先輩ができました。
ポッチーノがハウス・ポスタルの一員となってから、数日が過ぎた。
基本的に仕事は毎日、数件ほどある。ちょっと遠い所もあったが、すべてエンドポイントの内部。1日で全部回りきるのは、ポッチーノの俊足なら造作もないことだった。
「受け取った証として、サインちょうだい」
「へいよ」
と、ポッチーノは鍛治屋ギルドの代表から受領のサインを渡された。
親切な“受付のジョー”の話を聞くうちにだんだん分かってきたのだが、ハウス・ポスタルによる手紙配達料金はポッチーノの想像を凌駕する高値だった。
配達先がバルモット製鉄所のような大企業や、個人経営者が大勢集まって作られたギルド、金融商や教会など裕福な組織ばかりなのも経済的な理由なのだろう。
まあ、この近辺ならそもそも文字の読めない住民も珍しくないが。
「さて、これで全部終わりだな」
と、ポッチーノが受取サインをまとめて鞄にしまっていると、
「おい、そこの犬っころ」
ガッチリした手が、ポッチーノの肩をつかんだ。見れば、小洒落た皮帽子をかぶった、長身で金髪でそばかす顔の見知らぬ青年が、どことなく威圧的にポッチーノを見下している。青年の肩には深紅の鷹がとまっており、そちらもポッチーノを睨んでいるように見えた。
「お兄さん、だあれ?」
「こっちの台詞だ、バカ犬。いや、おまえがどこの誰かはどうでも良いが、その鞄をどこで手に入れた?」
と、青年。気のせいか、肩にとまった深紅の鷹まで、こちらを威圧しているようにも見える。
「そいつはなあ、俺たちハウス・ポスタルの大事な商売道具でよ。どうやって手に入れたか知らねえが、よそ者に持って行かれちゃ困るんだよな」
「お兄さんこそだあれ? ボクは、ちゃんとボスに雇われた、ハウス・ポスタルの配達員だよ」
と、ポッチーノは言ってやった。
ハウス・ポスタルで働き始めて数日になるが、この青年のことは見たことがない。なのに疑われているようで、ムッとなった。
するとその青年は得意げに、
「俺か? 俺は、正真正銘のハウス・ポスタル配達員、C・コルニクスだ。こっちはヴァローナ・コルニクス。俺の親愛なる姉貴分だ」
と、指さされた深紅の鷹が鳴き声をあげた。鷹の方が立場は上らしい。
「ボク、ポッチーノっていうんだ。ポッチーノ・ワンコロフ」
「犬の名前は犬っころで良いんだよ」
「犬っころじゃないよ。ハウス・ポスタル配達員のポッチーノだよ」
「まだ言うか。よーし、それなら今から事務所に行って白黒つけようぜ」
と、Cはポッチーノの手を引いて、ハウス・ポスタルへ歩き出した。
「ホントの話よぉ。Cちゃんが外回りに行ってる間に、ボスが新しく雇ったのよ」
と、ジョーが説明すると、Cはしばらく開いた口が塞がらないようだった。
「ね? ボクの話、嘘じゃなかったでしょ?」
もう、ポッチーノはしたり顔。
「なんだって女の獣人なんて雇ったんだ」
「ボスってば、“例の一件”のせいで、かなり人選には慎重になってたみたい」
「それで、どこの回し者でもなさそうな犬っころを拾ってきたってか? そいつぁ大した理屈だな」
と、Cは大袈裟に呆れてみせる。
「犬っころじゃないよ。ポッチーノだよ」
ポッチーノは口をはさんだ。
するとジョー、Cをからかうように、
「あーら、どうせなら可愛い後輩にちやほやされたいってこぼしてたのは、どこのどなただったかしらぁ」
「俺は一言も、犬とは言わなかった!」
Cは腕を組んだ。
そこへ、
「ククッ。なるほど、なるほど。騒がしいと思ったら、君たちが戻ってきたのか」
ウィロン・O・ウィスプがやってくる。
「世間話も良いが、ボスへの報告までが仕事だ。そこだけは怠らず、頼むよ」
仮面の奥から、皮肉を利かせた笑いが漏れ聞こえた。
「へいへい。ほら、行くぞ、犬っころ。ボスを待たせちゃいけねえ」
