第一話
「ふっ、これで精霊戦士も終わりだな……」
「そ、そんな……ここで終わるなんて……」
公園に行くと、目の前できわどい格好をした女の子がなんか変な奴に首根っこを掴まれて持ち上げられていた。変なやつもこれまた際どそうな恰好をしていて何かヤバい感じがビンビンする。
しかしこのまま見過ごすわけにもいかないので、取り敢えず俺は声をかけることにした。
「おい、何をしている?」
「っ⁉ 誰だ‼」
声をかけると、変な奴――もとい黒を基調としたマジシャン風の格好をした男は驚いたような声を上げて俺の方へ振り向いた。
「誰だって……そりゃあそんな不審な事をしていたら声もかけたくなるだろう。もう一度聞くが、何をやってるんだ?」
「……いきなり声をかけられて驚きはしたが、なあに、ただの人間ではないか。お前に用はない。痛い目を見たくなければさっさと去れい!」
あらやだ。この人、俺の話聞いてないわ。
俺はやれやれとかぶりを振った。
しかし、その仕草が気に入らなかったのであろうか。男は怒りを露わにする。
「……どうやら死にたいようだな」
そう言って男は、先ずはお前からだと言わんばかりに掴んでいた女の子から手を離す。
短気すぎだろ。
どさりと音を立てて女の子は地面に倒れた。
「だ、だめ……逃げて……」
女の子が俺の方を見て、息絶え絶えになりながらもそう言ってくれる。
「いや、警察呼ばないと駄目でしょこ……」
俺の言葉は最後まで続かなかった。男が超スピードで俺の目の前にまで来ていたからである。
その手には、どこからともなく取り出されたステッキが握られている。
「死ねい!」
物騒なことを叫びながら男はそのステッキを俺に向けて振り下ろしてきた。
宣言通り、当たれば昏倒程度ではすまなさそうな威力を感じる。
——ってことはつまり、こちらも正当防衛してもいいということだろうか?
「甘いわっ!」
俺はそう叫ぶと、一歩前に踏み込んだ。
男は敢えて前に踏み込んできた俺のことを予想外といった顔で見つめていたが、俺はそれに関係なく流れるように構えを取った。
左手左足を前に出して低く構え、左拳は男の腹部から一寸——つまり三センチ離れた所に据える。
「ふっ……」
俺は呼気と共に男の腹部に添えていた拳を突き込んだ。
男の腹にめり込んだ拳から、異様な硬さを感じるが、まあ“抜けない”わけではない。
俺は手を緩めることなく、拳撃を放ちきった。
踏み込み、構え、打撃。これら一連の作業をほとんど隙間なく、ほぼ同時に行ったため、男のステッキは俺に当たる前にその威力を失速させて、俺の肩へとこつんと当たった。それは、男に俺の打撃が効いているという証左でもあった。
「ぐぅっ……!」
男は驚いた顔のまま、その場に膝をついた。
それにしても、俺の“アレ”を受けて意識を失わないとはこいつも中々頑丈である。俺も修業が足りないな。
「くそっ……何故だ。何故ただの人間ごときの攻撃でこの私が……」
苦しそうな表情で男はそう呟く。
「体力に自信があったようだったが、所詮俺の敵ではなかったな」
俺は少々の優越感に浸りながらドヤ顔で男に言った。
しかし、いつまでこの男に構っている訳にもいかない。
俺は、少し離れた所で離れている女の子の元まで歩み寄った。
「大丈夫か?」
そう言って手を差し伸べると、女の子は躊躇いがちにその手を取る。
「あ、ありがとうございます……」
「どうする? 警察よぼうか?」
「それは無理な話だ」
携帯を取り出す俺にそう言ったのは、さっきまで倒れていた筈のあの男であった。
おいおい、回復が早すぎるぞ。
「貴様なんぞ後一回残している変身さえ解放すれば……」
そう言いながら力を蓄える構えをする男。姿の輪郭が陽炎のように揺らめき始める。
しかしその時、
「リン、大丈夫っ!」
