031 占ってあげるよ、君が進むべき道を
ブティックを出てから、私は再び大通りで聞き込みをしていた。
何十人と話を聞いたが、結局誰一人としてご主人様を知る者は出てこなかった。
ご主人様は一体どこへ行ったのだろうか。
この一週間、どこに通って来たのだろうか。
彼女はそれを言わないという判断をした。
だから私も聞かなかいという選択肢を取った。
でも、出かける前に目的地ぐらいは聞いておくべきだったな。
街ゆく人々の数が増え始め、その層も夜の人種へと変わりつつある。
ここから先は聞き込みという捜索方法の効率が悪くなるだろう。
一度屋敷に帰るのも有りだな。
もしかすると、ご主人様は帰っているかもしれないし。
だけど、もしご主人様が何らかの事件に巻き込まれていて一刻の猶予も無い状態だとしたら。
そんなことは無いと思いたいが、万が一のこともある。
もう街中を走り回って強引に探し出そうか。
優柔不断を発揮して大通りを右往左往していると、道の端に佇んでいる人物から視線を向けられているのを感じ取った。
黒いローブを頭まで纏っている女。
獲物探るように人混みを観察しているように見えたが、客寄せだろうか。
それにしては、随分とゴシックな雰囲気を漂わせている気がするけど。
口元しか見えない女は私と視線を交わすと、ニヤリと笑って話しかけて来た。
「やあやあ、そこの家政婦。ちょいとこちらへ来なさいな」
「申し訳ない、今はキャッチにかまっている暇は無いんだ。また次の機会に」
「ああ、君が忙しいことは理解しているさ。わたしは占い師だ。全てを知っていると言っても過言ではある」
「過言なんだ」
女は頭に掛かっていたローブを脱ぎ、顔を晒す。
宝石のような瞳、白い肌、白髪に黒のインナーカラー。
浮世離れしたその容姿を持ちながら、満面の愛嬌を振りまいている。
彼女は私の目を穿つように覗き、「ふーん、なるほどねぇ」と何かに納得した。
「貴女、いま大切な人を探しているね。顧客……いや、主人と呼ぶべきかな?」
当たっている。
しかし、どうしてそれを知っているんだ。
……いや、普通に私がメイド服を着ているからだろ。
服装や表情、街中での様子、そういう細かい動作を観察していればそれっぽいことは言える。
占い師の常套手段だな。
そんな技術に染まった占いが世の中に溢れているという話を、騎士時代の仲間に聞いたことがある。
「何故?って顔をしているね。そんなのは簡単なことだよ、わたしが占い師だからさ」
終始真顔だった気がするんだけど、勝手に話を進めないでほしいな。
面倒くさい、もう調子を合わせてあげてさっさと会話を終わらせてしまおう。
「凄腕の術師ということか。なら教えて頂きたい。我が主人の居場所を」
私の投げやりな言葉に対して、占い師を名乗る女は満足感溢れる笑顔で応える。
「はい承った。君はうちに来る初めてのお客様だ、報酬は評判を広めてくれるだけでいい。商売は初めが肝心なんだよ、宣伝をミスれば良い占い師でも失職してしまうからね」
そういうと、占い師に連れられ通路の脇にある小さな店の中へと入れられた。
内装は薄暗く仕上げられていて、ここが占いの館でなければなんなのか、そう問いたいぐらいには趣全開のお店だった。
部屋の中央には、小さな机とそれを挟むように椅子が二個。
女は奥側に腰を下ろすと、私をその対面に座らせた。
「急いでいるようだから早急に済ますね。えーっと、占うのは主人の居場所、と。じゃあ占いを始めよう」
占い師は、机の上に置いてあった黒いモヤが内包されている水晶玉を手に取る。
禍々しい魔力を感じる。
なんだか、人間のそれでは無い別の存在の魔力のようだ。
彼女は水晶に手を翳す。
「根源の海、大銀河の隙間、境界線の彼方。紺碧照らすその向こう側へ蝶を誘わん」
それだけ詠唱すると、部屋中に飾られているあらゆるインテリアが反応する。
棚に置かれた髑髏は無い瞳を輝かせ、そこら中に設置されている蝋燭の灯りは赤い炎を青へと変えた。
天井に星空が映し出され、店内は幻想に染まる。
相乗以上に本格的だな。
最初は胡散臭い詐欺まがいの占い師かと思っていたけど、意外とちゃんとした術式を展開している。
