適当な竜騎士
氷に囲まれた空間には、唯一の出入り口と見られる大きな穴があった。
穴の先がどうなっているのか定かではないが、グレイがそこから立ち去ったことから考えても、少なくとも外へ通じているはずだろう。
なんとか隙を見て逃げ出したいところだが、
「……」
「……」
僕の一挙手一投足をドラゴン――ウェールズが見ているため、とてもじゃないが逃げ出せそうにない。
そのことで僕が深いため息を吐くと、槍から声が聞こえた。
『無駄デース。ウェールズが見張っている以上、ちみがここから逃げられる可能性は限りなく低いデース。観念して、一生うちの通訳をするのデース。その方がうちも助かるデスからね〜』
「……」
槍がものすごく喋っている。
女性の声に聞こえなくもないが、よく分からない。
「はあ……よく分からない女に、よく分からない槍か。まだ、伝説の生き物であるはずのドラゴンの方が分かるって、どういう皮肉なのやら」
『よく分からない槍とは失礼デースね! うちだって伝説の聖槍っていう立派な肩書があるのデース!』
「伝説の聖槍ねぇ」
胡散臭いものを見る目を送ると、自称聖槍が怒ったようすで声を荒げる。
『うちは本物の聖槍デス! 胡散臭そうに見るのはやめろデース!』
「本当に聖槍とやらなら証拠を見せろ。証拠を」
『それなら簡単デース。ちみがうちを手に持って、超絶ウルトラ必殺技を出せば信じること間違いなしデース!』
「超絶ウルトラ必殺技って、なんかバカっぽい」
『闇の組織とか名付けちゃうちみよりはマシだと思うデース』
「!」
閑話休題。
「ちなみ、その超絶ウルトラ必殺技は僕でも使えるものなのか?」
『使えるデースよ。誰でも。うちを手に取って、ロッゴミニアド! って、かっこよく叫べば』
「叫ぶ必要はあるのか?」
『うちのテンションが上がるデース』
お前のテンションの問題かよ。
『でも、まあちみ程度の人間が使うと、必殺技を放った反動で体が消滅するデスけどね』
「意味ねぇー」
『これでも伝説の聖槍デースからね! 誰でもノーリスクで必殺技を撃たせるわけありませ〜ん』
と、聖槍はそこで一度区切り、続けて口を開く。
『ただまあ、グレイちゃんは例外デースけどね。あの子はめちゃくちゃ強いから、うちの必殺技をほぼノーリスクに撃てるデース』
「へえ」
『……興味なさすぎじゃないデースか?』
「僕にとってあいつは誘拐犯以外の何者でもないからなぁ。とりあえず、早くここから逃げたい」
『さっきも言った通り、無駄なことはやめておくデース。ウェールズに頭を齧られたくなければ』
頭を齧られて死ぬのは痛そうだから嫌だなぁ。
仕方がないので、グレイが戻ってくるまで僕はもう少しだけ自称聖槍とお喋りすることにした。
「そういえば、僕はお前と同じ喋る聖剣を知っているのだけれど、親戚かなにかなのか?」
『ああ、エックスガリバーのことデースか? 別に親戚じゃあないデースよ。ただ、昔同じ主人を持っていたデスから知り合いではあるデース』
「同じ主人っていうと、勇者のことか? お前も勇者が使ってたとかどうとか、グレイが言ってたよな?」
聞くと、聖槍は「そうデース」と簡潔に答えた。
『それにしても、珍しい人間デース。うちと波長の合う人間は勇者の血筋以外はいないと思っていたのデースが』
「波長?」
『そうデース。うちの声は一種のテレパシーなのデース。ゆえに、うちと波長の合う人間以外には、うちの声が聞こえないのデース。かくいうグレイちゃんもめちゃくちゃ強いのはいいのデスけど、波長が合わず長いことうちとコミュニケーションが取れず困っていたのデスよ』
「ふーん?」
『魔法さえ使えれば無理矢理波長を合わせることもできるんデースけどね〜』
そういえば、僕って聖剣の声も聞こえるんだよなぁ。
なんでだろう。
