第五話
ガチャン——
廃墟となった建物の一室に、扉を開けて入って来るものがいた。
「やっと来たか」
「待ちわびたよ」
「おそい~」
「お早く席に……」
既に部屋で待っていた者達は、室内にあった円卓を囲みながら部屋へ入って来たものへとそう告げた。
「そうさせてもらう……」
新たに部屋へ入って来た青年——浅井健斗は、一言そう呟いて空いている席に腰を下ろす。
「それじゃあ、全員が集まったことだし。始めるとしましょう。
……まずは、計画の進捗から確認したいのだけど。ベルドゥーム、いいかしら?」
円卓を囲む者の数は全部で五人。その中で唯一の女性がそう声を上げて司会を務める。
対して、彼女に指名された健斗は嫌そうな顔をしながらも椅子から立ち上がった。
「この姿の時は健斗と呼べと言っているだろう、ギルダ……まあいい、まずは報告だ。といってもまあ大して話す事はないんだが……謎の男に邪魔をされて精霊戦士を倒すことは出来なかった……それだけだ」
淡々とした声でそう告げた後に健斗は再び椅子に座った。
その目は瞑られており、口はギュッと固く結ばれている。
これ以上は話す事は無いという意思表示だ。
しかし、それ以外の者はそうもいかなかったようである。
「なんだと……謎と言ってもただの人間なのだろう。何故そんな存在に計画の邪魔をされるのだ‼」
「……そう言えば、エドラスの奴も普通の人間に邪魔をされたとか言っていたけど……もしかして、同じ奴?」
「ふ~ん」
それぞれが思い思いに言葉を発し、その場は一瞬にして混沌へと成り代わる。
「静かに! ベル——いや、健斗。その謎の男についてはもう少し詳しい情報は無いのかしら?」
ギルダがそう言って他の三人を黙らせると、詳細な説明を健斗へと求めた。
「……多分、エドラスが接触した奴と同じだ。聞いていた特徴と合っていたしな。
今朝がた、エドラスは不意を突かれたと言っていたが、あれはそんなものではなかったぞ。なんていうか……良くわからない奴だった」
「どういうことかしら?」
健斗の言葉に怪訝そうに問い詰めるギルダ。
彼女の言葉に健斗は説明を続けた。
「そうだな……悪魔と精霊戦士との戦闘についていけるほどの身体能力がない癖に、こちらの攻撃にカウンターを仕掛けてくるし、後は……妙に強い力でこちらの手首を掴んだり体を倒したりしてきたりと、正直どうやってあんな事が出来ているのか訳が分からなかった」
「魔術師ではないの?」
「違う、あれは魔術なんかじゃなかった……でも、何か秘密があることには違いないとは思っている」
そこまで話した健斗は、もう話す事はないと再び口を閉ざした。
そんな健斗に次に声を上げたのは、仲間内ではアリーシアと呼ばれている少年であった。
「軟弱な人間に何が出来るっていうのさ~。ベルドゥームさぁ、実は“謎の男”なんていなくてさ、自分の失態を誤魔化すためにでっち上げただけじゃないの~」
特徴的な間延びした声で健斗のことを責め立てるアリーシア。
そんなアリーシアを、健斗はぎろりと睨んだ。
「……なんだと?」
「だって当然じゃん。精霊の力を借り受けている精霊戦士ならともかく、奴ら以外で僕ら悪魔に対抗できる存在なんて、それこそ神以外には存在しないだろう?」
「それは……」
反論しようとした健斗であったが、アリーシアの言っていることもそれはそれで常識的なことであったので、喉元まで出かけていた言葉を飲み込んだ。
反論の言葉の代わりに、健斗は忠告する。
「お前の言いたい事も分かるが、俺のいっていることは全て事実だ。人間だからといって奴を甘く見ていると足元を掬われるぞ」
「へぇ……随分と肩持つんだね、その人間の」
アリーシアの目が細められる。
「別にそういう訳じゃない。本当に事実しか言っていない、俺は。
……まあ、俺の言葉を信じずにお前が痛い目を見ようが俺には関係ない話だがな」
「いうねぇ」
健斗とアリーシアとの間に険悪な雰囲気が漂う。
