ご褒美な幼馴染
多分、次回で二部が終わるので一旦書籍作業に移ります。
ちょくちょく閑話とか挟むと思います。
※
ここからは後日談。
首なし巨人を倒した後、ほとんど意識が朦朧としていてなにも覚えていないんだけれども。
どうやらなんとか聖剣だけはシロの手に渡したみたい。
聖剣を手にして回復したシロがチャリオッツさんと僕の怪我を治し、そのまま道なりに進んだところにあるエルフィーナさんの牢屋に到着。
2人はエルフィーナさんを救出すると地下水路を脱出――。
その間、僕はチャリオッツさんに背負ってもらっていたらしい。
あとは予定通り。
最前線まで逃げたチャリオッツさんが生き残った森エルフの人たちと反旗を翻し、内側から前線を崩壊させて東南砦の魔族国領まで脱出に成功した。
被害がなしとまではさすがにいかなかったらしいけれど、こうして無事にエルフィーナさんの救出に成功し、僕の任務であったチャリオッツさんもどうにかできた。
ベルベットさんがこの流れに乗ってすぐに旧人間国の前線を突破して首都を包囲。
さすがにチャリオッツさんという強大な個人戦力を失った旧人間国の指導者は為す術なしと判断したそうで、数日の籠城戦を続けたのちに降伏した。
ちなみにシロは地下水路から脱出した時点で、チャリオッツさんとは別れたみたいでその後のことは分かっていない。
まあ、あいつのことだから無事にエドワードと合流して首都を出たことだろう。
これらの話を僕が聞いたのはちょうど籠城戦が終わった翌日のことである。
どうやら僕は数日間ずっと眠っていたらしい。
「いやぁ〜任務達成お疲れ様っすね。クロっち〜」
さて、場所は東南砦。
僕に与えられた部屋の大きなベッドで、僕は怪我の療養をしているのだが……看病をしてくれているのがなぜかロータスさんだった。
ロータスさんは僕が横たわるベッドの側に椅子を置いて、鼻歌混じりにリンゴの皮剥きをしている。
「あの……なんでロータスさんが僕の看病を……」
「そりゃあ昨日戦争が終わったばっかで、ベルベットはいろいろと後始末で忙しいっすし。お嬢様はちょっと準備をしていてっすねー」
「準備……? そういえば、目が覚めてからルーシアに会ってないんですけど」
「おっと、それはあとのお楽しみっすよ〜。だから、男に看病されるなんていやだとは思うっすけど、少し我慢して欲しいっす」
「いや、別にロータスさんに看病されるのがいやなわけじゃないですけど」
「え、まさかクロっち……そういう系っすか? ドMな俺でもさすがにそっちの気はないんすけど……」
「僕もないですよ……」
というか、その話題で限りなく喜びそうな人がいるからやめてもらいたい。
「あ、今の話題で思い出したんですけど」
「今の話題で思い出した話を聞きたくはないっすけどなんすか?」
「森エルフの人たちはどうしているのかなって。お姫様のエルフィーナさんとか、チャリオッツさんとか」
「ああ……まあ、これからいろいろ魔王様と相談することになるっすから。お姫様の方はここでゆっくりしてもらってるっすよ。チャリオッツはその護衛として同じく」
「じゃあ、しばらくはここにいるんですね」
「そうっすねぇ。まあ、魔王様なら悪いようにはしなっすよ。多分、すぐにでも森に帰してくれるはずっす」
そうだといいな。
そう心の中で願うと、そのタイミングで僕の部屋の扉が開かれた。
誰かと思ったら件のエルフィーナさんとチャリオッツさんだった。
「あ、エルフィーナさんとチャリオッツさん」
「おお! 目が覚めたと聞いてようすを見に来たぞ! ぬしよ!」
「姫様……もう少しお静かに。少年は怪我人ですぞ……」
「おっと、そうだったな。すまぬな」
「いえ気にしないでください。怪我といっても自分じゃよく分からないですしこれ」
言いながら、僕は布団の中から自分の左腕を引っ張り出した。
見ると、そこには包帯でグルグル巻きになった左腕があった。
首なし巨人によって失った左腕はシロのかけてくれた回復魔法で復活したはいいものの――。
どうやら首なし巨人は、僕の左腕を持っていくのと同時に呪いをかけたらしい。
その呪いは左腕からやがて全身に広がって、徐々に体が動かなくなり心臓の鼓動までも停止し死に至るものだったという。
「しかし、一時期はどうなるかと思っていたが無事でなによりだ。改めてぬしに礼を言わせてくれ」
「いえ僕も任務でしたし……」
「そうか……それで左腕は大丈夫なのか? 呪いで死にかけたとチャリオッツから聞いたのだが……」
「ああー……それはまあ、ロータスさんのおかげで」
そう言うと、ロータスさんが得意げに笑う。
「へっへっへ〜。まあ、俺にかかれば呪いなんて問題にはならないっす」
「ほう! さすが優秀な人材が揃っている魔王軍の幹部だ。しかも、なかなかの美形だ……うむ……受けだな」
「姫様。自重してください」
チャリオッツさんが暴走しかけているエルフィーナさんを注意する。
そういえば、2人は幼馴染だったか。
なんとなく2人の関係性が分かって、僕は苦笑を浮かべた。
「それでロータス殿は呪いに精通しているのか? たしか、竜人族だと聞いているが……」
「俺の唾液っていうか、ドラゴンの唾液には浄化作用があるんすよ。だから、こうやって――」
ロータスさんは近くにあった替の包帯を手に取ると自分の口の中に放り込んだ。
「こうやって包帯に俺の唾液を染み込ませることで呪いを浄化できるんすよ。まあ、すぐに効果は出ないんで継続的にやる必要があるんすけど」
「ほほう……唾液で染みた包帯……攻めか」
