114 長かった朝の終わり
リューカ視点
エリゼの片足を確保したあたしは、地図上に浮かぶエリゼの居場所へと向かっていた。
セレナに抱かれながら。
道中、『テンペスト』の武道家ラスカと魔術師ヒカリに遭遇した。
どうやらミュエルが助けを求めたらしく、 彼女達もエリゼの片足を運んでいた。
あたし達と『テンペスト』の連中で片足ずつ回収しているということは、最後の地点にエリゼ本体が残っているということだろう。
……。
事件の首謀者は、エリゼに逃げられないよう両脚を切断したってところか。
あいつなら這いつくばってでも逃げ出すんじゃないかって思ってんだけどな。
間もなくしてあたし達を迎えに来てくれたミュエルと鉢合わせし、そのままこの目的の倉庫前へと向かった。
そうして街を出る頃には、緊急避難警報の段階が下げられていた。
おそらく、『ドラゴン』が軌道を逸れてどこか別の方角へ飛び去ったんだろう。
……一応この短時間で対象が討伐されたっていう馬鹿げた可能性もあるけど、そんな力技ができるのは、今目の前にいるミュエル・ドットハグラぐらいだわ。
広大な空き地に到着すると、驚くほど穏やか空気が漂っていた。
砂糖をばら撒くが如く、そこらかしこに人間が倒れている。
そのどれもが凶暴そうな見た目の女ばかり。
広くまっ平な地面には、まるで雷が大地を蛇行したかの様な焼け跡が走っていた。
その周囲では、気を失っている悪党に対して大勢の騎士達が手錠をかけ始めている。
ということは、既に騎士団がこの場を制圧した後だと受け取っていいみたいね。
なら、エリゼも保護されているはず。
……早く探さないと。
セレナに降ろしてもらい、地面に立つ。
未だ痛みを放つ脇腹を押さえながら周りを見渡したが、どこにもあいつの姿は無かった。
焦り始めてきたところで、土地の端に建っていた倉庫の方から足音が聞こえてきた。
騎士同士の定時連絡、悪人共が罪から逃れようと救済を願う言い訳、騒がしいはずのその環境の中、その音だけが鮮明に耳に届いている。
あたしだけじゃなくて、ミュエルやセレナもその足音の主人へと視線を移した。
エリゼを抱えたフルーリエ・ミササギがこちらへ向かって歩いてくる。
太ももの半分ほど下からが存在していないエリゼは、顔に虚を宿して意識を飛ばしている様子だ。
……あんたのこんな姿、もう二度と見たくなかった。
「ご主人様……」
給仕服の肩部分を強く握りながら、今にも消え入りそうな声でミュエルはそう呟く。
色白の顔はさらに白さを増して、もはや死人と見間違うほどに病的だった。
姿勢良く歩く騎士団長はセレナの前で停止し、重症を負っているエリゼを渡す。
「聖女様、後のことはお願いします。……先輩……では、また」
どこか悲しげな表情を見せて、フルーリエは騎士の群れの中に消えていく。
彼女の言葉はミュエルに届いているはずだけど、深くお辞儀をするだけでそれ以上何か言葉を交わすことはなかった。
「誰か、患者の下に敷く布を二枚用意してくれませんか。
一つは魔法陣描写用に使います。
それと、魔力を供給してくれる人員も来てくれると助かります」
エリゼを抱えたセレナは衛生騎士に指示を与えて、即座に医療行為を開始した。
聖女の所以、外見に幼さ残る少女は人を救う為に全身全霊を掛けて動き出す。
白い布に複雑な魔法陣を書き記しながら、セレナはあたしとラスカが抱えていた脚を回収し、消毒を済ませ布の上に置く。
その後も、数々の騎士が動いたことで、あっという間に儀式場は完成した。
エリゼの体を休めていたタオルの上から、魔法陣が描かれた布の上へと移動させられると、セレナは背負っていた純白の杖を手に取る。
切断面に巻かれていた包帯を外して傷口を観察し始めた。
「両脚の切断……でも、切断面には消毒術式は丁寧に掛けられている……。
