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040 かつて、あたしを救った人

リューカ視点


 あの遺跡の出来事から二週間。

 あたしは教会で治療を受けていた。


 特にこれと言った症状は患っていないんだけど、昏睡状態に陥ってもおかしくない位には魔力切れを起こしていたらしく、お世話にならざるを得なかった。


 言っても、何か訓練をする訳でもないし薬を服用する訳でも無かった。

 ただ、安らかな療養期間を過ごしているだけの日々を送っていた。


 この空白の時間で、あたしはずっと怖気付いていた。

 体は安定しているものの、心がどうにかなりそうになっている。


 リハビリ用に作られた少し大きな広間で、融通の利かない重い肉体を必死に動かそうとしているあいつを目にした。


 あたしが、魔法陣を完成させることができていればこんなことにはならなかったのに。

 またあたしは、あいつを傷つけてしまった。


 話をしにいかなければいけないのに、足が震えてあいつの病室へ訪れることができない。

 こんな人間が顔を出していていいのだろうか、そんな罪悪感が脳内を支配している。


 それでも、決着を付けなければいけない。

 あたしを見つけてくれたのがエリゼなのか、どうしてあたしを騙していたのか。


 全部全部聞き出してやらないといけない。


 ここでそれを逃してしまうと二度と再会の機会がやってこない気がしたから、あたしはあいつの居る病室の前へ来た。


 意を決して扉を開けたその先には、ベッドに座っているエリゼとメイドがいた。



「リューカちゃん?」



 エリゼは驚いた顔をしていた。


 あの日、あの遺跡で瀕死のあなたを救って以来の再会だ。

 何を話せばいいのか、考えてきたはずなのに言葉が出てこない。

 思考が停滞してしまっている。

 何か言わないと。



「久しぶり……その……怪我は大丈夫なの?」


「うん……あ、聞いたよ。リューカちゃんのおかげでわたしが助かったんだって。ありがとう」



 なんで……。

 なんでこいつはあたしに感謝することができるのよ。



「別に、あたしだけじゃないわよ。そこのメイドと聖女様のおかげ。結局あたしは術式を完璧に仕上げられなかった。その結果があんたのその状況よ」


「ううん、十分だよ。わたし、死んだと思ってたから……命があるだけでも嬉しいのに、その上五体満足なんだもん。ほんとうにありがとう」


「そう……」



 感謝されて嬉しいのに、それでも苦しみの方がまさっている。

 素直にその言葉を受け取ることができない。



「お見舞いに来てくれたの?」


「そうね、それもあるけど……あんたと話をしないといけなくなったから。だから、ここに来たの」



 あたしから出ている深刻な雰囲気を察したのか、あたしとエリゼを交互に見ているだけのメイドが口を挟んできた。



「席を外した方がいいか?」



 そう言って立ち上がり退室しようとするメイドのスカートを、エリゼは咄嗟に掴んでいた。



「あ、いや、みゅ、ミュエルさんも側にいて」



 焦っているのが伝わる。

 怯えているのも見て分かる。


 こんな顔、あたしは見たくない。

 でも、こんな悲しい表情にさせたのはあたしだ。

 ここで引くことはできない。

 さっさと確認を済ませて謝る、ただそれだけだ。


 メイドは何も言わずに席に戻る。

 そして、おろおろしていたはずのそのメイドの目には、主人を守る騎士が宿っていた。


 シンプルにストレートに言いたいことを言う。



「エリゼ、あたしを見つけてくれたのはあんただったのね」


「いや、それは……」



 言い淀んでいる。

 視線を斜めに外しながら何かを迷っている。


 エリゼは唇を軽く噛みながら俯く。

 それから数秒もしないうちに、その顔を上げた。



「そっか、もうわたしはテンペストじゃないから言ってもいいんだよね」


「うん、聞かせて。全部、あんたの口から聞かせて。……もう一度聞くわ、あたしを見つけてくれたのはエリゼなのね」


「……そうだよ」



 答えは聞けた。

 一番聞きたかった真実が。



「よく見つけたわね、こんな泥臭い女。どうやってあたしを掘り当てることができたのよ」



 誰もあたしを見てくれなかった。

 誰もあたしに手を差し伸べてくれなかった。

 魔術の基礎や特殊な知識を教えてくれた偉大な魔術師達も、結局はあたしに夢を諦めさせようとしてきた。


 それなのに、どうしてあんたはあたしを見てくれたの。



「あの頃のわたしは特段元気が無くってさ、目的もないままただ街中をぶらついていたんだ。その時にね、偶然リューカちゃんを目にしたんだよ。

 家族連れや子供達が遊ぶ公園の隅で、迷惑を掛けない様に日陰に隠れながら魔術の特訓をしている君を」


「……まるで変質者みたいな言いようじゃない」


「実際変人だよ。けどね、白黒の世界でリューカちゃんだけが色を持っていた。何ていうのかな、ときめきとかキラキラみたいな……と、とにかく、夢へ向かって頑張るリューカちゃんの姿を見て、わたしは元気を貰ったんだよ

