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125 ねぇミュエル、共犯者になってくれるかしら?

リューカ視点


 エリゼが失踪してから二日目。


 秋の日の早朝。


 身の丈ほどある大きな杖を抱えながら、あたしは再びエリゼの屋敷を訪れていた。


 何度見てもその屋敷の大きさに驚く。

 二人で住むには広すぎると思う。


 正門から建物の入り口まで進み、あたしは手の甲を打ちつけるように扉を叩いた。


 高価そうな扉をノックするのは気が引けるな。

 それに何より、手を痛めるのが嫌だ。


 どうして人の家へ訪れる度に自傷しなくちゃいけないんだ。


 それからしばらく、外気冷たい秋空の下で待たされたが出迎えのメイドが来る気配は微塵も無い。



「おじゃましまーす……」



 そう言って、あたしは静かすぎる屋敷に足を踏み入れた。


 二日連続で不法侵入をかましたくはなかったんだけどな。

 一応挨拶はしておいたから、ギリギリセーフでしょ。


 とりあえず、何度も入れてもらったことがあるリビングを確認してみたけど、給仕服を来た長身女は見当たらなかった。


 奥に続いているキッチンにも気配は無い。


 屋敷の施錠をしていない以上、ミュエルは確実にいるはず。

 布団の中でぐっすり睡眠決め込んでる可能性もあるけど、流石にこの状況下で二度寝できる程の精神力は無いと思う。


 リビングを出てからは、客間、物置、空室、お手洗い、空室、空室と次々と部屋を回った。


 ……やっぱり二人で住むには広すぎるんじゃないの。


 そして、一階部分も残すは浴場のみとなった。

 

 不安と期待を心に宿しながら脱衣所の扉を開けると、女の子座りをしたまま動かなくなっているメイドがいた。


 勝手に部屋に入ってきたあたしに気付いているのかどうかは分からないけど、彼女は虚な瞳で床を見つめて動かない。


 動作の少ない浅い呼吸を繰り返すだけ。


 昨日よりもだいぶ酷くなってるわね。

 想像している以上にこの女はエリゼに依存しているらしい。


 ……それなら、どこまでも貫いて見せなさいよ。

 こんなところで凹んでないで、さっさと立ち上がって好きな女の元へ縋りに行きなさいよ。


 とは言え、どう声を掛ければいいかは分からないな。

 あたしは今まで友達なんて一人もいなくて、ずっと孤独に生きてきたから。


 だから、弱った女の励まし方も知らないんだ。


 知っていることがあるとするなら、このメイドを立ち直らせるのはエリゼだけだってこと。



「ミュエル、今からあたしに付いて来なさい」


「……」



 メイドは無言で反応を示さない。

 項垂れたその体には、もう魂が宿っていないのかもしれない。


 なら、もう一度気合いを入れ直してやればいい。



「あんた、エリゼのこと何も知らないでしょ。今から全部暴きに行くわよ」


「……私にはその資格が無い」



 俯きながら、ただ一言発した。


 エリゼの名前が出た瞬間にこれかよ。


 ……あたしの言葉じゃあんたは動いてくれないの?

 友達って、その程度の関係なの?


 なんて、卑屈になるのはあたしらしくないな。

 返事しちゃったんだからさ、あたしはこのまま押し切らせてもらうわよ。



「そんなもの、あたしだって無いわよ。

 人の過去を暴く資格なんてどこも発行してくれない。

 そうね、だったら言い方を変えようか。

 あたしは今から罪を犯しに行くから、あんたも共犯者になりなさい」


「酷い誘い文句だな」


「デートに誘うよりはあんたが頷く可能性高いでしょ?」



 ミュエルはあたしの顔を見上げて少しだけ何かを考えると、再び下を向いた。


 肩を落としながら給仕服のスカートを弱々しく撫でる。



「……掃除、終わってないから……行けない……」


「なら今すぐ済ませなさい。それとあたしの朝ご飯も作りなさい」


「なんで……?」


「お腹空いた以外の理由があると思う?

