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143/154

143 太陽と月が交わるその場所は、誰かと誰かを結ぶ恋路の果てらしい

リューカ視点


 大地を離れて空からこちらを見下ろす少女は、大剣を持つ右手を気怠げに振った。


 周囲を囲うように浮遊していた十三の鋭利は、その意思に従い矛先を地上へと向ける。


 そして、柄に灰色の空を映す槍の群れが一斉に降り注いだ。

 ひとさじの殺意を添えられた鉄の雨は、躊躇うことなく肉を貫くために加速し続ける。


 隣で刀を構えている魔族の女は、ギョッとした顔をしながらも移すべき行動の選択を巡らせていた。



「死にたくなかったら動くんじゃないわよ」


「え?」

 


 風を切り裂く音が近づく。

 骨肉を穿つ槍はもうそこまで降りてきていた。



「極密魔力障壁展開、嵐牢、マジカルリフレクション!!」



 即座に展開可能な三つの術式の名前を唱える。


 エリゼが使う自動的な障壁とは違い、魔力に強靭さを持たせた最高峰の魔力障壁。


 (あまね)く暴風を自身の周囲へドーム状に巻き起こす『嵐牢』。


 念押しに、触れた物体のベクトルをそのまま跳ね返す結界『ジカルリフレクション』を張った。


 三重に展開した防御は二人を囲い、降り注ぐ攻撃からその身を護る為に効果を発揮する。


 連続して落ち続ける十三本の槍は、強固な術式へ衝突し見事に弾かれていた。

 失速した槍は硬い地面へと転がり落ち機能を失う。



「流石魔術師! 持つべきものはやはり知識ある友人ですね!」


「え……あたしらってもう友達なの……?