 そっからは、ずっとリューカちゃんを見に行ってたんだ、気付かなかった?」


「気っ持ち悪いわね。そんなの気づく訳ないじゃない、あたしを見ている人間なんて無数にいたし」



 奇怪な視線を向ける連中はどこにでもいた。

 何年も同じ場所で杖を振り続ける奴がいれば誰だっておかしくて嘲笑う、あたしだってそんな奴を見たら笑ってしまうかもね。


 魔術師を目指し始めた最初の頃は、そういう視線に結構傷ついたりしたもんだけど、いつからかどうでもよくなっていた。

 だからかしらね、あたしが他人に興味を持てなくなってしまったのは。


 ……あたしを嘲笑わなかったのは、あんたが初めてよ。



「あはは、確かに気持ち悪いねわたし。……それでね、その時ちょうどテンペストは魔術師を探していてさ、わたしはアランに頼んだんだよ。凄い魔術師がいるって。

 けどさ、アランって自分の好みの女しかパーティに入れないじゃん。だから、わたしの推薦なんて最初は聞く耳すら持ってくれ無かったんだけど、何度も何度も掛け合ってるとアランも譲歩してくれてさ。条件付きで入れてあげるってことになったんだ」


「どうしてあたしを誘おうと思ったのよ。別に頼んでもないし」


「リューカちゃんをずっと見てる内に色々と分かったんだ。あなたはとんでもない量の知識を持っていて、確実に最強の魔術師になるって。ただ魔力が少しだけ足りないだけだって。

 それで、何度目かのあの日。リューカちゃんは努力のお陰で魔術を展開させることができていた。あの時はわたしも嬉しかったよ。

 でね、これならテンペストでも活躍できるんじゃないかと思って急いで勧誘したんだよ。だって、誰にも取られたく無かったから」



 ストーカーじゃないか。

 本当に気持ち悪いやつね。


 だけど、胸が暖かい。

 エリゼがこんなことを思っていたなんて、考えもしていなかった。

 こんなにあたしのことを見てくれているなんて、考えもしなかった。


 第一、あたしの魔力が増えたのはあんたの特異能力のおかげだ。

 あたしとセレナしか知らないその情報を口に出せないのがもどかしい。



「ふーん……で、条件っていうのは?」



 なんとなく、察しはついている。

 アランが提示した条件。

 エリゼに課した制約。

 この二週間、ずっとそのことを考えていたから。



「うん……あんまり言いたくないんだけど。言わなくてもいいかな?」


「駄目よ、全部話して」



 それだけは駄目だ。

 ここまで来たからには、洗いざらい吐いてもらわないと気が済まない。



「そうだよね……えっと、条件っていうのはね。リューカちゃんに支払われる報酬とか装備品、生活費や宿泊費の費用はわたしが受け持つってのが一つ目。

 二つ目は、リューカちゃんがテンペストに不利益を生んだ場合、わたしが責任を負うってもの。リューカちゃん優秀だから、そういう事故が起きなくて助かったよ。

 三つ目はね……」



 三つ目、まだあるのか。

 もう聞きたくない。

 あたしが想像していたものより格段と酷い制約だ。

 エリゼが言葉にするのを渋っていたのは、あたしを気遣ってのことだったんだ。


 最悪すぎる。

 こんなに迷惑を掛けていたのに、あたしはのうのうと日々を過ごしてきたのか。



「三つ目はね、わたしの手柄を全部アランのものにするってこと。これだけはちょっと辛かったな。わたしがリューカちゃんを迎えに行きたかったのに、全部アランの手柄になっちゃった、たはは」



