041 聖女が背負う想い
エリぜ視点
リューカちゃんがお見舞いに来てくれた翌々日。
わたしは、病棟の中にある食堂に来ていた。
壁一面がガラス張りで明るい日差しが室内を照らしている。
天然の照明を利用しているおかげか、なんだか雰囲気の良いカフェ見たいな場所だ。
普段は病室で質素な食事をみゅんみゅんに食べさせてもらってる訳なんだけど、今日はとある人物に会いに重い腰を持ち上げて歩いてきた。
その人は、願えばいつでも会うことができる。
だけど、願わなければ一生会えない人。
彼女は自分の意思で行動ができないから、わたしの病室にもお見舞いにはきてくれない。
だけど、それに対して悲しかったり寂しかったりすることはない。
だって彼女は、いつもいつも他人を幸せにするために生きている、凄すぎる人だから。
そんな彼女が、今はこの病棟で患者の治療をしているという噂を耳にした。
手術が必要な重症者から風邪をひいた人まで、多種多様の患者の対応に追われているらしい。
多忙を極めているその人も、お昼は食堂で昼食をとっている。
会話をするならばこのお昼時だけだろう。
食堂を見渡す。
視界に入っている人間の九割が黒い装束を纏った修道女だった。
彼女達は、ズラーっと並べられた長机にまばらに座り食事をとっている。
皆が皆同じ制服を着ているのは寧ろ好都合だった。
なにせわたしが探している人は、特別に仕立て上げられた純白の修道服を身に着けているのだから。
黒一色のこの部屋にその眩しい白は目立ちすぎていた。
太陽に照らされている窓際の席で一人ご飯を食べているのが見える。
綺麗な銀髪が日に当てられて輝いているのもどこか幻想的で、なんだか近寄り難い雰囲気がある。
患者のために用意された質素なメニューをカウンターで注文すると、わたしはみゅんみゅんを連れて白い修道女の隣へと向かった。
ちなみに、みゅんみゅんはパンケーキとアイスを頼んでいた。
羨ましい……。
「相席良いかな、聖女様?メイドも一緒にね」
野菜をもしゃもしゃと食べている彼女の名は、セレナ・アレイアユース。
わたしが話しかけると、ぽかんとした顔で停止した。
二秒ほどわたしの顔を見つめたと思うと、口に含んでいたモノを強引に飲み込んで子犬の様な笑みを見せてくれた。
「エリゼさん!お元気そうで何よりです!それにミュエルさんもお久しぶりです!」
「久しぶりだな」
「そういえば、二人は知り合いなんだね」
「聖騎士と聖女、聖なる者同士ということでいろんな場面で顔を合わせていましたからね」
昔、テンペストにいる時に一度だけセレナちゃんに強請っことがあったな。
国の祭典の時にセレナちゃんが聖騎士のミュエルさんと関わる可能性があるっぽかったから、できればサインを貰ってくれないかな的なことを頼んだ様な気がする……。
結局断られたんだけど。
わたしは、セレナちゃんの隣の席へ、みゅんみゅんはわたしの隣へと座った。
お腹が少しだけ空いていたので、早速料理を食べ始める。
みゅんみゅんが、わたしの口にご飯を運びたがっていたけど流石に断った
「うへぇ……ここのお料理、全く味がしないんだよね……」
「そうですか?野菜は新鮮で美味しいですし、パンも程よくバターが香っていてなかなかのモノだと思いますけど」
「私もそう思う」
彼女達は美味しそうに食事をとっている。
というか、セレナちゃんはまだしもみゅんみゅんは普通に美味しそうなメニュー頼んでるんだからそりゃ美味しいよ。
うちのメイドはポンコツ可愛いな。
「二人は教会のご飯を食べ慣れてるからそう感じるのかもね。ちょっとわたしには薄すぎる様な……」
みゅんみゅんの手作りが早く食べたい。
あの愛憎たっぷりのオムライスが食べたいよ。
「あの、エリゼさん。
こうして話すのは本当に久しぶりですね。
……何も言わずに出て行ったから驚きましたよ」
