【 動くな!】
その一言で始まった。
たった数秒間の出来事です。
4コマ漫画ならぬ4コマ小説
「そこを動くな! 動いたらお前は死ぬぞ」
背後から突然、怒鳴るような男の声が聞こえた。
いきなり大声で後ろから怒鳴られ、俺は反射的に歩いていた足を止めた。
ドキ! 心臓に電気ショックを掛けられたように一瞬固まってしまった。
何故だ。何故動いてはいけないのか? もしかして背後から俺を拳銃で狙っている
のか、だが俺は何も悪い事をしていない。しかもその男の声には聞き覚えもない。
俺にはこの男の言う意味が分からない。後ろを振り返って男の顔を見たい衝動に
駆られたが、もし振り返った途端にズドーンでは堪らない。考え過ぎと思うかも 知れな
いが、とても無視出来なかった。無視して死んだら後悔では済ませされないからだ。
ここは都会のど真ん中の歩道だ。夜で人通りが少ないとはいえ、こんな所で拳銃を
ぶっ放していい筈もない。そんなリスクを犯してまでも俺を殺したいのかこの男は?
すると俺に対する恨みしかない。俺を殺したいほど憎む奴はいるのか、そりゃあ俺
だって並の人間だ。俺を取り巻く総ての人間全員に好かれているとは思えないが。
勿論、多少は俺を嫌う人間もいるだろう、だがそれだけで俺を殺すのか。俺は少なく
とも、それほど憎まれるような事はしていない、断じて。
まさか恋敵か? 俺といま付き合っている百合香はとても魅力的な女性だ。当然に
他の男だって百合香に興味を持ち好きになるかも知れない。
そうなると俺は恋敵となる。だが横恋慕で人を殺すのか、これも不可解だ。
俺は数秒間の間にいろんな事を想定してみたが、やはり理由は見当たらない。
俺は動くに動けず困惑するばかりだが、男は動くなとは言ったが手を挙げろとは
言っていない。もしかしたら拳銃じゃないのかも知れない。
こんな世の中だ。拳銃を持っていても不思議ではない。しかし因りに拠って俺が拳銃
で狙われるのか、確立からいっても万分の一だ。その万分の一が今なのか?
ではナイフか、ナイフなら俺の背中に当てて「動くな」だろう。 だがその背中には
感触は伝わってこない。しかし至近距離に居る事は確かだ。
時間にして4秒か5秒だと思う。その間に俺はビデオいう巻き戻しを超々高速で
自分の過去を振り返っていた。
俺は今、携帯電話を片手に持ってメールを打ち込みながら歩いていた処で動くな
と来たもんだ。いっその事、メールをキャンセルして110と打ち込み警察を呼ぼうか
迷った。クソ! 一体どうすりゃあいいのだ。俺はもう一刻の猶予も我慢出来なくなり
背後の男が拳銃を持ってない事を祈りながら俺は猛ダッシュで走った。
すると背後の男は「あっ待て!」と慌てて叫んだ。
ふっふふふ、ざまー見ろ! 俺は一瞬の隙を突いて逃げた。俺の勝ちだ。
と、思った瞬間だった。膝の辺りにロープのような物を感じた瞬間に俺は前のめりに
倒れたが・・・アスファルトに体を打ち付けると思った。だが其処はただの空間だった。
俺の体が落下して行く真っ暗闇の地獄の底へ、なんだ何が起きたのだ。
俺がやっと背後の男が言った「動くな動いたら死ぬぞ」の意味が理解出来た。
工事中のマンホールの蓋が開いていてロープで囲んであったのだ。俺はメールに
夢中でそのまま前に進んだところで、背後の男に注意されたのだ。
殺されるどころか親切心を俺は勘違いした。それなら誤解されない言い方があるだ
ろう。危ない動くな! それなら理解出来たものを。動いたらお前は死ぬぞでは誤解
するだろうが・・・今更言っても始まらないが。
ガシガシ! ドスン! あっちこっち体をぶつけながら衝撃と共に俺は最下部まで落下
したようだ。それでも俺は生きている。だが何ヶ所か骨折している事は間違いない。
俺は背後に居た男に礼を言うべきなのか怨むべきなのか、奴の顔が見たいものだ。
俺は落下しながらも携帯を放さずに持っていた。今や携帯電話は現代社会の必需品
携帯と俺の命の比重はいまや同じくらい? なんという執着心だろう。その必需品で
恋人の百合香充てへ、メールの内容を少し書き換えて送信ボタンを押した。
〔百合香、明日いつもの所で会おう、待っているよ〕を訂正して
〔百合香、明日は病院で会おう、待っているよ〕と打ち替えた。
了
感想はいかがでしょう。