第六話
翌日、俺が赤川と昼飯を食おうとしていると、沢口が俺に声をかけてきた。
「ねぇねぇ、一緒にご飯食べない?」
俺の机までやって来た沢口のその発言に、教室内の空気が一瞬ざわつく。
特に、俺と一緒に弁当を広げていた赤川の反応は顕著だった。
「え? えぇぇぇぇぇっ⁉
……おい、徹。お前いつから沢口さんと仲良くなった」
「そ、それはだな……」
俺に肩を寄せてひそひそとそう言ってくる赤川に、俺は返答に窮してしまう。
「えっとね……昨日くらいかな?」
しかし、赤川の声は聞こえていたようで、沢口はその問いに対して苦笑いしながら返答していた。
「昨日って……お前、そう言えば宮坂さんと沢口さんのこと聞いてきたよな? くっそ、手が早すぎるっ……見損なったぞ!」
手が早いって言われてもな……。そもそも、接触してきたのは俺からじゃなくて沢口の方からだったし。
赤川の謂れのない批判を受けている俺に、今度は沢口が声をかけてくる。
「それで、玲那も一緒にいるからさ。ねっ」
玲那というと、確かもう一人の精霊戦士の事だったか。
つまり、悪魔たちの事について話し合いたいということだろうか?
「み、宮坂さんもいるのか……っ⁉
あ、あの……俺も徹の付き添いとしてついてきてもいいでしょうか……?」
「あ~いや、私達徹君と少し個人的な話をしたいかな~って思っているから今日は無理かな。ごめんね」
一方、赤川は下心満載な様子で沢口にそう提案していたが、すげなく断られていた。
しかし、その断り方は不味いと思うぞ沢口。
「個人的な……まさか……」
「あの二人ってそんな深い間柄だったけ?」
「えっ? まじで」
俺達の会話に側耳を立てていたクラスメイト達がひそひそと言葉を交わし合う。
だから言わんこっちゃないのだ。
「お昼もそこまで時間がある訳じゃないし、行こう?」
「ああ、うん。分かった。……じゃあ赤川、悪いけど昼飯一緒に食うのはまた今度な」
俺は一応、放心状態になっていた赤川にそう一言声をかけると、まだ口のつけられていない弁当箱を風呂敷に包みなおして、沢口の後を追って行った。
* * *
俺達が来たのは、今はもう使われていない空き教室の一つだった。
「玲那ちゃんおまたせ~」
間延びした声を上げながら教室の扉を開く沢口。
教室の中心には二つの机と椅子が置いてあり、その一つに宮坂が座って弁当を食べていた。
「いえ、そんなに待ったわけじゃないわ。……それよりも、来たみたいね、相崎徹くん」
冷静な眼差しでこちらを見つめてくる宮坂。その瞳には、若干の警戒心を感じられた。
俺は折り合えずぺこりと会釈をする。
沢口は、教室に既に置いてあった机の上に弁当箱を置いて椅子に腰かける。
「貴方も座ってどうぞ」
宮坂がそう言ってくるが、生憎この教室内に俺の座れる席は残っていない。
俺は、そこら辺に積み上げられている椅子と机を女子二人がいる所から少し離れた所に置くと、そこに座った。
俺が風呂敷を広げている間、教室内は無言に包まれ、周りの教室からの声が入ってくるのみであった。
「……さて、相崎くん」
タイミングを見計らっていたのか、俺が風呂敷を広げ終えたところで宮坂は口を開いた。
「凛から話は聞いているわ。昨日は二度も彼女を助けてくれてありがとう……その上で言わせてもらいます。私たちに関わろうとしないで頂戴」
予想外の言葉に俺は少々面食らってしまう。
うぬぼれている訳ではないが、巻きまれてしまった以上彼女らと協力する他ないと思っていたからだ。
「ちょっと玲那ちゃんっ⁉」
どうやら、このことは沢口も知らなかったようで、慌てた声を出しながら宮坂の方を見ていた。
「凛、あなたは少しだけ静かにしていて……。
……勘違いしてほしくはないのだけど、別に貴方の事が嫌いとか気に食わないとかそういう事ではないわ。ただ、貴方を巻き込むのが嫌なだけなのよ……分かって頂戴」
