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014 歯車は動き出す

 

 衣服を買いに都心部へ出掛けたあの日から一週間の時間が流れていた。


 ありがたいことに、ミュエルさんから突然具合が悪くなったことに対する言及はなく、通常運転の日常を過ごすことができている。


 それからミュエルさんは屋敷での生活に慣れ始めたようで、家事の代行業務も卒無くこなす一人前メイドへと成長していた。


 わたしが教えることも次第に減り、落ち着いて過ごせる時間が増えた。

 考えなくてもいいことに思考力が持っていかれる時間が増えてしまうのは勘弁願いたいので、なるべく暇は削ろうとしている。


 と言うわけで、現在絶賛ティータイム中なわたし達なのでした。


 中庭に植えられた花々に囲まれながら屋外テラスでメイドと優雅にお茶を頂く。

 こんな素敵なお昼時を贈っても良いのかな。


 ずっと憧れていた人とただ時間を共にしているという事実だけがわたしのしがらみを忘れさせてくれる。


 ただ、そのミュエルさんに関して少しだけ気になることができていた。


 あなたは仕事の振り当てがない空き時間。

 左手で右手首を握り込んではずーっと摩っている。


 時折見せるその癖が、なんだか気になって仕方がない。


 肌に良くないというのもあるけど、本質はそこじゃない。

 精神的な部分で問題が生じているような、そんな不気味さがわたしの心配性を駆り立てている。


 今だってほら。

 あなたは飲みかけの紅茶テーブルに置き、竿に干してある洗濯が乾くのを眺めながらもその癖に見舞われていた。



「みゅんみゅん、なんかもじもじしてるよね。お手洗いなら我慢せず行きなよ?」



 わたしの心配を耳にしたミュエルさんは何故かにドン引きしていた。

 別に変なこと言ったつもりはないんだけど、空気は冷え切り時計は針を止めている。

 できれば、そのまま秒針を巻き戻してくれないだろうか。


 無限に感じた一瞬も、どこからか吹いてきた爽やかな風によって再び活動を始めた。


 その間に思考を張り巡らせたメイドは、ド直球な言葉の存在しない裏を読んで何かを勝手に察したらしく。



「い、いや……そういうのはメイドの仕事じゃ……ないと思う」



 紅茶を吹き出しかけた。

 と思いたいけど、言い逃れできない程度には口から液体が放出された。

 勿体ない。


 わたしの足りない推理力でも理解できた。

 目の前に着席している元聖騎士メイドは、どうやらわたしをド変態と勘違いしているらしい。


 確かに、ご主人様とかいう如何わしそうな立場の人間が急にお手洗いなどとぶちかましあそばせて来たら、従者は身の毛がよだつ程の危険を感じるだろう。


 流石に迂闊すぎたな、この変態低脳女(エリゼちゃん)ってやつ。


 ……いや、やっぱりお手洗い我慢するなは別におかしなことじゃない気がするけど。


 とりあえずミュエルさんの反応からして、手首を摩る癖はもじもじしてるからという線は消失した。

 そして、わたしは弁明をしなければいけない。

 今後の関係維持のためにも。



「ち、違うから!!

 言葉のままの意味だから!!

 わ、わわっ、わたし別に飲ませて欲しいとか思ってないから!!」



 もう勢い余って言わなくていいことまで口にしてしまった。

 これじゃあ余計に怪しいじゃないか。

 焦ってる時って、余計に疑心を助長させてしうこと口走っちゃいがち。


 あなたはじーっとわたしの方を凝視している。

 ダメだ、信用してくれていない。


 元聖騎士様のジト目には興奮を隠せないけど、ちゃんと本題へ移さないと。

 じゃれあって得る幸福だけじゃ、悩みは解決しない。



「えー、こほん。

 もうド直球に聞いちゃうんだけど、みゅんみゅん何か困ってるよね?」


「……いや、ご主人様には関係のないことだ」



 あからさまに目を逸らして、ぶっきらぼうにそう言った。

 やっぱりあなたに隠し事はむいていない。

 だけど、嘘はいつまでたっても下手でいいよ。

 誰かを騙す技術に努力を振るのは少しもったいないから。



「やっぱり困ってた。

 わたしの目に写るみゅんみゅんは、時々どこか不安気で悲しそうだったもん。

 不安なんだよ、わたし。

 もしかしたらこのままどこか行っちゃうんじゃないかって……また、戦場に戻っちゃうんじゃないかって」



 癖を起こしている時、あなたは必ず遠い場所を見据えていた。

 わたしじゃなくて、他の誰かを想っているように。


 わたしはその目を知っている。

 彼女が聖騎士として騎士団に仕えていたときの涼しい目だ。

 そこに宿っているのは、国を守る為に戦う覚悟。


 せっかく夢である仕事に就けたはずなのに、戦場とかけ離れたメイドという平穏に足を踏み入れたというのに。

 どうしてあなたはその目をしているの。

 どうしてあなたはまだ、過去を引きずっているの。


 わたしの思い込みとは裏腹にミュエルさんは言う。



「それは無いだろうな」



 その前置きを済ませると、あなたは深呼吸をして狂ってもいない息を整える。

 そして、わたしを捉えていた目を俯かせた。

 視線を左右に配らせ、筋肉質なふとももに置いている両手に力を込めている。


 ああ、わたしは間違ってしまたんだ。

 気軽に聞いてはいけないことを、好奇心だけで問うてしまったんだ。


 こんな顔を見たかったんじゃない。

 こんな苦しそうな姿を見たかったわけじゃない。

 ただ、少しでも格好をよく見せられたらと欲をかいてしまった。

 あなたの力になれればと。


 一ヶ月やそこらの仲のわたしでは、まだこの話を振ることは許されていなかったんだ。


 そんな顔……見たかったわけじゃない……ごめんなさい……。


 メイド服の彼女は葛藤を続けている。

 悲しそうに寂しそうに儚げに。




「私はもう戦えないんだ」



 元聖騎士のあなたは、喉を振り絞るようにそう口にした。


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