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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
エンドポイント編、あるいは新米配達員ポッチーノの章
6/30

強盗に遭遇しました。

 酒場から出てCと別れ、家に帰った後のこと。

「これでよしっと」

 廃坑の隠れ家で、ポッチーノは満足げに頷きながら工具を置いた。

 坑道には、過去の鉱夫が置き忘れたり捨て去った古い工具がいくつか転がっている。

 ポッチーノはそれらを使ってCからもらった金貨に小さな穴をあけ、そこに紐を通してペンダントにしたのだ。

 ボスやCのような素敵な上司・先輩に出会えた記念だ。もっとも、加工した時点でお金としては使えなくなってしまったのだが、そんなところまで頭の回るポッチーノではない。

「似合うかなぁ」

 と、ポッチーノはお手製ネックレスをつけた。犬がネックレスをしたら、ただの首輪である。

 鏡がないので似合うかどうかは分からないが、

「うん。なんか、元気が湧いてくる気がするな」

 と、ポッチーノは1人で勝手に元気になった。

 今なら何件だろうと配達できそうな気すらする。

「よーし、明日は百件だろうと千件だろうと配達してやるぞ!」

 と、ポッチーノは意気込んだ。




 翌朝。

「へ? 今日は一件だけ?」

「見ての通りだ」

 ポッチーノの問いに、デスドールは素っ気なく答えた。

 今日の配達物は、大封筒が1つだけ。ポッチーノとしては、いくつ運んでも賃金は同じとは言え、少し寂しい気もする。

「ボク、もっと届けられるよ」

「仕事の量を決めているのは俺じゃない。客の多寡だ」

「そっか。なら、仕方ないね」

 ポッチーノは鞄を背負い、封筒を中に入れた。

「それと、その一件でおまえの内回りの仕事は終わりになる」

「えっ、ボク、また無職になるの?」

 デスドールの通告に、ポッチーノは目を丸くした。

「これからは“外回り”に励んでもらうという意味だ。今までの仕事は、C・コルニクスの帰還までの繋ぎに過ぎなかった。あいつが戻ってきたからには、おまえも本来の現場に投入する」

「うーん、つまり……、どゆこと?」

 ポッチーノはちょこんと首をかしげる。

「どのみち明日以降のことだ。まずは今日の仕事をきっちりこなしてこい」

「りょーかいっ。あ、でも、Cは一緒じゃないの?」

てっきり、今日から一緒に仕事をするものだと思って、ひそかにポッチーノは楽しみにしていたのだ。

「あいつは、今日は休暇だ。それに、その程度の配達物ならおまえ1人でも何の問題もあるまい」

「そっか、お休みかぁ。一緒に行きたかったけど、そういうことなら仕方ないね。じゃあ、行ってくる!」

 と、ポッチーノは威勢良く返事した。

 そうしてハウス・ポスタルの営業所を飛び出し、

「さて、よく分かんないけど、節目となる宛先はどこかなーっと」

 いつものように宛先を確認。そして、

「うっ」

 顔がこわばる。というのも、その宛先というのが……




「いらっしゃいませ。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」

 昨日の今日だと言うのに、シャイロック商会の窓口店長リリッキーは、ポッチーノの来店を快く笑顔で歓迎した。

 幸いだったのは、粗暴な配下、ヒョルモーとデイデイがいなかったことだろう。リリッキーは非情だが軽率ではないので、まだマシな部類である。

 ──それにしても、お客さんも意地悪だ。こんな所に手紙を出すなんて!

「いえいえ、何も恥じる必要はありません。長く不確かな人生、急にお金が必要になる場面は誰にでもやってきます。さあ、お掛けになってください。いくらほど工面いたしましょう?」

「お金は借りないよ。今日はハウス・ポスタルの配達員として、お手紙を届けに来たんだ」

 ポッチーノは、鞄から封筒を取り出す。

「……ま、どうせそんなことだと思いましたよ」

 と、リリッキーは声のトーンをひとつ落としながら呟いた。

「昨日、お客様があのコルニクス姉弟様とご一緒におられるのを見て、ピンと来たんですよ。ハウス・ポスタルが雇ったいう噂の獣人配達員は、あなたのことだったのかと」

 そう言いながらリリッキーは封筒を受けとると、ポッチーノから催促されるまでもなく受領サインを渡してくれた。こうも気のきく配達先は、意外と多くない。

「え? ボク、そんな噂になってるの?」

 ポッチーノがビックリすると、リリッキーは頷いた。

「はい。卑しくも蛇人は大の噂好き。『そこに隙間があれば蛇がいると思え』という言葉が生まれるくらい、あちこちで聞き耳を立てているのでございます。軽はずみな愚痴にはご注意ください」

