第1章 はじまりの時 2.誘拐
昼休みに携帯を見て、あまりにも早い連絡に驚いた。
なるべく早く来いと病院から伝言が残っていた。
あの初老の医師でも知らなかったものが、そんなにすぐにわかったのか? 多少疑問に思いながらも、病気のことが分かるならと放課後病院に向かった。
昨日と同じように、受付機に診察券をかざし順番待ちの間腰を落ち着ける場所を探し、待合室を見回していると、椅子に座るよりも前に診察室に呼ばれた。
中に入ると昨日とは別の医師が座っている。
どこか医師には似つかわしくない雰囲気だ。
「どうぞ」
目の前の椅子を指し示す医師。
「はい。あの、昨日の先生とは違うんですね」
「あぁ、彼は今日はちょっと休んでいてね。君の症状なんだが、もう少し詳しく調べる必要があってね。ちょっと検査薬を注射した後にもう少し詳しく検査をさせてくれないかい」
「分かりました」
僕は腕まくりをし医師に腕を差し出した。
消毒のアルコールの独特の臭いと、ひんやりとした感覚の後、チクリと針が刺さる。
注射器の液が、殆ど体内に注入されたころ、何かが変だと気づいた。全身の力が抜け、体が崩れ落ちる。
ヤバい、僕はどうなるんだ?
マズい逃げなければ。
薬のせいで、思うように体が動かない。
朦朧とする頭で必死に逃げ道を探す。
だが、無駄だった。
先ほどの医師が軽々と僕の体を抱え上げ、裏口の方に歩き出した。
ドサッ。
僕の体が地面に投げ出された。
薬のせいでまともに受け身も取れず、人形のように手足は投げ出され、あちこちが痛む。
虚ろな目に飛び込んできたのは、建物を出たところで、僕を連れ去ろうとしている医師と誰かが戦っている姿だった。
「その子をどこに連れて行く気だ」
男が言った。
「お前には関係ない」
医師の声がする。
カチャリ。
僕の前に立ち、銃口を医師に向けた男が言った。
「この子は渡せない!」
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「まもなく警察が来るぞ。見られて困るのはお前だろう。立ち去れ」
「クソ」
医師はそう言って物陰に隠れるように消えた。
と同時に、僕の意識が遠のいた。
「大丈夫かい?」
男の声が聞こえた。
「怖い思いをさせてすまなかった。しかし、君は今後も採集家に狙われることになるだろう。身を守る術を身につけてもらうしかないな」
訳が分からない。
「なぜ、僕が?」
僕には特別な何かなんてひとつもない。
家族だっていないのに。
「困惑するのも当然だな」
男が言った。
「詳しい事は話せないが、君は君が思っているよりも遙かに特別な存在なんだ。当分は、護衛をつけるよ」
「護衛……?……」
僕はまた気を失ってしまった。
気がつくと、自分の部屋のベッドに寝ていた。
いったい何だったんだろう? 夢なのか?
ぼぅっと天井を見つめていると、女の子が覗き込み「気がつきましたか?」と声をかけてきた。
「わぁ!? え?! 誰?!」
見知らぬ女の子が、僕の部屋で僕の看病をしてくれている状況が全く理解できず、慌てふためく。
「護衛です」
女の子が答えた。
「聞いていますよね?」
そう言えば、護衛をつけるとか男が言っていたような……
「護衛ってなんなの? 僕は何で狙われてるの?」
「申し訳ありません。私がお答えできる事は何もありません」
「私は、あなたの護衛と身の回りのお世話をする事になっています。ですので、これからずっとあなたと行動をともにします」
「え?! ココで? 僕の部屋に?」
「はい。当然です」
「イヤイヤイヤイヤ、それはダメでしょ?! だって、君のご両親は? 君だって高校生でしょ?」
「任務ですので、問題ありません」
「学校にも既に、編入の手続きがすんでいますので」
冷静に答える女の子に戸惑いつつも、どうにもなりそうにないと思った。
任務……僕と同じくらいなのに任務って……この子はいったい何者なんだろう?
「私は、黒木 綾那と申します」
「あぁ……っと、えっと僕は峰山 蒼太です。あっ、て、言うか、敬語じゃなくていいよ。年も同じくらいでしょ?」
「はい。分かりました。ありがとう」
「あぁ、あれでしょ? ほら、こ、これから一緒にいるんだったらさ、やっぱ敬語じゃ、ほら、おかしい、し、ね。アハハ……ね、自然に……ね」
僕は、綾那の整った顔立ちに今更気がつき、ドキドキしてしまった。