幸せ
次回からは閑話で小休止です。
三部の構想を練るので本編更新はしばらくありません。
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ルーシアは部屋を後にすると小走りで東南砦を出るや否や、雷鳴を轟かせながら旧人間国の首都へと向かった。
「あれ? お嬢様?」
その姿を目撃していたロータスは、彼女の尋常ではない雰囲気を感じ取り、背中からドラゴンの翼を生やして空を飛んで後を追う。
それから1時間もしないうちに首都へ降り立ったロータスは、首都の何処かへ消えてしまったルーシアを探すためにベルベットのところに訪れた。
旧人間国首都の中央に聳え立つ城。
そこで後始末をしていたベルベットに、ロータスは声をかけた。
「ベルベット。忙しいところ悪いんすけど、ちょっといいっすかー?」
「あれ? ロータスさん? どうしましたか?」
「いや、なんかお嬢様がこっち方に尋常じゃない雰囲気で向かって行ったんで、ベルベットのところにいるかなと思ったんすけど……」
「あー……そういえば、先ほど変な落雷が聞こえたと思ってたらお嬢様でしたか」
「その口ぶりだとどこにいるかは知らないんすね?」
「そうですね……少なくてもこちらには見えていらっしゃいませんよ」
「そっすかー。なーんかすごい思い詰めた顔をしてたんでちょっと心配なんすよね……」
「思い詰めた顔を? 珍しいですね」
「そうなんすよねー。それも、クロっちといちゃいちゃした後だから尚更不思議っつーか」
「たしかに……お嬢様はクロくんといちゃついたあとは、すこぶる機嫌が良くなるはずですからね……」
「クロっちがなにかやらかしたなら、わざわざこっちまで移動もしないと思うんすけど……なんかここにお嬢様の気を引くものがあるんすかね?」
「ここにお嬢様が興味を持ちそうなものですか……まあ、あるにはありますけど」
「へえ? 人間の食い物とかすっかね?」
「ロータスさんはお嬢様をなんだと思ってるんですか」
ロータスは「冗談っすよ〜」と笑う。
「それで? そのお嬢様が興味を持ちそうなものってなんすか?」
「……」
ベルベットはロータスの問いに一瞬、答えるか迷う素振りを見せてから口を開く。
「このことは絶対に、お嬢様には言わないでくださいよ?」
「え、なんすか? そんななんかやばい感じのやつなんすか?」
「さあ?」
「いや、さあって……」
「ただお嬢様が知ったら、あまりよろしくないことはたしかです。ですから、絶対に他言無用でお願いしますね?」
「まあ、そこまで言うなら……分かったっす」
ベルベットはロータスが頷いたのを確認すると、
「よろしい……それでは単刀直入に言います。実は旧人間国では『死なずの研究』がされていたらしくてですね」
「死なずの……?」
「はい。人間を不死身にする研究をしていたようです」
「そりゃあまた無駄なことを……人間に限らず不死化とか、不老不死に関わる研究はあの天才魔法使いのネロですら『不可能』って投げ出したことっすよ?」
種族の垣根を越えて、不死でない種族を不死身にする研究はかつて魔族国でも行われていた。
しかし、先述の通りそれらの研究はすべて失敗に終わっている。
「そうですね……それがここでも行われていたということです。いくつか研究について書かれた本が発見されたようです」
「へえ? どんな?」
「ヴァンパイアの血によって不死身になれる可能性について言及していますね
「どっからその発想に至ったんすか」
「さあ? 本には不死身の種族の血液を取り込むことでとか書いてありますが、血液を取り込んだところで種族から違うのですから、当然血液型がまったく異なるわけで……」
「まあ、そんなことしたら大変なことになるっすよねー」
「まあ、こんな感じでなんとも穴だらけな研究をしていたみたいですし、あまり気に掛けるほどでもないとは思うのですが……」
「たしかに。お嬢様が知ったら――」
と、ロータスが口を開きかけたところで一匹のゴブリンが慌てたようすでベルベットのもとに駆け寄ってきた。
「た、大変ですベルベット様ー!」
「この声は……どうしたんですか? ゴブリンAさん」
「え……私はゴブリンYなのですが……あ、それよりも大変です! 地下水路の方にルーシア様が現れました!」
※
ロータスとベルベットが慌てて地下水路へと移動すると、すでに大変なことになったいた。