「やっぱり君たちって、ちょっと怖いね」

 と、ポッチーノは本音をこぼした。

 やっぱり、この人のことは好きになれそうもない。さっさと引き上げよう、と思ったその瞬間。

 入り口のドアが凄まじい勢いで開いた。続けざまに、3人のガッシリした男たちが踏み込んできた。ヒョルモーやデイデイではない、人間のゴロつきどもだ。

「邪魔だ! どけ!」

 ポッチーノなんか、驚いている間に男らの1人から横へ突き飛ばされてしまった。

 それでもリリッキーは、平静を保ったままニコニコしている。

「お客様。狭い店内です。恐縮ですが、お静かにお願いします」

「うるせえ! おい、借金の証文を出せ! 早くしろ!」

 男たちは鉄の斧を構えていた。そのうちの1人がリリッキーの鼻先に斧の刃をつきつける。

 強盗だ! と、ポッチーノ青くなった。一時は食い逃げを働いた彼女も、ここまで凶悪な真似はやったことがない。

 が、

「申し訳ありませんが、そういったご要望には対応できかねます。それと、店内での物騒な刃物の使用はお控えください」

「ごちゃごちゃ言うんじゃねえ! ぶっ殺されてえのか?」

「どうぞどうぞ。殴りたければ殴ってください。斬りたければ斬ってください」

 と、リリッキーは慌てず騒がず立ち上がり、笑顔のまま対応を続けた。

「所詮、私などご主人様にとってはトカゲのしっぽにすぎませ

 ん。私の代わりなど、いくらでもおります。それに正直に申せば、ご主人様のお怒りに比べれば強盗なんて可愛いものです」

「それなら、ここでてめえをぶっ殺して奪うまでだ」

 強盗らは殺気をこめて言い放った。それでもリリッキーは寸分も動じず、

「それは無駄な殺生というものですよ。 当窓口では防犯のため、証文や資金の保管は最小限としています。その日に結んだ借金の証文やいただいた返済金は、その日のうちに本部の保管庫に納めてしまうのですよ」

「な、なら、そこから証文を──」

「ムーリでーす」

 顔を赤くして怒鳴り散らす強盗に、リリッキーは両手でバツを作りながら鼻で笑った。

「てめえ、本当にぶっ殺されてえのか!?」

「ええ。このリザ=リリッキーは、先ほども申した通り、シャイロック商会一の捨て駒でございます。命を捨ててでもご主人様に利する、それが捨て駒としての矜持でございます!さあ、殺せるものなら思う存分お殺しください! さあ!」

