竜騎士の勧誘
「え」
予想だにしなかった言葉に驚きを隠せず素っ頓狂な声をあげると、グレイは得意げな笑みを浮かべてひとつ指を鳴らす。
すると、どういう原理か僕の左腕に巻かれていた包帯が音を立てて霧散。
包帯で隠されていた傷が露出する。
「その紫色に変色した傷痕から微かにだけど呪いを感じる。察するに、首のない巨人から受けた傷なんじゃないかな」
「!」
図星だった。
「なんで分かるんだ?」
「首のない巨人は死なずの研究で生まれた失敗作。不死身のなり損ない――かの巨人にはね、実験で凄惨に殺された者たちの憎悪が蓄積されているんだ。君が受けている呪いは、そんな彼らの憎悪の塊」
「憎悪……」
「そして、それとまったく同じ呪いを闇の組織の連中は受けている」
つまり、闇の組織の連中が受けている呪いと同じ呪いを受けている――だから、俺が闇の組織の仲間なのだと考えたらしい。
「話は理解できたけど、俺は闇の組織とは無関係だ」
「ふーん? これでもまだシラを切るんだね? 他にも根拠はあるよ?」
「まだあるのか?」
「君の呪いはだいぶ鎮静化されているみたいだね? その呪いを解くためにドラゴンの唾液を使ったんでしょ?」
「ドラゴンの唾液? そんな覚えは――あ」
心当たりがあった。
ロータスさんはドラゴンの唾液には浄化作用があると言っていた。
だから、僕は竜人族であるロータスさんの唾液まみれになった包帯を巻いて、左腕に受けた呪いの治療していたのだった。
「君と同じく呪いを受けた闇の組織の構成員も、同じ方法で呪いの解呪を試みていたからね。でも、ドラゴンの唾液なんて簡単に手に入るものじゃあない。当然、闇の組織は解呪のために捕らえている幼体のドラゴンの唾液を使うことになる」
「……」
「もし、君が闇の組織の仲間じゃないのなら、ドラゴンの唾液をどこから得たのかな?」
「待て。僕がドラゴンの唾液を使った根拠はないだろ?」
「あるよ」
それもあるのかぁ。
「ウェールズは鼻がいいからね。君の左腕にべっとりと付いている臭いは、間違いなくドラゴンの唾液さ。同族の臭いだからね。間違いないよ。他になにかあるかな?」
僕は頬を引きつらせた。
まずい。八方塞がりだ。
仮にここで僕が真実を語っても信じてはくれまい。
闇の組織との関係を結論づける状況証拠はあっても、それを否定できる材料を僕は持っていない。
グレイは僕の反応を見て、自分の勝利を確信したのか余裕な笑みを浮かべていた。
「どうやら反論はないみたいだね?」
「……」
僕はこのまま殺されるのだろうか。
まだ、道半ばだというのに。
こんな訳の分からないことに巻き込まれて。
と、考えているとグレイがおちゃらけたようすで口を開いた。
「そんなに深刻そうな顔をしなくても大丈夫だよ。君は特別に生かしてあげてもいいかなと思っているんだ」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だとも。正直に闇の組織について話してくれれば助かるんだけど、君はどうせ話してくれないんでしょ?」
「話すもなにも、僕は何も知らないんだ」
「はいはい。で、実はここから本題なんだ」
「え? 今までは本題じゃなかったのか?」
「話の腰を折らないで」
怒られた。
グレイは気を取り直すように咳払いする。
「君を襲った時――君は槍から声が聞こえたって言ったよね?」
「たしかに言ったけど」
「それでね? よかったらなんだけど君、私の仲間にならない?」
「は?」
「だからさ、私の仲間にならない?」
「いや、は? どういうことだ?」
「え? どういうこともなにもそのままの意味だけど?」
「いやいや、どうして僕は急にお前から勧誘されているんだ?」
「槍の声が聞こえるからだけど?」
「訳が分からん」
そう言うと、グレイはあからまさに僕をバカにした態度で肩を竦めた。
「やっぱり、君って頭が悪いよね」
「違う。お前の説明不足が原因だ」
「はあ、しょうがないなぁ。説明してあげるよ」
グレイはそう言って、「ウェールズ」と背後で控えていたドラゴンを呼ぶ。
呼ばれたドラゴンは丸めていた巨躯を立ち上がらせる。
すると、ドラゴンが丸まっていた隙間だろうか――そこに一本の槍が氷の地面に突き刺さっていた。
白銀に輝く槍は氷で反射した光を受けて神々しい輝きを放っている。
グレイは槍を指差すと、ゆっくり口を開いた。
「あれこそ勇者が使っていたとされている伝説の聖槍――ロッゴ『あ〜お腹が減ったデース! お腹があああ! 減ったああああ!』」
「ん?」
グレイが槍の説明をしている途中、その槍から大声が発せられ、グレイの声が聞こえなかった。
「ちょっと君。ちゃんと私の説明を聞いていたかい?」
「えっと……ごめん。聞こえなかった」
「まったく。次はちゃんと聞いておくんだよ? あれは伝説の『お腹が減ったデース! なんか食べさせろデース!』」
うるさいな、あの槍。
「なあ、あの槍がうるさくてまったく話が頭に入ってこないのだけれど」
そう言うと、グレイが目の色を変えて僕の両肩に自信の両手を置いた。
「聖槍の声が聞こえたんだね!? なんて言っているの!?」
「え? えっと、お腹が減ったって言ってるけど」
「お、お腹!? 聖槍でもお腹が……? ちょっと君、聖槍はなにを食べるの!?」
「知らねえよ……」
『普通に人間が食べるものでいいデスよ』
「だそうだけど」
僕がそう言うと、グレイは困惑した表情を浮かべる。
「また聖槍がなにか言ったんだね? 一体なんと言ったのかな!?」
「え? 普通に人間が食べるものでいいって言ってたけど……」
「なるほど……人間の食べものでいいのか。用意しないと……」
「お、おい、グレイ。結局、僕を勧誘してきた理由はなんなんだ?」
そう尋ねると、グレイは「まだ言っていなかったね」と苦笑した。
「もう気がついていると思うけえど、私は聖槍の声が聞こえなくてね。困っていたんだ。そんなところに聖槍の声が聞こえる君を見つけた。だから、君をここに連れてきで、仲間にしようと思ったんだよ。通訳役にね」
「なるほど、そういうことか」
「ちなみに、拒否したら殺すよ。私の仲間にならないのなら君はただの敵だからね」
最初から拒否権はないようである。まあ、いつものことだから別にいいけれど。
「わ、分かった。仲間になる」
「おや、素直に頷いてくれるとは思わなかったね。あとでこっそり逃げようとか考えているんだったらやめておいた方がいいよ。ウェールズに食べられちゃうからね」
「……」
どうやら僕の考えはお見通しらしい。
「さて、それじゃあ私は聖槍のために食糧を調達して来ないとね。ついでに、新しい仲間の君にもなにか獲ってきてあげよう」
グレイは言って、ウェールズに僕を見張っておくよう命じると、僕に背を向けて歩き出す。
そんな彼女の背に向かって、僕は気になっていたことを尋ねた。
「なあ、お前は何者なんだ? ドラゴンを使役しているし、めちゃくちゃ強いみたいだし……それに死なずの研究にも詳しい。普通じゃない」
グレイは僕の問いに反応してこちらを振り向くと、少し考える素振りを見せてから答えた。
「その質問に一言で答えるなら、正義の味方と言ったところかな」
それだけ言って、彼女は今度こそこの場を後にした。
「……なんだよ。正義の味方って」
なんの答えにもなっていないじゃないか。