腐ったエルフの姫
それから僕はエルフィーナさんの話しに耳を傾けた。
「ちなみにぬしはBLが好きか?」
「好きじゃないです」
「おおう……食い気味に否定してきたな……」
「僕の沽券に関わることなので」
僕が男の人の方が好きだとルーシアが勘違いしたら、なにをしでかすか分かったものじゃないからな。
「というか、この話題やめません? 男の僕としては複雑な気持ちになるんですよ。その話題」
「むう……やはり、こういった趣味は気持ち悪いかい? 同族の間でもBL趣味の者がいなくてな……こうやって好きなものを語らえる機会は本当に久方ぶりなのだ」
「別にBL趣味は気持ち悪いなんて思いませんけど……」
「そうなのか? 珍しいタイプだな……ぬしは」
「いえ、誰しも性癖なんて持ち合わせているものでしょう? ただ、正直エルフィーナさんみたいなのは、さすがに気持ち悪いなって思いますけど……」
「ええ!? 我、やっぱり気持ち悪いのか!?」
「そりゃあ初対面でいきなり妄想に使われたら気持ち悪いと思うんですが」
たとえば、僕がエルフィーナさんあんなことやこんなことを妄想していると言っているようなもので――それを説明するとエルフィーナさんが目をそらした。
「う、うむ……たしかに見ず知らずのぬしを妄想とはいえ、チャリオッツと交じり合わせたのは気持ち悪かったな……申し訳なかった」
「いや、妄想する分にはいいんですけどそれを口に出さないで欲しいって話しなんで」
あと、さりげなく僕がエルフィーナさんの頭の中でとんでもない目に合わされていたことに体が震えた。
この人、魔王軍の幹部と同じ臭いがする……。
「まあ、それはともかく……我が同胞たちは元気にしているだろうか?」
「……すみません。僕もそれは把握できてなくて」
「いや、そこは嘘でも元気だと言うべき場面なのだが……これでは我も安心して死ねないではないか」
「元気でやってます」
「今は言う場面ではないわ!」
間違えた。
「というか、簡単に死ぬとか言わないでください。命は大事にしないと……あなたが死んだら生き残った森エルフの人をどうするんですか? 指導者がいなくなったら路頭に迷いますよ」
「まさか、我が同胞はそれほど柔ではないさ。それに……もし我がいなくなってとてチャリオッツがいる……」
だから、彼に伝えて欲しいとエルフィーナさんは朗らかな笑みを浮かべる。
「我はここで最期を迎える……あとのことはチャリオッツに全て任せるとな。なに心配はいらん。やつに素性を明かしても大丈夫だ。人間にぬしのことを報せるようなことはしないさ。きっとぬしの言葉を信じるはずだ」
「そんなこと言わないで、どうすればあなたをここから助け出せるかを考えませんか?」
「そう言われてもぬしがこの牢を開けられるわけでもないのだろう?」
「まあ、そうなんですけど」
「せめてチャリオッツがここまで来れれば……この程度の牢などないも同然なのだが……」
チャリオッツさんか……。
「なんとか連れてきてみますか……?」
「できないから我はここにいるのだぞ? チャリオッツがここまで辿り着けば我をここから出せてしまうことを人間どもは知っている。だから、チャリオッツは入り口で当然門前払い。仮に入れたとて、神職なしでは生きて出られまい」
「チャリオッツさんでさえも……ですか?」
ディオネスと同等と言われるチャリオッツさんですら生きてでられないとは――一体どういうことなのかと首を傾げると、エルフィーナさんが深刻げな表情で口を開く。
「そこいらにいる怨霊ならばチャリオッツの敵ではないが――この地下牢にはな、チャリオッツですら手も足も出ない怪物が出るのだ」
「怪物……それは一体?」
「我もここに入れられた時に一度だけ見たのだが……首のない巨人が如き姿をした怪物であった」
そして、過去に一度だけ――チャリオッツさんはエルフィーナさんを助けるために地下牢に殴り込み、首なし巨人に返り討ちにあったらしい。
「これは人間から伝え聞いたことゆえ真実か定かではないが……あのチャリオッツが一度も行動を起こさないとは考えにくい。チャリオッツなら必ず我を助けるためにここへ来るはずなのだ」
そのチャリオッツさんが来なかったということは、なにかしらここまでこれない理由がある――その理由こそが首なし巨人だと睨んでいるらしい。
「助けに来るはずとは……随分とチャリオッツさんのことを信頼しているんですね」
「ふっ……まあな。我とチャリオッツはいわゆる幼馴染でな。やつのことならよく知っている……やつなら我を助けに来ようとするはずなのだ」