僕がその理由について考えていると、先ほどの出入り口から巨大な猪を片手で引きづりながら、グレイが帰ってきた。
「おや、私がいない間に親睦を深めているようでなによりだね」
「……早いおかえりで」
「嫌そうな顔だね」
「そりゃあな」
僕は肩を竦めた。
ふと、ここでグレイが妙に水浸しになっていることに気がついた。
「なんかびしょびしょだけど、どうしたんだ?」
「これは雨に濡れたんだよ」
「雨? ここって温泉国の近くじゃないのか? それなら雨じゃなくて雪が降りそうなもんだけど」
「うん。だから、私も驚いているんだ。急に天候が変わってね。外は雨と雷の大嵐だよ」
「雨と雷?」
僕の脳裏にルーシアの顔が過ぎる。
多分、とても怒っているんだろうなぁ。
そして、それをなだめるのは僕の役目になるのだろう。
いやだなぁ。
「さて、食事にしようか。今日は猪の丸焼きだ」
『いや〜やっと食事にありつけるデース!』
「……」
「ん? どうかした?」
黙っている僕を見て首を傾げる彼女に、僕は頭をガシガシと掻いてからこう言った。
「服を脱げ」
瞬間、グレイから冷たい視線を向けられ、聖槍からは「うわぁ」と引かれた。
「さすがに、女の子に服を脱げはちょっと……君、最低だね」
「ちょっと待て、僕は悪くない。世界が悪い」
「なんでここで世界に責任転換したのか訳が分からないのだけれど……これ、そんなにスケールの大きな話じゃないし」
「とにかく誤解だ。僕はお前の裸を見たいわけじゃない」
「見たくないの?」
「見たくないと言ったら嘘になる」
「今、一瞬だけかっこよく思ったけど気のせいだった。やっぱり最低」
「おっと」
つい、本音が出てしまった。
正直、ルーシアに引けを取らない美少女を前にしてしまったせいで、気がつかないうちに理性が崩壊していたようだ。
危ない危ない。
「そうじゃなくて……服、そのままだと風邪を引いてしまうだろ。僕は洗濯物を乾かす程度の魔法を覚えているから、その服を乾かしてやる。感謝してくれ」
「えっと、どういう風の吹き回し? 君からしたら私は誘拐犯でしょ?」
「自覚はあるんですね」
「正直、気を遣ってくれるなんて思わなかった」
僕の申し出に困惑している彼女に対して、僕は首を横に振った。
「別に気を遣っているわけじゃあない。僕は誘拐犯に気を遣うほど優しい人間じゃない。これは単なるご機嫌取りだよ」
「ご機嫌取り?」
「うん。機嫌を取って、僕のことを帰してくれないかなぁと」
「あーそういう。でも、そういう気遣いができるって知ったら、俄然君を手元に置いておきたくなるねぇ」
まさかの逆効果である。
僕が苦虫を噛み潰したような表情をしたことで満足したのか、グレイは楽しそうに笑って、服を脱ぎ始める。
僕は上着を脱いで彼女に手渡して後ろを向く。
しばらくすると、彼女が脱いだワンピースを後ろから渡してきたので、さっそく広げて温風魔法で乾かす。
ルーシアから魔法の指導を受けて覚えた温風魔法だが、以外に使い勝手が良くて助かる。
ふと、グレイの方を見ると、彼女は僕の上着に包まって地べたに座っていた。
「そういえば、ここって氷に囲まれているけど、あんまり寒くないよな」
「それはウェールズがいるからだよ。この子の吐く息の熱で空気が暖まっているからね。この子の周りは暖かいんだよ」
「ふーん」
「さて、私は君が服を乾かしてくれている間に肉を焼こうかな」
などと言うので、てっきり薪に火を点けるのかと思っていたが、そもそも薪が見当たらないことに僕は疑問に思った。
「薪とか見当たらないけど、どうやって焼くつもりだ?」
「え? それはウェールズのブレスで……」
「あ、もういいわー。もう分かった。だいたいオチも読めた。どうせ最後には猪の肉が丸焦げになるんだろう?」
僕は服を乾かしながら大きくため息を吐いた。