彼女は正真正銘の占い師だと考えていいな。
言動が胡散臭さを助長させている残念な女、というだけだ。
商売は始めが肝心と豪語していたのなら、そういうところも直したほうがいいと思う。
その儀式を眺めること数十秒。
占い師は水晶から手を離すと、再び私に視線を向けた。
「……結果が出たよ。えーっとね、神殿あるいは遺跡、過ぎ去った思い出、孤独、失せ物。これらの言葉に心当たりはあるかな?なければもう少し頑張ってみるけど」
「いや、それだけで十分だ……感謝する……」
想定外だった。
違うだろミュエル・ドットハグラ、
少しでも考えが足りていれば辿り着けていたはずだ、その結論へと。
雇った側であるはずのあの人は、その立場を無視してまで私に家事を叩き込んでくれた。
私を、ミュエル・ドットハグラを思って行動を起こしてくれたんだ。
その時点で気づくべきだった。
どうしてその本質に気づけていなかったんだ。
エリゼ・グランデは私を思って行動を取る。
だから、私の口から出た弱音はエリゼ・グランデを動かしてしまう。
私が友人の形見を失くしたと言えば、エリゼ・グランデはそれを探しに行ってしまう。
これじゃあ、どっちがメイドなのか分からないな。
私の主人は、少しばかりモテたがりのお人好し。
偶に変態なのがキズだけど。
もしかすると、行き先を伝えなかったのはこっそりと腕輪を取り戻して、私を驚かそうとしてくれていたのかもしれないな。
会いに行ってもいいのかな、深淵の遺跡にいるあなたに。
「ふふっ」
笑みが溢れる。
どうせなら私も連れて行ってくれればよかったのに。
あの人は本当に私を喜ばせようとしてくれる。
嬉しいな。
本当に嬉しい。
「メイド……浸っているところ申し訳ないんだけど、君は笑っている場合じゃ無いかもしれない」
占い師は、強ばった口調で言い放つ。
緊張が走る。
「え、それはどういうことだ」
「私が見たのは、主人の滞在している場所だけじゃない。その人の危機もこの目で視たんだ。それも命に関わる程の……。
ごめんね、先にこれをいえば良かったんだけど、そうすると君は居場所を聞かずに走って行っちゃいそうだったから」
血の気が引いた。
前身の熱が消え失せる。
視界が遠ざかる。
心臓がやけに煩い。
腕輪を探しに深淵の遺跡に向かったとしても、そこで危機的状況に陥ることは無いはずだ。
私が腕輪を落としたのは、一階層。
あそこの自立人形は動きの鈍い硬いだけの存在。
戦うことに恐怖を抱いている私のような者でなければ、相手にもならないただの置物だ。
喉が渇く。
だけど、この占い師は危機だと言う。
震える。
もし、腕輪を自立人形が手にしていたとしたら。
そして、腕輪に秘められた力を行使しているとしたら。
吐き気がする。
「主人の危機を教えてくれて、感謝する。では」
それだけ言うと、私はいつの間にか店の外へ出ていた。
体が勝手に動き出す。
本能が足を操っている。
早足で人混みを抜けていく。
「クチコミ広めといてよーーー!!」
背中の向こう側で、大きな声が聞こえた気がする。
だけど、今は何も考えられない。
早く、行かないと。
大通りに立ち並ぶ背の高い店の壁を駆け上がる。
そのまま屋上を過ぎ、空を蹴る。
高く、高く、高く跳ぶ。
私の本気が出せる高度に至るまで走り続ける。
できるだけ無心で、雑念に思考を乱されないように。
雲が近くなって来た。
見下ろせば、街の多くを視界に収めることができる高さまでやってきた。
この高さで妥協しよう。
本気は出せないけど、十分速さを得ることはできる。
早く、迎えに行かなければ。
「太空を這う誉よ、祈る者に天恵を、俯く者に無償の愛を。疾れ、奏電雷行」
雷を纏うことで身体能力を大幅に強化する術式、奏電雷行。
前身に蒼い稲妻が流れる。
這うように、暴れるように。
髪の毛は逆立ち、衣服は無造作に靡く。
深く息を吸うと、私は全力で空を蹴った。
轟音を鳴らして高速移動を開始したのだ。
天空に蒼い龍が疾る。
目指すべきは深淵の遺跡。
かつて私が怖気付き、尻尾を巻いて逃げ出した因縁の場所。
「ご主人様……どうか、無事でいてくれ……」
祈るように、泣くように、喘ぐように、悔やむようにそう言った。