 とさんざん煽られ、ついにカッとなった強盗が、リリッキーの側頭部を斧で殴った。

「がッ」

 リリッキーは小さなうめき声をあげながら、床の上に、四肢を投げ出すように転がる。

「く、くそったれが!」

 強盗の親分が悪態をつく。途端、リリッキーの口元がニッと笑った。

「ひとつ、言わせて、ください……。私が、死のうと、お客様の、債務は、消えま……、せん……。さ、さあ、諦めず、金策へ……、お、お、お走り、くだ、さ、い……」

「なんて蛇だ! 地獄まで金を持っていく気かよ!」

 強盗の手下がリリッキーの頭を蹴る。それで今度こそ、リリッキーは沈黙した。

「リリッキー!」

 ポッチーノが叫んでも、当然ながら返事はかえってこない。

 その間にも強盗らはリリッキーには目もくれず、机の中を漁りだす。

「くそっ、あるのは白紙の証文ばっかじゃねえか!」

 と、強盗のリーダーはそれらを数枚、捨て鉢に破り捨てた。

「親分、どうします?」

「こうなりゃ、この街から逃げるぞ! 魔女だか蛇だか知らねえが、雲隠れしちまえばこっちのもんだ!」

「こっちの獣人は?」

「バカ野郎、そんな奴ほっとけ! もたもたしてたら、新手の蛇が来ちまうだろうが!」

 と、ポッチーノが目を白黒させている間に、強盗たちは走り去ってしまった。

「あわわ……」

 強盗に遭遇するという思わぬ事態に、ポッチーノの簡素な頭はすっかりショートしてしまっていたが、かすかに聞こえたリリッキーのうめき声で、はっと我に返った。

「そ、そうだ! ねえ、リリッキー、大丈夫!?」

 ポッチーノは慌てふためきながらも、倒れたリリッキーを抱え起こす。するとリリッキーは、痛みに顔を歪ませながらも、

「え、ええ。大丈夫、です。たとえ私の催促から逃げられても、ご主人様の手からは、何人たりとも逃げられないのですよ」

「そんなこと、今はどうでも良いよ! それより、ケガは──」

「ケガ? ……それがお客様の本音ですか? 違うでしょう? 本当は、良い気味だ、バチが当たったんだと思っているのではありませんか?」

 と、痛々しさの混ざった営業スマイルを顔に張りつけている。

「こんなときまでバカなこと言わないでよ。そんなことより、血を止めないと──」

「心配ご無用。蛇人の鱗や骨というものは、憎らしいほどに硬いのですよ。あんななまくら斧など、蛇人にとってはただの鈍器です。いや、痛くなかったと言えば嘘になるのですがね」

 と、リリッキーは元の調子を取り戻しながら、ニコリと笑った。一見ただの皮膚のような体表は、よく見れば肌色の鱗に覆われているのがポッチーノにも分かった。斬られただろう部分も、傷1つついていない。

「それに、例え私が死のうと、これさえ無事ならご主人様は満足するでしょう」

 リリッキーが掲げたのは、ポッチーノが配達したばかりの封筒だった。リリッキーは強盗たちが机を漁っている間、それを自分の体の下に隠して、強盗からそれを守ったのだ。

「そんな、そんなものの方が、君のことより大事なの?」

 ポッチーノが信じられないと言わんばかりに尋ねる。

 彼女自身、飢えていたところをデスドールに拾ってもらった身なので、確固たる理想の上司像というものが頭にあるのだ。

 たかが書類の束なんかを部下の命よりを優先する上司など、いると思いたくなかった。

「当然です。先ほど申した通り、私はご主人様の捨て駒ですから」

「もうこんな仕事、辞めた方が良いんじゃない? こんなの、命がいくつあっても足りないよ」

 と、リリッキーのことを思って言ってあげた。が、

「……失礼ですが、お客様。もしかして、前代未聞のバカでいらっしゃいますか?」

 リリッキーの笑顔が、わずかに変化する。

 今までの顔が営業スマイル全開だとすれば、今ポッチーノの目の前にいるのは、等身大の蛇人の小娘だった。これが、彼女の素の姿なのかもしれない。

「このエンドポイントですら、亜人が仕事を見つけるのはとても難しいことなのです。それはお客様も、嫌というほど思い知ったはずでは?」

「う、うん……」

「増して私は卑しい蛇人。獣人以上に迫害される対象でございます。何度、この頭を蛇のように地へこすりつけたことか。何度、その頭を足蹴にされたことか」

 そうキッパリ言われると、ポッチーノも強くは出られない。

 むしろ、同じ人外に産まれた者同士、シンパシーのような物すら感じていた。あんなに、嫌な奴だと思っていたのに。

「しかしご主人様は私を起用してくれた。誰からも恨まれる金貸しの窓口。命の危険も付きまとう。だから、このポストはいわゆる捨て駒で、死んだって構わない奴が着任するのです。まさに適任ではありませんか! 何をしようと嫌われる蛇人の私なら! 失うものは何もない私なら! 私は、ご主事様の捨て駒を名乗れることを、誇りに思っています!」

 と、いつになく熱っぽい口調で心の内側をぶちまけるリリッキー。

「それにご主人様は、私にきちんと給金をくださいます。お客様もご存知の通り、この世に金ほど尊いものはありません。だからこそ、こんな卑しい蛇人の小娘ごときに大勢の人間が頭を下げてくるのです。金を貸してくれ、金を貸してくれ、と。初めて見たときは、これが金の魔力か、と感動したものです」

 つい早口になっていたリリッキーは、そこで落ち着きを取り戻すように、咳払いをはさむ。

「金の前では誰もさからえない。だからこそ私は、金さえもらえるのなら命も魂も売りますよ」

「でも、それってとっても寂しくない?」

 ポッチーノは思わず反射的に言ってしまった。

「ボクも昔、お金がなくて辛い思いをしたけどさ。それとは別に、孤児院を出てからボスに雇ってもらえるまで、ずっとひとりぼっちで、すごく寂しかったんだよ。もしお金がなくても、そばに誰かいてくれたら、あんなに寂しくはなかったと思う」