 そうね、暖かいスープとトースト、あとフルーツも。

 あ、でもキウイはやめてね。嫌いだから」



 もう逃さないわよ。


 あたしからも、辛い現実からも、これ以上目を背けちゃいけない。


 じっとしてないで動けば気分も変わるかもね。


 座り込んだまま動こうとしないメイドの両脇に無理矢理両手を差し込み持ち上げ……持ち上がらない……。



「お、重いっ」


「……そのまま運んでいってくれ」


「そのままも何も、お尻ちょっと浮いたぐらいじゃない!

 引きずってくことになるわよ」


「それは困る……でもスカートで掃除できるから別にいいか……」


「しょうもないこと言えるんなら自分で動きなさいよ!!」



 心配して大損こいてしまった。

 茶目っ気見せられるぐらい元気なら、こんな湿っぽいところで引き篭もるなよ。


 ……いや、違う。

 そうだ、ほんの数分前まで瞳に光を宿してなかったじゃないか。


 これ、多分エリゼのアレだ。

 あいつが今まで無理に演じてきた人を悲しませないための嘘。

 それと同じ気がする。


 面倒なところ影響されてんじゃないっての。



「はぁ……ったく、あたしも手伝うから、さっさと終わらせるわよ」


「……ごめん」


「手を貸してあげるのは今回限りだからね」



 そうして、あたし達は屋敷の掃除を始めた。

 勝手に屋敷に上がった罪滅ぼしにもなるし、ちょうど良いかもね。


 ミュエルはあたしの何倍もの効率で埃を排除する上に、日頃から掃除が行き届いているおかげでほんの数十分ほどで片づいた。

 掃除って、案外ストレス発散になるのね。


 その後、手を洗ったあたしはリビングに招かれ、大きめのテーブルの前に座らされた。


 ミュエルはその奥にある大きめのキッチンで料理を始める。


 他人のメイドに朝ごはんを作ってもらってる上、あたしはその後ろ姿を眺めていた。


 ……ちょっと良いかも。


 けど、これ以上直視するのはなんだかエリゼに殺される気がする。

 だから庭の方へ目をやることにした。


 花壇に植えられた花々は冬に耐えうる強い種類。


 雑草もほとんどなく、綺麗に切り揃えられた植木。


 白百合が似合う屋根付きのベンチ。


 屋敷の外も中々素敵ね。



「ミュエル、朝ごはん食べ終わったら深淵の遺跡に向かうから」



 メイドはフライパンや包丁の音を立てながら、背中越しのあたしに応える。



「……どうして遺跡へ?」


「遺跡の一番奥にエリゼの忘れ物があるかもしれないから」


「ご主人様の?」


「エリゼが幼馴染と組んでたパーティ、『シャイニーハニー』って言うらしいんだけどさ。

 実はそのパーティが遺跡を攻略してたみたいなの。

 でも、遺跡の最深部で事故発生。

 少女達は呪いを負ってしまったとさ」



 その雑な説明を口にした直後、ほんの数秒間だけこの屋敷から音が消えた。



「……ご主人様も呪いを?」


「それを確かめに行くのよ。あんたも来なさい」



 ま、何かが残っているなんて保証は無いんだけど。


 無駄足になればその時はその時。

 日光浴びに散歩でもした気になっとけば良いのよ。


 庭や空に見とれてたあたしのすぐ側で、コトンと音がした。

 テーブルの上に料理が置かれた音。


 香ばしい匂いが鼻を通って摂食中枢を刺激する。


 朝早いってのに唾液が止まりそうにない。



「トマトチーズリゾットとオムレツとハンバーグだ」


「なんか……朝食にしては重くない?」



 ていうか、スープとトーストはどこ行ったのよ。


 そんなあたしの文句も虚しく、対面に座ったミュエルは早速食事を始めた。


 仕方ないので、あたしもスプーンを手に取りリゾットを口に含む。


 ちょっと熱めのチーズが、あたしの口からスプーンへと橋を架けるように伸びていた。

 煮込まれて跡形も無くなったトマトだけど、しっかりと味を残している。

 

 プレーンなオムレツも綺麗な形で、ザ朝食って感じ。


 ハンバーグは肉汁がたっぷりで、それだけで喉が潤いそうだった。



「ミュエル、あんたメイドね」


「そうだが……?」


「本当にメイドよ。すっごくメイド。マーベラスメイドよ。

 ねぇ、一応聞いとくけど調子はどう?


