温泉国への旅路
エンドヘイム最北の地にある獣人族の国――温泉国。
数十年前に、戦争で魔王が放った魔法によって山が消し飛び、大陸に巨大なクレーターが誕生したらしいのだが、それと同時に間欠泉もできたのだとか。
温泉国はそのクレーターと間欠泉から生まれた異質な国であり、建国からわずか数十年という若い国家なのだそう。
「温泉国は先生の出身地なのよ」
「へえ、ベルベットさんの」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、僕とルーシアは向かい合って座っていた。
天蓋のついた馬車の窓からは整備された街道が見える。
「温泉国には温泉たまごという名物料理があるそうよ。ふふ、楽しみね」
「相変わらずの食い意地だなぁ。まあ、僕も楽しみではあるけれど」
言って、僕は再び窓の外に目をやった。
僕とルーシアは今、馬車に乗って温泉国に向かっている最中である。
いつもなら転移魔法でさっさと移動してしまうところだが、アイリスさんの「移動もまた旅行の醍醐味だよ」という言葉により、馬車による陸路でゆっくりと温泉国へ向かうこととなった。
窓の景色から視線を外して対面に座るルーシアへ目を向けると、いつものドレスの装いではなく、黒を基調とした落ち着いたワンピースと、ワンピースに合う灰色の帽子を被っている姿が窺える。
ルーシアは僕の視線に気づくと、組んでいた脚を組み直した。
「なに? そんなにじろじろと見つめてきて」
「いや、ルーシアのそういう服は初めて見たなと」
基本はドレスだし、以前に町娘に紛した格好と男装は目にしたことがあるが、ありのままのルーシアで装いを変えた姿は長い付き合いだが初めてだ。
「そうだったかしら?」
「僕の記憶が正しければな」
「ふーん。それで? 似合っているわよね?」
似合っていると言え、という圧を感じる。
僕は頬を引きつらせつつも頷いた。
「とてもよく似合ってるよ」
「もっと語彙を尽くして褒められないの?」
「僕の辞書には『似合ってる』以外の褒め言葉がないんだけれども」
「ずいぶんと薄っぺらい辞書を使っているのね。だからお前はモテないのよ」
「僕の語彙力とモテないことは関係ないだろ」
「そんなことよりクロ」
「流すなよ」
「馬車の旅って思ったよりも暇なのね。クロとの会話もたいして面白くないわ」
「口を開けば僕の悪口ばかりじゃないか? 実はお前、僕のこと嫌いだな?」
「お前は何を言っているの? 世界一愛しているに決まってるじゃない」
僕は後頭部を車内の壁に打ち付けた。
「あら? どうかしたのかしら?」
「いや……なんでも。ちょっと尊さで我を失ってしまって」
「ちょっと何を言っているのか分からないけれど……」
ルーシアは意味不明な行動をした僕に訝しげな視線を向けつつ、車内の隅に置いてあった旅行カバンの中をガサゴソと漁る。
「私、こんな時のためにいくつか暇つぶし用の遊び道具を持っていきたのよ」
「へえ」
「まずはこれね。トランペットね」
「トランプな?」
「そうとも言うわね」
「そうとしか言わない。トランペットは楽器の方だろ」
「他にはチェスも持ってきたわ」
そう言ってルーシアが取り出したのは、どこからどう見てみオセロであった。
「それはチェスじゃなくてオセロだろ」
「まあ、そうとも言うわね」
「だからそうとしか言わないんだよなぁ」
そんなこんなで、僕とルーシアはトランプやオセロでなんやかんや盛り上がった。
※
魔族国の首都を出発して翌日。
車内で一泊して移動してしばらくすると、窓の外が白くなってきた。
「外が白くなってきたな」
「エンドヘイムの北は寒冷地だもの」
「じゃあ、温泉国は寒いのか?」
「今向かっている温泉国の首都はそうでもないそうよ。定期的に吹き出す間欠泉の雨で、少しだけ暖かいと聞いたわ」
「へえ、不思議な場所なんだなぁ」
「そうね。周りは雪が降っているのに不思議ね」
「そういえば、馬車の中は寒くなってないな」
「私が魔法で暖かくしているからよ」
「さすがだなぁ。あ、さすがついでにお腹が痛くなってきてしまったのだけれど、腹痛を治す魔法とかないかな、ルーシえもん」
「私をヘンテコな名前で呼ばないで。そんな魔法あるわけないでしょう。さっさと外に出て済ませてきなさい」
それからさらに時間が経ち、辺りに雪が降り出した。
僕は窓のからその景色を眺めて感嘆の息を漏らす。
「これが雪かぁ。初めて見た」
「真っ白ね」
「食べてみたらおいしいかな」
「ねえ、クロって時々おバカになるのはどうしてなのかしら」
「酷くね?」
「雪はばっちいから食べちゃダメよ」
と、その時だった。
外で馬車を引いていた馬の鳴き声がしたかと思ったら、御者台で馬の手綱を握っていたゴブリンさんの悲鳴が聞こえてきた。
馬車は急停止し、僕は慣性にしたがって体が前へ持っていかれ、必然的にルーシアの胸の中に顔を埋める形となる。
「おっと、悪い」
「別に構わないのだけれど、なぜお前は顔を私の胸に押し付けているのかしら?」
「不可抗力だ」
閑話休題。
ルーシアは車内から見える小窓から御者台に座るゴブリンさんに声をかける。
「なにがあったのかしら?」
「お、お嬢様……それが……空に大きな影が」
「空?」
言われて、僕とルーシアは同時に窓から空のようすを確認する。
すると、
「な、なんだあれ……」
「大きい……」
そこにはゴブリンさんが言うように、ルーシアですら戦慄するくらい巨大な影が写っていた。
あー早くイラストが見てぇなぁ(゜∀。)アヒャヒャ