109 これは気紛れ、あるいは贖罪
アラン視点
街の南の方に『ドラゴン』が出現したらしく、早朝から避難勧告が出されていた。
昨晩というか先刻というか、とにかくテンペストの皆とベッドで仲良くしていた僕たちは眠気まなこを擦りながら避難を始めていた。
宿屋を出て避難所に指定されているギルドへと向かう。
パニックを起こした人間がいるらしく、道中は激しく混雑していた。
「アラン様〜、おんぶして〜」
「抱えられながら言うセリフじゃないと思うよ」
「ふわぁ、お姉さん歩きながら眠っていいかな?」
「背負ってあげるから、ほら、乗って」
「アラン様、私達もドラゴンの討伐に向かおう」
「騎士団連中の邪魔になるからやめておこう。代わりにキスでもしようか」
僕はメイリーを抱っこして、ヒカリを背負って、ラスカとキスをしていた。
どういうことかは僕も分からない。
ただ、幸せということは実感している。
恋人と過ごす時間が何よりも尊くて、僕にとっては最高で最愛の瞬間だ。
そんな大切な時間を削ってまで行動を起こすことなんて、これまで一度もなかったんだ。
そう、今日という日が来るまでは。
目の前に広々と列を構成している人混みの隙間から、給仕服で街中を疾走する背の高い女が見えた。
そのつもりは無いんだろうが、朝日に照らされた金色の長い髪が嫌でも彼女を目立たせてしまう。
遠目でも必死さが伝わるほどの形相にも関わらず、端正な顔立ちは崩れずにより魅力を増している様。
たった一瞬、視界の端を過ぎただけのそのメイドは、睡眠欲に呑まれた僕の脳を覚醒させるには十分過ぎる程の存在だった。
数ヶ月前、ヒカリに調べてもらったミュエル・ドットハグラの情報通りなら、平常時は必ずエリゼと行動を共にしているとのこと。
一人で街中を駆け回るってことは、もうそういうことだろう。
異常事態だ。
「ヒカリ、もっと足で僕を抱きしめて」
メイリーを抱いていることで僕の両手は塞がっている。
つまり、姿勢を傾けるだけでヒカリを背負っている訳だ。
「足で抱くって……え?」
「僕のお腹の前で足を組むんだ。
あと、肩に手を付いて僕の頭から顔を離して。
走るから、舌噛まない様にね」
ラスカに目配せをして、僕達は人混みを抜けて走り出した。
別に助けてやろうだなんて思っていない。
話ぐらいは聞いても良いかなって。
ただ、メイドを追尾するのもなかなか骨が折れる。
だってあの子、元聖騎士だし。
足速過ぎだし。
結局、彼女が自ら立ち止まるまで追いつくことはできなかった。
メイリーとヒカリを降ろし、携帯用のクシで髪の毛を整える。
そして、周囲を見渡しながら焦りを露わにしているメイドへと迫った。
「そこのメイド、ちょっとお話いいかな?」
「貴殿は……テンペストのアランか」
「そういう君は、ミュエル・ドットハグラだ。
で、どうしたんだい。エリゼが見えない様だけど」
「ご主人様は……攫われてしまった」
「そう。で、場所は分かってるのかな?」
「今、騎士団やリューカとセレナが疑わしい地点へ向かってくれている。
それで、実は疑惑の場所がもう一つあって、私は助けてくれる人を探していて……」
文章がぐちゃぐちゃになる程度には困憊しているらしい。
相当危険な状況であると伺える。
「丁度強めな女がここに四人いる訳なんだけど、色々聞かせてもらえる?」
事情を聞いた。
エリゼがどうして攫われたか。
その首謀者が今はなき『クラウン』と呼ばれていた三人パーティだということ。
ミュエルの話によると、そのパーティは僕と出会う前にエリゼが組んでいた居場所らしい。
そしてどうやら、『クラウン』に属していた頃、エリゼは三人の女にひどい扱いを受けていた可能性があるとか。
ミュエルも実際に本人の口から話を聞いた訳ではないと前置きをして、この考察を説明してくれた。
……。
ああ、そういうことだったのか。
それなら合点がいく。
あの日、僕が初めてギルドに足を踏み入れた日。
疑心暗鬼の少女がいた。
カフェ付きの待機女で一人孤独にジュースを飲みながら時間を潰していた少女。
今の彼女とは似ても似つかないエリゼ・グランデだ。
エリゼをあんな風にしたの人間が、その三人の女ということだろう。
飽くことなく悔いもせず、今もまた同じ過ちを繰り返そうとしているらしい。
「その地図、一枚貰うね」
「それは……ご主人様のために動いてくれるということか?」
「ま、そうなるね」
最高峰の魔術師によって術式が掛けられ、地図上に赤い光のポイントが打たれている地図を受け取った。
