行く先々にいるやつ
クレーターの中央から吹き出す間欠泉を中心に形成された街はお碗のような不思議な形となっており、街の外から中心にかけて緩やかな下り坂が続く。
僕とルーシアが泊まる宿は、そんな街の中心部――温泉国名物の巨大間欠泉を間近で見ることができる高級宿である。
「それにしても、あの巨大な影はなんだったんだろうなぁ」
僕は旅行カバンをキングサイズのベッドの上で広げながら、豪華な装飾の椅子に脚を組んで、ルームサービスの紅茶を飲んでいるルーシアに言った。
ルーシアは手に持っていたティーカップをソーサーの上に音を立てて置くと、「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「さあ、私にも分からないわ。興味もないし。私はここにクロと旅行に来たのだもの」
「と言っても、形式的とはいえ本来はあれの調査に来たわけだし」
「それなら、それはクロがやることでしょう? 私の仕事じゃないわ」
「ちょっとは手伝ってくれるとかないのか?」
「ないわ。面倒くさいもの」
「……」
まあ、仕方ない。
たしかにルーシアの言う通り、僕に与えられた仕事なわけだし、あの巨大な影の正体は地道に調査していくしかないだろう。
「そんなことよりクロ。せっかく温泉国に来たのだし、まずは温泉たまごを食べましょう」
「普通は先に温泉じゃね?」
「お腹が減ったのよ。温泉はお腹を満たしてからゆっくりと入りたいわ。ということでクロ。私の夕食を作りなさい」
「やだ」
そんなこんなで僕とルーシアは街に出て、お腹を満たすことにした。
夕方頃に巨大な影を目撃してから、日没の時間くらいに温泉国へと到着したため、街はすっかり夜モードである。
魔族国の首都では魔導具を用いた街灯だが温泉国では異なり、提灯を用いた淡い光が夜の街を彩っていた。
間欠泉周辺の中央街にはさまざまなお店が立ち並んでおり、隣に立っているルーシアは目を輝かせてどの店に行こうか悩んでいる。
「クロ、まずはあの店に行ってから次にあそこ、そしてあそことあそこと……」
「そんなに食べられないよ」
「器の小さな男ね」
「それ使い方間違ってるから」
「間違えたわ。胃袋の小さな男ね」
「僕の胃袋は平均くらいだ」
「いいから行くわよ」
ルーシアは待ちきれないといったようすで、足早に目をつけたお店へ向かう。
僕はそんなルーシアの背中を見て苦笑しつつ後を追おうと――。
「おっと、こんなところで奇遇ではないか! お客様よ!」
エドワードのラーメン屋台が立ち並ぶお店の間に自然な形であった。
「……お前、どこにでもいるな」
「くはは! 儲け話あるところに俺様は必ずいるのだ! おい、バイトよ! 新しいお客様だぞ!」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませですわ」
と、当然の顔でバイトをしているシロと、その後ろでお皿を洗っているレベッカが同時に言った。
「いや、僕ここで食べるなんて一言も……」
「聞いたぞ? 貴様、旧人間国では大活躍だったそうではないか?」
「……」
僕は頬を引きつらせた。
エドワードは暗に、シロの協力のおかげで僕が手柄を立てられたことを言っているのだろう。
「……分かった。分かったよ。シロには借りがあるからな。注文するよ」
「くはは! それでこそお客様だ! ちなみに当店のおすすめは吸血鬼スペシャルラーメンだ!」
「新しいメニューができている」
「まあ、俺様も日々進化しているということさ」
どうせそのメニューを頼まないと話が進まないのだろうなと思った僕は、もはや何も言わずに吸血鬼スペシャルラーメンを注文した。
「合点だ! しばし待たれよ! お客様よ!」
そう言ってエドワードはレベッカと一緒にラーメンを作り始める。
僕はため息を吐きつつ、周囲を見渡す。
