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第四話

 ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえそうな程に凄まじい表情で俺を睨むベルドゥーム。

 しかし、そのような精神状態は俺から言わせれば甘いと言わざるを得ない。


 俺はただ待つ、相手が仕掛けてくるのを。


「しぃぃぃっ!」


 俺はベルドゥームが貫き手をこちらへと突き込んでくるのを冷静に見ていた。

 この勢いを使ってカウンターの突きを狙いたいところではあるが、ベルドゥームの前身が素早いので間に合わないだろう。


 俺はベルドゥームに対して半身になると、深く身を沈めて右肘を相手に突き出すようにして曲げた。

 突き出されるベルドゥームの貫き手が顔に直撃しないように右の前腕で攻撃を誘導し、突っ込んでくるベルドゥームに対して肩甲骨の可動域を最大限に活用して肘を突き出した。


「ぐぅっ……!」

「八極拳・裡門(りもん)(ちょう)(ちゅう)


 完全なカウンターをもらって苦悶の表情を浮かべるベルドゥーム。そりゃあ脇腹に肘を喰らえばそうもなる。

 痛みで動きが止まっているベルドゥームから俺は一旦距離を取った。

 ベルドゥームに勝つことを考えればこのまま攻勢に出るべきなのだろうが、別に倒したいとかではないのだ。そういうことは精霊戦士とやらにお任せする。

 俺はただ、沢口を助けるという目的を達成できればいい。


「さて、まだやるか?」


 ここで引いてくれないかなあと心の中では思いつつも、俺はベルドゥームに撤退を促す。

 しかし、事態は思うようには動いてくれない。


「こんなところで退けるかぁっ!」


 ベルドゥームは脇腹を抑えていた手を離し——構えを取った。

 そして、こちらへとじりじりと間合いを詰めていく。


 なるほど、考えたな。これならカウンターも入れにくい。


 ……まっ、そのくらいで攻略した気になられても困るけど。


 俺とベルドゥームの距離が、お互いに首を手で掴めそうな程に近づく。


 すると、俺の手首ががしりと固定される感覚を感じた。


「ふふっ、捕まえたぞ……」


 ベルドゥームが不敵にニィっと口を歪める。

 恐らくはこれで俺の行動を制限したつもりなのだろう。そして、パワーで勝る自分であればこの状態から不意を取られることはない、と。


 ……が、甘い。


 俺は掴まれた手首を胸へ引き寄せるようにして自身の身体をベルドゥームへと寄せる。

 肘が折れ曲がって、掴まれた右腕の前腕と上腕が“一本”になる。俺はそれをまるで蛇口をひねるようにして自分の胸を中心に体ごとクイっと回した。


「なっ……⁉」


 蛇口の中心——掴まれた手首部分は大して抵抗を感じさせずにベルドゥームの手ごと俺の体の内側に巻き込まれる。

 限界まで掌屈したベルドゥームの右手。俺は更に掴まれた自身の右手首とその前腕を内旋させることでベルドゥームの右手首を内側へと捻り、完全に奴の右手首を極めた。


「ぐっ、ぐぉぉぉ……」


 ベルドゥームは俺の極めから右手を引き抜こうと力を入れようとするが、無駄だ。


 手首を制すれば全身を制する。

 武術家に手首を取られるとはそういうことだ。


 ……しかし、凄まじい力である。こうも完璧に近い形で固めているというのに、少しでも気を抜いたら外されてしまいそうである。


 心中の焦りを隠しながら、俺はベルドゥームに声をかける。


「引いてくれるだけでいいんだ。諦めてくれ」


 しかし、ベルドゥームからの反応はなし……いや、ベルドゥームが口を開いた。


「腕を取られたくらいで……っ!」


 俺と同じく、若干の焦りを感じさせる声でそう言うと、俺の首に向けて左足で蹴りを放ってくる。

 どうやら、右手首を外すのは諦めたみたいだ。


「腕を取られたくらいで、か……」


 俺は足一本で体を支えることになったベルドゥームの身体を、極めている右手首を通して倒した。


 ドスンとまともに受け身も取れずにベルドゥームが背中から地面に叩きつけられる。

 しかし、流石に頑丈で大して堪えた様子は見せてはいない。


 寝技は得意ではないし、とどめを刺すつもりもないので、俺は再びベルドゥームから距離を取った。勿論、極めていた右手首は既に放している。


 警戒するようにして構えを取り直す俺であったが、今度は裡門(りもん)(ちょう)(ちゅう)を当てた時とは違い、ベルドゥームは直ぐには態勢を立て直さない。


 まさか先の関節極めが効いている訳でもないだろうに、どうしたのだろうか?