そして、薬物の中毒状態。反射反応が薄く、精神的にも異常あり。
それでは、外傷と精神的な症状、その両方を並列して治療していきます。
みなさま方は切断された両脚の修復をお願いします」
周囲を取り囲んでいる衛生騎士は、指示通りに両脚を治療し始める。
腕の良い騎士に掛かれば、きっとその脚は綺麗に治るでしょうね。
でも、薬物の方はどうだ。
中毒状態は解消できたとしても、依存を取り除く術式なんてあたしは知らない。
……でも、聖女の扱う術式ならそれも可能なのか。
魔法陣に式を追加していくセレナに、あたしは堪らず問い掛けてしまう。
「セレナ……エリゼのこれ、治るの……?」
「聖女を舐めないでください。
中毒症状から依存まで、薬物の害を解消する術式は開発済みです。
だからリューカさん、泣くなら嬉し泣きに切り替えてくださいよ」
良かった……。
あたしの想像通りの言葉が聞けた。
「泣いてないわよ……」
目頭の裏まで競り上がってた涙を引っ込ませる。
「……私、嫌なんですよ。人が悪意によって弄ばれるの。
快楽を呼ぶ薬物。
魔が差して手をつける者もいれば、今のエリゼさんみたいに無理矢理服用させられる者もいます。
私はそんな理不尽を許したくない。
人の心をこんな風に支配しちゃいけないんですよ……」
ずっと心の内側に溜めていた思想を吐露するセレナの顔は、冷静を必死に装う大人な顔だった。
本当は、もっともっと叫びたいんだと思う。
大切な人をこんな目に合わせた人間にも怒ってるし、それを未然に防げなかった自分にも腹を立てているはずだ。
あたしがそうだから。
周りを見てみると、ラスカとヒカリは騎士の手伝いをしているらしく、あちこちで伏せている罪人を連行していた。
ムカつくけど、アランとかいう相当の屑女は素敵な人間に囲まれているらしい。
そして、ミュエルは少し離れたところで座り込んでいた。
誰の邪魔にもならない隅の方で俯いている。
「ほら、ミュエル。あんたはもっと近くにきなさい。
自分の手で救えなかった後悔があるのなら、せめて手でも握ってやりなさいよ」
「……でも……私……もうご主人様に見せる顔が無い……」
「自分の都合ばっかり考えるなよ。多分エリゼが今一番会いたいのはあんたよ」
「……」
相当凹んでいるみたいだ。
聖騎士が聞いて呆れる。
どうしたものか、そう次の一言を考えているとセレナが片手間に言葉を投げてくれた。
「脳のダメージも、薬物に対する依存も、フラッシュバックの不安も、私なら全て治療できます。
でも、心の傷は私だけじゃ治せません。
だから、ミュエルさん。
あなたがエリゼさんに寄り添ってあげてください。
多分、エリゼさんにはミュエルさんしかいませんから」
「……分かった」
そう言うと、メイドは主人の元へ歩いて行き力無く気を失っている少女の手を優しく握り込んだ。
それで良いのよ。
何もできないって塞ぎ込むぐらいなら、あんたはそうやって寄り添っていれば良い。
何もできないなんてこと、絶対に無いんだから。
☆
エリゼの治療が始まってから数分後、倉庫の中に入っていた騎士が二人がかりで誰かを連れ出してきた。
魔力を封じる手錠と体の動きを制限する首輪を繋がれたその女は、エリゼを見つけると頬を紅潮させながら気分の悪い視線を向ける。
二人の騎士に囲まれながら移動してくるクリーム色の髪を持つ女は、あたしらの側へと無理矢理近付いて来た。
騎士達の静止されているにも関わらず、それを押しのける様に叫ぶ。
「ふふっあはははは!! 凄いねエリゼちゃん!
色んな人が君を助けてくれるんだから、それだけエリゼちゃんは凄いんだよ。
でも……肝心の一番大好きな人はエリゼちゃんを助けてくれなかった。
あっはははは!
真っ先に立ち上がってわたし達を殺さなきゃいけなかった人は、尻尾巻いて逃げちゃって。
それで全部全部他力本願、ふふふっ、くく、あははははは!
