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122 エリゼへ、出かける際は行き先を伝えておいてください

リューカ視点


 ミュエルと別れた後、あたしは秋色の落ち葉が敷かれた林道を歩きながら考えていた。


 ついこの間まで友達在らずの生活を送っていたあたしが、今をときめく金髪メイドへ説教垂れた訳なんだけど。

 流石に説得力が無さすぎるな。


 ミュエル、あたしはあんたを元気付けられないわ。

 それってやっぱり、エリゼの役目だから。


 だからまずは、その家出女を探さないと。

 

 あたしとセレナの会話が聞かれていた以上、これはあたしの責任でもあるんだ。


 感触の良い地面を踏みしめながら進み続ける。


 金木犀の香りは微かにだけ感じられた。


 そろそろ冬が訪れる。


 嫌だな、寒いのは。





 ☆





 エリゼ邸から寮へ帰ってきた後。

 セレナの手伝いを受けながら魔術でエリゼの居場所を探ってはみたものの、結局見つけ出すことはできなかった。


 探知を妨害してしまう環境にいるのか、あるいはそういう術式を使っているのか。


 どちらにせよ手詰まりなことには違いない。


 立ち止まっている訳にもいかないから大通りへ出てきたけど、今のところ進展は無し。


 エリゼの居場所か。


 あたしが知っているあいつの情報だけじゃ、何処にいるかなんて目星すら付かない。


 好きなご飯とか、好きな音楽とかも全く知らない。


 知っているのは、お人好しで自虐的。

 後は単純に強いことぐらい。


 何も知らない。


 ……。


 大体なんなんのよあいつ。


 毎回毎回家出ばっかり。

 友達に甘えることぐらい覚えろっての。


 いや、迂闊だったあたしも悪いんだけどさ。

 文句の一つも垂れないで逃げられると弁解とか説得もできないじゃない。


 ていうか前から思ってたけど、あいつの視線ってちょっとやらしいとこあるし。

 今回の仲違いもエリゼが変態だから下された罰とかでしょ。


 参加者一人の脳内不満ぶち撒け大会エリゼ編を繰り広げていると、いつの間にか大通りを少し外れた筋まで足を運んでいた。


 大通りと隣接しているにも関わらず、薄暗いその通りは近寄り難い空気感が漂っている。


 その奥に建っているお店がとりあえずの目標。

 一ヶ月前、裏通りで偶然出会った知人未満のヤバい奴が営んでいるブティック。


 確か、ブランド名は『アゲハアガペー』。


 黒の扉を開け中へ入ると、そこはもうこの街とは別世界だった。


 ここらに立ち並ぶ店はどこもそうなんだろうけど、ここは一際異彩を放っていて世界から孤立した空間だと表現できる。


 インテリアの様に飾られる商品の数々から、デザイナーの心象風景を受け取れてしまう。

 それ程に美しかった。


 お目当ての人物はと言うと、カウンターの内側で何やら作業をしていた。


 お昼時のせいか客の足は周囲の料理屋に取られているみたいで、店内にはあたしとその店員の二人きり。


 何故か無視を決め込む彼女の元へ向かう。


 黒髪と綺麗な一重、そして複数の片耳ピアスが特徴的なその女はあたしを軽く見上げる。



「いらっしゃいませの挨拶も無しかしら?」


「お客様以外には侮蔑と誹謗しか口にできない規則なので黙っていました」


「客かもしれないでしょうが」


「ショーケースを一瞥すらしないあなたが?」



 敬語口調でこうを毒吐かれると反射的にセレナを思い出してしまうな。



「悪かったわね。ならオススメ教えなさいよ」


「そうですね、ウィンターシーズンに合わせて水着などはいかがでしょうか」



 とんでもないことをぬかすと、彼女はどこからともなくフリルがあしらわれた水着を取り出す。

 着るのを想像するだけで寒い。


 おい、と軽くツッコミを入れてから、あたしは単刀直入に本題を言葉にした。



「エリゼが消えたわ」


「またですか。毎度お馴染みになってきたのでもう驚けませんよ」



 それにはあたしも全力で同意。


 ミュエルの話だと深淵の遺跡の時も何も伝えずに出てきたらしいし、一ヶ月前の騒ぎでも一人勝手に走り出したみたい。


 心配を掛けさせないよう変に努力するそれが、余計みんなの不安を煽っているんだってそろそろ気づいて欲しいわね。



「要件はそれだけですか?

