第二一話
あらすじを変更しました。
「道場破りじゃこのやろーっ‼」
俺がそう言って庭内に入って来るのを見るや否や、庭にいた者達が殺気立った表情で俺へと向かってくるのが見えた。
「なんだぁこの餓鬼ぁっ‼」
「ぶっ殺せ‼」
一人の男が俺に向けて拳を振ってくる。
技もへったくれもないただのパンチである。
俺はそれを右手で逸らしながらドンと踏み込み、右肘撃を相手に肩へと当てた。
身体の中心部分に当てちゃあ殺してしまうかもしれないからな。
肘撃を喰らった男は、その肩ごと後ろへよろめき、その更に後ろへいた男へと寄りかかる形となった。
「おいっ」
寄りかかられて文句の声を上げる男の横に、俺は先程倒した男の影に隠れるようにして回り込むと、その横腹に寸勁を突き込む。
「ぐえっ……」
ヒキガエルのような声を男は倒れる。
一瞬にして二人を倒したためか、一瞬俺を取り囲もうと動いていた者達の動きが鈍る。
しかし、気を取り直して一斉に俺へと飛びかかって来た。
「相手は一人だっ!」
「怯むな怯むなっ!」
「叩きころせぇ!」
抜重の歩法を使って人と人の間をすり抜けると同時に反転、一人の背中を押してやる。
俺に背中を押された男は攻撃を止める事が出来ずに手で持っていた酒瓶を仲間に叩きつける事になる。
「おいっ!」
「いや、わざとじゃ……」
「うるせえっ!」
その二人は俺を放って殴り合いを始める。
酒で正常な判断能力が失われているようだ。
だが、まだまだ他にも相手はいる。
きょろきょろと視線を動かしていると、道場の奥から道着を着た者達がぞろぞろと出てくる。
しかし、恰好こそ立派ではあったがその顔が赤らんでいたのでは情けない。
まあ、起こっているだけかも知れないけど。
「おいっ、なんだその小僧はぁ! さっさと片付けろぉ」
出てきた者達も、べろんべろんの滑舌で外にいる下っ端にそう命令した。
あ、やっぱ酒飲んでるのか。
なんか、外の奴らを相手にするのも馬鹿馬鹿しくなったので、俺はそいつらを無視して道場内へと入ろうと歩き始めた。
途中俺に攻撃しようとしてくる奴は結構いたが、文字通り歩きながらでも避けられる。
スイスイっと攻撃を搔い潜り、道場の入り口にまでやって来た俺。
入り口前には人が密集していたため、流石に通り抜けることは出来ない。
そこで、俺はこちらを睨みつけている道着を着た者達へと中国語で声をかけた。
「……ここで一番偉い人、呼んで」
最初に道場破り云々とノリで言ってしまったが、よく考えてみれば、ここの看板を下げさせることが目的なんだからこうしてちゃんと話せばよかった。
しかし、今チラッと道場の中が見えてしまったんだが……あれはすき焼きでも焼いているのか?
