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132 そして、わたしは逃げ出した

過去のエリゼ視点


 大通りから少し離れた場所にあるギルドが管理をしている集合住宅。


 家賃が格安なその建物の三階。

 そこに大切な幼馴染と一緒に暮らしている家がある。


 お見舞いにも来てくれなかったし、入院もしていない幼馴染二人。

 でも、この家には居るみたいだ。


 大切な二人に想いを馳せながら、ゆっくりと階段を登る。


 空を見てみると、星空が広がっていた。

 綺麗だけどどこか寂しさを感じてしまう大きな空だ。


 三階に着くと、虫が集る廊下に出て目的の部屋前まで進んだ。


 わたしの体感で言えばたった二日程。

 そんな短い時間の別れだったけど、二人にとっては久しぶりの再会なんだろうな。


 喜んでくれるかな。

 抱きしめてくれるかな。

 心配掛けちゃったかな。


 そんな不安が押し寄せる中、わたしはドアノブに手を掛けてゆっくりと引っ張った。



「ただいまー!」



 少しだけ大きめな声でそう言って玄関へ足を進める。


 すると、奥の方から微かに声が聞こえてきた。



「あっ、ちょっとそこは優しくして欲しいな」


「悪りぃ、痛くなかったか?」


「うん、大丈夫。焦らなくていいよ、ゆっくりでいいからね」



 明かりが漏れる部屋から桃色纏う淫靡な声が聞こえてきた。


 靴を脱いで慌てて駆け込む。

 いくら幼馴染とは言え、三人の共生空間でそれは許されないよ。



「ちょっとちょっとー!

 エリゼちゃんがいない間にやらしいことしてたりしないよねー!?

 混ぜろとは言わないけど観戦希望……って……え……なんで……?」



 上裸のシャウラちゃんがいた。

 幼馴染の体なんて飽きるほどに見てきたから、特段異常というわけじゃない。


 わたしが言葉に詰まった理由は、彼女の体が最新の記憶と全く同じ状態だったから。

 あの遺跡で最後に見た時と何も変わっていなかったから。


 右腕と左足が欠損していて、右目には眼帯が付けられていた。


 そして、濡れたタオルでシャウラちゃんの体を拭いているカトレアちゃんがいる。


 ……わたしの予想が正しいのなら、二人の体は入れ替わったままだ。


 二人はわたしの方へ振り返ると、優しく笑った。



「あっ! おかえり、エリゼちゃん!」


「久しぶりだな、エリゼ。

 報せは聞いてたけど、本当に目が覚めたみたいで良かったわ」



 まるで、何事も無かったかのように振る舞ってくれている。


 ……。


 わたしは治ったのに、どうして二人は治ってないの……?

 やだよ、こんなのって……。


 わたしだけ無事だったなんて、残酷過ぎるよ。



「なんで……全部終わったんじゃ……」



 滝のように降ってきた感情によって、わたしは泣き崩れてしまった。

 泣きたいのは二人の方なのに。


 明るい感情は全く出てこないのに、悲しみだけは溢れて来る。


 こんなに悲しいのなら、わたしにも呪いを残して欲しかった。

 耐え難い代償を残して欲しかった。



「ばーか、何勝手に憐れんでんだエリゼ。ぶっ飛ばすぞ」


「ごめん……でも、わたしだけ無事だったなんて最低だよ……」


「悲しまないで、エリゼちゃん。

 私達三人なら、悲劇だって喜劇に変えられるんだから!」


 

 カトレアちゃんは、未だ塞がらない不治の傷を負いながらも優しく笑っていた。


 わたしがいない一ヶ月間、二人はこの状況を飲み込んだんだ。


 だから、今更わたしが問題を掘り返しちゃいけない。

 二人が笑顔でいるんだから、わたしも悲しんじゃいけない。



「……うん、そうだね。そうだよ。

 わたし達は無敵の悪党パーティなんだから無邪気に楽しいことだけ考えれば良いんだよ!」



 涙を吹き飛ばす勢いで声を張ってみたけど、その威勢は鎧に成り得なかった。

 悲しさはずっと続く。


 わたし、上手く笑えてるかな。



「悪党の割には嘘が下手だな」


「うぅ、だって……だってぇ……」


「ま、急がなくてもいいんだ。

 オレらはもう普通じゃねぇ。

 だからさ、呪われた者のペースで気楽に生きてこうぜ」


 シャウラちゃんは、泣きじゃくるわたしを抱きしめて背中を撫で続けてくれた。


 幼いのは、わたしだけ。

 二人は少しだけ大人になっていた。


 問題を乗り越えていた。


 わたしも、そちら側に行かなくちゃいけないな。



「あの、私の服持ってきてくれないかな?