 悲しい笑いだった。

 見てるこっちが辛くなるその笑顔。

 なんであんたはそれを笑っていられるのよ、そう叫ぶ勇気は今のあたしには無かった。



「そういうことだったのね……あんたはどうしてそれを受け入れることができたの」


「本当はとっても嫌だったよ。けどさ、リューカちゃんの努力が報われて魔術師になれるのなら、わたしもワガママ言ってらんないなって」



 あたしにプライドなんて崇高なものがあれば、この偽善じみた施しに対して怒っていたんだろうな。


 だけど、あたしは魔術師になりたかった。

 そのためにはどんな手を使っても良いと思っていた。

 それをエリゼは理解していたのかもね。

 だから、彼女の言葉からは上から目線のような嫌味ったらしさを感じられなかった。



「これで全部だよ。隠してたこと、全部話しちゃった。ごめんね、ずっと騙していて。ごめんね、ごめんね」



 涙目で、今にも泣きそうな声で謝っている。

 何をどう考えてもエリゼが謝る義務なんて無かった。


 この軋轢の原因は、アランだ。

 あたしの感情を、好意を奪っていたあの女だ。

 本当はエリゼにぶつけないといけなかった諸々の感情を、あたしはずっとアランに捧げてきた。


 吐き気がする。

 気持ち悪い。


 ……。


 療養が終わってから、最初にしないといけないことが出来た。


 だけどその前に、目の前の根暗女に言わないといけないことがある。

 伝えないといけないこと。

 エリゼに届けられるべきだったことを言わないと。



「なんであんたが謝んのよ……エリゼは感謝されるべきでしょ!ありがとうって!ずっとあたしに感謝されるべきなのよ!謝んないでよ!泣かないでよっ!悲しまないでよ!!」



 自分でもびっくりするぐらい大きな声が出てしまった。

 同時に、あたしの知らない感情が芽生え始めていた。

 とても悲しいそれは、言葉で言い表すことが出来ない。

 なんだろう、これ。

 胸が痛い。

 とても痛い。



「ありがとう、リューカちゃん。嬉しいなぁ、初めてリューカちゃんに感謝された気がする。あ、でも、杖をプレゼントした時は喜んでくれてたから、今ので二度目かな?」


「……そう、ね」



 胸が、心臓が、魂が締め付けられている。

 苦しい。

 呼吸すら辛い。

 純粋な言葉を聞くのが辛い。

 あたしは、あたしは、今までずっとあんたを雑に扱ってきたのに、そんな屑に笑いかけないで……。



「ねぇ、あたしはあんたにずっと酷いことをしてきた訳だけど……」



 自分で言ってて気が狂いそうになる。

 もはや何を口にしているのかも理解していない。

 こんな無神経なことを言葉にしてはいけないのに、確かめられずにはいられなかった。



「……悲しかったり、したの?」


「どうだろ。でも、リューカちゃんが幸せそうだったから、それで良いのかなって」


「そう……」



 エリゼはあっけらかんと答えた。


 そんなが訳ない。

 絶対に悲しかったはずだ。

 流石にそれぐらいは分かる。


 誤魔化されているのがひしひしと伝わってくる。


 そう感じているのはあたしだけじゃない。

 エリゼに付き従うメイドが、明らかにあたしに敵意を向けていた。

 主人には気付かれない様に、細心の注意を払ってあたしにだけ伝わる様に牙を剥いている。


 本心を隠しているのなんて分かりきっているのに、これ以上は聞けなかった。

 聞くのが怖かったから。

 言葉にされるのが怖かったから。

 確かめないといけないと強く思っていたのに、怖気付いてしまった。

 無様さに嫌気が差す。


 もう、帰ろう。

 聞きたいことは聞けた。

 目的は果たせた。


 今日はこれ以上この二人の前にいちゃいけない気がする。



「ありがと、全部聞けてスッキリしたわ。そろそろお暇させてもらうわね。あたしもまだ教会にいる予定だから、どこかで会うことがあればよろしくね」



 一体どの口が言っているんだ。

 気持ち悪い。

 自分が気持ち悪い。


 でも、エリゼと仲良くしたい。

 だって、エリゼがあたしを魔術師にしてくれたから。

 もっと感謝を伝えたい。

 もっと、もっと……。



「うん。リューカちゃんもありがとう。わたしも隠してたこと全部話せてよかった。またね。ま、明日にでもばったり会ったりするかもだけど」



 そういう彼女は、笑みを浮かべながら手を振っていた。

 あたしは、照れながらも手を振り返して扉を開けた。


 あたしが出た部屋の中から、メイドとエリゼの会話が聞こえてきた。



「ご主人様……汗が……」


「あはは、緊張が解けたから一気に溢れ出しちゃった。拭いてくれも良いんだよ?」


「指の間ぐらいなら……」


「せめて首元とかにして欲しいな」



 軽い談笑が壁の先から漏れてくる。


 そこにあたしの居場所は無いみたい……。


 魔術師を続けるには、エリゼの願いを叶える特異能力が必要不可欠だ。

 エリゼと共にいなければいけない。

 だけど、あたしはそれを伝えることができなかった。


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