その確信は部外者の僕からしたら鼻で笑ってしまうようなことかもしてないけれど、僕にもそういう相手がいるから納得してしまった。
「はあ……これは困りましたね……チャリオッツさんをなんとかしようとここまで来たら、エルフィーナさんを助けなくちゃいけなくて……エルフィーナさんを助けるためには首なし巨人とやらをなんとかしなくちゃいけないなんて……」
じゃあ、次は首なし巨人を倒すために「伝説の武器が必要で〜」みたいな展開になったら僕は死んでしまうかもしれない。
今でこそ自分のキャパシティがギリギリなことをしているのに、これ以上は無理だ。
「ふっ……ならば我を見捨てるのは最も手取り早いではないか」
「まあ、それも一つの手段なんでしょうけど……それは最終手段で」
「む……なぜだ? 魔族国としてはチャリオッツさえどうにでもなれば……それで戦争はお終いではないか」
「そりゃあそうなんですが……」
僕は頭の後ろを掻きながら暗い天井を見上げる。
ふと、そこには魔王の背中が薄らと見えた気がした。
みんな種族とか関係なしに仲良くできる平和な世界の創造――それを実現しようと奮闘している魔王の背中を見て育ったんだ。
僕だって、みんなが笑顔でいられるのならその方がいいと思うし――なにより。
「エルフィーナさん。僕……今回の事が終わったら結婚するんですよ」
「え? なにゆえ死亡フラグを立てたのだ?」
「あ」
うっかり口にしてしまったが――それはともかく。
「……僕は正直なんでもかんでもできるほど器用じゃないんです。それでも、今回のこれは……僕の人生の中でも一番大事な場面で、絶対に手を抜いちゃいけない場面だと思うんですよ」
「ほ、ほう……? そうなのか?」
「はい。どうせなら、僕は胸を張ってあいつのところに帰りたいんです」
「あいつが誰かは存ざんが……なるほど。ぬしにも譲れないものがあると……」
そうだ。
ひ弱でちょっぽけな僕にだって譲れないものがある。
僕があいつの隣で――これから魔王を目指すのなら、僕も受け継がなくちゃいけない。
魔王の目指す平和の創造を。
だから。
「僕はみんなが最高のハッピーエンドを迎えられるように全力を尽くします。あなたも見捨てないし、チャリオッツさんも……森エルフの人たち全員解放して、この戦争を終わらせます」
「……なんの力もない癖によくもまあたいそうな理想を掲げるものだな。しかし、我もハッピーエンドの方が好きだ……」
「エルフィーナさん……」
「やはりラストシーンは推しカップルがくっ付いて欲しいもだからな」
「腐ってる……」
「それは褒め言葉として受け取っておこう……それで? なにか考えはないのか?」
「まあ、それがあったら苦労しないですよね」
「先ほどの感動を返せ」
とは言うものの、とてもじゃないがなにも思いつかない。
僕の足りない頭ではこの辺りが限界か……。
と、考えていた折。
「せめて……不死に対して効果的な攻撃手段があれば、チャリオッツでもあるいは……」
「……? 不死? どういうことですか?」
「そういえば言ってなかったな……ぬしはこの地下牢のことをどれくらい知っているのだ?」
「えっと……『死なずの研究』がされていたって聞いてますけど……」
「うむ……人間どもの話ではあの首なし巨人はその『死なずの研究』の結果によって生まれた不死身の怪物らしくてな。ゆえに、チャリオッツでは歯が立たんのだ」
どれほどダメージを与えても不死身ゆえに死なず疲れず――。
「なるほど……というかエルフィーナさん、人間から話を聞きすぎじゃないですか? ちょっと人間の口軽すぎません?」
「いや、直接聞いたわけではないとも。我は耳がよいからな。上階から聞こえる微かな話声を拾っているのだ」
彼女はそう言いながエルフ耳をピクピクと動かした。
「ふっ……エルフ耳も伊達ではないのだよ」
「へえ……しかし、不死身かぁ……」
「うむ……なにか手立てがあればよいが……まさか都合よく不死身への対抗手段があるとは思えんし」
「そうですねぇ……あ」
僕は顎に手を当てて――ふと思い出した。
「あった……ありますよ! 不死身の首なし巨人の対抗手段!」
「なに……!? そんな都合よく!?」
「はい! 都合よくありました! よし……善は急げだ……エルフィーナさん! 明日か明後日か……明々後日……いや、4日後くらいには助けに来ます!」
「なぜ期日が伸びているのだ……ちょっと自信がなくなっているではないか」
「いや……よくよく考えたらその対抗手段の説得ができない気がして……」
僕はその”対抗手段”のことを思い浮かべながら、エルフィーナさんに説明するのだった。