「犬っころじゃないんだけどなぁ」
早くも先輩風を吹かし始めたCに連れられて、ポッチーノはデスドールのいる地下の事務室を訪れた。
デスドールは机に向かい──間取りの都合上、Cやポッチーノには背を向ける形で──顔を向けないまま答えだけした。
手の動きから察するに、何らかの書類仕事にあたっているらしい。
卓上ランプの明かりだけが、部屋をほの暗く照らしていた。
「ボス。今、戻ったぜ」
「……ご苦労。良いところに帰ってきたな」
と、そこで初めてデスドールは椅子より立ち、2人の方を向いた。
「何か変わったことは?」
「そうだな。いつの間にか、うちに見知らぬ犬っころがいたことを除けば、大した話はねえよ」
と、Cはデスドールに大きな封筒の束を6つ手渡した。どう見ても受領証の厚さではない。
それが何なのかポッチーノにはピンとこなかったが、受け取ったデスドールの様子は、さも当然の反応のように見えた。
「それならいい。……見ての通り、新しく配達員を雇うことにした。今は研修中だが、いずれはおまえと同じ“外回り”をやることになる」
「獣人に務まるのか? 足が速くても、宛先が読めなきゃどうしようもねえだろ」
と、Cがバカにしたような目でポッチーノを見る。
「読み書きならできるよ」
ちゃんとポッチーノは自己主張した。
「今のところ、不足はない。最低限の流れは教えたが、細かいノウハウは事務方の俺より現場で働くおまえの方が詳しいはずだ。教えてやれ」
「……ちぃと不安だが、ボスの命令なら嫌とは言えねえな。分かったよ」
と、Cがお手上げのポーズをとる。
「任せたぞ。これが今回の報酬だ」
デスドールがCに渡したのは、1枚の小切手だった。もっとも、小切手という物を知らないポッチーノにはただの紙にしか見えなかったが。
「ポッチーノ・ワンコロフ」
デスドールに名前を呼ばれ、ポッチーノの尾がピンと立つ。
「今、言った通りだ。細部で分からないことがあったら、そこのC・コルニクスに訊け」
「りょーかいっ。あ、あとこれが今回の受け取りサインね」
と、ポッチーノが配達先で受け取ったサインの束を渡すと、デスドールは報酬としていつも通り銀貨5枚を手渡した。
昨日まではそれをありがたく受け取っていたポッチーノだが、実は今日に限っては少し考えがあった。
「ねえ、ボス。お願いがあるんだけど」
「端的に言え」
「今日のお賃金と、ボクの貯金で、合わせて銀貨が12枚あるんだ。これ、金貨1枚に変えてもらえないかな」
と、コツコツ溜めてきた銀貨も差し出す。
このヘリストンでは、古くより通貨のレートは12進法で構成されており、銅貨12枚が銀貨1枚、銀貨12枚が金貨1枚に等価とされてきた。
デスドールは面倒そうに目を据わらせたが、
「……次からは俺以外に頼め」
と、ポッチーノの手から銀貨12枚をかっさらい、金貨1枚を押し付けた。
もう、それだけでポッチーノの顔にパッと花が咲く。
「ありがとう、ボス! ボク、自分の金貨を持つのが夢だったんだ!」
「みみっちい夢だな」
Cは隣で、思わず呆れてしまったようだ。
それで、話は終わりだった。部屋を出るなり、
「──この、バカ犬。両替なんてつまんねえ雑務を、ボスに頼みやがって」
Cはポッチーノを叱りつけた。
「だってボク、ボスから金貨がもらいたかったんだもの」
と、ポッチーノはまだその金貨を握りしめている。
「これはボクの一生の宝物にするんだ」
「はぁ。おまえほど哀れな頭をした生き物、見たことねえよ」
と、Cはため息をついた。
「よし。じゃあ俺が先輩として、まずは正しい給与の使い方を教えてやる。今夜、つきあえ」
「おやっさん、久しぶりだな」
その晩、Cがポッチーノを連れてやってきたのは、ポッチーノとデスドールの初対面の場となった、ボルンの酒場だった。