 ちょっと、嬉しい……かも」


「あああ!? リューカさん術に集中してくださいってば!!」


「わ、分かってるわよ」



 十三本目の槍を弾き終わると……十四本目が降ってきた。

 さらに、その尾に続く蒼銀の槍が何本も見える。


 ドキリと軋む心臓を抑えて周囲を見渡すと、寝転がっていた槍は姿を消していた。


 つまりこれはあれだ。

 防壁によって弾き飛ばされた槍をエリゼは再び手元に召喚し、繰り返し刺突の雨を降らしているということ。


 そういう使い方も有りなのか。

 戦闘に対するセンスがあたしの何段階も上なんだと思い知らされる。


 ヴァニラアビスによる説明を聞いた時は代償に見合わない呪いの器だと思っていたけど、全くもってハズレ武器ではないらしい。


 怪物に強力な武装を与えるのは不公平だと思うんだけど。



「パルフェランデヴー、邪魔するモノを取り除いて」



 そう呟いたエリゼの瞳からは光が消えていた。


 『因果調律パルフェランデヴー』


 命令した通りの術式を展開してくれる優れ物の杖。

 ただし、術式展開中は肉体操作の主導権を奪われてしまう制限付き。


 とは言え、そんな制限の元を余裕で取れてしまう程には理不尽な杖だ。


 体の主導権を杖へ移したことで浮遊の祝福能力を制御できなくなったエリゼは、ゆっくりと落下し始める。


 重力に身を預けながら万能杖の傀儡は口ずさむ。



「トール・ディーヴァ・インフィニクシア」



 感情が削ぎ落とされた無機質な詠唱の後、天空から一本の光が勢いよく落ちてきた。


 あたしの知らない魔術だ。

 異国の術か、はたまた天使やら悪魔が使う神話の術なのか。


 どちらにせよムカつくわね。

 こんな危機的状況であたしの好奇心を煽らないでほしい。


 降り注ぐ『メープルアーク』に混じって、天より降りし光の柱があたし達を襲った。


 三重の防壁へと魔力を全力供給を試みたけど、絶えず威力を放ち続ける光柱は徐々に三重の術式を刈り取っていく。



「ぐぅぬぬぬっぅあああああああああああ!!」


「叫ぶ意味ありますっ!?」


「無いわよ!!」



 間もなくして、二人を護る術式は破壊された。


 その衝撃で発生した爆風が肉体を強く飛ばす。

 同時に降り注ぐ槍によって、腕や胴体の数カ所を掠めて痛々しい傷が付けられた。


 地面を転がり揺れる視界の中で、あたしは空の影を確認する。

 落ちていく中で意識を取り戻したエリゼは、そのまま降下状態へと体勢を変えてあたしへと向かってきていた。


 体を突き動かす威力を利用して立ち上がり、杖を構える。

 言い慣れた詠唱をなんとか発しようと全力で喉を動かす。



「フレイムっ」



 詠唱も術式の展開も、何もかもが間に合わない。

 声を出し始めた時にはもう、エリゼが目の前に迫っていたから。


 捉えきれない速度で質量がぶつかる。



「があっ!? ぐっ……」



 鳩尾(みぞおち)に衝撃が走り後方へ吹き飛ばされる。


 体が不規則に回転して宙で踊る。

 世界はぐるぐると色を変えていた。


 体術の心得が無いあたしは無防備なまま地面へと衝突する。


 あたしの鳩尾(みぞおち)を打ったのは『因果調律パルフェランデヴー』。

 物凄い速度で腹に打ち込まれてしまった。


 杖は人を殴る物じゃないんですけど……。


 魔術を自動展開してくれる杖ですら打撃に使う暴君の元に、跳躍を以って繰り出された一太刀が及ぶ。

 魔族は、ブティックの店員とは思えない体捌きでエリゼに斬撃をお見舞いしていた。


 それでもなお、エリゼの優勢は揺るがない。


 槍の群れと大剣と杖を連携させて多種多様な攻撃を下す。

 二刀流が誇る手数の多さは完全に上回れていた。


 何度か撃ち合った後、エリゼは再び空へと舞い戻っていく。


 浮遊したドレスの少女は再び十三本の蒼銀を降らせた。


 直接手を下すことに固執せず、あたし達の射程圏外から一方的に攻撃するつもりらしい。


 同じことの繰り返しだった。

 『メープルアーク』に対して、あたしは壁となる魔術を展開し身を守ることしかできない。


 距離が離れてしまった魔族は両手の刀を使って巧みに槍を払っていた。


 手詰まり。

 その一言に尽きる。


 防戦一方のこの状況を打破するカウンター。

 そんな打開策を思いついたのは、数分経過した後のことだった。


 仮初の計略に骨を与えて道筋を彩っていく。


 上手くいくかは分からないし、死ぬ以上に不気味な目に遭うかもしれない。

 喉を鳴らして孤独に空を飛ぶ少女を見据える。


 今だから分かることがある。

 人と関わってしまった人間は孤独に戻れない。


 エリゼ、空を飛ぶならあたしも連れて行きなさいよ。


 身を守る結界の中で、あたしは杖を掲げた。



「カレイドアステール」



 浮遊するドレスの少女に向かって特大の魔術を解き放った。


 ヴァニラアビスの再演にて、エリゼが『因果調律のパルフェランデヴー』を用いることで発動させた未知の天体魔術。

 底知れない威力を誇るそれは、呪いの総体である不定形の化け物を削り取ってしまう程。


