第三話
「あれ、誰にも言ってないよね?」
確認するようにしてそう言ってきた沢口の顔は、緊張で強張っていた。
なら、まずはそれをほぐしてやることにしよう。
「別に言ってないよ」
「本当?」
「ああ、ほんとほんと」
しばらくこちらに身を乗り出すようにしていた沢口であったが、やがてその腰を椅子底へとつける。
「……取り敢えず信じる事にする」
「それはありがたい。……それで、一体あれはなんなんだ? 良ければ教えて欲しいんだけど」
俺の言葉に沢口は迷うようにして目を伏せたが、やがて決意が出来たのかその顔をあげた。
「まあ、流石にあれだけ見られておいて何も言わないっていうのもあれだし……いいよ、説明する。
——私たちはね、魔法少女的な事をやっているの」
「魔法少女ぉ~?」
一応周りに聞こえないように声を抑えながら俺は胡散臭そうに言った。
「そう、信じてもらえないかも知れないけど。あのとき私の首を掴んでいたのが悪魔——人に害をなす存在で、だから私達——私と玲那ちゃんは精霊の力を借りて魔法少女的な精霊戦士っていうのになって奴らと戦っているの」
その話を聞いた俺は手に顎を置いて考え込んでしまう。
馬鹿げた話だ。しかし、否定しようにも俺は今朝のあれを見てしまっている。
結局、俺の出した結論は——
「信じるかどうかは保留、ってことにしておくよ」
「別にそれでいいよ。いきなり、はい信じますとか言われてもこっちが困っちゃうしね」
それを聞いて俺は安心した。
そこからは話す事が無くなり、しばらく沈黙が続く。
「……そう言えば、今朝はだいぶピンチだったみたいだったが、いつもあんな感じなのか?」
俺は少し心配して沢口にそう尋ねた。
翌日にクラスメイトの訃報を聞くなんてそれはそれで嫌だしな。
「分かんない。精霊戦士始めてからまだ日が浅いし……。でも、今日みたいなことになったのは初めて」
「初めてねぇ……。でも、あの変な奴、悪魔とか言ったか? あいつ、不穏な事言ってたよな。精霊戦士も一人ずつ倒せばどうこうって。案外今このときも狙われてたりしてな」
「——ああ、当たりだ」
「「っ⁉」」
冗談で言ったその言葉に、沢口以外の誰かが返事をしたため、俺は驚いて声のした方へ顔を向けた。
そこには——
「お前は……誰だ?」
俺の通う所とは別の制服を着た青年が俺の真後ろに立っていた。
こいつ、いつの間に俺の後ろに来たんだ?
心なしか、視線の真後ろにいる沢口からピリピリとした雰囲気を感じる。
「お前は……ベルドゥーム‼」
「違う違う。こっちの姿の時の俺は浅井健斗だ……って、これは言っていなかったか」
沢口の言葉を流すようにしてそう答える健斗。
俺は沢口に尋ねていた。
「おい、あいつってもしかして……」
「うん。あいつが悪魔だよ。しかも、私たちが最初に戦った。
でも、ちゃんと倒したはずなのに……」
しかし、今更であるがこんな声を立てて周りから注目を浴びてしまうんではないだろうか。
そんな見当違いな不安を抱いて周囲を見回した俺であったが、何故か店内にいた人たちは気をうしなったようにしてその場に倒れている。
どういうことだ……。
そんな俺の疑問を察してか、沢口が説明してくれる。
「悪魔はね。人の精神に負担をかけるの。だから、精霊戦士でなければ抗えないはずなんだけど……」
そう言って沢口は健斗から視線を外してチラリと俺の方を見た。
「ほう、お前が仲間が言っていた奴か……」
沢口の言葉を代弁するようにして健斗が口を開く。
「精気を吸われて尚意識を保ち、あまつさえ衰弱した様子すら見せないとは、余程精神が頑強なのだろう……だがしかし、それで俺を倒せるとは思わないことだ。エドラスの奴は不意を突かれたようだが、この俺はそうもいかないからな。怪我をしたくなければそこで大人しく見ていろ」
健斗はそう言って俺から視線を外すと、再び沢口の方へと向き直った。
「いいわ、お望み通りもう一度倒してあげるっ!」
沢口もそれに応えるようにして自身の手を上に掲げた。
すると、沢口の身体が赤い光を放つ。
あまりの眩しさに目を瞑ってしまったが、発光は直ぐに止んだ。
俺がゆっくりと目を開くと、そこには髪が赤く染まり、フリフリの衣装を身に付けた沢口の姿があった。
間違いない。俺が今朝見た姿と同じである。
「てりゃあぁぁぁぁっ!」
声を上げながら拳を振り上げた沢口は、健斗へと急接近する。
「そちらがその気なら、こっちも悪魔としての姿で戦ってやろう」