あの日は寂しかった店内も、今日は仕事を終えた鉱夫や商人などで賑わっている。
店主のボルンは2人の顔を見るなり、
「おう、おまえか。まあ、適当なところに座って──って、なんでおまえがその獣人を連れてるんだ?」
と、まだポッチーノのことを覚えていた様子。
「ん? おやっさん、この犬っころのこと知ってるのか?」
「知ってるも何も、そいつはこの前、うちで食い逃げを働いたばっかりだ」
「なんだと? おまえ、ボスだけじゃなく、おやっさんの手まで焼かせてたのかよ。このバカ犬」
とCは、肩にとまった鷹のヴァローナとそろって、ポッチーノを睨む。
「だってそのときは、お金も仕事もなかったんだもの」
「しょうがねえバカ犬を押しつけられたもんだぜ。──なあ、おやっさん。こいつの分は俺が払うから、何か食わせてやってくれよ」
Cはそう言いながら、入り口に最も近い席についた。そこしか空いてなかったのだ。
「そうか。そういやおまえ、デスドールの下で働いてるんだったな」
とボルンが思い出したように言った。
「そいつは、食い逃げとしてうちに引き立てられてきてよ。デスドールが欲しいというから、譲ってやった奴なんだ。街から無職者が減りゃ、俺たちも安心して商売できる。しっかり教育してやれよ」
「本当は犬の躾をする趣味はなかったんだが、ボスのオーダーだ。やれるだけやってみるさ」
Cがそう答えると同時に、テーブルまでボルンが麦酒と牛ブロックのあぶり焼きを持ってくる。美味しそうな胡椒の香りが、ポッチーノの鼻をくすぐった。
「おおっ、やっぱりこいつだよな。これを食わねえと、エンドポイントに帰ってきたって気がしねえんだ」
牛肉の登場に、Cはにわかに上機嫌になる。
まず、そのブロックから端の1割程度をナイフで切り分けると、それをポッチーノの小皿に乗せて、
「これがおまえの分な」
「ボクのお肉、ずいぶん小さくない?」
「新米の犬っころはそれで十分だ」
「……くぅん」
ポッチーノの頭と尾が同時に項垂れた。
一方でCは大きい方の肉を半分に切って、
「こっちが俺の分で、こっちが姉貴のだ。それで良いよな」
と、肩にとまった鷹のヴァローナに尋ねた。
するとヴァローナ、テーブルの上に飛び移って、Cの取り分だった方の肉をついばみ始めてしまった。
「って、おい! それは俺の取り分だって! チクショウ、そっちの方が旨そうだったのに!」
Cが嘆く。このときポッチーノは初めて、“鳥類の下位に置かれる人間”というものを目にしたのだった。
──ところで、犬の獣人が恐ろしく鋭い嗅覚を持つのは有名な話だが、実は聴覚の方も人間よりはるかに優れている。
意識なんか向けなくても、隣の席の会話くらいなら、内容まで聞き取れてしまうのだ。
「どうした、サンドロ。最近さっぱり元気がねえじゃねえか」
「いや、まあ。少し、色々あってな」
と、後ろに座る鉱夫たちの会話が、ポッチーノの耳にひっかかった。
なるほど、威勢の良い男たちに混じって、1人元気がないのがいる。あれがサンドロという人らしい。
「どうせカミさんとでも喧嘩したんだろ」
「まあ、飲めよ。嫌なことは飲んで忘れちまうのが1番だ」
などと周囲の同僚らは上機嫌なのだが、彼1人だけどうしても顔色が晴れない。
すると、
「おい、犬っころ。食わねえなら俺がもらっちまうぜ」
Cがそうフォークをちらつかせたので、ポッチーノはいったん拾い聴きをやめた。
「やめてよ。ただでさえ少ないのに」
ポッチーノが牛肉に手を伸ばした、その瞬間。酒場のドアが開いて、今度は獣人の鋭い嗅覚が蛇の匂いを拾った。
その匂いの主を察したポッチーノは凍りつく。間違いなく、1番会いたくなかった相手だ。
「あー、いたいた。こちらでしたか」
それは紛れもなく、シャイロック商会の窓口店長、リリッキーだった。部下のヒョルモーとデイデイを引き連れて、我が物顔で酒場の中へズカズカ踏みいってくる。
