良いんだよ、それでも。
陽が落ち切ったこの夜の間なら、いつでも夜遊びなんだから」
「ま、まぁ、あたしも楽しいわよ。ともだ」
「料理を持って来てくれたみたいだ」
メイドがあたしの言葉を遮った。
こいつはあたしに友達認定させないように徹底しているのか。
次のタイミングが来れば絶対言ってやる。
カフェの店員が、木で組み上げられた床を鳴らしながらあたし達が座るテーブルにやって来た。
お盆に載せられた料理を各々の前に差し出されると、エリゼがありがとうと呟いた。
続くようにメイドとあたしも感謝を口にする。
こいつのこういうとこ、素直に素敵だと思える。
簡単なことだけど、こういう時に感謝ができるのは凄いことだと思う。
店員は軽く会釈をして厨房へ帰って行った。
テーブルに置かれた料理に視線を向ける。
エリゼとメイドの二人はパンケーキを、あたしはフルーツ牛乳を頼んでいた。
二人が注文したパンケーキは、お皿に三枚載せられていて、その上に今が旬のいちごが盛られている。
エリゼとメイドはナイフで一口サイズにパンケーキを断つと、同時に頬張った。
もぐもぐ食べるその姿が可愛らしい。
「いかがかしら?」
別にあたしが作った訳じゃ無いけど、感想を聞いてみた。
まぁ、せっかくお気に入りの店に連れて来てあげたんだから、喜んでもらいたいし。
不味いなんて言われたらそれはもう、あたしがこいつらを今ここで狩る。
「甘くて美味しい!いちごの酸っぱさも丁度良いし!パンの厚みも食べやすいように工夫されてるし!とにかく最高!」
「そうか?甘さは控えめな気がするが」
「あ〜、確かにそう言われればそうかも」
流されやすすぎでしょ、このエリゼ・グランデとかいう女。
実際、この店のパンケーキは甘さ控えめだけどさ、自分の舌ぐらい信じてあげなさいっての。
「魔術師、注文は飲み物だけで良かったのか?」
「お気遣い感謝するわ、メイド。
これから殴り合いの喧嘩になるかもしれないってのに、呑気に飯かき込んでられないわよ。
三人での食事はまた今度ね」
これからアランと会う。
あたしが抜けることについては何とも思わないでしょうけど、セレナを連れて行くとなると話が変わってくる。
きっと血に塗れた戦いになるでしょうね。
ま、アランが潔くセレナを諦めてこれまでのことを謝罪してくれれば。そんな殺傷沙汰にはならないと思うけど。
それに、あたしから暴力を振るうこともない有り得ないから、出来るだけ穏便に済ませたいわね。
用意されたパンケーキを一枚食べ終えた頃、エリゼが何か不服そうな顔をしていた。
まさかここまで食べて口に合わなかったとか言うんじゃないでしょうね。
「ねぇミュエルさん、魔術師じゃなくてさ、リューカちゃんのこと名前で呼んであげて欲しいな」
なんだ、そんなことか。
別に自分の呼び方で気分を害したことなんてないけど、そう言われるとなんだか嫌な感じがしてくるわね。
……あたしも結局流されやすい人間じゃないか。
「そうね、魔術師なんて呼び方も洒落てるけど、あたしにはリューカっていう名前があるし、どうせならそう呼ばれたいわね」
「リューカちゃんも、メイドじゃなくてミュエルさんの名前読んであげて欲しいな」
言い返すことの許されない正論だ。
そう言えばあたしもメイド呼びをしていたな。
メイドと顔を見合わせる。
……。
え、どうすればいいんだ。
今からあたしは何をすればいいんだ。
名前を呼べば良いのか?それだけでいいのね?
メイドの表情もどこか不安げだ。
明らかに嫌そうな顔をしている。
先に口を開いたのは彼女の方だった。
「……リューカ」
「……ミュエル、さん」
沈黙が十秒ほど続いた後、エリゼが膨大に吹き出した。
「ぶへぇっ、げほっげほっ、ちょ、ちょっと!?何良い雰囲気になってんの!?」
「え、どこが?」
「そことこことあそこだよ!全部だよ全部!
目の合わせ方も会話の間ってやつも吐息の出し方も!
全部もやもやするから!!」
そんなこと無いと思うけど。
だって、あたしは普通に敵意のようなものを感じたし。
多分全然心の扉開いてないわよ、このメイド。
「ご主人様、私がそういう雰囲気になるのはご主人様だけだ」
「えへぇ、それなら良いんだけど」
なにイチャついてんだこいつら。
付き合ってるのか、それを問いただしてやっても良いけど、なんだか色んな関係性が壊れそうだからやめておいた。
フルーツ牛乳をストローで吸いながら、こいつらの惚気を眺める。
屋敷を訪れた時はとんでもなく体調が悪そうだったけど、今のエリゼを見てるとどうやら笑い合える程度には回復して来ている様子だった。
これなら大丈夫そうね。
テラスに掛けられた時計を見た。
予定の時間が迫って来ている。
「そろそろね、ほら、あの店よ」
あたしは、テラス席から見えるとあるお店を指さした。
「姉喫茶『抱き』……姉、喫茶?」
エリゼは店の看板を読み上げると、訝しんだ表情をしていた。
まぁ初見じゃそうなるわよね。
あたしも驚いたわ、こんな需要を供給する店がこの世に存在していたなんて。
「今この店にアランがいる。もうそろそろ出てくる頃だから、あたしは行くわね。
あんたらはここで見守ってくれれば良いから」
「どうして正確な退店時間が分かるんだ」
「んー……アランはこの喫茶に一回入ると閉店時間まで出てこないのよね。
で、後少しでその閉店時間がやってくるの……納得してくれたかしら」
あんまり他人の趣味を暴露したくはないんだけど、あたしの調査が正しければ今言った通りにアランは行動している。
本当にやばい時は、朝から晩まで姉成分を堪能していたとか。
厄介客として出禁にされても良いはずなんだけど、多分顔が良いのとお金を湯水のように払ってくれるから許されてるのね。
「なるほど、理解した」
他人の変な趣味趣向を理解させてしまった。
エリゼに怒られないうちにさっさと退散しよう。
「そういうことだから、あたしは行くわ」
「行ってらっしゃい、無茶しちゃ駄目だよ」
「分かってるわよ」
エリゼの言葉を背に。あたしはカフェを出た。
酒に酔った女や不良少女、彼女らを説くお節介な修道女、いろんな人間が行き交う夜の通りを歩く。
「風が気持ち良いな、決闘日和って感じ」
教会での療養中ずっとあんたのことを考えていたわ。
この日をどれほど待ち侘びたか。
覚悟しろよ、あたしの初恋をたぶらかした馬鹿女。




