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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
六聖教特区への道編、あるいは獣人配達員ポッチーノの章
19/30

初めての配達1人旅が始まりました。

 翌朝。ついに、ポッチーノが一人前の配達員として働く最初の日が来た。

 早朝一番、ルンルンと軽い足取りで、ポッチーノはハウス・ポスタルの事務所へ。

「ジョー、おはよう!」

 と、いつもに増して元気な声で受付のジョーに挨拶をする。

「んまぁ、ポッチーノちゃん。今日も元気ねぇ」

「うん。ボク、いよいよ今日から一人前の配達員として仕事するんだ」

「そういう初々しいところ、お姉さん、好きよぉ。お祝いにキスしてあげようかしらぁ」

「キスはまた今度にするよ」

 とポッチーノはさらりと流して

「そう言えば最近、Cのこと見ないな。Cやヴァローナにも見送ってほしかったんだけど」

「あらぁ、残念ねぇ。Cちゃんたちなら、もう昨日、この街を出てるわよぉ」

「えっ。うーん、締まらないなぁ」

 ポッチーノは少し残念そうな顔をする。

「ま、いいや。ボスから手紙をもらってくるね」

 とポッチーノは階段を駆け下りて、デスドールの待つ事務所へ。

 気分が乗っていたせいもあって、蝶番が壊れるのではないかというくらいの勢いでドアを開けた。 

「おはよう、ボス! いよいよだね!」

 期待と興奮でまともに眠れなかったポッチーノだが、睡眠不足とは思えないほど元気いっぱいだ。

 それとは対照的にデスドールは、至っていつも通りの口調で

「その様子だと、もう準備万端らしいな」

「うん! あとはボスから手紙をもらえば、いつでも行けるよ!」

「やる気なのは何よりだ。が、行かせる前に1つ渡しておくものがある」

 と、デスドールは机の上に置いてあった“それ”をポッチーノへ渡した。

 それは、黄銅でできたポッチーノのネームプレートで、ハウス・ポスタルのシンボルマークもきちんと刻まれていた。

 Cが持っていた物と同じだ! これにポッチーノは大喜び。

「わあ! ありがとう、ボス! すごい、ボクの名前が彫ってある!」

「もし行き先で身分を訊かれたら、大体はこれで片がつく。ただし悪用は厳禁だ。分かっているな?」

「大丈夫。もう後ろ指をさされるようなことはしないよ」

 ポッチーノは誇りにかけて答えた。

「わきまえているなら良い。では、これがおまえに任せる手紙だ」

 と、デスドール、分厚い手紙の封筒を2つ、ポッチーノへ渡す。宛先は昨日訊いた通り、片方がキャピタル・ヘリストン、もう片方が六聖教特区となっていた。

 六聖教特区。そこはポッチーノが育ったワンコロフ孤児院があるところだ。地名を見ただけでも、育ての父、ワンコロフ司祭の顔が思い浮かぶ。

「もうおまえも一人前だから、俺から敢えて言うこともなくなってきたが、何か訊きたいことはあるか?」

「ねえ、ボス。ボク、お父さんに会ってきて良いかな。六聖教特区にいるんだ」

 とポッチーノは思わず訊いてしまった。

 ワンコロフ孤児院を出てから、もう何年も経ってしまった。年の近かった仲間たちは、トリバーのようにもう一人立ちしてしまっただろうが、ワンコロフ司祭や他のシスターたちはいるはずである。

「積極的には同意しないが、それで本業に支障をきたさない確信があるなら、微細なことはおまえの裁量に委ねる。だが、初日に言ったハウス・ポスタルの禁則事項だけは忘れるな」

「うん、大丈夫。上手くやってみせるよ」

 ポッチーノはそう答えながら、しかし頭の中はワンコロフ孤児院のことでいっぱいなのだった。

 


 

「兄貴!」

 事務所の外で、ミケローは忠犬のようにポッチーノを待っていた。これでは、どちらが犬か分かったものではない。

「いよいよ出発ですかい?」

「うん。でも──」

 とポッチーノはミケローの負傷した腕を見て、

「ミケ、本当にその腕で行くつもり? 今回は安静にしていた方が──」

「水くさいですぜ、兄貴」

 ミケローはポッチーノの言葉を遮って抗議する。

「アッシのしぶとさは一級品ですぜ。どこまでだってついていきますよ」

「それなら良いけど、無理だけはしちゃ嫌だよ」

「へい」

 ──街の外には、いつも通りの広大な砂漠が広がっている。

 サボテンのひとつもない死の砂漠。ここから先は、エンドポイントとは違う意味で危険な地域である。

「ミケって、走りには自信ある?」

「兄貴、アッシを舐めちゃいけませんぜ。自慢じゃありませんが、アッシは今まで自分より速い奴に会ったことがありません」

「へえ。じゃあボクもそれなりの速さで走るから、ミケもついてきてね」

 と言って、ポッチーノは自慢の俊足で猛ダッシュ。獣人の脚力を魔法でさらに強化しているため、その最高速はコンディション次第で亜音速にも達する!