周りが急に怪訝な顔をする中、あのサンドロとかいう男は顔を恐怖に染まらせる。
リリッキーは周囲の目もはばからずに店内を進み、
「サンドロ・ボラーゼ様ですね?」
と、サンドロに声をかけた。
「おい、蛇女。おまえはお呼びじゃねえよ、さっさと失せな」
鉱夫の仲間たちが口々にリリッキーを罵る。
「ギャラリーは引っ込んでな。俺たちゃ仕事で来てんだよ」
とヒョルモーが辺りを睨みつける。リリッキーは眉ひとつ動かさず愛想のよい笑顔でサンドロに、
「お客様と奥様のお借り入れに対する利息の返済が滞っております。本日で18日分を超過いたしました。契約通り、20日分を超過しましたら、私たちは担保の回収に着手させていただきます」
「ま、待ってくれ!」
と、サンドロは椅子から立ち上がり、リリッキーの前に跪いた。
「せめて家内の分だけは、もう少し待ってくれないか。俺の分なら、手とは言わず命だってくれてやってもいい。だから、どうかお願いだ!」
「お客様。そう仰られましても、契約は契約です。泣き落としでは覆るほど軽い話ではないのですよ」
リリッキーはニコニコしながら答える。
「それに、期限まであと2日もあるじゃないですか。最後まで希望を捨ててはいけません。さあ、酒なんか飲んでないで、急いで金策にお走りください。私たちだって、好き好んでむごい仕打ちを処したいわけではないのです」
どう見ても、好き好んでむごい仕打ちを処したい人の顔である。
「ふざけんな!」
「蛇人の分際で図に乗りやがって!」
店内から男の怒号が沸き起こる。リリッキーは臆すどころか、笑顔のままだ。
一方、鉱夫の仲間たちはサンドロに声をかける。
「サンドロ、おまえ本当にあいつらから金借りちまったのか?」
「……仕方なかったんだ。娘が急な病気で伏して、薬代を貯められるだけの時間もなかったんだ。それで、俺と妻で金を限界まで借りて、なんとか……」
「それで最近、やけに切り詰めてたのか。そこまで困ってたなら、言ってくれりゃあ良かったのに」
それを聞いて、サンドロが項垂れた。
しかし、そこにヒョルモーとデイデイが嘲笑いながら、
「そんなら、その娘を売っちまおうぜぇ。良い値で売れりゃ、一発で借金完済ってもんよ」
「俺、若い娘の丸焼きなら、銅貨2枚で買い取るぞぉ」
と、追い討ちをかけるように非道な言葉を浴びせる。
その、場の空気を読まない横暴な発言に、周囲の怒りの熱量は爆発寸前。
まさに一触即発となったその刹那、
「おじさん。そんなに困ってるなら、これ使っていいよ」
と、1枚の金貨が差し出される。
──その手の主は、ポッチーノだった。
それに気づいた周りの男らも、怒号をあげるのを思わず止めてしまった。
「だから、命をくれてもいいなんて言わないで。急にお父さんがいなくなるって、娘にとってはすごく寂しいことなんだよ」
「犬っころ、よく言った!」
と叫んだのは、サンドロの仲間の鉱夫。
「そうだ、サンドロ。娘が助かっても、おまえが死んじゃ意味ねえじゃねえか」
「今からでも遅くはねえ。飲み仲間として、俺たちも協力するぜ。な、おまえら」
「おう!」
と、次々に金貨やら数枚の銀貨やらが差し出され、1つの小さな山ができた。
「みんな、すまねえ……、ありがとう、この恩は一生忘れねえよ……」
サンドロは手をさしのべてくれた周囲に深く頭を下げた。
店の中が一丸となったその瞬間、やる気のない拍手がはじっこの方から聞こえてくる。
「いやー、ご協力ありがとうございます。やっぱり『持つべきものは友』とはよく言ったものですねー。私も卑しい蛇人でありながら、つい感服してしまいましたよ」
リリッキーがそう言っている間に、その硬貨の山をヒョルモーがニヤニヤしながら回収した。
「へへっ、チョロいもんだぜ」
「俺、利子もいいけど、あっちの肉も喰いてえよぉ」