お店の客は僕しかいないみたいだが、はたして儲かっているのだろうか。
「あ、そうだ。シロ。あらためて先日はありがとうな。おかげで助かったよ」
「別にいいわよ。それより、魔王には話をちゃんと通したんでしょうね?」
「うん。魔王と二人きりで話す時間を作ってくれるように頼んでおいた。話したい時は僕に言ってくれ」
「そう、ならいいわ」
シロはそう言って、レベッカに代わってお皿洗いを始める。
それからしばらくして吸血鬼スペシャルラーメンとやらが完成したのだが、なんとも禍々しい真っ赤なラーメンに僕は面食らってしまった。
「なにこれ」
「唐辛子を大量に投入したことで、まるで鮮血がごときスープが完成したのでな」
「だから吸血鬼スペシャルラーメンなのか」
いや、よく考えたらただの辛いラーメンってだけで吸血鬼は関係ないような……。
僕は真っ赤なスープと睨めっこしつつ、エドワードに尋ねる。
「それにしても、エドワードは僕の行く先々にいるよな」
「くはは! 俺様からすれば俺様の行く先々に貴様がいるのだがな」
「それもそうか」
「ところで貴様は一体何用でこの地に来たのだ?」
「かくかくしかじか」
僕はここへやってきた経緯を説明した。
「ほほう? なるほど、なるほど。巨大な飛行物体の調査か」
「なにか知らないか?」
「それについては俺様も調査中でな。悪いが、今は情報がない」
「そうか……」
「強いて知っている情報をあげるなら、目撃情報が出始めたのが一週間くらい前からということくらいだ」
「一週間前かぁ」
それだけでは、手がかりとしては不足しているだろう。
やっぱり、自分で地道に調査するしかないらしい。
「謎の飛行物体に関する情報が提供できない代わりに、貴様には特別な情報をくれてやろう!」
「特別な情報?」
「うむ。実はその情報というのが、俺様がこの地へやってきた理由なのだがな。なんでもこの温泉国に、反魔族国勢力が集結しているそうなのだ」
「反魔族国勢力? それって魔族国の体制をよく思ってない人たちの集まりだったよな?」
「うむ。俺様はこの地に武器が密輸されていることを知ってな。どうやら反魔族国勢力が武器を集めて、魔族国に対して何らかの武力行使を画策していたようなのだ。そこで俺様が安く買った武器を反魔族国勢力に高値で売って大儲けしてきたというわけなのだ! くはは!」
いいのかそれは。
「えっと、その情報がたしかならかなりまずいんじゃないか?」
「まあ、そうだが……ここからが本題なのだが、実は一週間前より、反魔族国勢力が忽然と姿を消してしまったのだ」
「忽然と?」
「うむ。アジトにはいくらかの武器や物資が残されたまま、忽然とな。なぜ姿を消したのかがまったく分からなくてな。俺様、ぼったくれる相手がいなくなって困っているのだ」
「まず、反魔族国勢力相手に武器を売るな。というか、それラーメン屋じゃなくて武器商人じゃないか」
「事業拡大だ! くはは!」
「……でも、気になるな。忽然と姿を消した反魔族国勢力と謎の巨大飛行物体。姿を消したタイミングと、姿を現したタイミングが見事に被ってる」
「む? 言われてみればたしかに……」
「なにか因果関係があるのかも」
「ふむ……面白い。いいだろう。それは俺様の方で調べておいてやる。ひとまず、貴様は黄昏皇女との旅行を楽しむがいい!」
「分かった。ありがとう」
「くはは! 気にするな! これもビジネスだからな。そんなことよりも、早く吸血鬼スペシャルラーメンを食べるのだ。麺が伸びてしまうだろう?」
「……」
「おい、ちょっと待てお客様よ。勘定を置いて席を立つな! ちょ……おいバイト! やつを捕まえろ!」
エドワードの店を逃げ出した僕だったが、あっさりシロに捕まってしまい、吸血鬼スペシャルラーメンを無理矢理食わされた結果、唇がたらこ唇になってしまった。
辛すぎだろ。