 そのシャープな加速で数秒ほど走ってみたポッチーノは、ふと立ち止まった。辺りを見渡すが、ミケローの姿がどこにもない。

 よくよく目を凝らして見ると、はるか後方に、ミケローと思われる豆粒くらいの人影があった……。

「すいません、兄貴! アッシが思い上がってました!」

 ポッチーノが戻ってあげると、ミケローは深々と頭を下げた。

「ほら、やっぱりケガのせいで調子が出ないんだよ」

 とポッチーノは言うが、そんなことはない。ミケローは獣人としては標準的なスペックだ。魔法と言う規格外の力を持つポッチーノと比べられたら、敵うはずがない。

「今回はおとなしくしていた方が──」

「へい。兄貴の足手まといになるくらいなら、いっそおとなしく兄貴の留守を守っていようと思います」

 ついにミケローも観念し、うなだれた。

 留守番してくれるのはポッチーノとしても嬉しい話である。何せ前回は、帰って来てみたらリリッキーが居座っていたのだから。まあ、リリッキーならまだ良いが、ギャングなんかに居座られたらポッチーノもなす術がない。

「じゃあミケ、ボク、行ってくるね。留守は頼んだよ」

「合点でい! 兄貴、お達者で!」

 とミケローに見送られながら、ポッチーノは再び走り出す。

 兄貴思いのミケローは、ポッチーノの姿が見えなくなるまで──10秒もかからなかったが──見送り続けた。

 さて、広大な砂漠には目印になる物が何もない。こんなことだと道を見失いがちだが、今日のポッチーノには強い味方がいた。

「えーと、どっちに行けば良いんだろう」

 と、昨日買ったばかりのコンパスを手に取る。キャピタル ・ヘリストンへ向かうにも六聖教特区へ向かうにも、まずは東へ走らないといけないのだが、

「こっちか!」

 ポッチーノは針がさす方へ駆け出した。

 ああ、なんと愚かなポッチーノ! コンパスがさすのは北であり、目的地の方角ではない!

 

 

 

 走り続けること、約半日。

「うーん、そろそろ着いても良いと思うんだけどなぁ」

 ポッチーノはまだ走り続けていた。目前に十メートルくらいの幅を持つ川が流れていたが、こんなものは助走をつけてひとっ跳びだ。

 ──砂漠地帯を抜けて、草原地帯も過ぎ、街が見えてくるかと思いきや走れど走れど森ばかり。それも単に方角を間違えているから当然なのだが、悲しいかな、それを教えてくれる人は誰もいない。

 既に日は傾きつつある。温度を失いつつある風が森の木の葉をカサカサ鳴らすたび、ポッチーノも不安な気持ちになり始めていた。

「日が暮れちゃう前に着くと良いんだけど」

 無理な相談である。

 何も知らないポッチーノは、ひたすら走る。誰かいたら、ちょっと道でも聞いてみよう、なんて考えていたそのとき。

「──おい、早くしろよ」

「うっせーな。そう思うなら、ちっとは手伝えよ」

 そんな声が、遠くから聞こえてきた。

 猟師かもしれない、とポッチーノは思った。こんな森の中だし、ひょっとしたら鹿を捕まえにでも来たのだろうか。

「とにかく毒矢の効果が切れたら面倒だ。俺が仕留めたんだから、運ぶのはおまえがやれよ」

「へいへい。ったく、えらそーにしやがって」

 なんてお互い、愚痴を言っているようだ。

 彼らなら近くに街がないか知っているに違いない、とポッチーノはにわかに元気付いて

「ねえ、おじさんたち! ちょっと訊きたいことが──」

 と彼らのところへ近づいた。

 が、その瞬間、ポッチーノの顔がこわばる。

 予想は半分くらい当たっていた。この2人は鹿を捕まえに来た猟師だった。、もっとも、“それ”を鹿と言い張ることは、ポッチーノを犬と呼ぶに等しい行為だろう。正確さを求めるなら、きちんと“鹿性の獣人少女”と言わねばなるまい。

