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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
エンドポイント編、あるいは新米配達員ポッチーノの章
3/30

手紙を届けに来ました。

 エンドポイントの暮らしにおいて最も大変な問題は、いかに水を入手するかである。

 砂漠の中央に位置するエンドポイントだが、その地下深くには水脈が埋まっていることが知られている。ただし、適当に井戸を掘れば解決できるような深さではない。

 この難題を、バルモット製鉄所は技術と知恵で乗りきった。鋼鉄のショベルでとてつもなく深い穴を掘り、そこで見つけた地下空洞に巨大ボイラーを設置した。

 井戸水を汲み上げ、その水をボイラーで沸かして蒸気を得ると、そこから得られる動力でポンプを動かし井戸水を大量に組み上げる。燃料がある限り、半永久的に水が大量に得られる装置が出来上がったというわけだ。

 バルモット製鉄所は、必要以上に汲み取った井戸水の余りを、地域の住民へ販売した。収益から燃料代を賄おうという腹なのだから、たくましい商魂である。

 さらにはボイラーから得られる高温高圧の蒸気も、配管を通して人々へ売っている。ただ高温高圧の蒸気は、一般人には無用の品なので、一般的には大型の機械類を有する職人の事務所にパイプを通して売っており、職人らはそれを蒸気動力の源として活用している。

 とにかく、エンドポイントでまとまった水を得るにはバルモット製鉄所から買う必要がある。台車に水の入った大桶を乗せ、通行人に水を売る下請け商人たちが、今日もいつも通り街を練り歩いていた。

 さて、そんな人々の横を駆け抜けて、ポッチーノはバルモット製鉄所の入り口までやってきた。このそびえ立つ大型高炉をこんな間近で見るのは初めてだ。

 ポッチーノは感心するばかりだった。いつも遠目に、すごい建物なんだなあ、とは思っていたが、これほど近づいたのは今回が初めてだ。

 それはそうと、手紙を届けねばならない。

 とは言うものの、いったいどこの誰に渡せば良いのやら……。

 ポッチーノは柄にもなく慎重になった。何せ、お賃金がかかっている!

「ねえ、そこのおじさん」 

 とりあえずポッチーノは、最寄りの労働者を呼び止めた。ずだ袋に入った石炭を重そうに担ぎながら運んでいたその人は、すさまじく不機嫌そうな顔をしていたが、ポッチーノは構わず