「姫様」
僕はエルフィーナさんとが暴走しているのを他所に、改めて包帯で覆われた自分の左腕を見る。
「……うん。やっぱり、ヨダレ臭い」
「クロっち文句言わないで欲しいっす。というか、感謝して欲しいくらいっすね〜」
「それはそうなんですけど」
ただ、やっぱりロータスさんの唾液でベチャベチャになった包帯に包まれていると思うと微妙な気分になってしまう。
それからは、エルフィーナさんやチャリオッツさんと談笑をしばらく楽しんでいたんだけど――そこへ、再び来客があった。
次に現れたのはルーシアだった。
彼女が部屋に入るなりエルフィーナさんが、
「おっと我はお邪魔だな」
などと言ってチャリオッツさんを連れて部屋を出ていく。
それに続いてロータスさんも、
「あとはお楽しみ〜」
と言って部屋かた去って行った。
結果、部屋の残されたのは僕とルーシアだけとなる。
「クロ。元気そうね」
「無事でよかったとか、そういうことを言って欲しかったりする」
「女々しいことを言わないで」
僕の恋人は相変わらず厳しかった。
「でも、よくやったとだけは言っておくわ」
「はいはい……」
こういうところはアスタリアさんに似ている。
「左腕の呪いも大丈夫そうね」
「まあな」
……。
会話が止まった。
いつもならここいらでルーシアが変なことを言って、僕がツッコミを入れるはずなんだけれど。
ルーシアのようすが変だ。
妙にもじもじとしているし、前髪の毛先をずっといじって所在なさげにしている。
「どうしたんだ? なにか言いたいことがあるならはっきり言ったらいいだろ。お前らしくもない」
「……なら、遠慮なくやらせてもらうわ」
「え? なにを?」
ルーシアは僕の問いに答えることなく、悠然とした足取りで僕の側へ近寄って来るや否や、ベッドの脇に腰を下ろした。
そのまま彼女は自分の脚をぽんぽんと手を叩くと、
「膝枕をしてあげるわ。だから、ベッドから一度起き上がりなさい」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「なぜそこで怪訝そうに私を見るのかしら……褒美よ。褒美。先生がね、頑張ったクロにご褒美を用意するといいって言うから」
「それで膝枕?」
「ええ。先生は、クロならきっと喜ぶだろうって」
「……」
僕は天井を仰いだ。
ルーシアがご褒美だなんて珍しいと思ったらベルベットさんの入れ知恵らしい。
死にそうな目にあった僕に対して、彼女からのご褒美が膝枕か――。
「なによ。不満?」
彼女はそう言ってわずかに頬を膨らませる。
それが子供っぽくて思わず笑ってしまった。
「まさか……僕にとってはこれ以上にないご褒美だよ」
「そ、そう。なら、早くこっちに来なさい」
「うん。それじゃあ失礼して」
僕は遠慮なくルーシアの膝に自分の頭を置いた。
瞬間、とても甘い匂いが鼻腔を擽ると同時に柔らかな感触に包まれた。
「どうかしら」
「好きだ。ルーシア」
「え、なんで今それを言ったのか分からないのだけれど。というか、ちょっとおかしくないかしら?」
「なにが?」
「クロの顔の向きよ」
僕は今、ルーシアのお腹に顔を埋める形で膝枕をしてもらっていた。
「先生に教えてもらった膝枕と違うのだけれど……」
「これも立派な膝枕だよ多分」
「そうなの? ん? 多分?」
「気にするな」
適当なことを言っているとバレるところだった。
危ない。危ない。
「ねえ、クロ。このまま膝枕をしているだけじゃ退屈だわ」
「僕はこのまま眠りたいんだけれども」
「ダメよ。それじゃあ私が暇じゃない」
「ご褒美とは……」
「そのままでいいからなにか話をしなさい。そうね……お前が今日までなにをやってきたのか……お前の活躍が聞きたいのだわ」
「僕、言うほど活躍してないんだけど。多分、普通に退屈な話になるぞ?」
「知っているわ。別によくある英雄譚が聞きたいわけじゃないわ。端から山あり谷ありな話をお前に期待していないもの」
「酷いことを言う……」
ルーシアにとっては旧人間国への潜入も、首なし巨人との戦いも取るに足らない物語だろう。
彼女なら首なし巨人なんて本気を出せば片手で捻り潰せるだろうし……。
しかし――とルーシアは僕の髪を撫でながら口を開く。
「それでもお前が今日までなにをしてきたのか知りたいのよ。それがどれだけ退屈なものでも、ありのままの話を聞きたいのだわ」
「まあ、お前がそれでいいなら話すけど」
それから僕は今日までのことを――正確には首なし巨人を倒したところまでを話した。
ルーシアはその間、ずっと黙って僕の話を聞いていた。
僕が話し終えてもルーシアはずっと黙っている。
そんなに僕の話が退屈だっただろうかと彼女に尋ねた。
「なあ、ずっと黙ってるけどそんなに退屈だったか?」
「……いえ、むしろ興味深い話だったわ」
「興味深い?」
「ええ。クロ、ご褒美の時間は終わりよ。ちょっと私、行くところができたのだわ」
「え? お、おう?」
言われて僕が起き上ると、ルーシアはベッドから立ち上がり僕に目もくれず足早に部屋から出て行ってしまった。
一体どうしたというのだろうか?
「なにか怒らせるようなことしたかな……」
いや、違う。
あれは怒っている雰囲気ではなかったように思う。
さっきのルーシアの表情は怒っているというより――。
「なんか焦ってる感じ……だったよな……?」
どうしてルーシアが焦っているのかは僕には皆目検討もつかなかった。
彼女ははたしてどこへ向かったのか。
それを僕が知ることはなかった。