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043 聖騎士ミュエルの後輩ちゃん



「長かったぁ」



 ついに終わった、教会での療養生活が。

 一ヶ月に満たない程度の入院だったけど、感覚ではもう二年ぐらいは入院していた気がする。


 これまで支えてくれた修道女の方々にお礼を言って、病棟、大聖堂を出た


 屋外に出ると、煌びやかな日差しに目を穿たれた。


 青い空がわたしの門出を称えている。

 自由を得たわたしのことを、太陽が羨ましそうに見ている。


 今日は最高に良い日になりそうだ。


 なぜなら、お家に帰ればみゅんみゅんがご馳走を作ってくれるのだから。

 この禁欲じみた生活の中で、止まることを知らずに高め続けた食欲は暴発寸前。

 無味なる食べ物に耐えて来たわたしの舌は、味のするものをいやしく待ち侘びている。


 今のわたしが明確に幸せだと感じているのは、愛しのみゅんみゅんが作る料理を食べること。

 久しぶりにその幸福を味わうことができるんだ。

 楽しみだな。



「みゅんみゅん、今日は何作ってくれるの?」


「それは帰ってからのお楽しみだ」



 隣を歩くみゅんみゅんは、立てた人差し指を唇に当て秘密というジェスチャーをした。

 サプライズだこれ、超絶嬉しいな。

 やばい、涎が止まらない。


 溢れ出す唾液を喉に流しこんだところで、前方から大聖堂へ向かって歩みを進めている女性がこちらをじっと見ていることに気付いた。


 その女性はわたしではなく隣にいるメイドを見ている。

 みゅんみゅんもその異様な視線に気付いたらしく、足を止めた。



「あれ、ミュエル先輩じゃないですか。お久しぶりです」


「……久しぶりだな」



 声を掛けて来た女性は、見かけからしておそらくは騎士団の一員だろう。

 特徴的な装束を纏っていて、腰のベルトには左右に一本ずつ剣が携えられている。

 聖騎士ミュエルを追っかけをしていた時に彼女を見たことある気がするので、多分みゅんみゅんの同僚かなんかだと思う。


 ただ、二人は感動の再会という訳ではなさそうだ。


 みゅんみゅんの顔が曇ったのをわたしは見過ごさない。

 聖騎士という重い責務から退いた彼女は、騎士団員に対して後ろめたい感情があるのかもしれない。



「あの、ミュエルさんこの人誰?」


「騎士時代の後輩だ」



 後輩騎士は、わたしとみゅんみゅんの会話を潰すように甲高い声を放つ。



「へぇ、この根暗そうな女の下で働いているんですね、先輩。

 ふふっ初めまして、騎士団団長フルーリエ・ミササギと申します」


「初めまして、エリゼ・グランデです」



 二刀流の騎士は一瞬だけわたしと目を合わせると、すぐにミュエルさんの方へと向き直した。

 どうやらわたしに興味は無いらしい。


 そして、彼女こそが聖騎士ミュエルの後釜。

 新時代の騎士団長だった。



「先輩、その格好、メイドごっこですかぁ?」


「あ、あぁ……今はメイドとして働いてるんだ」



 気のせいじゃなければ、この二刀流の騎士はみゅんみゅんを煽っている。

 わたしのメイドを侮辱している。



「先輩がメイドぉ!?

 あっはははは!無理ですよ!先輩はなんにもできない無能なんですからぁ!

 家事なんてもっての外じゃないですかぁ!!

 あっ、そっか。

 その端正な顔と健康的な体でこの女を愉しませてるんだぁ。

 ふふっあははははははは!!

 あはっ失礼、聖騎士が性奴隷に成り下がるとは、滑稽ここに極まれりですね。

 所詮は先輩もただの雌だったってことですか、反吐が出ますね」



 ……え。



「なに、いってるの……この、人」



 手が出そうになるのを死ぬ気で抑える。

 お世話になったこの教会で騒ぎを起こすわけにはいかないから。


 ……。


 ……。


 ……そんなの、知ったこっちゃない。


 ……どうでもいい。


 大好きな人が笑われてるのに、自分のメイドが馬鹿にされてるのに、我慢できる人間がいるとしたら、それはわたしじゃない。


 エリゼ・グランデはそれを許せない。



「……っ!!」



 気づけば、わたしの体は既に騎士に向かって飛びかかっていた。

 殺意が混じった拳を急所に当てる、意識をそれだけに集中させる。


 この女は、みゅんみゅんが戦うことができないと知っている。

 反抗しないことを知っている。

 コイツは安全圏から言葉の暴力を放って、他人を傷つける快楽に酔っている屑だ。


 騎士団の頭でありながら他人を誹謗できるその汚い前歯を、へし折ってやる。


 だけど、振りかぶっていた拳が相手へ届くことは無かった。

 みゅんみゅんが後ろから抱きついて、わたしの攻撃を制止したから。



「ご主人様っ!」



 少しだけ大きな声でそう言うと、わたしの耳元で諭す様に言う。

 今は駄目だ、自分を大事にしてくれ、って。


 相手は騎士団団長。

 かつて、聖騎士ミュエルが座っていたその席に腰を置く者。

 わたしが全霊を以って喧嘩を挑み殴り倒すことができたとしても、こちらも大怪我を負うことは免れないだろう。


 周囲には、教会を出入りする信徒や修道女が道を行き交っている。

 そんな罪の無い人々も巻き添えにしてしまうかもしれない。

 


「……うん」



 本当は、今すぐにでも目の前の女を殴り飛ばしたいんだけど、わたしはみゅんみゅんの願いに背けない。

 大事な人の言葉に逆らえない。


 それで良い。

 冷静なあなたがいてくれたおかげで、わたしも頭に上っていた熱々の血液を冷却させることができた。

 浅はかな自分を思い直すことができた。



「あははははは!ご主人様ですって!ふふっあはあははは!