公園にいた俺達三人でない誰かの声が少し離れた所から響いてきた。
見ると、公園の入り口に一人の女の子が立っている。姿も普通の高校制服だ。
「チッ、新たな精霊戦士が来たか。孤立している間に倒しておきたかったが……」
男は歯噛みしながらそう言うと、その場から大きく飛んだ。
そしてその姿は路地の向こう側に消えていった。
「一体何だったんだ……」
その後姿を見ていた俺であったが、直ぐにその視線をへたりと腰を地面に落としている女の子の方へ向けた。
すると、驚くべきことが起こる。彼女の来ていたフリフリの服が急に光を放って霧散したかと思うと、その姿はうちの高校の制服姿へと変わっていたのである。
その様子を呆気に取られて見ていた俺であったが、直ぐに同じ制服を着たさっきの女子がこちらへと駆け寄って来たので、そちらに意識を移すことにする。
「凛っ!」
「あははは、玲那ちゃん。ごめんね……」
玲那と呼ばれた少女に身体を抱え起こされた凛は、苦笑いを浮かべながら謝罪の言葉を述べる。
「ごめん、じゃないわよっ! 一人でどっかに行って……こっちがどれだけ心配したと思ってるのっ‼ 私だけじゃない、三井名さんもあなたのことを心配していたのよ……」
瞳を潤ませながらそう言う玲那に、凛は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
次に玲那が目を向けたのは俺だった。
「それで、この人は誰なの?」
怪訝な顔で俺のことを見つめる玲奈。
その瞳に見つめられ、自分の場違いな感じをようやく自覚する。
「あ、いえ。ただの通りすがりの男子高校生です。それじゃあ俺はここで……」
俺は本当と言えなくもないことを言い残すと、その場からそそくさと逃げるようにして去っていくのであった。
* * *
とんだハプニングもあったもんだが、俺は何とか遅刻しないように学校に着くことが出来た。
新学年になって早々遅刻なんて嫌だからな。
取り敢えず俺は、自身の配属された教室を確かめるため、昇降口に張り付けられている紙に目を通した。
「相崎徹、相崎徹……っと、あった」
2年D組か。
俺は駆け出した。
チャイムが鳴る前に何とか教室へと滑り込む。
名前順からいって一番左の列の先頭の席で間違いないだろう。
そんな事を考えながら俺は席に着いた。
「よっ、今日はいつにもましてギリギリだったじゃねえか」
後ろからの声に身体を傾けると、そこには一年の頃から付き合いのある赤川がいた。
「お前も同じクラスだったのか」
「まあな」
お互いに軽く言葉を交わす。
ちょうどいい。始業式の時間がくるまでは少しこいつとだべっていることにしよう。
「あ~もう二年か……。俺も女の子とのイベントが欲しいぜ……」
「俺“も“ってなんだよ。”も“って」
「いや、お前空手部の女部長さんと仲いいじゃんか」
「……赤川、あれは仲がいいとは言わない。付き纏われている、と言うんだ」
「えぇ~、でも女の子と接点持てるんだぜ。正直お前が羨ましいよ」
そんなこんなでおしゃべりに興じていると、教室のスピーカーからチャイムが鳴った。
いつもなら一限目の授業が始まるまで自習する時間なのだが、今回は始業式。教室の皆がわらわらと廊下に出る。
俺達もそれに倣おうと椅子から立ち上がる。
「あ~っ! 間に合った~っ‼」
その時、ズドドッという音が聞こえてきそうなほどの勢いで教室に誰かが入り込んできた。
「いや、もうチャイムなっちゃってるわよ……。まあ、始業式には間に合ったみたいだけど」
続けて、落ち着いた面持ちで、しかしやや息を切らした女子が教室の中に入って来る。
教室に入って来た二人組は、俺が朝方会ったあの二人の少女であった。
あいつらも同じクラスなのか……。
俺は面倒事の予感にちょっとだけ辟易とするのであった。