デイデイの頭はいつも食欲で満ちている様子。
リリッキーは最後に一礼して、
「確かにご返済いただきました。しかし、この額では完済とはいかないでしょう。それでは引き続き、利子の不足分と元本の返済に向けてご尽力ください。このリザ=リリッキー、心より応援させていただきます」
その言葉はもちろん、周りの逆鱗に触れまくった。
「守銭奴の蛇女が、心にもねえこと言いやがって! 2度とその薄汚えツラ見せんじゃねえぞ!」
背中に怒号を浴びながら、リリッキーは愉快そうな足取りで店の出口に向かおうとした。
が、そこで脚を止め、顔をポッチーノの方へ向ける。
「ああ、これはこれは犬のお客様。またお会いしましたね。商売は上手くいっておられますか?」
「もう、こんなひどいこと、やめてあげなよ」
とポッチーノが言うと、
「いえいえ、全てはお客様との同意の上でのことですから。私たちが無理やり貸し付けたわけではない以上、非難される筋合いはございません」
と、リリッキーはニッコリ笑う。
「もちろん、お客様も急な金策が必要になりましたら、ぜひ当店へお越し下さい。私たちは常に、すべての貧しい者たちの味方でござ──」
そこまで言ったリリッキーは、顔に麦酒を浴びせられ、言葉をつまらせた。
「俺の奢りだ。その生臭い顔でも洗えよ」
とCは、空になったジョッキをテーブルに置く。
「それと、この犬っころは俺の大事な後輩だ。ちょっかい出す気なら、まず俺が相手になるぜ」
Cが厳しい視線を叩きつけ、肩にとまったヴァローナが鋭くいななく。
「姐さん!? てめえ、よくも姐さんに舐めた真似をしやがったな!」
「許せねえ! おまえのミンチ肉でミートローフを作ってやるぜぇ!」
と、ヒョルモーとデイデイはそろって逆上したが、
「ヒョルモー、デイデイ。落ち着きな」
意外にもリリッキーはニコニコしながら顔を拭い、怒り狂う2人を制止させた。
「……いやー、ご馳走さまでした。やっぱり、人に奢ってもらえるお酒というのは美味しいものですね」
と、あくまで余裕のある態度を崩さない。とは言え、目は笑っていなかった。
ほんの一瞬の睨みあいだったが、傍らにいたポッチーノは、今までの人生の中で一番の緊迫感を覚えていた。もう、心臓がどうにかなってしまいそうだ!
「……それでは引き続き、楽しい晩酌をお楽しみください」
睨みあいの後、リリッキーはくるりと踵を返した。
「クソ野郎がぁ、夜道の1人歩きには気ぃつけやがれよぉ?」
「俺、もう、腹ペコだよぉ」
お供の2人は思い思いのことを言いながら、リリッキーの後にくっついて、酒場を出ていった。
それを皮切りに、店は少しずつ元の雰囲気に戻り出す。
「おい、犬っころ。さっきのはなかなか格好良かったぜ。こいつはサービスだ」
店主のボルンが、追加の麦酒と牛のブロックを持ってきた。
「腹が減ったらいつでもうちに来な。金がねえときは、閉店後の片付けで許してやるよ」
「大丈夫。今のボクにはお賃金があるから」
ポッチーノはえっへんと胸を張った。
「たった今、全財産を寄付したばっかじゃねえか」
Cが呆れながらつぶやくと、途端にポッチーノの顔から誇らしさの色が消え去った。
「そっか。ボク、また無一文になっちゃったのか……」
「人助けは悪いことじゃねえが、せめて自分の身の丈にあったことをしろよな。──ほら、特別にくれてやるよ。とっとけ」
と、Cは財布から金貨を1枚取り出し、それをポッチーノに握らせた。
「え? いいの?」
「一生の宝物にするつもりだったんだろ? それをボスからもらった物だと思って、大事にするんだな」
「うん、ありがとうっ」
「その代わり、これから徹底的にしごいてやるからな。弱音吐いて、ボスをがっかりさせんじゃねえぞ」
Cはそう言って、今度は牛肉の塊を3等分し始めた。