「ボク、ここに手紙を届けに来たんだけど──」

「ああん? 俺たちゃ、おまえと違って仕事中なんだ。くだらねえ遊びならよそでやってくんな」

「遊びじゃないよ。ねえ、ボクのお賃金がかかってるんだ。少しくらい協力してよ」

 ポッチーノの抗議を無視して、その労働者は行ってしまった。

 その後、何人かの同じような労働者をつかまえてみたが

「うっせえ!」

「こっちは仕事中なんだ!」

「ガタガタ抜かすと奴隷市にでも差し出すぞ!」

 と、まるで会話が成立しない。

「まいったなぁ」

 ポッチーノは乾ききった空を見上げて、ため息をついた。

 しかし、奇跡的に見つかった定職なのだ。まだまだ諦めることはできない。

 すると

「おい、犬っころ!」

 と、厳つい顔をした現場監視員が、何人かの傭兵を連れて、ポッチーノの方へ駆けてくる。

「ここはおまえみたいな奴がうろつくところじゃねえぞ。とっととしっぽ巻いて帰りな」

 と監視員がののしる。後ろに棍棒やサーベルを持って控える傭兵たちも、高圧的な顔だ。

 いつもなら、言われるがままにしっぽを巻いて帰っただろう。だが、今日はお賃金がかかっているのである。ポッチーノは強気に、

「お手紙を届けに来たよ。ボク、ハウス・ポスタルに新しく雇ってもらった、ポッチーノって言うんだ」

 と、デスドールより渡された封筒を見せた。

 すると、その監視員は

「おまえみたいな浮浪児の獣人を雇うバカがどこにいるってんだ。あまりおちょくると、五体満足で帰れなくなるぜ?」

 と鼻で笑う。

 その間に、傭兵がポッチーノを取り囲み始める。

「本当だよ。ボク、嘘なんてついてないよ」

 とポッチーノはきちんと主張したが、どうも旗色の良くない意見の方が多い。

 バルモット公爵の部下たちは乱暴なことで有名である。万が一のことなんて、ポッチーノは考えたくもなかった。

 するとそのとき、街の方から立派な砂避けコートを纏った男が駆けてきて、

「おい、バカ野郎ども! 何をぼさっとしてやがる! 出迎えだ、出迎え!」

 と号令を出す。

 途端、監視員と傭兵たちは泡を食いながら左右にビシッと整列した。なぜかポッチーノまで、力ずくで無理やり並ばされた。

「ねえ、ボク、お手紙を届けに来たんだけど」

「うるっせえ!」

 と監視員が怒鳴る。

 ──そう待たないうちに、街の方から何人かの集団がやってきた。

 先頭には、高そうな毛皮のコートに身を包んだ屈強な強面の大男が、その厚い唇に葉巻をはさみ、肩で風を切るように歩いている。

 たった1人の人間なのに、すごい迫力だとポッチーノには思えた。そのせいか、その大男の後ろにいる何人かの男たちなんか、これっぽっちの存在感もない。

「お帰りなさいませ!」

 傭兵たちはいっせいに頭を下げて、大声で挨拶をした。呆気にとられたポッチーノも、隣の監視員に頭をつかまれ、無理やりお辞儀させられる。

 大男を先頭にした一団は、左右に並ぶ傭兵たちの間を通って屋敷へ入ろうとしたが、その大男がポッチーノの前で足を止めた。

「おい、なんだぁ? 面白えツラがあるじゃねえか。おまえら、俺に内緒でこんな野良犬を飼ってたのか? それとも、人間の女には飽きちまった酔狂なバカでもいるのかぁ?」

「いえ、これは……」

 と、傭兵たちはそろってまごまごしている。

「ボク、ハウス・ポスタルからお手紙を届けに来たんだ」

 ポッチーノは頭を上げて言った。

「このクソ犬、適当なことを──」

 と隣の監視員が肘でつついたが、ポッチーノの受難はそれで終わらなかった。なんと、大男がポッチーノの胸ぐらをつかみ、片手で軽々と持ち上げてしまったのだ。

「ワンちゃんよぉ、冥土の土産に教えてやるぜ。ハウス・ポスタルってところは、偽者に名前を使われるのを絶対に許さねえ。あの世ではもっとマシな嘘つくこったな」

 と、葉巻の煙を吹きかける。ポッチーノは少し咳き込みながら、

「ボクは偽者じゃないよ。ちゃんと鞄もお手紙もあるんだから」

 そう言って、肩かけバッグからデスドールより預かった封筒を取り出して見せた。

 大男は怪訝な顔をすると、その封筒を取り上げ、ポッチーノを突き飛ばした。

「あ! 返してよ! それは──」

「俺への手紙なんだろ? だったら、俺が見て何が悪い」

 抗議するポッチーノを無視して、大男は封筒を開けてしまった。中には小さな封筒がたくさん入っていたようで、それらのうちいくつかを大男は凝視している。が、

「……おいおい、どうなってんだ。デスドールの奴、本当にこんな野良犬を雇ったのか?」

 おもむろに、そう呟いた。

 ポッチーノからすれば当たり前の話だが、封筒の中身は全て、本物の手紙だったのだ。それを察して、周囲もどことなくうろたえ始める。

「ね? ボク、偽者じゃなかったでしょ?」

 ポッチーノだけが、急にしたり顔になった。

「あ、そうだ。おじさん、受領のサインをちょうだい。それがないと、ボク、お賃金もらえないんだ」

 と手帳を開いて大男に近寄る。

 すぐさま彼の側近とみられる男が割って入り、

「おい、てめえ! いくらハウス・ポスタルの回し者とは言え、それが公爵様に対する口のきき方か!」

 と、ポッチーノを足蹴にしてしまった。

 このとき、ポッチーノは初めて、この大男こそがエンドポイントの支配者、バルモット公なのだと知ったのだった。

 確かに世間では剛腕公爵などと呼ばれているようだが、まさか本当に力持ちだったとは。さっきの石炭を運んでいたどの労働者より力がありそうだ。

「その辺でやめとけ」

 バルモット公は厳かにその側近を制止する。側近はどこか渋々と引き下がった。

「おい、犬っころ。今回はデスドールの顔を立ててこのまま帰してやるが、うちの連中は血の気が多い。次も無傷で帰りたかったら、礼儀のレの字くらいは学んでくるんだな」

 バルモット公はどことなく面白くなさそうな顔で、側近を連れ、高炉の制御室へと入っていった。

 取り残されたポッチーノは、少しの間ポカンとしていたが、

「あ、そうだ。結局ボク、受領サインもらってない」

 と我に帰る。

「ねえ、誰でもいいから受領のサインちょうだい。お願いだよ。ボクのお賃金がかかっているんだ」

 そう言いながら手帳を周りに開いてみせる。たくましいというか懲りないというか、ともかく、その根性は傭兵たちを大いに呆れさせたのであった……。




「それにしても、ハウス・ポスタルが獣人を雇うとは、思いもしませんでした」

 豪勢な社長室で、側近の男はバルモット公のくわえた葉巻に火をつけながら言った。

 バルモット公の獣人嫌いは、幹部にとって常識である。商売で忙しいので、積極的に迫害政策を始めたり有用な獣人奴隷を買い控えたりということはないが、視界に入るだけで不愉快になるらしい。