 こっちが恥ずかしくなるからぁ、そう言うお遊び、やめて貰えますかぁ?」



 いちいち癇に障る女だ。

 こんな最悪を体現している女が騎士団を仕切っていると考えると頭が痛くなる。



「……遊びじゃ、ない……」



 みゅんみゅんの声が弱々しく震えている。

 耳にするだけでこっちまで悲しくなってしまう。


 本当はもっと強く反論したいはずだ。

 だって、自分の夢を、誇りを笑われているんだから


 それでもそれを叫ぶことができないのは、この女に騎士団長という重い責務を負わせてしまったことに対する罪悪感を感じているからか。


 ……。


 わたしはこのフルーリエという世界で一番嫌いな人間とは何の関係も無い。

 だから、みゅんみゅんの代わりをわたしが勝手に務めさせてもらうね。



「……思い出した。

 あなた、ミュエルさんにずっとくっ付いてた人でしょ。

 わたしは特に何も感じていなかったけど、ミュエルさんのファンからは『害虫』て呼ばれていたいけすかない女。

 あんなにミュエルさんを追いかけていたのに、今は仇を討つように嘲笑ってるんだ。

 凄いなぁ、神経が図太くてほんと羨ましい」



 この女の顔を見ている内に色々と思い出して来た。

 ミュエルさんが聖騎士だった頃、いつもその隣に立っていたのは副団長ナルルカ・シュプレヒコールだった。

 だけどある日、小柄で可愛らしい小動物のような少女が騎士団に入団する。

 気弱そうなマスコットポジションのそいつが、今目の前に立っているフルーリエだ。


 この女はあろうことか、ミュエルさんとナルルカさんの深い関係性の間に挟まるようにポジショニングを行なっていた。

 ミュエルさんの背中に抱きいたり、腕を引っ張ったり……思い出すだけでイライラする。


 わたしは何とも思っていなかったけど、騎士団ファンの皆は怒りを積もらせていた。

 だからこの女は『害虫』と名付けられた。

 まぁ、わたしは何とも思ってなかったんだけどね。


 そういう過去を思い出してみると、一気に余裕が出て来る。

 本当に性格が悪いな、わたし。



「はぁ?何ですかあなた、喧嘩売ってます?」


「買ってあげたんだよ、あなたが押し付けて来た喧嘩を」


「あーあー、騎士が一般人に反撃できないからって舐めてるクチですか。

 残念ですけど、私そういうの無視できちゃうんで。

 ほら、さっきみたいに逆ギレして殴りかかってくださいよ」


「やだよ、これからミュエルさんと手を繋いで家まで帰るのに、あなたに触れたら汚れちゃうじゃん」



 出来るだけこの女に効きそうな言葉を思考して口にする。

 すると、なぜかみゅんみゅんの顔が赤くなっていた。



「え……ふ、ふーん、そっか。

 所詮は意気地無しの弱虫女ってとこね。

 あー、そろそろ行かないと。

 私忙しいんですよ?

 誰かさんが騎士団から逃げちゃったせいで、下の人間が迷惑被ってましてね。

 ではさようなら、何もできない無能な先輩と世界で一番嫌いな女。

 ま、私は心が寛大なので、一国民であるエリゼ・グランデとかいうあほ女もしっかり守ってやるから安心してください」



 それだけ言い残すと、そそくさと早足で大聖堂へと走っていった。

 なんだかんだ、騎士としての心構えはあるっぽい。


 はぁ、疲れた。

 あんまり人に反抗することが無いわたしは、この程度の口喧嘩でも一気に体力と気力が持っていかれる。



「ごめんね、みゅんみゅんの後輩に向かって悪口言っちゃった……」



 言って気付く。

 あ、やばい。

 今の一連の行動、めちゃくちゃダサいかも。

 相手と同じ土俵に立ってしまった。


 せっかくスマートでかっこいい姿を見せるチャンスだったのに、醜態を晒してしまった。

 嫌だ、自分がまさかこんなに短気だったなんて。



「その、今のは良く無いことだと思うし、二人には仲直りして欲しいな。

 ……でも、嬉しかった。

 ご主人様がそれだけ私のことを思ってくれてるんだって再確認できたから」


「ふふ、この程度じゃないよ。

 私はもっともっとみゅんみゅんのことを思ってるんだから」


「そういうのは二人きりの時に言ってくれ。

 照れて何も考えられなくなる」



 最悪な襲撃があったけど、そのマイナス分を余裕で回収できる程度の喜びがみゅんみゅんの照れ顔に含まれていた。


 料理、楽しみだな。


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