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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
エンドポイント編、あるいは新米配達員ポッチーノの章
4/30

お賃金をもらえました。

「ボクも出世したなぁ。まさか、お賃金がこんなにもらえるようになるなんて」

 ほんの銀貨5枚ぽっちを握りしめ、ポッチーノは鼻歌混じりに大通りを歩いていた。

 お金を持っているというだけで、なんだか世界がいつもと違うように見える。

 そうだ。いつもなら露店で売ってる美味しそうな食べ物は、盗むしかなかったのだ。ところがどっこい、これからは買えるんだ!

「あ!」

 美味しそうなチキンの出店が視界に入った途端、ポッチーノは足を止めた。

 この前、あそこのチキンを盗んだのだが、あれは最高に美味だった。

 思い出しただけで、お腹がぐうと鳴る。ここ3日、ほとんど何も食べていないせいもあるが。

 獣人の胃袋は人間より辛抱強くできているが、だからと言って、飲まず食わずを貫けるわけではない。

「ひとつ、ちょうだい」

 と、ポッチーノは迷わず出店の青年に注文した。

「あいよっ。──って、おまえはこの前の食い逃げじゃねえか」

 青年は急に笑顔をひっこめ、しかめっ面でポッチーノを睨む。

「おまえみたいなのに構ってる暇はねえんだ。これ以上、商売の邪魔をする気なら、その尾っぽを引きちぎるぞ」

「そんな怖いこと言わないで、お願いだよ。今日はちゃんとお金、持ってるから」

「なんだ、食い逃げの次はスリでも始めたのか?」

「違うよ。ちゃんと働いてもらった、初めてのお賃金だよ」

「どうだかな」

 と、露店の青年は肩をすくめる。

「どうしてもって言うなら、この前の分と迷惑料も合わせて、銀貨5枚で売ってやる」

 通常価格はチキン1つが銀貨1枚なので、ずいぶん高くついたが

「いいよ。ちょうど足りるから」

 ポッチーノは迷わず、もらったばかりの賃金をすべて差し出した。

「やけに羽振りがいいな。もう食い逃げなんてやらかすんじゃねえぞ」

 と、青年がチキンをポッチーノに渡す。

「やった! ついにボクも、ご飯が買えるようになった!」

 ポッチーノは大喜びでチキンを受けとると、大通りの端でかぶりついた。岩塩がよく効いた、大好物のモモ肉だ。

「うん。おいひ。しあわせ」

 肉を全部食べ尽くすと、今度は丈夫な顎で骨を噛み砕く。この骨髄の味がまた、たまらないのだ。

「お賃金、最高!」

 完食したポッチーノは、周囲の目も気にせず高らかに叫ぶ。

 しばらくはその余韻に浸っていたが、ふと我に返り

「あ……」

 と、チキンの油に濡れた手を見つめる。ついさっきまで、そこに握りしめられていた銀貨は、全て使ってしまったのだ。

「また無一文になっちゃった」

 ポッチーノのしっぽが悲しげにうなだれた。




「くぅん……」

 途方に暮れながらも、町外れの廃坑奥に構えた隠れ家に帰ろうと、ポッチーノはとぼとぼ歩いていた。

「短い夢だったなぁ」

 初任給を手にしたときの高揚感はすっかりなりを潜め、いつもの憂鬱な負け犬モードだった。

 お金がなくなると、急に周囲の通行人が持っている食べ物が美味しそうに見えてくる。また働けばお賃金がもらえるのだから、盗もうとは思わなかったが、それでも羨ましいことに変わりはなかった。

 なので、ついキョロキョロしながら通りを歩いていた。もしそのまま視線を落として家へ帰っていたら、その“悪魔”との出会いは起こらなかっただろう。

 が、

「ん?」

 ポッチーノが視線を上げたとき、そこにはネズミ色の石レンガでできた小さな建物が建っていた。

 サイズは大したことないが、作りは周囲の木造家屋よりだいぶしっかりしており、入り口には『シャイロック商会・本部窓口』という看板が掲げられている。

 だがポッチーノの心をつかんだのは、その下に小さく書かれた『お困りの方に、お金を貸します』の文字だった。

「親切な人もいるんだなぁ」

 と、ポッチーノが思わず呟く。──見ず知らずの人にお金を貸してくれるなんて、これはかなりの善人にちがいない。

「もっと早く知りたかったなぁ」

 実を言うと、いつもは食べ物を盗んで逃げるだけで精いっぱいだったので、こうした店舗には目が行かなかったのだ。

 ポッチーノは迷わず、ドアに手をかけた。蝶番が軋み音を立てる。

 途端、寂れた鉄の匂いが獣人の優れた嗅覚に引っかかる。

 窓はなく、薄暗い室内をボロの机に乗せられたカンテラがおぼろげに照らしている。あまり、長居したい雰囲気の空間ではない。

 だが、そんな薄暗く不気味な雰囲気とは対照的に

「いらっしゃいませ。ようこそ、お越しくださいました」

 と、そのボロ机の奥に1人の小娘が柔和な笑顔を浮かべて腰かけている。

 ポッチーノより、やや年上くらいの年齢だろうか。しかし、相手がどうも純粋な人間ではなさそうだということは、ポッチーノにもすぐ分かった。

 緑色の眼には細く縦長の瞳孔が浮かんでおり、その口からは時折、チロチロと二つに避けた細い舌が現れる。極めつけに、小娘の背後には鱗に覆われた太く長い尾が左右に揺れていた。

