第1章 はじまりの時 1.咳
このところ少し調子が悪い。
胸の辺りの違和感と咳。
こんな調子がひと月ほど続いている。
しかたがない、今日は学校の後病院に行くか……。
病院はあまり好きではない。あの雰囲気が、どうしても陰気な気分になる。
「あぁ、面倒くさい」
思わず声に出てしまった。
診察券を受付機にかざし、待合室を見渡す。運良く窓際の端の席が空いていた。
席に座り読みかけの本を鞄から取り出し、今朝読んでいた所を探す。
48ページほど読み進んだところで、番号が呼ばれた。
目の前の電光掲示板で自分の番号が表示されていることを確認してから、診察室のドアをノックした。
「どうぞ」
中から年配の男性の声が聞こえた。
ドアを開け診察室に入り、医師の前に座る。
「あぁ、今日はどうしましたか」
白髪交じりにボサボサ髪、丸い金縁のメガネを掛けた温厚そうな医師が訪ねた。
「ひと月くらい前から咳が出て、この辺になにか詰まっているような感じがするんです」
と自分の胸の辺りを右手で指し示した。
「うむ。では、胸の音を聞かせてくださいね」
と言い聴診器を僕の胸に当てた。
「大きく息を吸ってー」
僕は言われた通り、鼻から勢いよく息を吸い込んだ。
そのとたんに咳き込みそうになり、慌てて息を止めた。
医師はその様子を見て、聴診器をはなし僕にティッシュを1枚取ってくれた。
「あり、がと、う、ございます」
咳を我慢しながらティッシュを受け取り口元にあて、我慢していた咳をだした。
そのとたんに口の中に堅い何かが転がり出てきた。
「んんっ?!」
あまりにびっくりして声を上げてしまった。
「どうしたんだね?」
僕の様子を見ていた医師が声をかけた。
異物をティッシュに吐き出し、異物を見ようとティッシュを広げながら、医師に言った。
「何か堅いもの……が……」
自分の体から出てきたものを見つめ、言いかけた言葉が消えた。
ティッシュの中にあったのは、青く光る鉱物だった。
覗き込んだ医師も言葉を詰まらせ、青い鉱物を見つめている。
しばらくの間があり、医師が言った。
「これがなんなのか、検査機関で調べてもらいます。これが、なんであれ咳と違和感の原因は、おそらくこれが原因でしょう。結果が出たらこちらから連絡します」
「あぁ、それまでに何か体の不調があるときは、いつでも連絡してください」
会計を済ませ病院を後にしたが、結局は何も分からなかった。
「はぁ、まぁしょうがないか」
そうつぶやきながら、空を見上げた。
結果を待つしかないな。
しかし、あの青い鉱物は何だったんだ?
こんなもので分かるとも思えないが、病院からの帰り道、書店に寄って鉱物図鑑を買ってきた。
いくつものページを繰りながら、自分が見たものに似た写真を探す。
何度も見返して、似たもののページを読みあさった。
「けど、これ意味あるのか? 体から出てきたもんだぞ」
我に返ってベッドに鉱物図鑑を放り出し、寝転んだ。
「何やってんだか」
大きく伸びをして起き上がり、キッチンに向かう。
僕はこの部屋で一人暮らしをしている。
父と母は昨年事故で亡くなった。
兄弟はいない。
こんな変な症状を相談する相手もいないが、誰かに心配をかけなくて済むことは、ちょっとほっとしている。
帰ってからずっと鉱物図鑑を読みあさっていたので、まだ食事もしていなかった。
冷蔵庫から、さっきコンビニで買ってきた弁当を出し、電子レンジに入れた。
「しばらくしたら病院から連絡がくるだろう」
電子レンジの中で、ゆっくり回転する弁当を見ながらつぶやいた。
一週間。
少なくても、それくらいはかかるだろう。