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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
キャピタル・ヘリストン編、あるいは友達が欲しいポッチーノの章
9/30

泊めてもらえることになりました。

「うちは犬小屋じゃないよ。余所あたってくれ!」

 宿屋の女将に突き放され、ポッチーノはとぼとぼと宿屋を出た。

 もう7件目である。

「獣人なんか泊めたら客が逃げちまうよ」

 とか、

「うちは、しっぽのある奴は客とみなしてないんでね」

 とか、

「とっとと出ていかないと、衛兵に突き出すぞ」

 などと、どこに行っても冷たい罵倒と共に追い返されてしまう。裕福な市民の多いアップタウンを避け、まだ勝率の高そうなダウンタウンで宿探しをしていながら、このザマだ。

「くぅん……」

 流石のポッチーノも、消沈し始めていた。

 もうすっかり夜である。酒場などは船乗りたちが集い盛り上がりを見せているが、それとは対照的に、ポッチーノとCとヴァローナの行く道は暗い。

 そろそろ泊まれるところを見つけないと、宿の受付も終わってしまう。

「本当におまえって、何をするにも苦労してきたんだな」

 Cは、獣人差別がここまでの物とは思ってなかった様子。今まで獣人とはあまり深い親交を持ったことがないのだ。

「ねえ、Cとヴァローナだけで泊まってきて良いよ。ボク、野宿には慣れてるから」

「身内の泣き寝入りを枕にイビキをかけってか? そんなことができるのは、あの蛇女くらいだろうよ」

 Cはまだ、リリッキーが酒場で起こした騒動のことを根に持っているようだ。

「言ったろ。今日と明日はとことん付き合うって。姉貴も同意見だ」

 とCが言うと、同調するようにヴァローナも鳴いた。

「いいの? 野宿につきあってくれる?」

「付き合うとは言ったが、野宿は流石にいただけねえな」

 Cはそう言って、唐突に来た道を引き返し始めた。よりによって、そちらはアップタウンへ続く道である。

「こうなったら、“奥の手”を使わせてやる。ついてこい」

「奥の手って?」

 ポッチーノは言われるがままに、Cのあとを追った。

 歩くこと20分。アップタウンは、ダウンタウンにはない大きな家屋がいくつもありポッチーノを感心させたが、たどり着いついたのはその中でも群を抜いて大きなお屋敷の前だった。

「ここ? すごく大きな宿屋なんだね。何人泊まれるのかな」

「宿屋じゃねえよ。俺の親友の家だ」

「えぇっ!? これでただの家なの!?」

 ポッチーノは驚嘆した。こんな豪邸、王族や貴族にでも産まれないと中へ入れないと思っていたので、まるっきり未知の領域だ。

 しかしCは臆すことなく敷地へ入り、呼び鈴を鳴らした。ほどなくして、使用人と見られる初老の男が顔を出す。

「どちら様ですかな? ……おお、これはこれはコルニクス様。遠路はるばる、よくお越しくださいました」

「久しぶりだな、じいさん。夜遅くすまねえが、ンディーヤはいるか?」

「はい。どうぞ、中でお待ち下さい。ただいま、お取り次ぎ致します」

 と、その使用人は中へCを招き入れようとしたが、そこではじめて少し後ろにいたポッチーノの存在に気づいたようだ。 

「そちらの獣人は、コルニクス様のお連れの方ですかな?」

「ああ。俺が面倒見ることになった見習いだ。一緒に入れてやってくれねえか?」

「噛みつかないですかな」

「相手がウェルダンのステーキでなければ、おとなしい奴だぜ」

「なるほど。では、ご一緒にお入りください」

 と、ポッチーノも無事に中へ招き入れられた。

 エントランスホールだけで、ポッチーノの家の5倍は大きい。床には絨毯がしかれており、二重の意味で地に足がつかないポッチーノは緊張でカチンコチンだ。

「こちらでお待ち下さい」

 応接室に通されたとき、ついにポッチーノは何もないところでけつまずいてしまった。

「なんでそんなに緊張してるんだよ」

「だってぇ……」

「借りてきた猫みたいになりやがって」

「猫じゃないよ。ボクは犬性の獣人だよ」

「そういう問題じゃねえ」

 Cは呆れてしまっているが、それでもポッチーノはそわそわしたままだ。

 ──豪邸の中だ! ふかふかのソファー! ふわふわの絨毯! おとぎ話の中だけの存在じゃなかったんだ!