「シャイロックっていうのは君のこと?」

 と、ポッチーノが尋ねると、相手はかぶりを振って、

「いえいえ。私はシャイロック様の忠実なしもべ、リザ=リリッキーと申します。見ての通りケチな蛇人ではありますが、この窓口の店長を任されておりてます」

 と答える。

 ──蛇人。

 もしポッチーノにもう少し常識があったなら、この時点で多少は警戒しただろう。

 哺乳類をベースとする獣人が疎まれながらも奴隷として人間と共存しているのに対し、爬虫類がベースの蛇人は本格的な駆除対象にある。

 とにかく目先の利益のみを追い続ける狡猾で姑息な傾向が強く、「恩を仇で返すために産まれてきたような、身も心も醜悪な生物」として忌み嫌われていた。

 それが今、金貸しとして目前に構えているのだ。

「お客様、本日はどういったご用件でしょうか。まあ、立ち話も大変でしょうし、そちらの椅子で足をお休めになってください」

 と、リリッキーは愛想の良い笑顔でポッチーノに着席を勧めた。

「ありがとう。ねえ、表の看板を見たんだけどさ、ここってボクにもお金貸してくれるの?」

「はい。ご主人様は、全ての貧しく正直な人の味方でございます。初めての方ならどなたにでも銀貨200枚まで、お貸しいたしますよ」

「に、200枚!?」

 ポッチーノは危うく椅子から転げ落ちるところだった。初任給の40倍もの大金である。

「そんな大金じゃなくて、2枚とか4枚とか、そのくらいで良いんだけどな」

「その程度の小銭では、今晩の酒代にもならないでしょう」

 とリリッキーは笑って、

「それに当店の利子は百割一分の端数切り上げでございます。2枚借りても100枚借りても、利子は同じですよ? それなら100枚借りた方が、不測の事態にも安心だと思いますがね」

「リシってなあに?」

 ポッチーノとしては、それは素朴な疑問だった。が、それを聞いた途端、リリッキーの顔がぴたりと固まる。

「……失礼ですが、お客様。もしかして、金貸しという職業についてあまり詳しくない方でいらっしゃいますか?」

「うん、そうだけど……」

 と、ポッチーノがたじろぎながら答えると、

「お客様。仮に、銀貨100枚を貸したとして、100枚しか返してもらえないと商売にはならないのですよ。私たちも慈善家ではないので、儲けはきちんといただかないと」

 リリッキーはにこにこしながら説明を始めた。

「というわけで、完済するまでは毎日、私たちのところへ借りたお金の1%を払いに来ていただくことになります」

「つまり、えーと……、100日ここに返しに来れば良いってこと?」

「お客様、ひょっとして、バカでいらっしゃいますか?」

 リリッキー、だんだん客の扱いが粗雑になる。これぞまさに、1度見下した相手のことはとことん蔑む蛇人の本領なのだ。

「利子と言うのは手数料、もしくはお客様が私たちへ支払う“感謝の気持ち”に過ぎないのですよ。元本、つまり私たちが貸したお金はきちんと別に返していただきます」

 とまくしたてられ、ポッチーノは思わず閉口してしまった。それでもリリッキーは、目を欲望の色にギラつかせながら

「もう1つ、大切なことをお教えしておきます。後でゴネられると面倒なので」

 と、もはや慇懃無礼ぶりを隠しもせずに説明を続ける。

「もしお客様が借りた金を返せないとなった場合。利子の支払いを20日分滞納された場合と定義されていますが、私たちは担保の回収に着手させていただきます」

「嫌な予感がするんだけどさ、その、タンポって何?」

「もしお客様が金を返せないとなったとき、代わりに私たちがいただける物です。私たちも、何の信用もない相手に金は貸せませんから。本来なら家財道具や家屋、会社の設備や経営権などとなりますが、お客様のような素寒貧の場合は──」

 リリッキーはそう言って、自分の両手を顔と同じ高さまで掲げてみせた。

「お客様の両手首から先を切り落として、回収させていただきます」

「嫌だよ、そんなの! すごく痛そう!」

「嫌ならきちんと返済するか、そもそも借りなければ良いだけの話です」

 と、リリッキーはニッコリ笑う。

「それに、蛇には手も足もありませんが、たくましく生きています。こんな卑しい蛇人から金を借りておきながら返済できないクズは、蛇のように地を這って生きるのがお似合いなのです」