「こりゃあ派手にやったっすね……」
「ごめんなさい。私にはなにも見えないのですが、どうなっているのですか?」
「えっと……」
ロータスはランタンを掲げて周囲を状況を確認する。
壁や地面に放電によってできた焦げ跡が残っており、いまだにビリビリと音を鳴らしている。
さらに、この地下水路にいた怨霊たちはみな完全に怯え切ったようすで地面にひれ伏していた。
『ひいいい! あ、悪魔だぁ……悪魔だぁ……』
『も、もう成仏したい……現世怖い……』
「うわぁ……怨霊たちが恐れをなして恨みも憎しみも失って、完全に戦意喪失してるっす……」
「一体になにをやったんでしょうかお嬢様は……」
とにかく2人はルーシアを探して先へ進む。
しばらく歩いていると――見つけた。
ロータスの視界に、怨霊の胸ぐらを掴むルーシアの姿は映る。
「ねえ、お前は知らないかしら。人間を不死身にする方法」
『し、知らないです! ごめんなさい! 俺はなにも知らないです!』
「そう……」
ルーシアはそれでその怨霊に興味をなくしたのか、胸ぐらから手を離すと近くにいた怨霊の胸ぐらを掴んで同じ質問を繰り返す。
「そうか……知っちまったんすね。お嬢様は」
「そのようですね……私が止めましょう」
「いや、ベルベットはここで待ってて欲しいっす。俺が話をするっすから」
ロータスはそう言って、単身荒れ狂うルーシアの前に出る。
「お嬢様」
彼が声をかけると、真っ赤な瞳をギラギラと光らせるルーシアの視線が向けられる。
「……ロータス。ねえ、お前は知っている? 人間を不死身にする方法を」
「お嬢様……やめましょうっす。こんなことしても意味ないっすよ。人間を不死身にすることはできないんすよ」
「それは今の話でしょう? これから先、もっと技術が進歩したらきっとできるようになるはずよ……そうじゃなきゃいけないの」
そう言ったルーシアの瞳には、幾分か寂しさが見て取れた。
将来、誰かがルーシアの前からいなくなるのは確実――その誰かが永遠に彼女と寄り添える方法を探しているのだろう。
ロータスとて、できることなら2人に永遠の幸せを分かち合って欲しいと思う。
けれど――。
「たしかに、いずれそういうこともできるようになるかもしれないっす。けど、お嬢様……不死身ってそんなにいいことっすか? 不死身になることは幸せっすか? きっとそれはお嬢様が一番よく分かってることっすよね」
「……」
ルーシアは答えなかった。
ただ、虚しそうに虚空を見つめている。
「お嬢様。よく考えるっす」
「……そうね。少し、頭を冷やすわ」
ルーシアはそう言って、フラフラとした足取りでロータスの横を通りすぎて来た道を帰っていく。
残されたロータスは「はあ……」とため息を吐いた。
「……ロータスさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫っすよ。お嬢様がぶち切れないか不安だったすけど……」
「いえ、そうではなくて……ああいうことを言うのも辛いでしょう? ロータスはお嬢様のことが好きなんですから」
ロータスはこの言葉に対して、「まいったすね〜」と頭をガシガシ掻いた。
「まあなんというか……惚れた人だから道を踏み外して欲しくないっていうか……。多分、お嬢様……クロっちを不死身にするためならどんなことでもやりかねないっすから」
今回は相手が怨霊だからまだよかった。
これが生きている相手だったら大変なことになっていた。
加えて、仮に不死身にする方法が見つかったとしてそれが非人道的なものだったら?
たとえば、何百人の魂が必要だとか、そういう類の倫理に反する方法だったら?
ルーシア・トワイライト・ロードはきっと、それがクロのためならやりかねない。
「はあ〜絶対お嬢様に嫌われた気がするっす……」
「めでたく失恋ですね」
「それお互い様っすからね?」
「ふふ……そうですね」
「んじゃまあ、後始末が終わったら失恋した者同士、ちょっと飲みにでも行かねっすか? 実は西の方にいいお店があるんすよ」
「あら……お嬢様がダメだったから次はベルベットですか? 残念ですけど、ベルベットはまだクロくんを諦めたわけではありませんから」
「おやまあ、そりゃあ残念っすね」
ロータスとベルベットはそう言って、小さく笑い合うのだった。
こうしてついに旧人間国との戦争は幕を閉じ、魔族国は世界のほぼすべてを統べるに至った。