「んー、わたしはずっと皆の足を引っ張っていたから、最後ぐらいは綺麗に去ろうかなって感じてすぐに出て行っちゃった。
ごめんね、セレナちゃんには一言言うべきだったね」
「その……私も、テンペストを抜けることにしたんです」
「え!?そうなの?」
反射的に驚いてしまったけど、正しい判断かもしれない。
セレナちゃんはアランの気まぐれでナンパされて、そのままテンペストのメンバーになってしまった子だ。
聖女の縛りによって、基本的に願いを断れない彼女は流されるままパーティの回復役を担当させられていた。
本当なら、もっと色々な場所へ出向いて色んな人を救える存在なんだ。
こんなわたしとは違って、とってもすごい人なんだ。
そんな彼女を縛り付けておくのはこの国にとっても大きな損失だったと言える。
わたしはあんまりそう言うことは思いたくないんだけどね。
だって、それじゃまるでセレナ・アレイアユースという人間は国に利用される道具なんだと断言してしまう様だから。
「はい、ギルド活動に向いている治癒術師ならもっとたくさんいるでしょうし、ましてやアランなら次のメンバーを探すのにも困らないでしょう。
私は、もっとやらなきゃいけないことがあるんです。
困ってる人を、患っている人を助けたいんです」
「いいね。セレナちゃん自身が本当にしたいこととするべきだよ。
だけど、どうやってテンペストを抜けるの?
アランがそう簡単に聖女様を逃がしてくれるとは思えないんだけど」
ずっとアランと過ごしてきたからその性格はよく分かっているつもりだ。
あの女好きは、自分の好みの女性を手放さない。
好きになった女に飽きずに、幸せにし続けるって考えるととっても素晴らしい人格者に見える。
だけど、その幸せが生まれるのは相思相愛の場合だけだ。
アランからの一方通行の愛では成り立たない。
多分だけど、セレナちゃんは別にアランに好意を寄せていない。
そもそも、彼女は特定の個人に感情を向けない人だ。
つまり、セレナちゃんにとってアランはただの厄介な人間でしかない。
「リューカさんが連れ出してくれるって言ってくれました……一緒に来いって。
だから、彼女が療養している今は教会に滞在しているんです。
リューカさんが退院したら彼女が話をつけてくれるみたいなので、私は彼女を信じるだけです」
「へぇ、リューカちゃんがそんなことを。やるじゃん」
わたしが真実を隠してしまったせいで、リューカちゃんはアランを盲信する様になってしまった。
だけど、そんな彼女は今アランに反旗を翻そうとしている。
セレナちゃんの言い分だと、多分リューカちゃんもテンペストを抜けようとしているんだと思う。
一体彼女に何があったのか、わたしはそれを聞きにここに来たんだ。
「そういえば一昨日、リューカちゃんがお見舞いに来てくれたよ。わたしがあの子に隠してたこと、全部バレちゃってた。最悪な人間だってこと、バレちゃった」
「違います!エリゼさんは最高の人間です!少なくとも私はそう思ってます!聖女の私が言うんですからとても最高なんです!」
わたしの悲観は強く否定された。
これじゃあわたしはただのかまってちゃんだ。
褒められ待ちの自虐をしてしまっただけの痛い奴じゃないか。
聖女は嘘を付けない。
だから、彼女の言葉はちょっとだけ嬉しかった。
「あはは、ありがとう。リューカちゃんを真実に誘導したのって、セレナちゃんだよね」
「……ごめんなさい。一応核心は突かない様に説いたんですけど、彼女優秀なので解に辿り着かれちゃいました」
やっぱりね。
アランがわたしに課した条件を知っているのは、当事者のわたしとアラン。
そして、偶然それを聞いていたセレナちゃんだけだ。
「ううん、ありがとう。わたしもやっと話せたから良かったよ。セレナちゃんがやったことはちゃんと善行だから安心して」