エリゼちゃんすっごくかわいそうで……すっごくかわいい。
じゃあね、エリゼちゃん。
いつかまた、君をいじめに行くよ。
わたしは落ちぶれたエリゼちゃんが大好きで仕方ないんだから」
気付いた時には、もうあたしは杖を振りかぶっていた。
睨むことしかできないメイドの代わりに、空に届きそうなぐらい大きな杖を女の顔面に叩きつける。
その反動が腕の骨に伝播し痛みを放っているけど、そんな些細なことに構ってられないほど理性が何処かへ行っていた。
……吹き飛ばされて、寝転がっている女は笑う。
切れた唇や歯茎、鼻から血液を垂れ流しながらも、ずっと笑っていた。
「見たかったなぁ、エリゼちゃんの絶望に満ちた顔。
きっとわたしの時より酷く可愛いんだろうな」
「エリゼはこれから幸せになるんだ。誰が何と言おうと絶対に」
「ふふっ、お気楽な馬鹿はこれだから……。
もっとエリゼちゃんの心を読んであげなきゃダメだぞ?
まぁ、お前らがいくら頑張ったところで絶望が訪れるのは確約事項。
ここでエリゼちゃんを救った気になってるお前も、きっと絶望に加担してるはずだよ。
いつかの日にね。
ほんと、ざまぁねぇなぁ!!
あははははは!!」
あたしにエリゼを傷つけていた過去があるのは正解だ。
それでも、あたしはエリゼを傷付けた人間を許せない。
エゴで自分勝手で滅茶苦茶だけど、それがあたしなんだ。
杖の先を女に向けて、水分を蒸発させる術式の詠唱を始めたところで、羽織っていた上着の裾を掴まれた。
その手の主は銀色の髪を持つ聖女様で、彼女の瞳は静止を促している。
暴力は良くないと、セレナはそう訴えている。
……。
分かったわよ。
あんたの目の前でなら、あたしは善人を演じてあげる。
杖を下ろし、集まり始めていた魔力を拡散させた。
「あはっ! 聖女様、それならわたしの冤罪も許してくれないかなぁ?
わたしはエリゼちゃんに愛を注いでいただけなんだ。
これからもずっとずっとエリゼちゃんと一緒にいなきゃいけない。
だから、こんなところで捕まってる暇は無いんだよ。
ね? エリゼちゃんの幸せのためぇ……あぇ?
あ…………ぅ…………」
言葉の途中で女は目を思い切り上方へぐるりと回し、涎を垂れ流しながら気絶してしまった。
披露や興奮で気絶したわけじゃない。
明らかに魔術による昏倒だった。
そして、胸糞悪い女の向こう側に立っていた三つ編みの魔術師が言う。
「ごめんね、話の途中だったのに。
お姉さんなんだかムカついたから眠らせちゃった」
「……ううん、あんたがそうしなかったら、あたしがそうしてた。ありがとね」
ヒカリ・ロードナイト。
アランの恋人の一人である彼女に、あたしは初めて感謝を向ける。
ただ、当の本人は冷静さを瞬時に取り戻していたようで、周りにいる騎士連中を見渡しながらオロオロしていた。
「あのぉ……お姉さん罪人とは言え連行中の女の子に魔術かましちゃった訳なんだけど。
もしかして、お姉さんも捕まっちゃう?」
「さぁ? あんたの声はあたしにしか届いてないみたいよ。
多分だけど、鬼の形相で杖を振った場面も見られてないと思うわ」
周囲の騎士は、申し訳程度にこちらを見ていない風を装ってくれていた。
無闇に力を振るえない騎士にとっても、ヒカリが起こしてくれた反撃は好意的に受け取れるものだったんだろう。
「え、お姉さんってばそんな顔してた!?」
「三つ編みが似合わない程度には」
女を連行していた騎士は、彼女を止められなかったことへの謝罪を述べると、クリーム髪の女を持ち上げて歩いて行った。
……。
これで、エリゼはあの女から解放された。
不幸を望む最悪の手から、ようやく救われたんだ。
……ごめんね、もっと早くあんたに手を差し伸べることができていたら、こんな思いさせずに済んだのに。
……。
……後、一人。
絶対逃さない。
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