プチ旅行とお仕事
閑話休題。
魔王は今回の件で生じた僕への褒美を一頻り伝え終わると、ひと段落終えた顔で玉座に深く座り直した。
「さて、坊主。今度は仕事の話をする」
「仕事?」
「ああ、お前はもう立派な魔族国の貴族だからな。仕事をしなくちゃならねえ」
「なるほど」
「で、帰ってきて数日のところ悪いが、今度は北に向かってもらう」
「北?」
僕が首を傾げると、魔王は「アイリス」と言って、アイリスさんが魔王に代わって説明を始める。
「エンドヘイムの最北には、獣人族が築いた温泉国があるのは知っているかな?」
「えっと、温泉で栄えてる国でしたよね?」
頭の中にある温泉国の知識を捻り出すと、アイリスは頷いて口を開く。
「知っての通り、温泉国もすでに我が魔族国の支配下になっているわけだけれど、ちょっと問題が発生していてね」
「問題?」
「実は近頃、謎の巨大飛行物体の目撃情報が増えているらしくてね。クロくんには、その調査をしてもらいたいんだ。何もなければそのまま温泉国でゆっくりしてもらっても構わないけれど、問題があれば解決してくること」
「それが今回の仕事ですか」
「そういうことだね。まあ、実質プチ旅行だと思ってくれていいよ」
旅行……旅行かぁ。
チラッとルーシアに目を向けると、目をギラギラと輝かせていた。
「旅行……いいわね。クロと旅行、とてもいいわね。ふふ」
「なら、もっと目をキラキラとさせてくれ。ギラギラさせるな」
なぜ濁点をつけるだけでこうもゴツく聞こえるのだろう。
言葉というのは不思議である。
「というか、魔王が僕とお前の旅行を許すわけ……」
「いや、二人で行ってこい。費用はこっちで負担してやる」
「え?」
僕は魔王から発せられた思いもよらない言葉に面食らってしまった。
「……どういう風の吹き回しなんだ?」
「まあ、あれだ。ぼ、坊主も今回は頑張ったわけだしな! 褒美とは別に俺からもちょっとは労ってやろうと思ってな……」
「魔王様も素直に褒めてあげればよろしいのに」
「う、うるせぇぞアイリス!」
「おおっと、怖い怖い」
「とにかくだ! まあ、仕事ついでに温泉にでも浸かってゆっくりしてこい! 湯治にもなるだろうしな」
「ああ、たしかに」
と、僕はいまだ包帯でグルグル巻きにされた左腕に目を落とす。
先日の首なし巨人から受けた呪いはほとんど抜けきったものの、怪我は完治していないらしい。
回復魔法で治ったと思っていたけれど、専門家が言うのならそうなのだろう。
そういう意味でも温泉にゆっくり浸かるのはいい案かもしれない。
僕も入ってみたいし。温泉。
「ふふ、クロ。温泉国には混浴というものがあるそうよ」
「へえ」
「向こうへ行ったら入りましょうね」
「なっ!? ダメだぞ坊主!? 娘と一緒に入るなんてそんなこと許さんからな!?」
「うるさいゴミね……」
「ゴミっ!?」
再び始まったルーシアと魔王の喧嘩を他所に僕は、「温泉かぁ」と見たことのない国と温泉に想いを馳せていたところ、ちょいちょいと肩を叩かれた。
振り返ると、僕のすぐ側にアイリスさんが立っていて、喧嘩中の二人には聞こえない声量で口を開く。
「……今回のプチ旅行には一応、別の目的もあるんだ」
「別の目的ですか?」
「むしろ、こっちがメインというかだね。その目的というのは、お嬢様の気を逸らすことなんだ」
ルーシアの……?
「どういうことですか?」
「先日、旧人間国の地下水路で発見された『死なずの研究』のことはクロくんも知っているだろう?」
「まあ」
「『死なずの研究』についてお嬢様は大変興味を示されている。このままではお嬢様が何をしでかすか分かったものではない。そこで」
「そこで僕と旅行に行かせて気を逸らそうって作戦ですか」
「察しがよくて助かるよ」
アイリスさんはにっこりと笑って僕から離れた。
「よろしく頼むよ? お嬢様が変な気を起こさないように、クロくんがしっかりとお嬢様の手綱を握っておくんだ」
「……」
手綱を握るって、ルーシアは猛獣が何かなのだろうか。
※
転移魔法で首都の郊外に建つ我がボロ屋へと帰ってきた僕は、どっと押し寄せてきた疲労に身を任せてベッドへダイブした。
「あー、我が家のベッドは落ち着くなぁ」
「クロ。家に帰ったらまずは『ただいま』でしょう?」
「それは間違っていないけれどお前が言うな」
僕は枕に顔を埋めてツッコミを入れた。
「え? なぜ? ここは私の家でしょう?」
「違う。僕の家だ」
「何を言っているの? お前の物は私の物でしょう? なら、お前の家は私の家じゃない」
「なんて横暴だ」
僕は寝返りをうって仰向けに姿勢を変えて、我が家のボロ椅子に腰を下ろしたルーシアを眺める。
すると、ルーシアは何か思い出した表情で、「そういえば」と続ける。
「お前、男爵の爵位も得て末端とはいえ魔族国の貴族になって、お金もたくさん入ってきたのでしょう?」
「まあ、そうだな。突然、小金持ちになって内心驚いてる」
「あの程度の額で驚いていたらこの先持たないわよ。魔王になったら、あれ以上のお金を扱うことになるのだから」
「僕、本気で魔王になろうと思う」
「ねえクロ。なぜ私と結婚するために魔王になるって言った時よりも顔つきが真剣なのかしら?」
「……気のせいだ」
ルーシアは半眼でしばらく僕をじっと見ていたが、やがて呆れた様子でため息を吐いた。
「まあ、いいわ。そんなことより、爵位も得て、お金もあるのだし、家でも買ったらどうかしら?」
「え? いやだよ。僕はこの家が気に入ってるんだから」
「でも、こんなボロ家はこの私が住むには相応しくないと思うの」
「じゃあ、魔王城に帰れよ」
「いやよ。だって、ゴミがうるさいのだもの」
「だからゴミはやめてあげてね……」
魔王が哀れでならない。
と、そのタイミングで睡魔が襲ってきた。
「ふああ……眠い」
「そう。なら、おやすみなさい」
「だけど、まだお前の夕食を作ってない」
「大丈夫よ。今日はゆっくり休むといいのだわ」
「ルーシアが優しい。明日は落雷か?」
「それよりもギロチンが降ってくるかもしれないわね?」
「僕が全面的に悪かったからギロチンをしまってくれ」
平謝りすると、今にも落ちてきそうだったギロチンがふわりと消え去った。
ルーシアは「ふんっ」と鼻を鳴らして、ボロ椅子に座りながらで脚を組んだ。
「ねえ、クロ。眠る前にもう一ついいかしら」
「んー? なんだ?」
「件の温泉国にはいつ出発するのかしら」
「あーそうだなぁ。早い方がいいだろうし、明後日くらいには出発するか」
「そう、分かったわ。ふふ……楽しみね。二人だけで旅行なんて」
「……」
楽しげに微笑むルーシアを薄れゆく視界の中で眺めながら、僕は眠りについた。
暑すぎて溶けましたわ。




