023 あたしの思い出が全て嘘だとしたら
「は?あたし嫌われてないけど?」
あたしがアラン様に嫌われている訳ないじゃない。
何を言っているんだこの女は。
「私はさっき確信しましたよ。アランはあなたを置いて即撤退しちゃいましたし」
確かに犠牲になってくれとは言われたような気がするけど、あの発言は已むを得ないからであって、嫌われてたから都合よく囮にされたとかではなく。
「いや、まだアラン様自身に聞いてみないと分からないわよ」
こう言っている時点で、もはやそれを認めているようなものだけど、本人の口から聞くまでは信じられない。信じたくない。
「逆にどうして好かれてると思ってるのか聞きたいぐらいですよ」
「は?逆の逆にどうしてあたしが嫌われてると思っているのか聞きたいわね」
テンペストのメンバーになら嫌われている自覚はあるけど、アラン様はあたしを好きでいてくれるはずよ。好きとまではいかなくても、守る対象ではあるはず……よね。
駄目だ、どんどん不安になってくる。
そもそも、この状況下ではアラン様を信じる方が難しいと言う物だ。
それでも、あたしは信じていたい。
「どうしてって……え、だってリューカさん、彼女の部屋に誘われたことありませんよね?」
なんでこの子はそんな恥ずかしいことを真顔で言えるんだ。
聖女様はそういう俗世に疎いのが定石だと思ってたわ。
まあ、実際お呼ばれしたことはないんだけど……。
メイリーが毎晩のようにアラン様の部屋に通っているのを目撃したことがある。それに、あたしが全く知らない女がアラン様の部屋から出て行くのも何度も見た。
なのに、どうして普段から好意を伝えているあたしが呼ばれないのか、それが疑問で仕方なかった。
だからあたしは考え方を変えてみた。
「それは、あれよ。あたしを大事に思ってくれてるからよ!」
普段は乱れがちなアラン様も、本命の相手には真摯に振る舞う。
これ、恋愛小説の鉄則でしょ。
セレナはジト目でこちらを見ながら呆れている。
「知ってましたけど、ほんと底抜けにポジティブですよね、リューカさん。
残念ですけどテンペストの仲間はエリゼさんとあなたを除いて、全員アランの私欲で集められた女なんですよ。
彼女は生粋の女好き、誘われないということはそう言うことなんです」
「がーん。……え、じゃあなに、あたしは能力目的のリョクモクだったわけ!?」
「そんなこと天地がひっくり返ってもあり得ませんよ。さっきも言った通り、アランは私欲でしか仲間を集めませんから。
ほら、思い返して見てください。テンペストはエリゼさんとあなた以外はみんなお姉さん系ですよね」
言われて気づいたけど、本当にお姉さん属性持ちばかりだ。
武闘家のラスカは体がでかく筋肉質だけど、どこか頼れる姉っぽい。
弓兵のメイリーはお茶目でギャルな姉。
対してあたしはどうだ。
ツインテールで子供っぽくて、包容するよりもされたい側……だと思う。
エリゼもそうだ。
あいつは弱いくせにヘラヘラしてる。それに、髪型もお下げの二つ括り。定義によってはあたしと同じツインテールね。
二人ともお姉さん要素無し、と。
虚しい。
「あんたも?」
「はい、私もお姉さん系です」
自分で言うんだ。
ま、聖女なんて肩書きを持っているんだから当たり前か。
それにしても、まさかアラン様の好みがお姉さん属性だったとは。
しかも、パーティメンバーの面子にその趣味が顕著に出ているのも驚きね。
「一応聞いとくけど、聖女様は……その、アラン様に誘われたりしたの?」
顔が火照る。
別にこんなことはどうでもいいんだけど、一応ね。
一応聞いておくだけなんだから。
「いえ、テンペスト加入時にそういうのは一切受けないと契約しています。私は生涯純潔目指してるので」
「え?あぁ、そうなんだ」
聖女らしい目標だけど、あまり人前で言うことではないかもしれない。
なんだか辱めを受けている気分になるから。
ていうか、生涯純潔なんて言葉存在しないでしょ。
「それで、どうしてリューカさんはアランに好かれてると思ってたんですか?」
「え、それはだって、アラン様が何者でもなかったあたしを魔術師として雇ってくれたから……あれ……?」
自分で言いながら気付く。
セレナの言う通り目的が体でも能力でもないとするなら、あたしはなぜテンペストに誘われたんだろうか。お姉さん属性も持っていない訳だし。
その答えを聞くのが怖い。
多分、あたし以外の仲間は正解を知っているはずだ。もちろん目の前の聖女も。
テンペストで一番の新人であるあたしが受け入れられた理由。
魔術師として無名で無能なリューカ・ノインシェリアを勧誘した意味。
「何か引っかかりましたか?口止めされてるので私から真実を話すことはできませんが、ヒントぐらいなら教えてあげられますよ」
セレナはあたしの思考を読んだかのように、続く言葉を投げてきた。
あたしの脳内で一つの仮説が組み上がっていく。
それは、隙が無く真実に近い勝手な想像。
もしも、その妄想じみた仮説が当たっていたとしたら。
あたしは全てを間違えていたことになる。
信頼も愛も思い出も、何もかも。
目にかかる前髪を右手でどかしながら、あたしは前を向く。
「その一言で十分正解に辿り着けるわよ」
ほんとにヒントを出すのが下手というか、嘘を吐けないというか。
この女はどこまで行っても聖女らしいわね。
「ちゃんと思い返してみてください。時間はたっぷりありますから」
これまでの嫌味を含んだ口ぶりではなく、慈愛に溢れた声色でそう言った。
「うん……少しだけ時間をちょうだい」
ずっと閉ざしてきた問題に立ち向かうための時間を。




