闇の組織(仮)
肌を撫でる冷たい空気に目が覚めた。
「寒い……」
重たい目蓋を持ち上げると、僕の視界に見慣れない光景が飛び込んできた。
氷の地面に氷の壁、上を見れば氷の天井。
天井は高く、目測で十メートル以上はあるだろうか。いや、もっとあるだろう。
だだっ広い空間は一面が氷に覆われており、吐く息が白く色付く。
「どこだここは?」
無意識に口から出た言葉に、
「目が覚めたみたいだね」
と、声が返ってきた。
振り向くと、僕の背後に一人の女性が立っていた。
モノクロでどこか騎士を思わせるワンピースを身に纏い、灰色の髪をボブカットに整えた――天使が如き美女である。
「空を飛んでいる間に気を失ってしまったみたいだね。死んでなくて何より」
「……」
ふと、彼女の背後でドラゴンが巨体を丸めて寝ている姿が目に写った。
「君、名前は?」
「……クロ。クロ・セバスチャン」
「クロか。よろしくね」
そう言って彼女は地べたに座る僕に手を差し伸べた。
僕は差し伸べられた彼女の手をマジマジと見ながら警戒して口を開く。
「僕はお前の名前を聞いてない」
「そういえば、私はまだ名乗っていなかったね。私はグレイ。この子はウェールズ」
彼女――グレイは背後で寝ているドラゴンの名前を呼ぶ。
ウェールズと呼ばれたドラゴンは、自分がそうだと言わんばかりに喉を鳴らして主張した。
グレイは差し伸べていた手をしばらく所在なさげにぶらぶらさせていたが、やがて僕がその手を掴むことはないと悟ったのか、恥ずかしげに引っ込めた。
「さ、さて。君をここに連れてきたのは聞きたいことがあるからなんだ」
「聞きたいこと?」
「うん。場合によっては君を生かしてあげようと思う」
「場合によっては殺されるってことか?」
「そうだね」
僕は額に手を当てた。
よく分からないが、僕はこのグレイという人物に連れ去られた挙句、よく分からないが殺されるかもしれないらしい。
よく分からず殺してくるのはルーシアだけで十分だというのに勘弁して欲しい。
「なあ、僕から質問してもいいか」
「どうして?」
「正直、僕はどうしてお前に殺されそうになっているのか検討もつかないんだ。思うに、お前は何か勘違いしていると考える」
「勘違い?」
首傾げたグレイを他所に、僕はグレイに襲われた際に行った会話を思い出す。
「お前、僕に向かって『私を襲ってきた一味の仲間なのは分かっているからね』って言っただろ」
「言ったね」
「はっきり言っておくけれど、僕はお前が襲われたことも知らないし、お前を襲った一味の仲間でもない」
「ふーん? 言い切ったね」
「まったく身に覚えがないからな。お前が僕に何を聞きたいのか知らないけれど、お前を襲った一味とは無関係だから、それについて聞くつもりなら無駄だぞ」
「なるほど。あくまでもとぼけるつもりと?」
グレイはどうやら僕が、グレイを襲った一味の仲間である確信があるようだ。
なら、僕が生き残るためすべきことは、彼女の確信を崩すことだろう。
「僕はとぼけているつもりはない。本当にお前を襲ったっていう一味とは無関係なんだ。だから、まずはその誤解から解きたい」
「……いいよ。付き合ってあげる。仮に君が本当に無関係だったとしたら、素直に謝罪を述べるよ」
「じゃあ、まずは何があったのか話してくれ。僕はそっちの事情もまったく知らないんだ」
「まあ、いいけれど……君、こんな状況なのにずいぶんと冷静だね。普通はもっと取り乱しそうなものだけれど」
「遺憾ながら、こういう訳わからない状況に巻き込まれるのは慣れてるんだ」
「へえ、余計に怪しい要素だね」
「なんでだよ」
「ふふ。じゃあ、まあ自称無関係の頭の悪そうな君にも分かるように説明してあげよう」
「おい、なんで僕の頭が悪いことを知ってるんだ」
「否定しないんだ……」
グレイは呆れたようすで咳払いして続ける。
「一週間前、突然私――正確にはこの子、ウェールズがとある一味に襲われたんだ」
「ドラゴンが?」
「うん。で、私はその一味を壊滅させたんだ」
当然のように言う……さすがにルーシアをぶっ飛ばすだけはあるらしい。
「それで、どうやらその一味が、私が今まで追っていた連中と繋がりがあったことが分かったんだ」
「追っている連中ってのは?」
「さあ」
グレイはこともなげに言った。
「さ、さあってお前な……どういうことだ?」
「私が追っている連中の正体を、私は知らないんだよ」
「マジで訳が分からないんだけれども」
「だから、ウェールズを襲った一味が、私が追っている連中と繋がりがあったのさ。それで、私は連中のことを聞くために、他に一味の仲間がいないか、温泉国の上空を飛び回ったりして探していた時、君を見つけた」