健斗がそう言うと、健斗の姿が幻であったかのように揺らぐ。
次の瞬間、そこにあったのは先程の青年の姿から蝙蝠のような羽を生やし、白髪赤目となった健斗——いや、ベルドゥームの姿だ。
「せえぇぇいっ!」
「ちぇあぁぁっ!」
沢口が振り下ろした拳が、ベルドゥームの交差した腕に激突する。
ズドンと大きな音が広がると同時に、拳を受けたベルドゥームの足元に罅が入る。
「っ……! まだまだ‼」
連続で拳を叩きこむ沢口。
二撃目もクロスガードで受けるベルドゥームであったが、その体は大きく吹き飛ばされ、店の外にまで飛ばされた。
沢口は飛んでいったベルドゥームを追うべく、陸上選手顔負けな大跳躍を見せると、店の割れた窓から外へと飛び出た。
「ああっ、窓どうするんだよっ!」
弁償という二文字を頭の片隅に思い浮かべつつも、俺は二人を追って店から出る。勿論、ちゃんと出入り口からだ。オレガワッタワケジャナイ。
相変わらず、外では激闘が繰り広げられていた。
「ふぅぅぅうんっ!」
「しっ!」
見る限りでは、沢口が攻めており、ベルドゥームは彼女に反撃していない。
「ほらほらっ! どうしたのっ? それじゃあ、私に勝てないよ‼」
「……」
沢口は興奮しているのか、若干上擦った声でそう叫んでいる。見られたら恥ずかしいやつだな。
対して、ベルドゥームは無言。しかし、決して余裕がないとかではなく、冷静に沢口の動きを観察していた。
そして、幾らか攻防が繰り広げられた後——
「つまらん。その程度か」
ぼそりとベルドゥームは呟く。そして、自身に向けて拳を振ってきていた沢口の攻撃を正面から掴んだ。
「なっ⁉」
「うおぉぉぉっ!」
驚愕の声を上げる沢口の手を両手で掴みなおしたベルドゥームは、咆哮と共にまるで砲丸投げのように自身の身体を軸として一回転すると、その遠心力をもって沢口を投げ飛ばした。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
悲鳴をあげながら飛んでいく沢口。
ズサァァァァッ——
沢口は碌に態勢を立て直すことも出来ず、コンクリートの地面に倒れ伏した。
そんな彼女の元へベルドゥームは歩き寄っていく。
「これで止めだっ……!」
そう言って、ベルドゥームが拳を振り上げる。
恐らく、動けないでいる沢口にあれをかわすこと、耐えることは出来ないであろう。
「くっ……!」
絶体絶命の大ピンチ。
流石に、これは不味いと思い、俺は声を上げた。
「待てっ!」
「……お前か」
俺の声に、拳を振り下ろすのを止めたベルドゥームはこちらへゆっくりと振り返った。
取り敢えずベルドゥームが沢口に止めを刺すのを止めてくれたようで俺はホッとする。
「安心しろ。別にお前に危害を加える気はない」
何を勘違いしたのか、こちらの思惑とは見当違いな発言をするベルドゥーム。
俺はそんな奴の言葉を否定するようにして声を上げる。
「いや、そういうことじゃない。沢口にとどめを刺すのは止めて欲しいんだ」
「それは駄目だ。精霊戦士は俺達の目的の邪魔になる。消えてもらわなければ」
それだけ言って、ベルドゥームは俺から視線を外すと、再び沢口に対して拳を振り上げる。
不味い。あいつ、俺を無視して沢口にとどめを刺すつもりだ。
俺はベルドゥームに向かって駆け出した。
奴は俺の方へチラリと視線を向けたが、障害にならないと思っているのか。何のアクションも取ってはこない。
それなら、こっちも遠慮なく撃ち込ませてもらうっ……!
こちらを無視するベルドゥームの横っ腹に俺は拳を叩き込んだ。
同時に、ベルドゥームの剛体が地面から数センチほど浮き上がる。
「うっ……」
少し驚いたような顔で俺を見つめるベルドゥーム。
本気で攻撃したのに対して効いてなさそうなその反応に俺はショックを受けるが、そのまま拳を最後まで突き出した。
結果、沢口へのとどめを止めることは出来たみたいで、その場から少しばかり横に飛ばされたベルドゥームは殴られた横腹を抑えながらこちらを見ていた。
「貴様……」
さっきとは打って変わって忌々しそうな表情でこちらを見つめてくるベルドゥーム。
そんな奴に俺はこう言ってやる。
「沢口に止めを刺す前にまずは俺を倒したらどうだ?」
決まったな……。
「いや……それ、ださいよ……」
倒れ伏している沢口が息絶え絶えになりながらもそれだけは言ってきた。
むぅ……。