017 仮初の日常は終わり告げる
魔術師リューカ視点
あたし達テンペストは巨大な神秘の秘匿へ足を踏み入れた。
日光の通過を許さない遺跡の内側はどこか薄暗く不安や恐怖を煽る雰囲気を漂わせている。
ご丁寧なことに、青白い光源が壁や床のそこら中に組み込まれているおかげで移動する分には問題が生じていない。
おかげさまで迷わずに目的地まで進めそう。
とはいえ、遺跡の内部は基本的に一本道らしいけど。
遺跡に入って最初に遭遇する大部屋。
討伐対象である自立人形はそこで猛威を振るっているらしい。
そこから外に出たという情報が記録されていない以上、ここまで早急な対処は必要ない気もする。
それにしても、こうして足を運んでみると遺跡の異様さを嫌というほど実感するわね。
これまでの調査記録を読ませてもらったけど、この遺跡は何もかもが異質であると言える。
まず最初に感じる違和感は、外側と内側の乖離。
外からこの遺跡を眺めたとき、それはもうとても大きな建造物だと感じた。
だけど、だとしてもこの広さはおかしい。
事前に確認した外観の奥行きと、今目にしている通路の長さが全く合っていない。
明らかに長すぎる。
もうとっくの前に突き当たりの壁に直面していてもおかしくないはずなのに、通路は未だに続いている。
おそらく、空間を歪ませる術式か結界が遺跡内部に構築されているんだろう。
だけど一体誰がどういう理由で。
例えその仮説が合ってるとして術式を維持できるほどの魔力をどこから運んできているんだ。
遺跡内部の構造異常は広さや長さに止まらず、深さにまで影響を与えている。
この遺跡は延々と一本道が続いている。
何のひねりもない一本道の遺跡。
そんな一本の線が階層状に重なり地下深くへと続いている。
現在地下四階までの層が確認されているわけだけど、きっと終着点までこの調子でしょうね。
下の階層へ進むには、通路の最奥に位置する階段を降る必要がある。
そして、その手前には一際広大な空間が存在するという。
無意味な広間が造られているわけでもなく、そこで待ち構えるのは侵入者を殺し尽くす番人だ。
進みたければ我らを超えていけと言わんばかりのイベントが待ち受けている
さらに、下の階層に進めば進むほど番人の脅威度も増すらしい。
厄介なことに、階層を守る兵器は一度破壊しても時間の経過で完全なる復活を果たしてしまうとか。
再生する間隔は疎で、一日で復活することもあれば二週間以上復活しないこともあるらしい。
再生の原理は解明されていないけど、これに関しては本当に勘弁願いたいわね。
今回の標的も番人の内の一体で、硬質素材で造られた自立人形の一種と記録されている。
普段は脅威にすらならない相手なのだけど、現在絶賛暴走中で脅威度マシマシ。
今回討伐を遂行できたとして、次回以降の復活で脅威度を維持されていたらたまったもんじゃない。
なんとか早いうちに原因究明と解決を目指さなければ。
以上を踏まえると、この遺跡が人工的に造られたものなのは明らか。
だけど一体どこの誰がいつ建造したのか、どうしてこの場所なのか、何を目的としているのか。
その全ての意図が全く読めないというのがより一層気味の悪さを感じさせている。
考えても仕方がない、今は依頼のことだけを考えよう。
弓を両腕で抱きしめ、そこらをキョロキョロ観察しながら楽観的に歩いているメイリーを見習わないと。
彼女は今も楽しげにアラン様と会話している。
「不気味だけど綺麗な場所だね〜アラン様」
「そうだね。とだけど君には劣るんじゃないか?」
「えへへ、褒め上手だね〜アラン様は」
おいおい、気を引き締めろって言ったのはアラン様でしょ。
何を呑気にイチャコラぶちかましてくれてんのよ、失敗しても知らないんだからね。
この暗さなら誰にも見えないだろうと思い、あたしは一人恥ずかしげもなく頬を膨らませて嫉妬を表してみた。
本に書いてあったけど、こういうあざとい仕草がモテにつながるらしいわ。
アラン様に披露する勇気がない上に少し恥ずかしいから、こうやって誰の目にも触れない場所でしか表現できないんだけど。
……視線を感じるのは気のせいだろうか。。
ちらっと後ろを振り向くと、聖女様がこちらをガン見していた。
マジか。
「ふふっふふふっあはは」
「ちょ、あんた笑いすぎよ!」
「ごめんなさい、あまりにも可愛らしくて、ふふっ」
「もう!!」
聖女様は口に手を当てながら清楚に笑っている。
あたしも大概だけど、あんたも気が緩みすぎじゃないかしら。
ま、どうせあたし達の仕事はいつも通り小さじ程度の量。