 ずっと半裸はちょっと恥ずかしいかも。

 いや、シャウラちゃんの体だからどうでもいいんだけどね」


「おい」



 それから、シャウラちゃんはわたしが気絶してからのことを話してくれた。


 わたしが大剣を抜いた直後、不定形の異形は消滅したらしい。

 よく分からないけど倒せたってことで良いんだよね。


 その後、唯一動くことのできたシャウラちゃんが一日以上掛けて病棟に運んでくれたみたい。


 でも、わたし以外の二人は教会でも治療できない呪いに掛かっているらしくて、入院ではなく自宅療養を選択した。


 今回のことをギルドに報告すると、依頼の危険性を想定しきれていなかったこともあって、多額の報酬と補償金を貰うことができたんだって、苦笑いを見せながらシャウラちゃんはそう言っていた。


 わたし達『シャイニーハニー』の夢だった、住宅街の一等地にあるお家。

 それを何軒も購入できるぐらいには貯金ができたみたい。


 そして、翌日からはいつもと変わらない日々を送った。


 三人でご飯を食べて、思い出話をして、笑いあった。


 変わったのはギルドにあまり行かなくなったこと。

 行けない、という方が正しいかな。


 流石に今の二人を連れて依頼なんてこなせないからね。

 それでも、わたしは合間を見て顔を出していた。


 他にも、まともに動けなくなってしまった二人の代わって、わたしは食料や日用品の買い出しをしに街へ出掛けることが多くなった。


 一度だけ、シャウラちゃんと一緒に出掛けたことがあったんだけど、五分ほど歩いたところで彼女は悲しく笑った。

 「悪ぃ、やっぱ帰るわ」だってさ……何も悪くないよ。


 シャウラちゃんが代償として支払った移動速度制限。

 その呪いはずっと彼女を蝕んでいた。


 カトレアちゃんは、部屋の窓から外を眺めることが多くなった。

 その姿を見るのがとても辛い。


 だから、わたしは家でできる楽しいことをたくさん探した。

 本も買ったし、机の上で遊べる卓上遊戯も買った。


 それに、絵も始めてみた。

 二人はどんどん上達するのに、わたしはずっと下手くそのままだった。


 わたしが川で釣ってきた小さな魚を飼ったりもしたけど、老体だったらしくてすぐに死んじゃった。

 カトレアちゃんは泣いていた。


 余計なこと……しちゃった……。


 料理を勉強する事にした。

 レシピの載っている雑誌を買って、色々試してみた。


 朝昼晩、その三食をわたしがずっと担当して色々な料理を提供し続けた。

 そのおかげで腕はだいぶ上がったよ。


 シャウラちゃんとカトレアちゃんは美味しそうに食べてくれた。


 それが凄く嬉しくて、料理が好きになった。

 でも、お世辞だったらどうしよう、そんな疑心は常にあった。


 ずっと気を遣ってくれているのかもしれない。

 病棟で目覚めてから、ずっとその思考が離れてくれなかった。

 ネガティブな考え方をすることが圧倒的に増えていた。


 そして、わたしが目覚めてから二ヶ月。

 その日は訪れた。


 わたしが作ったお夕飯を食べている最中。

 カトレアちゃんは世間話を始めるように口にした。



「ギルド、抜ける手続きしよっか」


「え? な、なんで……?」



 なんで、だってさ。ふふ、笑える。


 理由なんて分かってるのに、どうしてわたしは目に入れようとしないのかな。

 正真正銘のクズだよ、エリゼ・グランデは。



「お金をたくさん貰ったから、夢だったお家も買えるようになったよね。

 それに私も少しだけ動けるようになってきたしシャウラちゃんも移動に慣れてきたから、もっと色んなことができるようになると思うんだ。

 でも、だけど……もうギルドの活動はできないかな……」



 大きなお家を買って幼馴染三人で一緒に暮らす。

 それはわたし達『シャイニーハニー』の夢。


 この小さな家には置けなかった家具も飾れるし、各々の趣味だって広がると思う。


 ガーデニングとかも始めちゃってさ、それでシャウラちゃんが花粉で苦しむんだ。

 カトレアちゃんの淹れる紅茶を飲みながらその光景を眺める。


 それはとても幸せなんだろうな。


 ……。


 でもそれじゃ、だめだよ。

 だめなんだよ。


 だってわたし、まだ夢を叶えていない。


 ミュエル様と並ぶっていう夢を。


 ……。


 結局、わたしは答えを出さないまま夜を迎えてしまった。


 ううん、答えは出ていた。

 口に出すのが怖かったから答えていないだけだ。


 雑に敷かれた布団の中で体を丸める。


 じきに夏が始まる。

 寝苦しい日々がやってくる。


 外で鳴く虫の声がやけにうるさく感じた。


 三人並んで眠っているのに、二人の方を見ることはできなかった。

 もう、この二人を直視できない。


 わたしは強さを求め続けたい。

 だけど、二人はもう戦うことができない。


 矛盾。

 どちらかを選ばなくてはいけない。


 生まれて初めて幼馴染と意見が割れてしまった。


 喧嘩をしたことは何度もある。

 その度に仲直りしてはより一層仲が深まって、その積み重ねで互いの理想を擦り寄せてきた。


 でも、わたしは今目の前に立ちはだかる難題を解く術を知らない。


 また三人一緒にギルドで活動する。

 そんな未来が存在しないことを確信してしまったから。


 ……。


 翌日。

 わたしは置き手紙を残して二人の前から姿を消した。


 ごめんなさい。

 卑怯な女でごめんなさい。



ブクマや評価を入れてくれたり、いいねをくれる方々には感謝しかないです。

ありがとうございます!

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