この街とその近辺を記載されたその地図を一通り観察する。
光の位置がエリゼの場所であると聞いた訳だが、これはなかなか最悪な状況だな。
三つも目印が存在していては、それはもう悲惨な現実を表しているに違いない。
「で、僕らはどこを目指せばいいのかな?」
「繁華街に位置するこの光と接触してきて欲しい。
そこにご主人様がいるかもしれない。
おそらく、その場所は『スルト』と呼ばれる組織の本拠地で、数多くの敵が待ち構えているかもしれない危険な場所だ。
それを理解した上でもう一度聞かせて欲しい。
……貴殿らは、ご主人様を助けてくれるのか?」
「何度でも言おう。
僕たちはエリゼを死に物狂いで救ってみせる。
ま、大丈夫だよ。
敵って言っても、僕らを傷付けられるのはギルドの最上位勢クラスだけだしね。
そこらのチンピラには負けないし、負けてあげない」
「そうか……良かった……これで……ご主人様を救える……」
長身メイドは涙をポロポロと流し始めた。
おかしいな。
僕が知っているミュエル・ドットハグラは気高き最強だった筈なんだけど。
これじゃあ僕好みのか弱い女の子じゃないか。
今までどうでもいいと無関心だったことが悔やまれるぐらいに、今の君は愛おしい。
正直言って愛したい。
とは言え、聖騎士時代の活躍をなんとなく知っているからか、凶暴という彼女に対する先入観が恋に堕ちるのを全力で阻んでいる。
それと同時に、過去のトラウマも加勢してきた。
きっと今は弱っているだけで、時間が経てば元気で明るい破壊娘に戻ってしまうかもしれない。
エリゼの様に。
それだけはもう勘弁してくれ。
それに……この子は僕に振り向いてくれそうにないな。
「泣かないで。君の涙はあの子以外に見せちゃ駄目だろう?
エリゼが誰かを助けてきたこと、それは必ずあの子に返ってくるから。
だから君はエリゼを抱きしめる準備だけをしておけばいい」
「ありがとう、アラン。
思っていたよりも良い人間なんだな」
「そうでもないさ。
これからすることは気紛れであって、エリゼに対する贖罪とも言える。
僕が何をしてきたかは知ってるだろ?
そう簡単に人を信頼してはいけないよ、エリゼの使用人」
「そうだな……あの、もう一つだけ聞いてもいいか?」
「なんなりと」
「この場所にはどう行けばいいんだ」
ミュエルは地図を出しながら道筋を問うた。
どうやら、この場で立ち止まった理由は迷子だったらしい。
聖騎士ともあろうものが地図も読めないとは。
ミュエルが指している地点は、大きな空き地のようだった。
彼女の説明では、騎士団が向かってくれている場所だ。
「それなら、えっと、真反対だね。
空を見てご覧。太陽の沈む方へ走ればじきに到着する筈だ」
「なるほど、その手があったか。
私はこの地図を届けに騎士団の方へ向かう。
届け次第また戻ってこよう。
ありがとう、アラン」
「どういたしまして。とりあえず焦らずに冷静に事を進めよう。
エリゼは必ず取り戻せるからさ」
メイドは深くお辞儀をすると、再び足を動かしてこの場を離れた。
どこまでも速く走るその後ろ姿からは、迷いと後悔を感じ取れる。
ここから先は君とエリゼ二人の問題だな。
僕たちは頼まれたことに集中していれば良い。
後方でこちらを見ながら待機していた三人の元に戻る。
「メイリー、弓は?」
「宿に置いてきちゃった〜」
「ならメイリーは体術で戦ってね」
「げぇ、ネイル傷付いたら恨むぞエリゼ〜」
「ヒカリ、杖は?」
「んー、あ! 胸の間に挟まってるかも」
「え!? 羨ましいなぁ」
先程まで背負ってたヒカリの胸が僕の頭を挟んでいた訳だが、痛い程ゴツゴツ当たっていたものはどうやら杖だったらしい。
普通に杖に嫉妬してしまった。
「……アラン様、私にも何か聞いてよ」
武器の有無を聞かなくても良い武闘家のラスカは、嫉妬全開でそう口にした。
めっちゃくちゃ可愛い。
今すぐ世界中に自慢してマウントを取り続けたいぐらいに、僕は今全力でときめいている。
が、そんな場合では無いか。
「ラスカ、エリゼのことは好きかな?」
無表情が特徴的な少女は少しの怒りを声に乗せて呟く。
「とっても」
「なら、僕とお揃いだ」
エリゼと関わりが無いヒカリはともかく、きっとメイリーも同じ感情を抱いていると思う。
大切な人が傷つけられた怒りを。
「暴れに暴れよう」
エリゼを拉致した者共を砕いて散らすために。
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