019 夢は砕け散り、泥だけが残る
三方向に分かれたあたし達の内、聖女セレナはラスカの元へと向かっていた。
聖女の性質上、彼女は治癒魔術以外の術式を使用しない。だからこの場合も、セレナは気を失ってしまったラスカを助ける以外の道が無かったんだ。
言い換えれば、セレナは戦闘シーンに登場しない後衛のさらに後ろに構える補助要員。だからこそ、あたしはこの絶望的な状況で彼女に気を注げずにいた。
このパーティでは、アラン様と同等レベルで重要な人物だというのに。
自立人形はセレナのいる方へ走りながら、斬撃によって破壊された左手を瞬時に再生させてみせた。
とうとうこいつを倒せる未来が見えなくなってきたな、本当に嫌になる。
自分が狙われていることに気づいたセレナは、ラスカに施していた治癒術を中断して純白の杖を向かってくる巨体に向け直した。
攻撃魔術を使えないあんたは、なんで無謀な根性振り絞ってラスカを守ろうとしてんのよ。
それに、包帯が巻かれた荷物を庇うようにしているのは気のせいだろうか。
とっておきの道具ならさっさと使ってしまえば良いのに。
或いは、何か条件付きの切り札なのかもしれないが。
全力で粗末な脳みそを回転させる。
この自立人形は、アラン様以外誰も反応できない速度で移動することが可能だ。
だけど、その超速度による攻撃は最初のたった一度。ラスカを戦闘不能にさせた一度だけ。
確実にあたし達を殺せる術があるにも関わらず、連続で使用してこないところから推測するに、おそらくあの一撃は初見殺し、最初の切り札なんだろう。
あたしらがここにくるまでの間、ずっと貯め続けていた魔力を一気に消費することで可能にした高速移動だったのかもしれない。
この仮説が当たっていることを願う。
「だとしたら、まだあたしら側にもチャンス溢れてるわよね」
諦めという単語を知らないあたしは、力強く杖を構えて限りのある魔力をその先端へ流し込む。
「際限なく降り頻る涙よ、その息吹を大いなる空へと還元せよ。フレイムアンカーっ!!」
詠唱を叫ぶように完了させる。
魔力が集中した杖の先から拳程の炎が顕現した。
意気揚々と術式を発動させたあたしだったが、すぐに違和感に気づいてしまう。
普段使用している時より、炎の体積が相当減ってしまっていることに。
最悪っ、全然治ってないじゃない。こんな危機的状況だってのに、あたしは本領を発揮できないポンコツってわけなの。
それでも、それでもあたしは術式を展開し続ける。
これ以上仲間をやられるわけにはいかないのだから。
玉のような炎はやがて槍を模した形状へと変わり、螺旋を描くよう回転し始める。
回転力が限界に達した時点で、炎に魔力を供給していた杖との繋がりを切り落とした。
これで術式はあたしの手元を離れて発射される。セレナに迫っている自立人形目掛けて。
推進する炎の槍は、楔として対象の腕へと打ち込まれた。黒煙を上げて暴発する。
そして、術式の着弾とほぼ同時に、空間を劈く一閃が別方向から放たれた。
弓兵メイリーの放射だった。
風を切るようにして突き進む矢は勢いよく巨体の脇腹に被弾する。
魔術と物理の二連撃を食らった自立人形は、若干その速度を減衰させた。が、それだけだった。
動きを遅らせることには成功したが、それも束の間。魔術も矢も綺麗に弾かれてしまった。傷を付けることもなく。
巨体はそのまま何事も無かったかのように速度を戻した。あたしの方など一切見ずに
「あたしは敵にならないってわけか……好都合だっての!!」
こいつに感情や自我があるのかは分からない。だけど、合理的に動いているのだけは理解できる。
最初に狙ったラスカはパーティ内で二番目に強い武闘家。
セレナはパーティで唯一の治癒術師。