 ちんちくりんな感動に胸を熱くしていると、ドアが開いた。

「やあ。よく来てくれたね」

 と、この辺では珍しい褐色肌の青年が姿を現す。白衣を纏い、メガネをかけ、長く伸ばした髪をひとくくりに束ね、どことなく知的な風貌だ。

 この人は上流階級の人なんだな、というのはポッチーノでも何となく分かった。何より、若者でありながら、エンドポイントのチンピラにはない不思議な貫禄がある。

「悪いな、ンディーヤ。こんな遅くに押しかけちまって」

「とんでもない。君ならいつでも大歓迎だよ」

 そう言って青年ンディーヤは、Cやポッチーノとは反対側のソファーに腰かけ、

「今日はユニークなゲストがいると聞いたんだけど、それが君かな?」

 と、ポッチーノの方を見る。

 その態度や口調には、相手が獣人だからと言って軽蔑しているような節は微塵もなかったので、ポッチーノは安堵した。

「うん。ボク、ポッチーノ・ワンコロフっていうんだ。よろしくね」

 ポッチーノはそう挨拶した。

「……ワンコロフ、くん、か」

 と、ンディーヤは噛み締めるようにゆっくり復唱する。

「うん、ポッチーノ・ワンコロフ。可愛い名前だね」

「えっ? そ、そうかな!」

 そんな経験のない誉められ方に、ポッチーノ、照れるの図。

 こんな見え透いた世辞でこうも幸せになれるのか、とCは後輩の頭の軽さを嘆いた。

「僕の名はンディーヤ・4th・マハジャーラ。C君やヴァローナ君の友達ってところかな」

 とンディーヤが自己紹介すると、

「おい、ンディーヤ。謙遜が過ぎるぜ」

 Cがくちばしを挟んだ。

「名誉あふれる錬金術師一族、マハジャーラ家の4代目当主だろ。そのくらい堂々と名乗ったらどうだ?」

「はは……、あまり自分でハードルを上げてしまうのは苦手で……」

 ンディーヤは苦笑を浮かべている。

 一方、それを聞かされたポッチーノはすっかり呆気にとられてしまった。

「錬金術って、ボタ石を黄金に変えちゃうっていう、あの錬金術?」

 ポッチーノは尋ねた。昔、そんな話を食い逃げ時代に酒場で聞いたことがあったのだ。

「それは単なるコマーシャルだよ」

 と、ンディーヤは苦笑しながら、

「学問というものは、お金がかかる割には実入りが少ないからね。何とかスポンサーを見つけようと、つい大風呂敷を広げてしまうものなのさ」

「ふーん」

 ポッチーノは分かったんだか分かってないんだか、曖昧な返事をしてしまった。実際、ほとんど分かっていない。

「おまえの頭じゃ、どう説明されたって分かりっこねえよ」

 と、Cはポッチーノの頭を小突いた。

「C君、あまり乱暴したら可哀想だよ。念願の“可愛い後輩”じゃないか」

 ンディーヤがたしなめるも、

「いや、確かにそんなことは言ったけどよ。これは俺の理想とはだいぶ違うぜ」

 Cは憮然とした顔で答えた。

 するとポッチーノ、Cの方を向いて、

「でも、なんだかんだ言って、今日のCは頼もしかったよ」

「やめろよ。背中が痒くなること言いやがって」

 だいぶ決まりが悪そうな顔をしながら、Cはうなった。そこに、扉からノックの音がして、

「失礼します。お食事の方は、いかがなさいましょう」

 と、先ほどの使用人が顔を出す。

「C君、今夜は泊まっていったらどうだい? 無論、すぐにでも次の街へ行くなら、無理には止めないけど」

「いや、お言葉に甘えさせてもらうぜ。今回はもう、帰るだけなんだ」

「それは何よりだ。セブール。食事と寝床を、2人と1羽分、頼むよ」

 ンディーヤがそう言うと、使用人のセブールは

「かしこまりました」

 とドアを閉める。少し遅れて

「ボクも泊まって良いの?」

 ポッチーノは、どことなくおどおどしながら尋ねた。

「これ、夢じゃないよね」

「ああ。大切な客人だ、歓迎するよ」

 ンディーヤは嫌な顔ひとつせず、にこやかに相づちを打った。それを聞いて、ポッチーノの顔に笑顔の花が咲いたのは言うまでもない。

「それで、もし差し支えなければ、ひとつ協力してほしいことがあるんだ」

 と、ンディーヤがポッチーノに話を切り出した。

「勿論、交換条件というわけではないから、難しいならそう言ってもらって構わないんだけど」

「ボクに? いいよ。人殺しと辞職以外なら何だってやっちゃうよ」

 いつものことだが、生来の人の良さのせいなのか、ポッチーノにはすぐ安請け合いする癖があるのだった……。

 