「君たち、最初は良い人かと思っていたけど、結構ひどい人たちなんだね」

 ポッチーノはげんなりしてしまったが、むしろリリッキーは嬉々としながら

「誤解です。私たちは、エンドポイントですら負け組に転落したあわれな貧乏人に、人生最後のチャンスをダメ元で与えているのですから。これを元手に商売を軌道にのせたお客様も大勢おられます。私たちはあらゆる貧乏人の味方です。我らが主、ウージー・シャイロック・マゴットニー様はこの街で一番、負け犬どもに優しい御方なのです!」

 と、まくしたてた。

 これはとんでもないところへ来てしまったぞ、と震え上がるポッチーノ。

 すると、それと同時に入り口のドアが勢いよく開いた。入ってきたのは黒いフード付きローブを着こんだ2人組の男だ。

片方は紙巻きタバコのように細長い体格で、口にタバコを3本もくわえていた。もう片方は小柄ながらでっぷり脂が乗っており、これまた脂の乗ったチキンをむしゃむしゃ食べている。

 ……どちらも蛇人だった。

「ゲヘヘヘッ、姐さん、ただいま取り立てから戻りやしたぜ」

「グフフフッ、今日も利子が大漁だぁ」

 と、男らがリリッキーに報告する。

 顔は強面だが頭はまるで良くなさそうというのが、ポッチーノでも見ただけでなんとなく分かった。しかし、リリッキーを“姐さん”と呼ぶ割には、男たちの方が年上のように見える。

「あー、はいはい、ご苦労様。今、新規のお客様が来てるから、その辺に置いといて」

 リリッキーは急に素っ気ない口調になりながら、面倒そうに雑な指示を出した。店長を自称しているだけあって、この中では1番偉いらしい。

 しかし、いずれにせよ、ポッチーノとしてはこれ以上ここに滞在したくなかった。後から来た男2人なんか、ポッチーノのことを餌でも見るような目で凝視している。

「失礼しました、お客様。──ところで、説明は以上となりますが、銀貨はいくらほど工面いたしましょう? 2枚でしたっけ? それとも100枚にします?」

「ううん、やっぱりやめるよ。帰って良い?」

 とポッチーノが述べると、急に男たちが後ろから詰め寄ってきた。

「おぉぉい、冷やかしかぁ? 冷やかしが五体満足で帰れると思ってやがんのかぁ? ゲヘヘヘッ、この俺様が焼き入れてやるぜぇッ」

「グフフフッ、俺、犬の丸焼き、だーいすきっ」

 と、左右からポッチーノの両肩をガッチリつかむ。

 ポッチーノはまず、命の危機を感じた。──こんなとこ、来るんじゃなかった!

「ヒョルモー、デイデイ。やめな」

 絶望しかけたポッチーノへ助け船を出したのは、意外にもリリッキーだった。

「このお客様は借りる気で来店して、私の説明を聞いて思いとどまった。確かに旨味はないが、筋の通った話じゃんか。帰してやらないのはフェアじゃないよ」

「でもよぉ姐さん、このままじゃ腹の虫がおさまらねえぜ」

 と細長い方の蛇人、リザ=ヒョルモーが、

「俺、ホットドッグが喰いてえよぉ」

 と肥えた方の蛇人、リザ=デイデイが抗議の言葉を述べる。

 が、リリッキーは険しい目で部下たちを見つめながら、

「フェアに貸してフェアに取り立てる、それがご主人様のご意向だ。ご主人様に逆らう気なら、おまえらクビだよ」

 “クビ”という言葉が出た途端、ヒョルモーもデイデイも急に萎縮して、ポッチーノから手を離した。蛇人でもクビは怖いらしい。

 部下が黙ったのを見届けると、リリッキーは急に愛想の良い営業スマイルに顔を戻し、

「というわけです。私たちが手をさしのべなくても生きていけるなら、それに越したことはありません。お気をつけてお帰りくださいませ」

 と会釈した。

 ──もう2度と来るもんか。

 ポッチーノは、逃げるように席を立った。後ろにいたヒョルモーもデイデイも、ポッチーノを睨みこそしたもののすんなり通してくれたが、

「ああ、そうそう。お客様」

 ドアノブに手をかけたポッチーノを、リリッキーが呼び止める。

「世の中、いつ急な金策に追われるか分からないものです。でもそんなときは是非、私たちを思い出してください。私たちは、全ての貧乏人の味方です」

「うん。そうならないよう、気をつけて生きることにするよ」

  いやに愛想の良い笑顔がかえって怖くなり、ポッチーノは転がるように外へ出た。

 やはり、外の空気は澄んでいて良い。もう、夕暮れだ。

「ボク、よくこんな怖い街で生きてこられたなぁ」

 ポッチーノは大きく伸びをした。

 日が暮れれば、エンドポイントの治安は一気に悪化する。遅くなる前に帰らないと、どんな無法者が現れるか分からない。

 いくら獣人とはいえ、本人の自意識では、か弱い女の子なのである。

「明日からは、もう少し、お金の使い方に気をつけよっと」

 ポッチーノは廃坑の奥の隠れ家に向かって、逃げるように走り出した。

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