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018 敵わないとは思わない

魔術師リューカ視点

 

 背後にいるであろう自立人形(ゴーレム)は想定していた強さを大幅に超えていた。


 そもそも、これまで刃を交えてきたどの魔獣よりも強力な相手だ。

 経験の上限を超えてくる敵なんて想定のしようがなかった。


 今回の依頼は、テンペストがこれまで行ってきた魔獣討伐その全てを遥かに凌駕する難易度だと断言できる。


 武闘家のラスカは、その拳や蹴りで協力な魔獣の肉体を抉り取るレベルには暴力の権化だった。

 そんな彼女が瞬く間もなく戦闘不能に陥っている。

 はっきり言って異常事態、詰みだ。


 壁に埋もれた彼女は微動だにしない。

 いち早く救護に向かいたいけど、あたしの後ろを陣取っている階層の守護者がそれを許してくれるはずがない。


 今、あたしはどう動くのが正解か、それはもうアラン様が示してくれている。


 あたしの武器は魔術。

 接近戦で輝く術式があるとはいえ、直撃しなければ意味がない。

 残念ながら、高速で動く巨体に当てられるほどあたしの身体能力は高くない。


 距離を取らなければ、死ぬ。


 久々に感じた恐怖を振り切るように、太ももへ力を入れた込んだ。

 床を思い切って蹴り飛ばす。


 そうして後衛のあたし達三人は、一斉に三方向へと走り出した。

 アイコンタクトも言葉もなしに、全く同じタイミングで。


 相手の攻撃目標を分散させるための、ほんの少しでも生存する可能性を高めるための行動を同時に起こしたのだ。


 勝算も戦略もないけど、あたし達には経験と信頼があるということね。

 多分。


 距離を取るあたし達に対して、アラン様は自立人形(ゴーレム)に向かって走り始めていた。

 テンペストの最高戦力は、たった一歩の踏み込みで最高速間近のスピードに到達する。


 その移動はまるで雷や風のよう。

 標的との距離を瞬時に縮める。


 アラン様の右手には、魔力を練り込んだ特殊な超合金製の剣が力強く握られていた。

 それは、彼の剣術によってこそ暴力の本領を発揮できる秘剣。


 刃に込められた魔力が紅く発光し、疾走するアラン様の軌跡を示す残像となる。


 アラン様は自立人形(ゴーレム)の直前で再度踏み込みを行うと、巨体の胸まで跳躍した。



「仇なせ、斬帝」



 囁くようにして剣の名を呼ぶ

 応えるように刃の光の強さが増した。


 そして、剣士は跳躍のエネルギーを上乗せした剣を振り上げる。


 空間を切断してしまうような斬撃が疾った。

 それは標的の胸に目掛けて放たれた究極の一太刀。


 その一撃こそがテンペストにおける最強。

 防御を許さない理不尽な斬撃。

 回避することができなければ、何者であろうと肉体の破壊は免れないだろう。


 そう、それは反応できなければの話だ。

 あり得るはずのない前提が覆るのをあたしは目撃してしまった。


 自立人形(ゴーレム)は斬撃が来るより先に、硬く逞しいご自慢の左腕を剣の軌道上へと被せ込んだ。



「くっ!」



 アラン様が出しうる限りの最速を持って繰り出した斬撃は急所を外してしまった。

 それでも、自立人形(ゴーレム)が誇る硬質の腕を綺麗に切断した。


 音もなく斬り落とされた巨大な左腕が鈍い音を鳴らして地面に落ちる。



「すごい……」



 その様子を目にしたメイリーが呆気に取られながらそう口をこぼしていた。



「感心している場合じゃないでしょ! 早くその弓構えなさいよ!」


「あっ、わ、分かった!」



 あっけに取られるその気持ちは理解できる。

 だって、テンペスト史上最強の相手にもアラン様の力が通用するってことが証明されたんだから。


 だけど、それは今じゃない。

 ようやくできた相手の隙をみすみす見逃していては後でラスカに叱られる。


 せっかく危険因子から距離を取れたんだ。

 あたし達がしなくちゃいけないのは各々の役割を全うすることよ。


 既に相手の体は左腕の根本を軸に破損している。

 重心がズレ体勢を崩している今のうちに一気に叩き込まなければ。


 あたしは杖を、メイリーは弓を構える。

 さらには、跳躍地点から地面へと戻ってきたアラン様が再び斬撃を加えようと剣を構え直した。



「いくよ、みんな」



 その合図を皮切りに、あたし達は動き出す。


 ただ、総攻撃を試みる直前に自立人形(ゴーレム)は再び動き出していた。