「これ?」

 応接室とは打って変わって、様々な本や器具が雑然と置かれた研究室の一角。

 ランプの灯りが部屋を怪しく照らす中、ポッチーノがンディーヤから渡されたのは、両手と同じくらいの大きさの粘土の塊だった。

「うん。お願いして良いかな」

「お安い御用さ」

 と言って、ポッチーノはその粘土に噛みついた。

 それらの一連の流れをそばで見ていたCは、すっかり呆れている。

「それにしても、俺がくちばしを挟む話じゃねえが、獣人の歯形なんてどう使うつもりなんだよ」

「標本は、あって困ることはないのさ」

 ンディーヤはすっかりご機嫌で、

「んーんー?」

 ポッチーノは粘土を噛んだままなので、何を言っているのかさっぱり分からない。

「ああ、そこの砂時計の砂が全部落ちたら固まると思うから、それまでそのまま我慢してくれないかな」

「んー」

 と、うなずきながら、ポッチーノは部屋を見渡した。

 ンディーヤが言っていた“標本”というものは、応接室の趣味の良い作りとは異なり、あまり見ていて楽しいものではない。

 人間や動物の頭蓋骨や、よく乾燥した植物、素人には石ころにしか見えない鉱物のサンプルなど。壁紙にしみついた薬液の匂いも、香水にしたいとは思えない。

 そんなポッチーノを置いて、

「さて、うるさい犬っころも黙ったことだし、俺たちも“サブビジネス”を始めようぜ」

 Cは鞄から古びたノートを取り出すと、ンディーヤに渡した。

 ハウス・ポスタルの封筒形式ではないので、配達物とは違うのだろうが、何なのかはポッチーノにも分からない。

「そうしよう。君のレポート、本当に楽しみにしていたよ」

「そう言ってくれると、俺も用意してきた甲斐があるぜ」

 ンディーヤの視線はもう、 Cが渡したノートに釘付けになっている。その目はすっかり熱と好奇心に染まっていた。

 いったい何だろう、とポッチーノは近づいてノートを覗こうとしたが

「おまえはそこでおとなしくしてろ。“待て”は犬の基本スキルだぜ」

 とCに除け者扱いされてしまった。

 ポッチーノは肩をすくめる。何か見て面白い物はないか、と室内を見渡したが、そのときすぐ横にかけてあった肖像画が目に留まった。

 見れば、幼い少年3人と少女2人が、仲良くひとつの額縁に収まっている。すぐそばの壁に固定されていた黄銅の解説板によれば、肖像画のタイトルは『同窓生』。真下には5人の名前がそこに記されていた。

 ──ンディーヤ・4th・マハジャーラ

 まだ幼い頃の姿なのかもしれないが、この頃から既に知的な風貌は備わっていた。

 ──レインクルス・メルトニー・サトランピート・デクトネス・ド・アリスグラード

 先ほど、街で会ったあの騎士だ。何だか、この中で1番気が強そうな顔をしている。

 ──C・コルニクス(及び、ヴァローナ)

 小さい頃のCだ。この頃から既に肩へヴァローナを乗せている。

 ──リオネット・ロズ・グランドルフ

 知らない顔の少女だ。半目開きで、人形を思い立たせる落ち着きぶりだ。

 ──ガンマ・シップマン

 こちらも知らない顔の少年だ。5人の中で最もチビだが、この少年が1番元気でやんちゃそうだ。

 この5人は幼馴染なのだろう。すると、Cってすごい人だったんだな、とポッチーノはこっそり感心した。何せ、騎士団の幹部や名家の錬金術師と友達なのである。どちらも、つい先日まで浮浪児だったポッチーノには、雲の上のような存在だ。