「訳が分からん……頭がこんがらがってきた」
連中とか、一味とか、ややこしい。
「やっぱり、君は頭が悪いんだね」
「違う。お前の説明が下手なんだ。そもそも、お前はその連中……分かりにくいから『闇の組織』とでも名付けるか」
「なんで闇の組織?」
「かっこいいから」
「ええ……」
「とにかく、なんでお前は闇の組織を追ってるんだ?」
そう尋ねると、グレイはこう答えた。
「仇討ちだよ」
「仇討ち?」
「うん。と言っても、私のじゃなくてウェールズの仇だけどね」
「どういうことだ?」
「そうだね……君が何も知らないことを前提で話すとなると長くなってしまうのだけれどいいかな?」
彼女の問いに頷くと、彼女はそのまま続ける。
「君は昔、人間国で行われていた『死なずの研究』については知っているかな」
「!」
死なずの研究――僕もつい最近、旧人間国に潜入した際に知った人間を不死身に変え、不死身の軍隊を作ろうとした研究。
僕の反応を見て、グレイは「ふーん?」と訝しげな視線を突きつけてくる。
「知っているみたいだね?」
「……まあ、最近知る機会があって」
「そうなんだ? 怪しいポイント加算」
「なんだそのポイント」
「百ポイント溜まったら、君は黒ってことになる」
「僕の名前はクロだけれども」
「言うと思った」
「ちなみに、今は何ポイントなんだ?」
「九十ポイント」
「僕瀕死じゃん」
閑話休題。
「話を戻すけれど、闇の組織は人間国で行われていた死なずの研究をしているんだ」
「その研究と、そこにいるドラゴンの仇討ちになんの関係が?」
「人間を不死身にするために、いろんな方法が試されていたのだけれど、その中にドラゴンの体を使った実験があったんだ」
「ドラゴンの……体」
「それは例えば、筋肉だったり、内臓だったり……いろんな部位を使って実験されていたんだ」
となると、その実験のために多くのドラゴンが狩られたのだろう。
だから、仇討ち――とするなら納得がいくかもしれないが、僕は違和感を覚えた。
「ドラゴンを実験にって、そんなこと可能なのか? だってドラゴンだろ? そもそも、倒せるのか? 倒したとして、ウェールズほどの巨体を運ぶのだって時間がかかりそうだ」
と、僕が思ったことを素直に言うとグレイがやや感心したように「へえ」と微笑する。
「君、意外と頭が回るんだね?」
「だろ?」
「褒めてないよ」
グレイはそのままため息混じりに口を開く。
「君の言う通り、成体のドラゴンを狩るのは軍隊でも難しい。それにこの巨体だからね。運ぶのに時間がかかってしまって死体が腐敗してしまう。必要なのは新鮮なドラゴンの死体みたいだから、成体のドラゴンは都合が悪い。それで、闇の組織の連中はどうしたと思う?」
「えっと、転移魔法みたいので死体を運んだとか?」
「そんな高位の魔法、今じゃ魔王軍の幹部クラスの人たちしか使えないよ」
「そ、そうなのか……」
やっぱり、あの人たちってすごいんだなぁ。
僕はそんなことを内心で思いつつ尋ねる。
「じゃあ、一体どうしたんだ?」
「正解は簡単だよ。簡単に殺せて、簡単に運べる――幼体のドラゴンを狙ったのさ」
幼体というと、つまりドラゴンの赤ちゃんとか、未熟なドラゴンを狙ったということだろうか。
「闇の組織は実験のために多くのドラゴンの幼体を捕まえて、実験のために殺したんだ。ウェールズも子供を奪われた」
「……それで仇討ちってことか」
「うん。一週間前、ウェールズを襲ってきた連中は反魔族国勢力を名乗っていたんだ」
「!」
エドワードに聞いた連中だ。
一週間前、忽然と姿を消したと聞いていたが、その張本人がグレイだったようだ。
「反魔族国勢力は裏で闇の組織と繋がっていたみたいでね。死なずの研究のためにウェールズを狙って襲いかかってきたみたい」
「成体のドラゴンは都合が悪いんじゃ……?」
「幼体のドラゴンじゃ芳しい成果が出なかったから成体のドラゴンを使って実験したいんだろうね。まあ、返り討ちにしてやったけれど」
なるほど、大体分かってきた。
グレイは闇の組織(仮)を追っていて、その組織の仲間らしい反魔族国勢力に襲われた。
そして、他に仲間がいないか探すために一週間前より、温泉国上空を飛んでいたと……。
「……話は見えてきたけど、どうして僕が襲ってきた連中の仲間だと思ったんだ?」
当然の疑問を投げかけると、グレイは薄らと笑みを浮かべてこう言った。
「根拠は、その左腕にかけられている呪いだよ」