しかし、ギルダが机をコンコンと叩いたことで、話の主導権はギルダへと戻る。
「エドラス一人だけならともかく、健斗もこう言っているのです。少なくとも、最低限の警戒はしておいた方がいい……と、私は思うのだけど。皆はどうかしら?」
「どうもこうも、あんな奴は無視するべきだ! まだ五人しか現界出来ていないとはいえ、そこから一向に仲間を増やせていないことの方が問題だろうっ‼」
「だから、それを邪魔しているのがその謎の男であるという話をしているではないですか……」
「それはっ! こちらがその男がいる時に仕掛けたからだろうっ! 所詮は人間、あの忌々しい精霊戦士のように、こちらのゆく先々にいつも現れる訳ではない。だから無視すればいいと言ったのだ!」
アリーシアと健斗を除いた二人が言い争う、それをアリーシアは面倒臭そうな様子で見ていた。
「う~る~さ~い~な~あ~。ぶっ殺しちゃえばいいじゃん。そんな奴」
思わずといった感じに突いて出たアリーシアの言葉に、今度は健斗が眉を顰めた。
「それが、出来ていないからこんな事態になっているんだぞ」
「でもさあ、それって精霊戦士も一緒にいたんでしょ? ならさあ、誰の助けもなく一人でいる所を襲っちゃえば案外簡単に倒せちゃうんじゃないの?」
「違うぞ。そういう話では——」
「確かに、アリーシアの言う通りかもしれないぞ」
「いずれにせよ。計画の障害は排除しておくに越したことはありませんしね」
「それじゃあ~さ~、誰が行くのか決めようよ~」
健斗、そしてエドラスを除いた三人で話がまとまろうとしていく。
健斗はこの三人を説得することは諦めて大きくため息をついた。
そしてこう言う。
「分かった。もう俺もやめろだのなんだのとは言わない……だが、最後に一つだけ言っておく。
——やるなら本気で潰しにいけ」
健斗の一言に、室内の空気がピリッとしたものに変わった。
「ねぇ、本気でいってるの? 君さ、ちょっとビビり過ぎじゃないの~」
アリーシアが挑発気味にそう言うが、健斗は微動だにしない。
それの態度が、健斗が本気で言っているのだということを他の者達に知らしめた。
「まあいいではないですか。本気を出したところで減るものがある訳でもありませんし」
「ええ、この中ではエドラスと健斗だけしかその男のことを知らないのです。ならば、その忠告に従う事にしましょう」
「じゃあじゃあ誰が行く~? 僕が行ってもいいかな~」
アリーシアがそう言って手を挙げる。
特にそれに反対するようなものはいない。
「じゃあ決まりね~」
それだけ言い残してアリーシアはその場から消え去った。
なんの予兆もなく煙のように。
それを見ていたギルダはため息をつく。
「はぁ……。まだ会議は終わっていないというのに……まあ、いいでしょう。“謎の男”についてはアリーシアに任せる。私たちはその間に精霊戦士を襲う。これでいいかしら?」
確認するようにして一同を見回すギルダ。
誰も異を唱える者はいない。
「じゃあ、決まりね。それじゃあ、この会議はこれでお開きという事で」
その声を皮切りとして、その場にいた者達が先のアリーシアの様に姿を消した。
誰もいなくなった室内に残ったのは健斗一人だ。
「はぁ……」
気の抜けたような声を上げながら健斗は椅子の背もたれに身体を預ける。
健斗が思うのは、勿論あの自身のことをいいようにあしらった男のこと。
(本気を出せとは言ったが、果たしてそれがあいつに通用するのか……)
あの得体の知れない男に、果たして力を増すだけ勝てるのか?
あの戦いから健斗はそればかり考えていた。
しかし、未だにその答えは出ない。
そういう意味では、アリーシアが自らあの男の所に赴いてくれたのは僥倖だったと言える。更には、本気を出せとも釘を刺しておいた。
上手く行けば、悪魔の全力で奴がどう戦うのか見る事も出来るだろう。
「そこに、何かが見えれば……奴の強さの秘密が分かるのか?」
ポツリと呟く健斗。
彼の口元は無意識に笑みを作っていた。