 なので、ポッチーノがこの製鉄所にやってきたことで、今日はいつになく不機嫌そうだった。側近たちも、戦々恐々である。

「俺には、反吐が出るほど嫌いなものが2つある」

 バルモット公は厳かに語りだした。

「1つはバカな獣人。もう1つは、バカな女だ」

 ポッチーノなんか、全部当てはまっている。

「特に今日来たガキなんか、無性に腹立つ顔していやがった」

「いかがいたしましょう。ハウス・ポスタルに圧力をかけて、今日の小娘を辞めさせますか?」

「やめろやめろ。どうせ無駄だ」

 バルモット公は面倒そうに言った。

「ハウス・ポスタルってのはそういうところだ。奴らはいくつもの地で事業を展開しているが、王侯貴族に内部介入されることを頑なに拒み、絶対に折れない。結局、撤退されたら敵わねえから、貴族らの方が折れるしかねえ。それは今回の俺も同じだ」

 と、苦虫を噛み潰した顔で、忌々しげに煙草を灰皿へ押しつける。

「俺にできることは、デスドールの奴に嫌味を言ってやることくらいだろうな」




「というわけで、ボク、立派に仕事したよ」

 ハウス・ポスタルに帰ったポッチーノは、堂々とデスドールに経緯の全てを報告した。

 結局、バルモット公から直接受領のサインはもらえなかったので、近くで全てを見ていた作業監視員を相手にゴネて、サインをもらってきたのだ。そして、それらのことも包み隠さず、全てデスドールに説明した。

「……まあ、減点要素はいくつかあるが、及第点はくれてやっても良いか」

 受取サインを確認して、デスドールがポッチーノを見る。

「これで、おまえの仕事の流れは分かったはずだ」

「うん。なんとなく、分かった気がする」

「先程も言ったが、ハウス・ポスタルは徹底した成果主義だ。報酬はこうして、結果報告をしたときに支払われる。これが約束通り、今回の報酬だ」

 と、デスドールは銀貨5枚をポッチーノに手渡した。

「うわー、やったー! 銀貨、銀貨だ! 銀貨を5枚も!」

 ポッチーノはもう、子どものように跳びあがって大喜び。

「ありがとう、ボス!」

「喜ぶのは後にしろ。次回のことについて説明しておく」

 デスドールは、ポッチーノの心情を無視するように事務的な口調で話し始めた。

「今日はもう帰っていいが、毎朝ここへ来い。仕事があるかはその日の手紙の多寡によるが、ある場合は今日みたいに配達を頼む。配達が終われば、そのたびに給与を支払う」

「分かった。とりあえず明日の朝、ここに来れば良いんだね? じゃあ、朝日が昇ったら真っ先に来るよ」

 ポッチーノはデスドールの私室のドアノブに手をかけ、

「じゃあね、ボス。これからもよろしくね」

 と笑顔で部屋を去っていった。

 ──そのドアが小さな音を立てて、閉まった、その瞬間。

「ボス。本当に、あんなのを使い続けるつもりなのかい?」

 ポッチーノと入れ替わるように、いつの間にか中へ入りこんでいた仮面の怪人ウィロン・O・ウィスプがせせら笑いをこぼした。

「致命的な不備はないと、おまえはその目で確かめたのだろう」

「それはそうだがね」

 と、ウィロン・O・ウィスプ。

 実を言えば、今回のポッチーノによる仕事の一部始終を、ウィロン・O・ウィスプは尾行しながら見届けていたのだ。新人を雇ったときには、必ずこのような“適性試験”がひそかに行われている。

 勿論、これらはデスドールの意向だ。いくら給与で心を掌握したとは言え、酒場で拾った浮浪児をいきなり全面的に信頼するわけにはいかない。あまりに能力不足だった場合や目に余る行動があった場合は、ウィロン・O・ウィスプの報告をもとにこの場で解雇することになっていた。

 だがデスドールは、ポッチーノへ明日もここへ来るように命じた。それは言うまでもなく、適性試験にポッチーノが合格したことを意味している。

「まあ、いいさ。それにしても、ボス。君にもケチな節があったことには驚かされたよ」

 ウィロン・O・ウィスプが再び冷笑をこぼす。

「天下のハウス・ポスタルの配達員が、たった銀貨5枚で働くとはね。このウィスパーがあの犬の立場なら、今頃、もっと稼ぎの良い職場を探し始めているだろう」

「あれは昨日まで正真正銘の無一文だったようだ」

 デスドールは答えた。

「そんな小娘にいきなり大金を渡せば、金銭感覚が破綻するのは目に見えている。ひとまず、あれくらいの方が良いはずだ」

「ほう? ボス、いやにあの犬が気に入っているようだね」

「贔屓しているつもりはない。部下の能力を最大限に引き出し使いこなすのも、支部長の仕事のうちだ」

 そう言ってデスドールは紙巻煙草をくわえる。ウィロン・O・ウィスプが指をパチンとならすと、その煙草の先に火が宿った。

「そうかい、そうかい。君がそう言うなら、そういうことなんだろう」

 と、ウィロン・O・ウィスプは仮面の奥で笑い続けた……。

 そして同じ頃、ポッチーノはと言えば

「初仕事、お疲れ様。ご褒美に、お姉さんがおでこにキスしてあげるわぁ」

 と受付のジョーに抱きつかれ、

「いや、その、そんなに香水の強い人はちょっと……」

 と渋い顔をしていた。


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