 怪訝そうな顔で地面に倒れるベルドゥームの様子を窺っていた俺であったが、奴から聞こえてくるのは愕然とした声であった。


「ど、どうして勝てない……」


 ベルドゥームの声には信じられないという感情がありありと表れている。

 仰向けのまま愕然としているその様子からは既に戦意は感じられない。


 勝てない理由。俺はそれをベルドゥームに伝えてやることにした。


「お前は体の使い方が下手くそなんだよ」

「なにぃ?」


 忌々しそうな表情でこちらを見つめてくるベルドゥーム。

 俺は言葉を重ねる。


「人間の身体は全ての動作をテコの原理によって説明する事が出来る。つまり、それを活用して強大な力を生み出すことが出来るという事でもある。お前はそれを理解できていないんだよ。まあ、ほとんどの人間は常日頃から自分の身体にどう力が働いているのかなんていちいち意識はしないのだろうけど……」


 何故か敵に丁寧に説明をする自分。

 しかし、ベルドゥームはそんな俺の親切をあざ笑うかのようにしてフッと笑う。


「馬鹿をいうな。力の使い方を変えた所でその総量が変わる訳じゃないだろう。それだけで人を超えた力を持つ俺に対抗できるはずがない」

「ならそう思っていろ。お前は一生俺には勝てないよ」


 俺は、自分の培ってきたもの(武術)を馬鹿にされたような気持ちとなり、俺は思わず辛辣な口調でそう吐き捨ててしまう。

 ——しかし、口ではこうは言ったが、こっちもこっちでベルドゥームの力にはだいぶん驚かされた。もしこいつの力がもう少し上だったならば、地面に倒れていたのは俺だったかも知れない。あるいは——


「お前の顔は覚えたぞ。その力の秘密も解き明かし、いつか己のものにしてくれるわ」


 俺が思考に耽っていると、ベルドゥームは立ち上がりながら俺にそう告げてきた。

 一瞬、またやるのかと身構えかけた俺であったが、どうやらベルドゥームにはもう戦う意思は無いらしい。


「今回はお前の要望通り退いてやる。だが、次も上手くいくとは思わないことだな」


 ベルドゥームはそれだけ言い残すと、その体を元の浅井健斗(あさいけんと)のものへと戻した。

 人間の姿になった健斗は俺に踵を返すと、そのまま街路を通って去っていくのであった。


「んっ、んん……」

「あれ、私……」

「俺、なんでこんなところで……」


 健斗の姿が見えなくなると、それまでそこらじゅうで倒れていた人達が意識を醒まし始める。


 これは……。


「ベルドゥーム——悪魔がいなくなって、皆目を醒ますことが出来たみたいだね」


 この状況に困惑していた俺の横に来てそう言ったのは沢口だった。その姿は既に制服姿へと戻っている。


「色々と吹っ飛ばされていたようだけど、大丈夫なのか?」


 俺は心配そうに沢口に尋ねた。


「うん。徹くんがあの時割って入ってくれなかったら私、あのままやられちゃってたと思う。ありがとう」


 沢口は俺にぺこりと頭を下げた。


「いや、俺もクラスメイトが酷い目に会うのは嫌だしな。特に重傷を負ったようじゃなくてよかったよ。

……それにしても、沢口がさっき話していたこと、信じないわけにはいかなくなっちゃったな」

「悪魔と精霊戦士の話のこと?」

「ああ、しかもあいつ(ベルドゥーム)に『顔は覚えた』って言われちゃったし……流石に無関係では済まされないよ」


 辟易とした表情で俺は溜息をつく。


「それにしても、徹くん凄いんだねっ! 朝見た時は偶然だと思ったけど、あいつを拳で殴ってバーンって飛ばして、それで——」

「おぅ……」


 唐突に顔を輝かせながらそう問い詰めてくる沢口に俺はたじたじになる。


「もしかして、代々魔法使いの家系だったりするのかな! それとも、どこかの研究所で秘密裏に作られた人工生命体とか⁉」

「お、落ち着け……別に俺は魔法使いじゃないしなんなら人工生物でもないっ。後からちゃんと説明してやるから今はゆっくりさせてくれ……」


 こちらに顔を寄せて来る沢口に、俺は情けない声にながらもなんとかそう言って説得を試みる。


 ——こうして、俺は悪魔と精霊戦士との戦いに巻き込まることになったのである。

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