アラン様があっという間に片付けてくれるだろうから、変に緊張するよりは思い出作り程度に思っておいた方が得ね。
そうこうしている内に、番人が待機する一際大きな空間の手前までやってきた。
後ろを振り返ると、出入り口に差す太陽の光が豆粒ほどの小ささながらに視認する事ができる。
まるで極小の地平線を見ているかのよう。
アラン様は部屋の前で立ち止まると、前方を指差してあたし達に合図を送った。
「みんな、標的のお出ましだ。戦闘態勢と陣形を整え次第戦闘を開始するよ」
空間の奥、部屋の角辺りに5から6メートルほどの大きさを持つ巨大な自立人形が佇んでいるのを確認できた。
その容姿は討伐対象の事前情報と合致している。
標的は奴で間違いないだろう。
一階層を守るに相応しい弱さだったのは過去のこと。
ここを守るあれは現状確認されている番人の中で最も凶暴になってしまった石の巨人。
とてつもない硬度を持つ素材で体が構築されているのは変わっていないようで、柔な攻撃じゃ擦り傷をつけることすら難しいだろう。
ただ、事前に配られた資料の通りなら、攻略にそう時間はかからないでしょう。
今回の戦闘には必勝法とまではいかないが、これを守っていれば確実に勝利に近づけるという裏技が存在する。
まず前提として、階層を守る番人はその大部屋から外へ出る事が出来ないという縛りが存在する。
コイツらは強力な兵器な上に時間経過で完全復活を成してしまう無敵の存在なんだ。
だからこそ、特別な条件を設けてその存在を確立させる必要があったんでしょうね。
その条件はおそらく、『定められた空間の内側でのみ力を振るう事ができる』というものだと推測できる。
だったら、相手に攻撃を当てて部屋の外へ逃げる。
これを繰り返すだけで安全に標的を退治する事が可能よねっていう寸法。
部屋の外から遠距離で攻撃すればいいって話なんだけど、残念ながらそれに関しては対処が施されている。
大部屋外からの攻撃は通路と大部屋の境界に到達した時点で、例外なく相殺されてしまう。
狡猾を潰すためにそういう規格外の守護結界が張られている。
この遺跡を建てた誰かはそうとうな決闘主義を宿す人物らしい。
「部屋の出入り口付近で相手の攻撃を待ち構えるようにして戦う。それを肝に銘じておいてね」
アラン様はあたし達の身を案じるように、油断を消し去るように、冷静な声色で伝える。
彼女が歩き出したと同時に、 各自武器や拳を構えながら広大な空間を持つ部屋へと足を踏み入れた。
アラン様が最前線を慎重に歩く。
続くようにして武闘家のラスカが、そしてその後ろを横一列にあたしと弓兵のメイリーと聖女のセレナが進む。
全員が部屋に侵入し、十歩程度のところで進行を止める。
ここが戦闘を行える最低ライン。
テンペストのメンバーがバックステップ一発で大部屋の外へ撤退出来るギリギリの場所だ。
みんなの息遣いが鮮明に聞こえるほどの静寂が場を支配している。
あたしは標的から視線を離さない事だけに集中する。
詠唱文を即座に部屋の隅に立っている自立人形に向けて杖の先を構えた。
そのはずだった。
確かにそこにいた討伐対象に杖の先を向けたはずなんだ。
しっかりとこの目で捉えていた自立人形は、突如としてをその場から姿を消してしまった。
同時に、アラン様と後衛であるあたし達の間を何かが高速で過ぎ去った。
ぐしゃり、と気持ちの悪い音を立てながら。
追うようにして大きな衝突音が部屋に鳴り響く。
何が起きたのか理解できていないあたし達は、音の発生した自身の左側を覗く以外の行動ができなかった。
視線を向けた先には、鍛え上げられた四肢を持つ少女が石の壁を崩して埋まっているのが見えた。
そしてようやく気づく。
不快な音と衝撃音二つの音の正体は、武闘家のラスカが途方もない威力の打撃を受けて壁に放たれた音だったのだと。
「前へ向かって全力で走れ!!」
唯一、この状況を理解することができていたアラン様が叫んだ。
いつも甘い表情をしている彼とは思えないほど強かで鬼のような形相を宿しながら。
それは、大部屋から退くという必勝法を自ら捨てるという命令だった。
そんな馬鹿げたことをしていいのか、という疑問も一瞬の内に覆される。
あたし達後衛陣は大きな影に包まれてしまった。
その事実だけは理解できる。
ああ、そう言うことか。
後ろにいるんだ、あの巨体が。
あたし達を逃さないように、出入り口の前で構えているんだ。
右手に持っていた細長い杖を握りしめる。
覚悟しろ。
此処から先は死が全力で殺しに来る。