 エリゼ、あんたが訳も分からずに放ってたこの術式、あたしが再現してあげたわよ。


 夜空に輝く星座が内包された純水球体。

 光煌めく天体魔術は弧を描きながら上昇していく。


 だけど、その術式は異変を察知した槍に貫かれ、エリゼに届くことなく潰えてしまった。


 水球は害をなしてきた槍を巻き添えに散り、内包していた星図は縦横無尽に大きく広がる。


 そして、見た目だけを模した擬似的な宇宙が出来上がった。


 『カレイドアステール』と呼ばれる魔術の真髄。

 それは、水球が弾けた後に広がる星空を用いて連鎖的に規格外の術式を展開すること。


 強力な魔術故に射程距離は非常に短く、遥か上空を舞うエリゼには元から届くはずもなかった。



 でも、それで良かったんだ。



 蒼銀の槍を弾き飛ばした上で、エリゼの視界をありったけの星空投影で奪うことこそがあたしの狙いなのだから。


 空間上に映された星々の大海はただの演出。

 そもそも、天体魔術を発動できる程の魔力を消費してしまったら、この後に続く道が途絶えてしまう。


 少しでも危機を感じ取って注意を引かせられれば、あたしの策は成功だ。


 威力を失い地面で寝転んでいる槍を素早く手に取る。

 再召喚されるであろう『冥槍メープルアーク』を。


 瞬間、視点が切り替わった。

 見上げていたはずの空は地面に変わり、足裏の方に曇天が見える。


 頭側が惑星の重力に引っ張られていて不快感が募るのを感じていた。


 作戦は成功したらしい。

 エリゼは思惑通りに槍を回収してくれていた。


 その器に触れていたあたしも一緒にね。


 今度、特殊契約した武器だけを召喚する方法教えてあげるわ。


 今、あたしの手が届く範囲にエリゼがいる。

 この距離まで近づけられれば、意識を乗っ取られる『パルフェランデヴー』に頼ることもできないはずだ。


 召喚される側という未知の体験を経て気分が崩れているのを無視して、あたしは力一杯エリゼに殴り掛かった。



「ねぇリューカちゃん」



 こちらを見向きもせずに名前を呼ぶエリゼに、神経を研ぎ澄ませて放ったあたしの拳は華麗に回避された。


 渾身の一撃を空かして自由落下する最中、冷淡な声が聞こえてきた。



「……掌の底で打った方が良いよ……そっちの方が手も傷つきにくいから」


「ご親切にどうも」



 空に浮くドレス姿の女を見上げている体を半回転させて、視界は大地を見下ろす。


 冷静に体勢を整えて大きな杖を下方へ向けて口にした。



「魔力流動砲!!」



 薄茶色の層が露出した地面へ向けて、全力全開の魔力の波動を撃ち込む。

 衝撃波を発生させて空間を縦断する術式の反動で、再度あたしの体は空を舞う。


 今度こそはしっかりと当ててやる。


 体は高度を上昇させながら加速し続ける。


 そして、高速で移動するあたしの背中をエリゼの上半身にぶつけた。

 

 よろめく程度の威力を体で受け呆気に取られていたエリゼは、瞬時に状況を理解し大剣を構えようとする。


 残念だけど、二度は失敗しないわよ。


 体の至るところに装着しておいたアクセサリー。

 それら組み込まれた身体強化術式を展開させて、あたしは開いた拳を構える。


 背面を衝突させたエリゼへ向くよう体を回転させつつ、最高速の掌底を少女の口辺りにブチ当てた。



「あっ、ごばぁっ!?」



 ゴリッという骨と肉が潰れてしまったような音が鳴るぐらいには痛烈な打撃だった。


 頑丈な歯に接したためか、あたしの右手の内側は綺麗に割れて血液が滲み出る。

 そんな痛みを感じる余裕もなく、ただただ嬉しかった。


 やっと、触れられた。


 掌底の衝撃で飛び出た唾液に濡れた手を雑に衣服で拭う。



「あたしの手のひらにキスした感想はどうかしら?」



 エリゼは仰反った顎をゆっくりと戻す。

 口を手で押さえる可愛らしい仕草も、今だけはバイオレンスに片足を突っ込んでいた。



「いたた……やっぱりリューカちゃんは飲み込みが早いね……」



 そんな言葉を発した口元は既に完治している。

 こうも高速で治癒されると、攻撃を当てた感触が残らないわね。


 やや上を飛んでいるあたしに向かって、エリゼは手を伸ばしてきた。

 必死に逃れようとするけど、空中遊泳の心得が無いあたしはすぐに捕まってしまう。


 あたしのツインテールの片房を無理やり引っ張り体を引きつけると、胸の間に向かって掌底を当ててきた。


 直接心臓を殴られたような衝撃が走る。


 肺から空気は抜けて、苦痛だけが体を満たす。

 眼球も内臓も、色んなものがあたしから出て行こうとしていた。


 乾ききっていた舌をだらしなく出し、その上を這うように透明の液体が滴る。

 

 痴態を晒すのも気にせず、あたしはただ世界を暗転させないことだけに力を注いだ。

 意識が消えそうになるのを何度も耐える。



「ごめんねリューカちゃん、痛いよね……。

 こんなことしたくないよ……だからもう……わたしを放っておいて……」


「いっだぃ……いだぐないがらぁ!!