テンペストの要を意図的に狙っているのは明確だ。
ここでアラン様の追撃を狙わなかったのも正解だと思う。迂闊に彼の攻撃範囲に入れば逆にやられる可能性があるからだ。
生物は学習する。
きっとアラン様も同じ轍を踏むことはない。だから、次は確実にダメージを与える一撃を起こしてくれるはずだ。
それを見越してセレナを狙っているんだろう。ついでにラスカにトドメを刺すために。
「もうっ!なんでっ!何で止まらないの!」
術式を連射できないあたしと違い、メイリーは何度も何度も矢を放っていた。だけど、その全てが硬質の岩肌に弾かれて意味を成していない。
それが彼女を狙わない理由だろう。ダメージを出せない者は後回しにしているんだ。
あたしもそうだ。
瞬殺できるが故にまだ狙われない。
だったら、その油断を利用してやる。
あたしの魔術が自立人形に通用しなくても、セレナと側に倒れているラスカはを救出する方法はある。
突風を起こして彼女らを強制的に移動させれば良い。
アラン様が体勢を立て直すまでの時間さえ稼げれば、きっとなんとかなるんだから。
「伝う季節は交差することなく日を流す。雲に覆われた世界に今、恵を落として芽吹きを戻す。冬の春風よ!」
時間が無いから、出来るだけ早口で詠唱を終わらせた。これで冷たく強い風が彼女らの元へ届く。
だけど、杖は反応しない。術式は展開されない。風は巻き起こらない。
ああ、これはあれだ。
あたしは終わったんだ。
「そんな……もう、魔力切れを……」
魔術師としての資格が、威厳が、プライドが悉く粉砕される。
……。
……。
……。
……。
……。
でも、それだけだ。
魔術師のリューカ・ノインシェリアが終わっただけだ。
テンペストのあたしは、まだギリギリ終わっていないんだから。
それが終わるのは、仲間を見捨てた時だ。
あたしはまだ足掻ける。
夜なべして作った甲斐があったわ、ほんと。ありがとう、昨日のあたし。
左耳に飾っているインダストリアルピアスを強引に引き抜く。痛みを感じている余裕は無い。流れる血液を拭う暇も無い。
これでいけるのだろうか、あたしのせいで犠牲は出ないだろうか、セレナとラスカを守れるだろうか、そんな不安で胸が満たされている。
けど、そんなものは無視しておく。
今からあたしがすることは最善策に違いないんだから。
「強い奴に頼る、それって悪いことじゃ無いわよね」
アラン様が自立人形と対峙していたあの数秒数十秒。
その間にセレナは全力でラスカを治療していたはずだ。なら、もう一押しするだけで彼女は復活するんじゃないかしら。
あたしが手に取ったピアスに組み込んであるのは、ありったけの魔力と回復魔術。
魔力が切れた時、足手まといにならない様に用意した自分の為の術式だったけど、あんたにあげるわ。
簡単な運送移動術式を掛ける、ラスカの元に高速で届くように、自立人形の攻撃までに間に合うように。
その場で即術式を組み込んだ後、あたしは思いっきり右手を振りかぶって、ピアスを放り投げた。
宙に放たれたピアスは、白を纏って直ちに翔ける。テンペストの中で二番目に強い奴を追って。
「お願い、間に合って」
最善は尽くした。
後は信じるだけだ。
自立人形は既にセレナの目の前にいる。右手で彼女らを払い除ける動作で、渾身の一撃を決める寸前だった。
聖女のあんたは怯えもせず、ただ敵を見据えていた。その澄んだ瞳で。
岩を纏う腕が、遂に一撃を下す。地面にその身を擦り付けながら勢いよくセレナを払った。
直後、それは大きく跳ねた。
攻撃を行ったその巨体は、天井までその身を打ち上げられたんだ。
「ごめん、寝てたかも」
血だらけ傷だらけの武闘家が、重量の計り知れない質量の塊を蹴り上げていた。