 まさかボク、今日だけで一生分の幸運を使いきっちゃったんじゃないだろうな、とポッチーノがドキドキしている間に、いつの間に、砂時計の砂はすべて落ち終えていた。

 でもCの友達なら悪い人でもないだろうし、まだ会ってないこの2人にも会ってみたいな、と思いながら

「終わったよ」

 歯の跡がくっきり残った粘土をポッチーノは口から外した。

 しかし

「ありがとう、助かるよ。そこに置いといてくれ」

 ンディーヤはすっかり、Cとのディスカッションに夢中だ。

 構ってくれる人がいないことに無性な寂しさを覚え、ポッチーノは

「おいで、ヴァローナ」

 ソファーに座りながら、ヴァローナへ手招きした。

「昔、孤児院の友達が言ってたんだ。男のロマンは、女の子には絶対に分からない物なんだって」

 と、珍妙なことを真面目くさった顔で言う。

 ヴァローナはポッチーノの膝の上に飛び乗ると、体を丸めて眠りについてしまった。今日一日の疲れもあるし、明日もまた大移動なのだ。

 しかしヴァローナがそこで寝てしまうと、ポッチーノは動くことができない。と言って、彼女自身はまだ眠気がまわっているわけでもないし、ただただ暇なのだ。

 そのとき、ポッチーノは手が届くほど近くの机の上に、拳大の青い石が置かれていることに気づいた。孤児院で読んだ絵本の中の“サファイア”とかいう宝石にそっくりで、好奇心から軽い気持ちで手を伸ばす。

 指がその石に触れた途端、

「きゃんっ、冷たいっ!」

 ポッチーノは驚いて、石を放り投げてしまった。見た目はただの鉱石なのに、冬の夜のドアノブよりも冷たかったのだ。

「おい、バカ犬!」

 Cが怒鳴る。

「だって、この石、すごく冷たかったんだよ!」

「勝手にあちこち触りやがって。何か壊したらおまえの給料、弁償で全部吹っ飛ぶぜ」

「ごめんね、退屈させちゃったかな」

 と、ンディーヤが苦笑した。

「部屋を散らかしたままにしてしまう僕も悪いんだけど、中には危ない物もあるから、できれば触らないでほしいかな」

「ん、ゴメンなさい……」

 諭されるような口調で言われると、ポッチーノも悪いことしたかなという気になって謝罪の言葉を口にした。

「特にこの“ブリザー鉱石”は、小石ほどの大きさでも鍋1つの熱湯を氷に変えてしまう魔石だ。うっかり素手で持ち続けると、場合によっては凍傷の危険もある」

「また、けったいな魔石を集めてるんだな」

 Cが口をはさむと、ンディーヤはその石を古い布で包みながら拾い上げ、

「僕の本職はこっちだからね」

 と、その石を改めて2人に見せた。

 マハジャーラ家は代々、鉱石学者の家柄だ。初代当主は当時のバルモット公爵と共に鉄鉱石の高効率な製鉄技術を確立し、“名だたる錬金術師マハジャーラ”の名誉を得たのだ。エンドポイントのシンボルでもある高炉を設計した賢者の末裔が、ンディーヤというわけである。

「ブリザー鉱石はその名の通り、ブリザー博士が発見した魔石なんだ。まだ見つかって3年しか経っていない新しい鉱石だが、この莫大な潜在能力から“百年に1度の大発見”とまで称えられている。先ほども言ったが、特筆すべきはその恐るべき吸熱性能で──」

 学者らしく、長々とした話を始めたンディーヤに、Cは“また始まった”と言わんばかりに肩をすくめる。錬金術師一族の名誉ある末裔だけに、魔石の話を始めると終わるまでが長いのだ。

 ボクには難しすぎる話みたいだ、とポッチーノが思わず欠伸をしてしまった、そのとき。ドアがノックされ、

「お食事の準備ができましたぞ」

 使用人のセブールが顔を出す。Cは、助かったと言わんばかりに

「ナイスタイミングだ、じいさん。ンディーヤ、続きは腹ごしらえしてからにしようぜ」

「ん……。まあ、そうだね。ひとまず夕飯としようか」

 ンディーヤは思う存分語れなかったことが心残りそうだったが、こうして3人と1羽は温かい夕食をとることにしたのだった。




 ──食堂にて。港の市場から届けられる新鮮な魚のソテーを食べながら、Cは何気なく尋ねた。

「そう言えば、さっきのあの何とか鉱石、いくらくらいするんだ? 安けりゃ部屋の冷房に丁度良さそうだ」

「ブリザー鉱石かい? あれは、さっきの大きさで金貨1500枚くらいかな」

 途端、2人の横でドスンと鈍い音がした。

 金額の大きさのあまり、ポッチーノが椅子ごとひっくり返ったのだった……。


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