 私、メイドのお方に服を縫うので忙しいんですけど」



 あたしの想像していた答えとは異なり、女店員は冷たく遇らう。


 彼女が座っているカウンター内側には、素材になる黒の布から裁縫道具である業務用ミシンまで、服飾に関する物しこたまが準備されていた。



「ミュエルに?」


「はい。とは言っても、私が無償の愛で勝手に仕立てているだけなんですけどね。

 そろそろ彼女にも新しい服が必要な頃合いですから」



 なんだか良く分からないけど、あのメイドに相当入れ込んでるらしい。



「って、そんな話をしに来たんじゃないのよ。

 あんた、エリゼの記憶を覗いたんでしょ。

 あいつが向かいそうな場所の心当たりぐらいあるんじゃないの?」


「んー……残念ながら私は助言できなさそうです。

 だってエリゼさん、目標もなくどこまでも走って行っちゃう人ですから」


「あー、確かにそうかも」



 何も言わないでどこか遠くに突っ走っていくエリゼが容易に想像できる。


 想像というか、現在進行形で起こってるんだけど。



「なら、こうやって手掛かりを探すのも無駄なのかな……」


「夜空に輝くただの光に祈りを捧げるよりも、大切な人を想って行動する方が余程効果がありますよ。

 だからあなたは全力でエリゼさんを探してください」


「……あんたはエリゼのこと心配じゃないの? なんか全然焦ってないみたいだし」



 あいつの失踪が二度目三度目だとしても、そんなに冷静でいられるものなのか。

 一ヶ月前、エリゼを拐ったメートゥナという女を叩きのめしたあの勢いはどこへ行ってしまったんだろう。


 女店員は自身の黒髪を触りがらあたしの方を見上げる。



「あなたがエリゼさんを探す様に、私がメイドのお方の服や商品を仕立てるのも、ちゃんと彼女のためですよ。

 エリゼさんが次にここを訪れる時、心躍るような服を用意しておきたいじゃないですか。

 だから、面倒事は全部あなたに押しつちゃいますね。

 どうしようもなくなったら呼んでください」



 あたしの懐疑に対して、女店員はなんだか素敵な言葉を打ち返してくれた。


 エリゼを想う心は同じってことか。


 セレナはエリゼだけに構ってられないし、ミュエルもあんな状況。


 だったら、あたしが探し出してメイドの前まで引っ張って行ってあげるわ。

 魔術師の夢を叶えてくれたエリゼのためなら、どこまでも追いかけていける。



「分かったわ。そん時は頼りにさせてもらうからね」



 どうしようもなくなったら、か。

 そんな局面が訪れないといいんだけど。



「そうだ、行く当てがないのならギルドに向かわれたらどうです?」


「ギルド? 今のあいつから一番遠い場所な気がするけど」


「でも、過去のエリゼさんのことは詳しく記録が残っているはずです。

 それに、膨大な知識量を持ったエリゼさんマニアだっているかもしれません」



 エリゼマニアなんてそんな都合の良い存在はいないと想うわよ。

 ていうか存在して欲しくない。

 ちょっと危なそうだし。


 だけど、エリゼの記録が残っている点には賭けてみてもいいかな。



「そうね、行ってみる価値は大いにありそう。

 邪魔して悪かったわね。色々助かったわ」


「どういたしまして。次回以降はお客様としてご来店ください」


「次はちゃんとオススメ教えなさいよ」



 そうして、あたしは店の出口へと向かった。


 エリゼが消えてから一日。

 変なことに巻き込まれてないといいんだけど。


 出入り口の扉に手を掛けた直後に、レジの方から「あのっ」と大袈裟な声が聞こえた。



「メイドのお方の事もどうかよろしくお願いします」



 心配そうに黒髪の女は願った。


 ミュエルを救えるのはエリゼだけだって考えた矢先にこれか。

 ううん、きっとこの店員もそれは理解しているはず。


 エリゼにはミュエルしかいなくて、ミュエルにもエリゼしかいない。


 だから、あたしが割り込む隙なんて全く無いんだけどな。


 ……。


 あ……なんか、分かっちゃったかも。

 彼女がやけにミュエルを案じている理由。


 エリゼの記憶を見るってことは、あいつが抱いてきた感情をそっくりそのまま経験するってことじゃないかしら。


 あたしは、振り返りながらキメ顔で言う。



「任せときなさい。あんたの願い、この魔術師リューっ!?!?

 うわあああ、いてっ、ぐえええっ!! 痛い!!」



 振り返る途中ですぐ側に立っていたマネキンに驚き、その拍子に仰け反って後頭部を壁に打ち付けたけど、あたしは冷静を装って店を出た。


 赤くなった顔を晒しながらギルドまでの道のりを走り出す。


ブクマや評価を入れてくれたり、いいねをくれる方々には感謝しかないです。

ありがとうございます!

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