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012 きっと君はこれから幸せになる

 

 色々なイベントが立て続けに発生したおかげでわたしの心は掻き乱されてしまった。

 考えが足りてなかったというか、そこまで注意が及ばなかったというか。


 ミュエルさんを連れ出すとどういう問題が起こり、わたしがどんな感情を抱くかが知れたのは勉強代として支払っておいてやってもいい。

 これからはわたしのメイドに虫が集らないよう壁を張っておかないといけない。


 そして、そんな波乱万丈もついに終わりを迎えようとしていた。


 ブティック内のレジにて、わたし達はとうとうお会計ステップに到達していた。

 わたしが支払う商品の会計は既に済ましていて、ミュエルさんの順番が回ってきている。


 と言っても、ナイトウェアのセットのみの購入なのですぐに済みそう。



「メイドのお方、こちらはポイントカードです。

 どんどん貯めていってくださいね」


「ああ、また足を運ばさせてもらう」



 メイドのあなたは受け取ったポイントカードをまじまじと見つめると、満足そうに財布の中へ仕舞った。


 もしかすると、騎士として育てられた彼女にとっては初めてのポイントカードだったのかもしれない。

 聖騎士がお店でクーポンやポイントカードを見せるなんてことは、イメージ戦略的にあっては駄目よりなことだろうし。


 店員は、そのままインテリアの一部に出来てしまいそうなほど綺麗なショッパーに商品を詰めると、手提げ紐に手を通し持ち上げた。

 そのままレジ台の隅に置いていたわたしの分も手に取ると、カウンターを出てわたし達に並ぶ



「じゃあ出口まで商品をお持ちしますね」


「ありがとうございます」



 別に自分で持っていくけど、なんて無粋なことは口に出さず好意に甘えることにした。


 程よく光量が少ない店内を出入り口に向かって歩く。

 足音と安らぎをもたらす音楽だけが店内に響いている。


 昔は毎週のように通い詰めていたこのお店。

 だけど、いつの間にか全く顔を出さなくなってしまった。

 服へ向けていた情熱がいつの間にか消えかかっていたから。


 服だけじゃない。

 好きだったことへの関心が突然消えてしまったんだ。

 それがいつだったかは思い出せない。


 だけど今日、わたしはこのブティックに訪れた。


 わたしの中から消えてしまった炎が、ミュエル・ドットハグラによって再点火されたのかもしれない。

 そんなことを思いながら、わたしは大好きなこのお店から出ていくのだった。


 ブティックを出たところで店員から荷物を受け取ろうとすると、メイドに阻止されてしまった。



主人(あるじ)に荷物を持たせるメイドがどこにいるんだ。

 それは私が持つ」


「ん、じゃあお願いしようかな。

 でも、これぐらいのことなら気を抜いてもいいんだよ?」


「これでもかなり気を抜いてるつもりなんだ。

 ……働くことに楽しみを見出せるぐらいには」



 ミュエルさん、あなたはもっと早くにメイドになるべきだったのかもしれない。


 得意なことと好きなこと。

 どちらに人生を捧げるかは人それぞれだけど、どうやらあなたは後者が向いているみたい。



「ではお二方、またのご来店を心よりお待ちしております」



 律儀にお辞儀をする店員に対して、わたしは手を振りミュエルさんは軽く会釈をして応えた。


 そして、ブティックから大通りへ続く細道を歩き進める。

 光差す方へ向かう様子はまるで夢から現実へ引き返すかのよう。



「ねぇみゅんみゅん、どうだった?」


「店員は独特だったけど服は好みのものが多かった。

 素敵なお店を教えてくれてありがとう」



 なんかあれかも。

 明らかにパートナーの影響を受けている女の人ってたまにいるけど、影響を与える側ってこんなに気分の良いものなんだ。



「それは良かった。

 ね、今度は別のお店も行ってみようよ」


「いいのか?」


「もちろん。

 アゲハアガペーはわたしが大好きなお店だけど、みゅんみゅんはそれに合わせる必要なんてないよ。

 もっと色んなお店に行ってみて色んな服を見てみようよ。

 世界にはみゅんみゅんのことを待ってる服がたくさんあるんだから」


「だったら、今度は町中の服屋を巡ってみたいな。ご主人様と一緒に」


「うん、絶対行こう」



 あなたはわたしの心を的確に狙っているような言葉を次々と投げてくれるね。

 決して満たされることのなかった器が今、綺麗な何かで満ちようとしている。


 だけど、一つだけ言っておかないといけないことがあるんだ。



「ねぇみゅんみゅん、今回は採寸で仕方なかったけどさ、あまり他の人に露わな格好を見せてないでね」



 言ってから気づいたけど、なんて器の小さい人間なんだわたしは。

 むしろ他人に自慢のメイドを見せつけるぐらいの態度をとっていくべきなのに。


 まさか自分がここまで独占欲に塗れた人間だったなんて。


 対してわたしのメイドは苦笑いで応える。



「他人に裸を見られても平気。

 ただ、ご主人様に見られるのだけは……恥ずかしい」



 目を閉じて頭を抱えてしまう。

 わたしはいつの間に恋愛小説の世界に入り込んでいたんだ。


 ここに来て、試着室で発したわたしには見られたくないという言葉の意味にもようやく確信が持てた。


 わたしは両手を胸の前で組み、照れ顔混じりのドヤ顔で宣言する。



「そ、それで良し!!」



 とんでもなく変な返事をしてしまった気がするけど、あなたは笑ってくれているので気にしないようにしよう。



「騎士だった頃に大浴場で晒け出していたから慣れていたつもりだったんだが。

 ご主人様が相手だと調子が狂うみたいだ」


「わたしもみゅんみゅんに見られるのはちょっと恥ずかしいかも……え?」



 大浴場……?


 わたし、ギルドの下請けなんかじゃなくて騎士を目指せばよかった。


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