 ……ん、はぁ……別にあんたが背負ってる痛みに比べりゃ、何ともないわよ」



 絶え絶えの呼吸を無理やり開始して、見え見えの嘘を吐く。


 今の一撃で限界を迎えてしまった体に全力の鞭を打つ。


 まだ、終わってない。



「……どうして……そんなに頑張れるの?」


「あんたにだけは言われたくないわね」


「わたしは……頑張ってなんかいないよ……」


「そんなんになってもまだ世界を壊そうだなんて意気込むあんたのどこが頑張ってないのよ」


「頑張るって、こんなくだらない女に使う言葉じゃないんだよ……。

 叶わないって分かっても夢へ向かって進む。

 そういう人達に使う言葉なんだよ。

 だから……わたしには相応しくない……」


「わからずやね。だったら、あたしの反撃でも喰らって頭冷やしなさい」



 あたしは、あんたの体に触れられればそれでよかった。


 最後の条件であるそれさえクリアできれば、最高火力を怪物にお見舞いしてあげられるから。


 落下の際に煽ってくる風を受けながらあたしは見上げる。

 曇天を背に黒を纏う少女の姿を。


 儚くも寂しくも見えるその姿には、きっと美しく綺麗な祝砲が似合うだろう。



永遠に咲き誇る(エターナル)夜空の火焔花(スターマイン)