……ふむ。確かに彼女の言いたい事も分かる。だが、俺はもうベルドゥームに目をつけられている。ここで彼女らと手を切ったところでそこまで状況が変わるとは思えない。
「でも、私は徹に聞きたいこと一杯あるんだけど……」
「彼がなんで悪魔に対して戦えていたのかということ? それは凛の勘違いよ。多分、貴方があらかじめベルドゥームを弱らせていたから彼でも何とかなった。……でも、次からはそうはいかないわ。彼にはここで身を引いてもらうのが一番安全なのよ……」
「うっ……」
それでも尚言い募る沢口を諭すようにしてそういう宮坂。彼女の言葉に沢口は言葉を詰まらせてしまう。
……確か、宮坂は学力もトップクラスだと赤川は言っていた。だから、彼女のことを良く知る沢口としては、こうして論破されると何も返せなくなってしまうのだろう。
「関わるな、と言うのは分かった。そうさせてもらうよ」
「徹⁉」
まあ、元より俺の安全の話なんて言うのはどうでもいい事だ。
それよりも俺が気になっているのは——
「……だが、一つだけ言わせてくれ。奴らの口ぶりから察するに、お前——じゃなくて君達は悪魔に一人になるところを狙われているよ。だから、一緒に下校したりとか、一人になる時間を少しでも減らした方がいいんじゃないのか?」
「それは……」
俺の言葉に宮坂は黙り込んでしまう。
どうやらその可能性は彼女も認識していたらしい。
「忠告は感謝するわ……でも、これは私たちの問題。関わらないと決めたのならここから出て行ってください」
「そうか……」
俺は椅子から立ち上がった。
少なくとも、単独になるところを狙われているという自覚があるのならいい。
俺は、彼女らに背を向けて教室の扉からその場を去っていった。
「ちょっと待ってっ‼」
廊下を歩いていると、沢口の声によって俺は呼び止められる。
「沢口、どうした?」
「いや、あのね……玲那ちゃんはああ言ったけど、私はまだあの時のお礼を出来ていなくって……ちゃんと用意するから、せめてそれくらいは受け取って欲しいなって……」
中々律儀だな。
でも、それくらいなら宮坂も目くじらを立てることはないだろう。
「分かった。楽しみに待つとする」
俺はそう言い残して、今度こそその場から去るのであった。
* * *
二人との話を終えた俺は自身の教室へと戻って来ていた。因みに、二人はもう少しあの空き教室でお話をするそうだ。
帰って来た俺に赤川が詰め寄ってくる。いや、赤川だけなく何人かの野次馬が俺と赤川を囲う様にして近づいて来ていた。主に男子だ。
「で、どうだった?」
至極真面目な顔でそんな事を聞いてくる赤川に、俺は思わず笑みを漏らしてしまう。
しかし、それを勘違いしたのか赤川は俺を恐ろしいようなものを見るような目で見つめてくる。
「お前、まさか……」
こいつが頭の中で何を考えているのかは分からないが、大体想像はつくのでそれを訂正してやることにする。
「別にお前が思っているようなもんじゃないよ。宮坂さんにもう沢口には近づくなと言われたくらいだ」
まあ、実際はもう少し違うのだが、詳細を話すわけにもいかないので、このぐらいが丁度いいだろう。
俺の言葉を聞いた男子のほとんどはホッとしたようにして息をついていた。小声で「ざまあみろ」なんて言葉も聞こえてくる。
なるほど、あの二人組、特に宮坂が学年単位で人気者であるということは確かなようである。
まあ、これで変な噂を立てられたりするといった可能性は回避できるだろう。いや、宮坂に無残に拒否された男、といった噂はしれないけどな。
そんな事を考えていると、俺の肩に手がポンと置かれる感触を感じた。赤川のものである。
「そうか、残念だったな……でも、まだ沢口さんに直接嫌われたわけじゃないんだろう? ならまだいける、俺は応援してるぜ」
キリッとした顔でそう言ってくる赤川。ぶっちゃけ、余計なお世話ではあるのだが……まあ、そういう所は嫌いじゃない。