「すみません……リューカさんがエリゼさんのことを悪く思うのがどうしても耐えられませんでした」
「いいよいいよ、ごめんね今までわたしの秘密に付き合ってくれて」
わたしが聞きたかったことの一つ目は聞けた。
もう一つ、聞いておかないといけないことがある。
「ねぇセレナちゃん、あの日の話ちゃんと聞いておきたいんだ。教えて欲しいな、どうしてセレナちゃんとリューカちゃんがあそこにいたのか」
深淵の遺跡にどうして二人がいたのか。
どうして二人しかいなかったのか。
テンペストとはもう関係のないわたしだけど、知っておく必要があると感じた。
「あの日は、テンペストのみんなで聖教会直々に注文された依頼をこなしに遺跡に出向いていたんですよ。凶暴化した自立人形を討伐しに。
結局誰一人として自立人形にダメージを与えることができず、撤退の判断が下されたときに……」
口が止まってしまった。
表情が曇っている。
とても言いづらそうに唇を閉ざしている。
「その……リューカさんを囮にしたんです。床に大きな穴が空いていましたよね。
あれは、リューカさんの魔術によってできた穴です。
その大穴に自立人形と共にリューカさん自身も落ちてしまう事故が起きて、それを利用して皆さんは退却してしまいました。
というより、アランが強引にラスカさんとメイリーさんを抱えて逃げて行ったんです」
「え、嘘。そんな……」
アラン、リューカちゃんをたぶらかした癖に捨て駒にするまでの外道に落ちちゃったんだ。
初めて出会ったあの日のあなたはそんな人間じゃ無かったはずなのに。
もっと、希望に満ちていて、夢を語ってくれるそんな真摯な人間だったはずなのに。
いや、それとも本性を隠していただけなのか。
わたしは元からいい様に騙されていただけなのかもしれない。
わたしから彼女を奪ったのなら、せめて幸せを与えるべきでしょ。
ドス黒い感情が芽生え始めている。
いけない気持ちが腹を煮ている。
どうして、リューカちゃんにそんなことができるの。
どうして、平気な顔してリューカちゃんを犠牲にできてしまうの。
……。
……そっか、わたしのせいだ。
アランは、いつからかわたしを嫌う様になっていた。
だから、その腹いせにわたしからリューカちゃんを奪った。
リューカちゃんを利用してわたしを罵倒してきた。
わたしが一番堪えることをずっとしてきたんだ。
そのわたしがテンペストを抜けたことで、リューカちゃんは必要なくなって、だから捨て駒にされたんだ。
全部わたしが撒いた種じゃないか。
何もかも、わたしが……。
……。
セレナちゃんが震えている。
小さな体が震えていた。
わたしが落ち込んでいる場合じゃない。
「そのとき、やっと気づいたんです……私は、悪人の手助けをしていたんだって……こんなんじゃ、聖女失格ですよね。
だから、私はテンペストを抜けたいんです。
でも、アランには、色々な恩もあるし……聖女の制約で、自分から脱退を申し出ることもできないし」
今まで聞いたことのない弱々しい声で思いを吐露した。
良くない。
どう見てもセレナちゃんは追い詰められている。
このままじゃ、聖女として歩んできた彼女の人生が崩壊してしまう。
積み上げてきたものが、崩れてしまう。
なんとかしないと。
何か、気の利いたことを言わないと。
「聖女失格なんかじゃないよ。
アランだって、本当はリューカちゃんを犠牲にしたかった訳じゃないと思うし。
仕方、なかったのかも……しれないよ。
誰かを捨てなきゃ……全滅する、かも、しれないし。
だから、悪人と決めつけるには、まだ……早い、よ」
気持ち悪い。
こんなこと言いたくない。
嘘だとしても、こんなリューカちゃんが死んでいいみたいなことを言いたくない。
気持ち悪い。
「違います!
善人なら、絶対に人を犠牲にしません!
エリゼさんなら……エリゼさんなら落ちていくリューカさんに手を差し伸べたはずです!