「それも結局は金の問題です。金さえばらまけば、それに魅せられた者が向こうからやってくるのです。お客様も、給与がもらえるからこそ今の職場にいるのでは?」

「いや、うーん、何て言ったら良いんだろう……。えーと、えーと……」

 ついにポッチーノは困ってしまい、頭を抱えた。頭の悪い獣人の性と言うべきか、元から考え事は苦手なのだ。

「ひらめけ、ボクの頭!」

「あー、はいはい。もういいです。バカに難しすぎる問題出した私が悪うございました」

 ひどい接客態度である。

「あ、そうだ! ひらめいた!」

 ポッチーノは手を叩いた。

「ボクがリリッキーと友達になれば良いんだ!」

 その予想だにしていなかった返答に、リリッキーは思わず、唖然としたようだった。

「ここまでバカだとは思ってなかったわ。……あ、いえ、失礼。つい本音が。ちなみに、なぜそのような結論になったか、教えていただけませんか?」

「ボク、友達がほしいんだ」

 と、ポッチーノ。

「リリッキーにも、“お金の関係ない友達”がいないなら、ちょうど良いかなって思って。ボクたち、似てるところも多いし、仲良くやれるんじゃないかな」

 獣人も蛇人も、この国では迫害の対象にある。

 かよわい女の子だろうと、生きていくだけで精一杯。仕事を見つけるなんてもっての他。

 その苦境のみじめさを知る者同士として。“嫌われ者”として生きてきた者同士として。

「嫌われ者って言うけど、ボクは君のこと、嫌いじゃないよ」

「……そうですか」

 リリッキーは呟きながら、強盗に殴られたときに倒れた椅子を元に戻し、そこに腰かけた。

「しかし、私は高利で人に金を貸したい。あなたは無償で人に手を貸したい。正直、分かりあえる気がしません。もしかしたら私たちは、コインの表と裏のような関係なのかもしれませんねぇ」

 それは無論、昨日の酒場での出来事のことを言っているのだ。

 あのときリリッキーがポッチーノに話しかけたのは、確認のためだった。見ず知らずの人へ金貨を差し出したこの獣人が、計算ずくで恩を売ったのか、はたまた単なるバカなのか、確かめたかったのだ。

『商売は上手くいっておられますか?』

 という、あのときかけた言葉は、一種のカマかけだったのである。そしてその反応から、リリッキーはポッチーノを本物のバカと判断したのだ。

 正直なところリリッキーは、金銭に執着しないバカが苦手である。次の行動がサッパリ読めないからだ。事実、今、なぜか友達になってくれと頼まれている!

「まあ、折角ですから、前向きに検討させていただきますよ」

 と、あやふやな言葉で今は茶を濁すことにしたのであった。

「しかし、お気持ちはありがたく受け取らせていただきますよ。もし金でお困りのことがありましたら、ぜひ当店へお越しください」

 と、顔を営業スマイルに戻らせ、

「通常なら初回お客様には銀貨200枚が上限となっておりますが、お客様には特別、最大上限である金貨100枚までお貸ししましょう。名高きハウス・ポスタルの配達員なら、そう簡単に焦げつくこともないでしょうしね」

「君は本当にブレないね」

 ポッチーノはいつになく、呆然としてしまった。

 ──話も一区切りついたし、配達物も受け取ってもらったので、

「じゃあ、またね」

 と、ポッチーノは今度こそ店を出ようとした。

「ああ、お客様。おひとつ、よろしいですか?」

 リリッキーが呼び止める。

「なあに? やっぱり、友達になってくれる?」

「その返事をするのは次の機会にさせていただきますが、そう言えばまだ、お客様の名前を伺っていなかったので。もし差し支えなければ」

「ボクの名前? ポッチーノだよ。ポッチーノ・ワンコロフ」

 と、ポッチーノはしっかり名乗った。

「ありがとうございます。忘れぬよう、しっかり覚えておきますよ。それでは、お気をつけてお帰りください。最近は物騒ですからね」

 今度こそ、リリッキーはポッチーノを笑顔で送り出した。──そして、1人になった店内で、

「そうですか、ワンコロフですか……」

 と、唇の端に意味深な笑みを浮かべていた。

「孤児院育ちの獣人ワンコロフ、ですか……」

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