 言の葉を紡いだことで、入念に準備していた術式は完成した。


 微かな音が聞こえ始める。

 四方八方から鳴る響きは、幾つもの調が重なり合って轟音へと昇華する。


 大気を振動させながら集約し始めたそれは、火炎を咲かせる爆炎術式。


 半径三キロに及ぶ隕石跡地の円周上から術式が放たれていた。


 数にしておよそ三万発の火種。

 着弾するまでの距離が長ければ長い程に威力を上げる加速魔弾。


 夏の夜を思わせる数多の焔が一人の少女を目掛けて集っている。


 この戦いの前、一時間弱掛けて準備したんだから、せめて嗜虐心を煽ってくれる泣き顔を晒してもらわないと割りに合わないわよ。


 回避不可能を察したエリゼは、十三本の『メープルアーク』で周囲を囲み防御を図っていた。


 砲弾サイズの炎球はその間にも刻々と迫っている。


 地上で待ち構えていた魔族に抱えられるようにして、あたしが地に足をつけたその時。


 轟音を鳴らし、空の海にて焔の花が咲き狂った。


 『自動魔力障壁』への着弾と同時に爆音を鳴らしド派手に弾け飛ぶ。

 十三本の槍と魔力で構成された壁を突き破り、遂にはエリゼ本体へと焔は及んでいた。


 爆炎や熱波による火傷。

 全方位からの爆発による束縛。


 あらゆる種類の衝撃がエリゼを襲う。


 そうして、三万発の種は色とりどりの花を空一面に広げ始めた。



「圧巻ですね……こんな術式を仕込んでるとは思いませんでした」


「夜だったら綺麗に映えてたんだけどな」


「えー、流石にエリゼさん巻き込んてる花火は感動できませんよ」



 華麗で綺麗で強烈な爆発は延々と咲き続ける。


 大量の煙が起こっていて、エリゼの安否は不明。

 やり過ぎていないか、そんな不安が鼓動を早めて痛みを感じさせている。



「冷たっ……」



 杖を握る手にひんやりと冷たい何かが落ちてきた。


 目をやると、白い何かが付着しているのが見える。


 咄嗟に空を見上げて目を凝らすと、爆炎と黒煙の中から規則的な構造を持つ氷の結晶が降り注いでいることに気付いた。



「雪……?」



 魔族が口にした疑問が耳を介して脳に刺さる。


 ふと思い浮かんだのは『想玉の氷』と呼ばれる呪いの器。


 それは、エリゼが契約した呪いの器の中でも最も強力な異物。

 観測できる限りの最低温度を誇る氷を出現させ、自由自在に操ることができる祝福を契約者に授ける。


 無慈悲で理不尽なその力は、数分後の死と引き換えにもたらされることで均衡を保っていた。


 恐ろしいことに、今のエリゼに呪いや代償は通用しない。

 彼女はもう……存分に異能を振るえてしまう。


 瞬時に熱を奪う氷結が空一面に広がった。


 エリゼを標的にし突き進んでいた炎球は例外無く凍結させられ、砂のように消滅していく。


 あたしの魔術は悉くエリゼにねじ伏せられてしまった。


 曇天は雪雲へと姿を変え、季節を早送りする。


 純白の雪が綺麗に舞いゆらゆらと落下してくる。

 花火のような魔術が咲き誇っていた空は既に白で塗りつぶされていた。


 しばらくすると黒煙を散らす突風が吹き暴れ、その中央から無傷のエリゼが現れる。


 少女は白い息を吐きながら言う。



「……すごいね、リューカちゃん」



 完全にお手上げね。


 ブティックを営む魔族が持つ魔力を際限無く使えばもう少し上手くできたのかもしれない。

 そんな図太さがあればの話だけどね。


 怪物相手によくやった方だと自画自賛しておこう。


 エリゼの魔力も一割程度は削れた気がする。


 うん……上出来だ……。


 後は最後の手段に出るしかないかな。

 あたしは残された唯一の未来を信じるだけ。



「凄いのはあんたでしょ」


「……わたしは……何も凄くなんかないよ」


「エリゼ、あたしにはあんたが必要なの。

 誰かに必要とされることって、とっても凄いことだと思うけど」



 本心を語って時間を稼ぐ。


 何か新しい策を思いつくまで、状況を一変してしまうような出来事が発生するまで。

 とにかく時間を稼がないといけない。


 あわよくば、このまま口説き落とせたらいいんだけどそれは無理だろうな。



「どうせリューカちゃんが欲しいのはわたしの異能でしょ」


「そうよ、あたしはあんたの力がいるの。

 願いを叶える力の支えがないと、あたしは夢を叶えられないから」


「わたしは……必要じゃないの……?」


「だから、あんたが必要だって言ってんのよ」


「違う、リューカちゃんが求めている力はわたしじゃないよ……」


「あんたのそれは耐え難い絶望の果てに得た必然でしょ。

 その力はちゃんとあんたの一部なのよ」


「全然違うよ……望んでもないのに勝手に植え込まれただけ……。

 こんな力で喜ばれても悲しいだけだよ……」


「……」



 声を掛けることができなかった。


 今、あたしの中にある言葉はどれも軽すぎる。

 励ましも否定もしてあげられない。


 エリゼと同じ悲しみを抱えたことのないあたしが、これ以上追求していいはずがない。


 戸惑うあたしを見限った少女は淡々と述べる。



「はぁ……なんかもういいや……。

 言われた通りにこんな場所まで来たのに、何も良いこと無かったし……。

 そっか……わたし、また裏切られたんだ……」



 ……。



「あの弓……あの純白の弓は使わないのかしら?」


「……ラブベリーのこと?」



 恋心を矢として射出させる、『星射ちの寵愛(ちょうあい)ラブベリー』と名付けられた弓。


 その器は、今回の戦いで唯一顔を出していなかった。


 それもそのはず、絶望に染まったエリゼは恋心を失う不安に耐えられないだろうから。

 あるいは、既に恋が心から消えてしまっているのか。



「もしかして、使うのが怖いのかしら?

 あんたの恋って案外呆気無いものなのね」


「なんなのリューカちゃん……わたしのこと何にも知らないくせに……」


「何も教えてくれないのに分かるワケないでしょ!」


「勝手だよ、そんなの……ずっと酷いことしてきたリューカちゃんに何を打ち明ければいいの!!」


「それはっ! あんたが……」


「分かってるよ。

 リューカちゃんが『テンペスト』に入ってきた時にちゃんと真実を伝えていれば拗れなかったんだって。

 だから、悪いのはわたし。

 こんなことなら……二人でパーティを組んでおけば良かったのかもね……」


「……そうやって自分を否定し続けるのね、エリゼは。

 だから、自分の恋まで否定しちゃったの?」


「なんで……なんでそんなこと言うの……違う、違う違う違う」


「世界で一番可哀想なのは自分だって思い込んでるんでしょ。

 だから、ミュエルがめちゃくちゃ落ち込んでることにも気付けないのよ!!」


「うぅ……そんなの……そんなの分かってるよ!!!

 どうにもできないから壊すんだよ!!

 全部全部壊して!! わたしも死んで!!

 また一から始めるために全部終わらすんだよ!!