「絶不調だ」


「にしては料理も美味しいし、掃除も行き届いてるじゃない」


「それはご主人様が私にくれた大切なモノだから。

 だから、怠れない、忘れられない」



 何かを抱きしめるみたいに、綺麗なメイドは胸に両手を置いた。


 脱衣所でぐったりとしているミュエルを目にした時は相当危険な状態だと思ってたけど、少しは動けそうね。


 あたしが料理を食べ終える頃、ミュエルは再びキッチンに戻ったかと思うと、何か小さなお皿を手にしてあたしの方へ向かってきた。



「これ、デザート」



 彼女はそう言いながら、緑の果肉が乗った小皿をあたしの目の前に置く。



「キウイじゃん!!!」



 あたしは頭を抱えながら叫んでいた。

 最悪だ。





 ☆





 なんとかミュエルを誘うことに成功したあたしは、彼女と共に街から遺跡までの道のりを歩いていた。


 苦手な果物で朝食を締めたおかげで、口内の歯茎から舌に至るまでの全細胞が不満を垂らしている。



「うへぇ……」



 遺跡までの道は、エリゼ邸に続く林道よりも自然が多い。


 見頃をやや超えた紅葉で彩られた歩道を進む。


 隣に金髪美形の聖騎士メイドを連れているんだけど、屋敷を出てからというもののずっと無言を貫いている。



「騎士団にもエリゼの捜索を頼んでみたんだけど、あんまり期待はしないで欲しいってさ。

 あんたの後輩達、最悪ね」


「……」


「エリゼ、普通に迷子になってるだけだったら笑っちゃうわよね」


「……」


「寒くなってきたわね。このまま気温が下限までいっちゃたらどうする?」


「……」


「てか、スカートの中で住んでいい?」


「……」


「いてっ!? えっ……頭の上に栗落ちてきたんだけど!?」


 とげとげの皮に包まれた栗を摘んで、隣を歩くメイドに見せる。


 秋の風物詩があたしのキモ発言に即効性の天罰を下したというのに、ミュエルは顔色ひとつ変えずに歩き続けていた。



「えーん」


「……」



 遺跡までの道中、あたしはこんな風に無言のメイドに向かって話題を過剰供給し続けた。


 気を遣うのってやっぱりあたしには向いてないな。

 精神が擦り下ろされている気がする。


 間もなくして、嫌な思い出しかないトラウマ座標に到着した。


 目の前に聳えるは巨大な人工物。

 城にも見えるそれこそが、周りを囲む平穏な草原に相応しくない『深淵の遺跡』。


 そこでようやくミュエルは声を聞かせてくれた。

 とても小さな声で。



「リューカ……私、この遺跡が精神的に駄目なんだ。

 だから、怖くて話が一つも入ってこなかった」



 どうやら、嫌な思い出があるのはあたしだけじゃないらしい。


 それに、先程までのあたしはスベっていたということでは無いみたいだ。多分。



「あんたねぇ、そういうのは先に言いなさいよ。

 でもまあ、安心していいわよ。

 今はあたしが隣にいるんだから」



 大きな杖の先端を肩に置いて、ウインクをしながらそう宣言する。

 エリゼがいない今、全部あたしに任せていいわよ。


 弱気だったミュエルは、あたしの言葉を聞いて何故か震え出した。



ブクマや評価を入れてくれたり、いいねをくれる方々には感謝しかないです。

ありがとうございます!


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