仮にも稽古場でそんなことするなよ……。
俺のこの道場に対する印象は元々マイナスだったが、それでもその下落が止まることを知らない。
ほんと、橘師範の名に泥をぬることになるので止めて欲しい。
そんな事を考えていると、素直にも道場主を呼んできてくれたのか、ドスドスという足音と共に人群が割れ、一直線の道が出来上がった。
その道の先に居るのは、まるで力士の様な巨大な体型をした大男である。
「小僧、ここが誰の道場か分かって乗り込んできているんだろうなぁ?」
脅すようにして俺に顔を近づけて来る大男。
「あんたがここの道場主?」
「……俺の質問に答えろ」
「橘浩平の直弟子が開いている……って聞いているけど」
「そうだ、俺はあの拳豪の弟子。今なら見逃してやる、門の修理代置いてさっさと失せろ」
確認完了。
こいつ、本当に師範の直弟子名乗ってやがった。
「おい、嘘は良くない。こういう事で他人の名前を勝手に使うとその人に迷惑がかかるんだ。現に、あんたたちの所の奴らの行動のせいで橘師範がとばっちりを喰らっている。だからこういう事は止めて真面目に生きてくれ」
「……そうかよっ‼」
一応、言葉で説得する努力はした。
だが、予想に反することなく無理であった。
俺に対して拳を振り下ろす大男。
その拳を俺は勁を練って下から受け止める。
「なっ⁉」
大男の顔が驚愕に歪む。
俺は親切なので、丁寧に説明してやることにした。
「なんだ、武術もへったくれもないじゃあないか。お前本当に橘師範の弟子なのか? 名乗るの止めた方がいいぞ」
勿論、こいつが嘘弟子なのは分かっているが、挑発するために敢えてそう言う。
やっぱ俺ってば親切じゃなかったわ。
俺は、ポンと空いている手で大男の腹を押す。
まあ、周りから見たらそう感じるだけで、実際にはゴリゴリに寸勁を打ち込んでいるんだが。
「ぐはっ……」
案の定、大男は腹を押さえてその場に蹲ってしまう。
……っていうか、いつまでも大男って呼ぶのも面倒臭いな。名前教えろよ。
そんな下らないことを考えていた時である。
「——お前さんようやってくれたなぁ……」
更に奥からぞろぞろと黒服の男たちが湧き出てきたのである。
その服装、雰囲気から彼らが堅気でないということが何となく伝わって来る。
あの人数で拳銃とか出されたら結構ヤバいな。悪魔なんて目じゃないぞ。
「まさか、バックにマフィアがいるなんてね……」
動揺を押し殺して俺はそう言う。
黒服の中心にいた首領っぽい低身長のお爺さんが俺によってのされた者達へと目を通すと、俺の方へ顔を向けて口を開いた。
「そこの兄ちゃん、名前なんて?」
「……相崎徹」
「ほう、日本人とは……して、何故ここに来た?」
「橘師範の看板掲げてるって言うから下ろしにきた」
「なんと……李、それは本当か?」
「……はい」
側に控えていた黒服がそう答えると、お爺さんは驚いた表情をした後、物凄い剣幕で怒鳴り始めた。
「なぜそれを儂に言わぬっ! 堅気に迷惑をかけては如何といつもいっておろうがっ‼」
そう言って、手にもった杖で李と呼んだ黒服をバシバシと叩いている。
最初、お爺さんが驚いた表情をしたのは俺が大それたことを言ったからだと思っていたが、どうやら末端が好き勝手やっていたのを幹部と思われる黒服が黙認していたかららしい。多分。
ひとしきり李を叩き終えたお爺さんは、杖を突きながら俺の元までやってくる。
「いやあ、年を取ると歩くのもしんどくてかなわんわ……」
いや、あんたさっき元気よく人を叩いていたじゃねえか。
心の中で俺は突っ込んだ。
お爺さんはそこら辺に倒れている者達を一瞥した後、俺へとその視線を向けた。
登場時には鷹を思わせるような眼光を放っていたその目であったが、今は普通に優し気な、そこらにいるおじいちゃんと変わらないような目をしている。
「悪かったのう、うちの若いのが迷惑をかけたようで」
「え、ええ……」
いきなり謝られて、俺はしろもどろになって返す。
「看板は下ろさせたる。世話かけたな」
「ああ、どうも……じゃあ、俺はこれで」
とんとん拍子に話が進んでいく。
これ帰ってもいいんだよな?
俺は恐る恐る首領のお爺さんに背中を向けてその場から去ろうとするが——
「ちょい待ち」
背中から声をかけられ、ビクッとする。
俺、なんか失礼なことしたかな……なんてことを思いつつ振り返るが、そういうようではなかったようで、
「儂ぁここら一帯を牛耳ってる玄武って組織のボスをやっとる。世話かけさせた礼だ。いつでも声かけたらええ。それだけや」
……心遣いは嬉しいんだが、裏組織の力を借りなければならない事態が起こるっていうのはやだなあ。
俺は曖昧に返事をすると、再び踵を返す。
こうして俺は、実はマフィアの下地になっていた外面だけの道場から去るのであった。