 今度はちゃんと……綺麗な恋をしたいから……。

 だから、もう終わりにしよう」



 御伽噺の悲劇を何作も束ねてその身に受けた少女は、禍々しい大剣を構えて急降下する。


 今までの甘い攻撃とは違い、今度は確実にわたしを殺しに来ていた。

 

 純粋な敵意はあたしではなく、世界そのものに向けられたもの。


 そっか……あたし、会話が下手なんだった。

 そんな当たり前のことも忘れてたのか。


 友達付き合いなんて全くやってこなかった女が、優しい人に囲まれて尚闇を抱え続けていた女を説得することなんて不可能だったんだ。


 感覚が極限まで研ぎ澄まされた。


 時間が低速化して音が鮮明に聞こえる。

 秋の終わりの匂いが微かに鼻腔を刺激し、口内に大気の味があふれる。


 隣の魔族は降り注ぐ槍を捌き続けるので精一杯なくせに、あたしへ心配の矢印を大量に送ってきている。


 もし、ここであたしが死んでもあんたは気に病むことないから。

 これは、あたしが受けるべき報いだっただけ。


 時間が進むに連れて、視界を占めるエリゼの割合が大きくなる。


 瞬く間に死を悟った体は驚くほど鎮静だった。

 ゆっくりと瞼を閉じる。


 どうか、殺されませんように。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……空より堕ちし衝撃があたしに届くことは無かった。


 最低入院最高死亡の覚悟を決めたというのに、いつまで経っても体は消滅しない。


 震える瞼をゆっくりを上げていく。


 視界を確保した途端に斬撃が飛んでくるなんて恐怖を想像しながらも、勇気を振り絞る。



「あ……あぇ……? な、なに……これ……?」



 滑空してあたしへ突っ込んできたはずのエリゼは大地に墜落していた。

 体を痙攣させて呻きを垂れている。


 時間を司る感覚が正常さを取り戻りしたと同時に、体を蕩かすような感覚があたしを襲った。



「おえっ……何、この甘ったるい魔力……」



 苺とホイップの乗ったショートケーキを桃の果汁で煮込んだような甘さ。

 

 砂糖や蜂蜜でさえも超越する特濃の愛を感じていた。

 絶望を宿した魔力に対して、甘美を溶け込ませた魔力をぶつける何者かがいる。


 その異変はちょうどあたし達の背中側から寄ってきていた。


 どよめくような雲は裂け、太陽の誇る恵みが差し込む。


 青空には虹の橋が弧を描いていた。


 眩しい。

 まるで、演劇の世界に入り込んでしまったみたい。


 振り向くと、影が見えた。

 歩行のシルエットさえもが綺麗な美少女がこちらに向かってきている。


 黒の猫耳カチューシャ。


 漆黒の給仕服と白いエプロン。


 透けることを知らない暗黒のタイツ。


 その他諸々ツッコミどころしかない滅茶苦茶で独特なファッションだけど、彼女が身に纏うことで完璧に至っていた。


 隣で自慢げに立っている魔族店員に言いたいことは山ほどあるけど、それは全てが終わった後にしよう。



 ミュエル・ドットハグラ。



 あんたの為に時間稼いでやったんだからね。


 下手な煽りなんて本当は口にしたくなかったんだ。

 時間稼ぎで言いたくないことも叫んだ。


 これでエリゼに嫌われちゃったら……恨むから。


 だから、上手くやりなさいよ。



「私達は退散しましょうか」


「そうね、巻き込まれたら流石に死にそうだし」



 痙攣するエリゼに頑張れと心の中で呟く。


 意を決して戦線離脱を開始した。


 疲弊の限りを尽くしている体を無理に動かして、砂と岩が混じった硬い大地を走る。


 覚悟を決めたメイドとすれ違う。



「ありがとう、二人とも」



 どこか申し訳なさそうにしながらも、爽やかな顔でささやかな感謝を告げてくれた。


 本当、大遅刻だからね。



「遅ぇわよ」



 ヘロヘロの笑みを浮かべて悪態を贈った。


 元聖騎士メイドと最強武装の怪物女が視線を交わすその場所は、きっとこれから破壊と消滅に塗れる異界と化するだろう。

 神話よりも壮大な痴話喧嘩が始まろうとしている。


 エリゼを救えるのはミュエルだけなんだから、全力でぶつかってきなさいよ。


ブクマや評価を入れてくれたり、いいねをくれる方々には感謝しかないです。

誤字脱字の報告も凄く助かっています。

ありがとうございます!

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