とある通話記録
「もしもし、俺様だが」
『クロの居場所は掴めたのかしら』
「いいや、そちらはまだ調査中でな」
『そう。相変わらず使えない男ね』
「このアマ……っと、なんでもないとも。というか、俺様の方で探すより、貴様が魔法で探した方が早いのではないか?」
『それができたら、お前に連絡なんてしないわ』
「それもそうか」
『いいこと。お前が生かされているのは、クロのサポートのためなのよ。このまま見つけられなかったら――どうなるか分かっているわよね?』
「わ、分かっているとも! くはは!」
『なら、いいけれど』
「し、しかし、なぜあの男のサポートを? 俺様には必要なさそうに見えるが」
『……クロはちょっと頭がおかしいから、必要とあれば簡単に自分の命を捨てようとする男なの。だから、常に監視しておかないと落ち着かないのよ』
「つまり、過保護というわけか……」
『黙りなさい。お前は余計なことを考えず、この私の命令にだけ従えばいいのよ。分かったかしら?』
「分かっているとも。その代わり、あの男が魔王になった暁には……」
『ええ、お前の家の再興資金をくれてやるわ』
「くはは! それが聞けて安心した。ラーメン屋を営むのも悪くはないが、やはり俺様はヴァンパイヤロードであるからな。人の上に立つ方が性に合っている」
『そう、どうでもいいけれど、そろそろ仕事に戻りなさい』
「貴様から連絡してきておいて……って、おい。あの女切りやがった。ちっ……相変わらず腹の立つ女め。いつかギャフンと言わせてやる!」
「てんちょー。お客さん来てるけどー?」
「ええい! 分かった分かった! 少し待っていろ! バイトよ!」
「あ、お兄様。ちょっと……」
「む? どうしたのだ、妹よ?」
「眷属化した街の住人に探させていたターゲットの居場所について報せがありましたわ」
「む、本当か! でかしたぞ! さすがは我が妹だ! それで場所は?」
「あそこに見える大きな山に、ドラゴンが降りたそうですわ」
「なるほど、では早速あの女に連絡を……む? あれ、これ通話切れてない……?」
『この私をギャフンと言わせてみる? 今からそっちに向かってもいいのよ?』
「す、すみません! すみません! ちょっとした出来心だったんです!」
「ふんっ、まあいいわ。それより、クロの居場所を詳しく教えなさい」
※
「まさかあんな風に食べるとは」
猪を調理して食べた後のこと。
僕はずっと聖槍がどのようにして食べるのか疑問に思っていた。
口っぽい器官は見当たらなかったし、一体どうやって――と思っていたら、あんな方法で食べるとは思わず度肝を抜かれてしまった気分である。
僕の隣でグレイも口をポカーンと開けていたのは印象深い。
食事を終えた途端、腹を満たしたからか、聖槍は大人しくなった。
ウェールズは相変わらず静かである。
そして、グレイはというと、僕が乾かした服を着て、丸くなっているウェールズに背を預けて座っていた。
「なあ、ずっと疑問に思っていたことを聞いてもいいか」
「ん? いいよ?」
「どうしてお前はこんなところにいるんだ?」
氷に閉ざされたよく分からない場所に、ドラゴンと槍と人間の奇妙な取り合わせ。
どういう巡り合わせで三者がこんなところにいるのか、素直に気になった。
グレイは顎に手を当てて考える素振りを見せてから答える。
「ウェールズのためかな。この子は体が大きいからね。身を隠せる場所が少ないんだ。その点、ここの周りは極寒で誰も寄り付かないし、ウェールズを隠しやすいからね」
「へえ」
「自分から聞いてきた割に興味なさそうな反応するのは失礼すぎない?」
「いや、思ったよりつまらない理由だなと」
「君、とても失礼だね」
グレイは苦笑を浮かべると、続けて口を開く。
「でも、君は思っていたよりも悪い人じゃないみたいだね。本当に闇の組織の仲間じゃないのかも」
「本当にそうじゃないんだよなぁ」
「まあ、今はどっちでもいいのだけれどね」
「ん? どういうことだ?」
「どういうこともなにも、知っての通り聖槍の声が聞こえないままだと、なにかと不都合だからね。君が通訳してくれると助かるんだよね。だから、君が闇の組織の人間じゃなかろうが、もう手放せないよ。料理とか洗濯とか、家事もできて便利だし」
「人を便利屋さんみたいに言うな」
僕がツッコミを入れると、グレイはクスクスと笑う。
僕は彼女を苦々しい表情で見つつ、
「なあ、他にも聞きたいことがあるんだけど」
「急に質問攻めだね? いいよ。暇だから答えてあげる」
「それじゃあ、さっきの話に戻るのだけれど、お前は結局何者なんだ? 正義の味方とかなんとか言っていたけれど」
尋ねると、グレイは肩を竦めた。
「そのままの意味だよ。私は正義の味方なのさ。東に困っている人がいれば助けに向かい、西に泣いている子供がいればウェールズに乗って笑わせに行く」
「逆に子供泣くだろ。それ」
「とにかく、私はそういう感じの正義の味方なのさ。だから、悪い奴ら――闇の組織と戦っているんだよ」
「ちょっとかっこいいな。陰ながら悪と戦う正義の味方か」
「でしょ?」
グレイは大袈裟に胸を張る。
「ねえ、私からも質問いいかな?」
「答えられる範囲でなら」
「じゃあ、質問。君と一緒にいた女の子って何者なの?」
「ん? ルーシアのことか? あいつは僕の幼馴染だよ」
「へえ〜、ルーシアっていうと、黄昏皇女と同じ名前だね」
「同じ名前もなにも黄昏皇女本人だけどな」
「へえ〜……ん?」
「ん?」
「え?」
「いや、どうした? しきりに首を傾げて」
「えっと、今のは高度なボケだったのかなって。ツッコミを入れた方がよかったかな?」
「ボケた覚えはないわけですが」
「だって、つまりは君が黄昏皇女と幼馴染ってことでしょ? どっからどう見ても普通の人間の君が黄昏皇女と幼馴染なんてあるわけないじゃん?」
「ええ、分かっていましたとも。どうせ信じてくれないってな!」
「でも、あの女の子……とても強かったね。本気で戦っていたら勝てるか分からなかったよ」
「お前も相当強いんだろ? 僕はそういうのに疎いから分からないけど、あいつが吹っ飛ばされるところ初めて見たからな」
いや、正確には“魔王以外”にということだけれど。
「まあ、私はめちゃくちゃ強いからね。戦闘民族と人間のハーフだから」
「戦争民族との……ハーフ? 戦闘民族ってディオネスの種族だよな?」
「うん。というか君、魔王軍幹部最強の人を気安く呼びすぎじゃない? 友達かなにかなの?」
「まあ、知り合いではあるな」
「またまた〜」
「どうあがいても信じてもらえないわけね……」
僕は肩を落として「はあ……」とため息を吐く。
すると、そのタイミングで大きな落雷が聞こえてきた。
「中まで聞こえてくるなんて、相当近くで落ちたみたいだね」
「……」
呑気な調子で言っているグレイに対して、僕は眉根をピクピクさせて、背筋を走る嫌な予感に生唾を呑み込んだ。
この音には聞き覚えがある。
間違いなくルーシアだ。
僕がそう確信した直後――氷で覆われた空間に、地面をヒールで叩く音が木霊した。
あ