第一三話
女の悪魔、ギルダは町の中をふらふらと歩いていた。
とめどなく歩く彼女の目指す場所はない、しかし確かな目的を持って歩いていた。
彼女は既に『計画』を完成させることは諦めかけていた。それでも彼女が足を動かすのは復讐のためである。
「あの男——相崎徹、絶対に許さない……」
彼女が思うのは、精神世界へ送り返されたであろう三人の同胞——アリーシア、カイゼル、エドラスのことである。彼らは今回の失態の責任を取らされてほぼ百パーセント、間違いなく消滅処分に処されてしまっていることだろう。
お互いにいがみ合う事の多い悪魔にしては、彼女は珍しく仲間意識というものが強い悪魔であった。故に、同胞の三人が消滅するきっかけを作った徹に対して比類なき恨みを募らせていたのである。
ギルダが町中を彷徨う理由——それは、相崎徹を倒すことの出来る人間を探すことであった。
適当に歩いているように見えるギルダであるが、彼女は悪魔としての特性——精気の吸収を全力で使用しながら歩いていた。
自分達を壊滅寸前に追い込んだ相崎徹、彼は精神的な頑強さを備えており、一般人であれば気を失ってしまうはずの精気の吸収をもろともしなかった。であれば、少なくとも同じく精気を吸収されても支障をきたさないような者でなければ相崎徹を倒すことは出来ない……そう考えての行動であった。
勿論、派手にやり過ぎては精霊たちに目をつけられてあっという間に追い込まれてしまうだろう。
位置の特定を警戒しながらの作業、それはギルダに想像以上のストレスを与えるものであった。
「はやく奴に勝てる者を探さなければ……」
焦りと不安の中で歩き続けるギルダ。
ベルドゥームと決別し、孤立した今、単体としての戦闘能力が低い自分ではいずれ精霊戦士、あるいは相崎徹に送り返されるしか道はない。
だから、何としてでもこの想いを、復讐を果たせる人を見つけたかった。
そんな思いで路地裏に足を踏み入れた時である。
「おーおー姉ちゃん、随分と派手にやってんだなぁ。どうやってんだ?」
周りに転がる失神した者達を見ながらそうギルダに声をかける者がいたのだ。
声のした方向——上を見ると、そこには建物の屋上からこちらを見下ろしている男が一人いた。年齢からして二十歳あたりだろうか。
勿論、ギルダは精気を吸収する悪魔としての特性を遺憾なく発揮している。
……となれば、この男がギルダの探し求めている者かもしれないのだ。
だが、ただ精神的に頑強というだけの可能性だってある。
彼女は慎重に目の前の男の事を見極めようとした。
「お~い、ちょっとは喋ってくれてもいいんじゃないの?」
思考に没頭して黙り込んでいたギルダに男はそう話しかける。
ただ、ギルダはこの男に何を話しかけるべきか分からなかった。
結局——
「貴方は……何者だ?」
普通、そんなことをいきなり言われては戸惑う事だろう。
だが、ギルダの目の前にいる男は迷うことなくこう言い放つ。
「俺か? 俺は鹿島城西、柔術家だ」
自己肯定にあふれた声でそう言った彼は、建物の屋上から飛び降りると、スチャっとギルダの目の前に着地した。
その身のこなしを見たギルダは、相崎徹に感じた何かを目の前の城西と名乗った男にも同様に感じた。
(もしかしたら、この男ならば……)
淡い期待がギルダの中へと芽生え始める。
その直感を信じてギルダは、一歩城西へと近づいた。
「城西、あなたにお願いしたいことがある……」
* * *
沢口と宮坂が見舞いにやって来た翌日。今度は、伊津見先輩とそのお父さんである邦彦さんが俺の見舞いへとやって来た。
「相崎くん、調子はどうだい?」
「元気ですよ、なんなら今から走りに行ってもいいくらいには」
相変わらずの口調でそう尋ねて来る伊津見先輩に、俺は自身の丈夫さを強調するよう手を広げながら返事をする。
「すまなかったね徹君、どうやら怪我をさせてしまったようで」
「いえいえ、大丈夫ですよ。仕合に怪我はつきものですから」
「あれ、相崎くん。私のときよりなんか丁寧じゃないか……?」
邦彦さんに対して朗らかに返した俺に伊津見先輩は不満交じりの困惑顔でそう言ったが知らん。
「それと、娘から詳しい話は聞いたよ。どうやら私の勘違いで勝手に立ち合いを申し込んでしまったらしいね。それも合わせてすまなかったよ」
どうやら、伊津見先輩はちゃんと邦彦さんのことを説得してくれてたようだ。ただし、事後ではあったが……。
まあ、経緯はともかく、俺は邦彦さんと仕合えたことを良かったと思っているので結果オーライである。
「いえいえ、こちらもいい経験をさせてもらいました」
「あ、相崎くん。これは見舞いの品だよ、後で食べるといい」
「ありがとうございます」
そう言って伊津見先輩がフルーツの入った籠を俺に渡してきたので素直に受け取っておく。
「それと……お詫びといってはなんなんだが、何時でも道場に鍛錬に来るといい。受付には話を通してある」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、有効に活用して欲しい」
これはありがたいな。
俺の家は一般家庭なので広い場所での鍛錬が出来ないのが難点だったのだ。
「それじゃあ、これからはちょくちょく寄らせて頂きますね」
俺がそう言うと、伊津見先輩と邦彦さんが顔を見合わせる。そして邦彦さんが伊津見先輩に向かってニッと笑ってみせる。
なんなのだろうか?