絶対に犠牲なんて出さないですよね。
だってエリゼさんは、その、凄い人だから。
アランに付いて行った時点で、私は聖女失格なんです……」
嬉しいな、そんな風に思ってくれているなんて。
実際、そんな状況になればわたしは絶対にリューカちゃんを見捨てないと思う。
けどそれだけだよ。
わたしは怠惰な人間だ。
潔癖な人生を送ってきた彼女にとって、たった一度でも悪に手を染めたと感じることが起きてしまえば、そこで全てが終わってしまう。
信頼も、自信も、聖女としての力も。
これ以上どう声をかけて良いかわからない。
これじゃ、セレナちゃんを追い詰めているものを払ってあげることができないな。
目の前を腕が通った。
そして、それを追う様に綺麗な横顔が視界を奪った。
金色の髪のその人は、身を乗り出して聖女様の顎を掴むと強引に引き寄せる。
メイドと修道女は、わたしの目の前で顔を突き合わせた。
恋愛小説の世界でしか見たことのない光景が繰り広げられてる。
「セレナは穴に落ちていった魔術師を助けに後を追ったんだろ。
だから犠牲は出なかった。
そして、それはご主人様を救うことに繋がっている。
結果だけ見れば上出来だと思うけど?
聖女様はしっかり聖女らしいことをしている。
それで良いんじゃないか」
みゅんみゅんは芯の通った声でそう言った。
とんでもないイケイケムーブをかましても様になっているのは、彼女が根っからの騎士属性持ちだからだろうか。
ああ、やっぱり大好きだ、この人。
雲に隠れていた太陽が姿を現して、二人を照らした。
金色と銀色が綺麗に輝いている。
「そう……ですね、ありがとうございます。
私、まだ聖女やめなくて済みそうです。
ふふっ、ミュエルさんがこんなことしてくれる人だとは思っていませんでした。
エリゼさんに会ってから変わったんじゃないですか?」
「それはセレナもだろ。
ご主人様ならそうしたって言ってたけど、君もしっかり魔術師に手を差し伸べているじゃないか」
「あはは、本当だ!」
二人は笑顔を向け合っている。
なんとなくだけど、初めてセレナちゃんの言葉遣いが崩れた気がするな。
そして、いつの間にか彼女の体からは震えが消えていた。
良かった。
みゅんみゅんがいてくれて。
きっとわたしだけじゃ、セレナちゃんの背負っているものを守れなかったから。
それはそれとして。
「いつまで乙女なことしてる気なのかな、二人とも」
いつまでも顎を
左手でみゅんみゅんを、右手でセレナちゃんを、二人の鎖骨辺りを押しのけて距離を取らせる。
「あ、すまないご主人様」
「ご、ごめんなさい、エリゼさん」
「一応聞いとくけど……セレナちゃんミュエルさんに惚れてないよね?」
うちのたらしメイドは所謂顎クイをセレナちゃんにぶちかました訳だけど、多分聖女を名乗る彼女は恋に落ちていない。
だけど、確かめないと。
だって、これで恋に落ちない方がおかしいもん。
ずるいずるいずるい!
わたしまだ顎掴まれたことないし。
「え、ああ。大丈夫です。私、生涯純潔目指してますから」
「……そうだったね」
昔、何度かその宣言を聞かされたことがあったけど、改めて聞いてもやっぱり狂ってる気がするな。
聖女様は嘘が吐けないので、惚れてないのは信じて良さそうだ。
さて、わたしから聖女様へ言わないといけないことがある。
「今日はもう一つありがとうを伝えにきたんだ。セレナちゃん、わたしを救ってくれてありがとう」
「いえいえ、聖女として、人として当然のことをしたまでですよ」
「言うと思った」
「えぇ〜、だって、感謝されても私これしか言えないですし」
彼女は不服そうな言葉を告げながらもとても楽しそうな笑顔をしていた。
そのまま色とりどりの野菜が入ったサラダをパンに挟んで頬張る。
美味しいのだろうか、その組み合わせ。
「あ、私そろそろ次のお手伝いがあるので先に行きますね。
エリゼさん、ミュエルさん今日は本当にありがとうございました」
それだけ言い残すと、彼女はそそくさと食堂から出て行った。
身軽に駆けていくその背中からは、重くて暗いものが消えていた。
セレナちゃんは本当に凄い人だ。
ずっと尊敬している。
これからも、これまでも、わたしは聖女様を応援し続ける。
そんなことを思いながら、すっかりぬるくなってしまった卵のスープを飲み干した。
「やっぱり味しないよぉ……」
隣を見ると、メイドがパンケーキの最後の一切れを美味しそうに頬張っていた。