『グオオオオオオオオオオオ!!』



 不快な音色を奏でながら世界が揺れる。

 声帯の付いていない巨体が咆哮の代わりに体を震わせ空間を振動させたんだ。


 直後、自立人形(ゴーレム)に与えらた切断面から、細胞が増殖するように左腕が生えてきた。


 心が折れてしまいそう。


 致命的な斬撃を喰らってからほんの数秒で傷を全治させてしまった。

 それは、アラン様がどれだけ強力な攻撃を繰り出しても無駄に終わることを意味する。

 おそらく、核となる部分を叩かなければコイツは倒れてくれないでしょうね。


 ちょっと絶望が過ぎるわね。


 事実として 自立人形(ゴーレム)はここにいる全員を上回る速度を持っている。

 つまり、硬い体を破壊できる技を繰り出したとしても、弱点に届く前に攻撃をズラされてしまうということ。


 勝利に持ち込めるとすれば、あたし達が完璧に連携を取る以外に方法がない。



「仇なせ、斬帝!」



 アラン様は再び巨体へと跳び込んだ。

 相手が倒れるまで何度でも斬撃を喰らわすつもりだ。


 その数テンポ遅れで、絶望に呑まれかけていたあたし達後衛の人間が反応を始める。

 あたしが杖を構えて魔術の詠唱を開始しようとした時点で、既にアラン様の斬撃は完了していた。


 だけど、例の如くその一撃も無駄に終わる。

 そう軽々とこちらの予測は覆らない。


 先ほど深傷を負ってしまった自立人形(ゴーレム)は、斬撃に合わせるようにしてその左手を突き出す。

 そして、砲弾を想起させる掌底で斬帝を受けてみせた。


 受けたというより、カウンターといった方が正しいのかしら。

 勢いよく出された左手はその衝撃を流用して、先制攻撃を仕掛けたはずのアラン様を直線上に吹き飛ばしていた。


 やむなく直線運動を強いられている彼の肉体は、大きな破裂音と共に奥側の壁へ叩き込また。



「「アラン様っ!!」」



 あたしとメイリーは喉を傷つけながら叫ぶ。

 そんな悠長をかましている暇はないというのに。


 絶叫をかき消すように、自立人形(ゴーレム)は重い足音を立てながら走り出していた。

 その軌道上には吹き飛ばされたばかりのアラン様がいる。


 カウンターを受けたアラン様に追い討ちをかける気なんだ。

 あたしがなんとかしないと……なんとかしないと……。


 どの術式を使えばこの状況を打破できるかを考える。

 刹那の思考は時間を引き延ばしては無力なあたしを嘲笑う。


 こんな状況でも働く理性が覆せるものならやってみろよと笑っている。


 正直なところ、案は存在する。

 魔術師としての能力が減衰しているあたしじゃ、自立人形(ゴーレム)を破壊できるような術式を放てない。


 だからこそのアプローチ。

 火力を呼び起こすだけが魔術ではない。


 この作戦が上手くいくかは分からない。

 でも、やるしかないのよ。


 即座に思いついた小手先の術式を杖に込めて、詠唱を始める。



「理、それは変幻自在の空想。

 大罪を英雄に、曖昧な夢を現実に。

 狂わせて、万象描塗(ばんしょうびょうと)



 口にしたのは、術が掛けられた物質の構造を脆くする魔術。


 あたしはそれを自立人形(ゴーレム)の進路上に施した。

 効果範囲に足を踏み入れた途端、落とし穴の要領で巨体を地面に沈めるという寸法。


 これでアラン様が立て直すまでの時間は稼げそう。

 彼がいなければここであたし達の物語は終わる。

 だけど、彼さえいればまだ希望は残っている。


 なんとしてでもアラン様を救い出さなければいけない。


 ……。


 ただ、誤算が一つだけあった。

 それは、あたしが余りにも間抜けだったが故の失敗。


 あたしの、あたし達テンペストの悪い癖が出てしまった。


 時を同じくして、弓兵のメイリーも自立人形とアラン様の間を狙って弓を構えている。


 ああ、あたし達は惚れている人間以外を疎かにしてしまうらしい。

 これじゃ予想外の事態に対応できない。


 物理まで捩じ伏せてしまう巨体は、本来ありえない軌道で移動方向の再選択を行なった。

 衝撃を残さない埒外急制動と高速旋回、さらには初速で最高速に到達する暴力的なステップを織り混ぜ進路を変えた。


 どうやら怪物は気付いてしまったらしい。


 この場で最も恐れなければいけないのは剣士ではなく、聖女の名を持つセレナ・アレイアユースだということに。



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