少し疑問に思った俺であったが、まあいいやとすぐに頭からその疑問を切り離す。
すると、伊津見先輩が俺が先ほどまで読んでいた本を見て話しかけてきた。
「『図解で分かる!人体の構造』それに『回転運動で理解する物理学』……か。相崎くん、理系だったけ?」
「ええ、そうですよ」
「ふ~ん、好きなんだ。こういうの」
興味深そうに俺に聞いてくる伊津見先輩。
けど、好きとはちょっと違う。
「これは俺の持論ですが……武術、まあスポーツでもそうだと思うんですが、人体の構造及び体の動く仕組みについてよく知っておくことは技、ひいては身体操作そのものの巧妙さに関係してくると思うんですよ」
「ほう」
俺の話が武術関連だとみるや否や、伊津見先輩だけでなく邦彦さんまで食いついてきた。
だからだろうか、俺は少々饒舌になって話を続けてしまう。
「例えばですよ、俺の使う技に寸勁……対象から至近距離に置いた拳を突きだすことで高威力の打撃を放つ技があるのですが……これは例えるならば釘とトンカチです」
「釘と……トンカチ?」
いまいち理解できていないのか、不思議そうな声で伊津見先輩がそう呟く。
「ええ、普通の打撃——ボクシングや空手に見られるような速度を重視した打撃は、踏ん張ることで下肢に発生させた力を胴体→腕→対象といった経路で伝えます。当然、この過程で力の幾らかはロスしてしまいます。
ですが、八極拳における打撃は下肢に発生した力を胴体→対象といった経路で伝えるんですよ。こうして直接的に力を伝える事でより高威力な打撃を放つことが出来るんです」
「原理は分かったが、実際にはどうやってそのような打撃を放つんだい?」
「ああ、それはさっき言ったように釘とトンカチに置き換えて説明すると分かりやすいと思います。釘が腕で、トンカチが胴体だと思ってください。
まずは、普通の打撃から……。この場合、敵は離れた所にいてトンカチで釘と打ち飛ばして相手を狙います。こうして飛ばされた釘が、トンカチで叩かれた時ほどの力を持ってはいないことは分かるでしょう。
次に、寸勁などに代表される八極拳の打法です。この場合、敵はすぐそばにいて釘は対象に添えられています。そして、トンカチでその釘を叩く。勿論、トンカチの保持していた力は釘を通してダイレクトに相手に伝わります。
……とまあ、説明してみるとそんな感じですね」
「なるほど、とても分かりやすい説明だったよ。ありがとう」
「ありがとうございます。
……それで話は最初に戻りますが、こうして技の原理と頭で知っていると、寸勁のように拳からだけではなく、肘で打とうが肩で打とうが同じよう発力することが簡単になるんですよね」
「それで、人の構造、動く仕組みに精通することも大事である……と」
「そうなりますね」
「いやはや、勉強になる話だった。ありがとう。これからもこうして話をしてもらえるとありがたい。……勿論、娘ともね」
「? ええ、まあ……」
最後の言葉の意味はよく分からなかったが、今後は話をする機会も増えるだろうし、取り敢えずそう答えておくのであった。