 猟師じゃなかった! 人さらいだ! ──ポッチーノは立ち尽くす。

「くそっ、仲間がいやがったか」

「しかも犬か。犬は大して良い値がつかねえんだよな」

 と密猟者たちはポッチーノと向き合う。

 鹿性の獣人少女は──鹿性とポッチーノが分かったのは少女の側頭部に立派な鹿の角があったからだが──地に倒れていた。

 毒矢を受けて意識は朦朧としており、手足も縛られていたが、かすかな意識でポッチーノに助けを求める視線を送っている。

 こんなの、放っておけるはずがない。

「ねえ、おじさんたち。こんなひどいこと、やめてあげてよ」

 とポッチーノは頼み込むも、

「邪魔になるなら、いっそやっちまうか」

「だな。どうせ生け捕りにしたって、ゴミみたいな値しかつかねえよ」

 密猟者たちはまともに取り合わず、毒塗りの弓矢を構える。

 この場は、言葉では絶対に丸くおさまらない。先日ギャングに囲まれたときのように、リリッキーが来てくれる可能性もない。ポッチーノは覚悟を決めるしかなかった。

 毒矢が放たれたその瞬間、ポッチーノはそれを高速の側転で回避した。

「こいつ!」

 もう片方の密猟者が続けざまに、毒矢をポッチーノの脚めがけて射るが、ポッチーノは後方に宙返りしつつ避ける。

 密猟者たちは即座に新しい矢を手に取ったが、次の刹那、自分らが敵にまわしてしまった者の真価を思い知らされた。

 宙返りで距離をとったポッチーノは、左右に大きく蛇行しながら距離をつめはじめた。問題はその速度! 残像をも産み出す、超高速の蛇行ステップ!

 こんなのを相手に狙いが定まるはずがない。2人はこの疾風の名犬に矢を射ようと試みたが、放たれた矢は残像の海へ沈んで消えた。

 次の矢をとるまでにできる決定的な隙、それが弓使い最大の弱点だ。ポッチーノは躊躇わず、蛇行をやめると同時に大ジャンプ。2人の頭上を軽々と通過し、着地と同時に少女を抱きかかえる。

 ポッチーノは喧嘩の経験がないので、密猟者たちと本気で戦えるはずがない。ただし翻弄と逃走なら話は別。むしろ元・食い逃げとして、迫害対象である獣人として、逃走経験はやたら豊富だ!

「待ちやがれ! おい、追うぞ!」

「分かってる! ここまで来て、逃がして──」

 あとはもう、聞こえないほど遠方になってしまった。

 何せ鬱蒼とした森の中である。少し距離を離せば、もう肉眼で追うこともできまい。ポッチーノくらい鋭い鼻があれば可能性もなくはないが、純粋な人間にそんな真似はできないだろう。

「……もう追ってこれないかな?」

 とポッチーノが安堵すると、

「あの……、ありがとう……ございました……」

 抱えられた少女が、苦しさを隠しきれない口ぶりで礼を言う。窮地は脱したとは言え、まだ体に毒が残っているのでは苦しさも消えまい。

「大丈夫? 顔色悪いけど、苦しい?」

 ポッチーノは少女を降ろすと、手足の縄をといてあげた。どうもこのところ、人助けが続いている。

「はい、少し……」

 少女がうめく。絶対、“少し”どころの話ではなさそうだ。

 と言っても、ポッチーノに解毒の知識はないし、頼れる人も周りにはいない。

「ちょっと待ってて」

 確か、すぐそばに渓流があったはず、とポッチーノは駆ける。

 綺麗な川だった。すぐそばには笹が自生している。ちょうど良い、とポッチーノは笹の葉を何枚か重ねて即席のコップを作った。水をくみ、少女のもとへ。

「お水、くんできたよ。飲めそう?」

「はい……。助かり、ます……」

 と少女は言ったが、毒のせいで体が動かしにくいようなので、結局はポッチーノが飲ませてあげた。

「あの……もしかして、山間の村のお方ですか?」

 水をのんだおかげか、少女の口ぶりも少し楽そうになる。

「ううん。ボク、エンドポイントから来たんだ。ハウス・ポスタルの配達員、ポッチーノ・ワンコロフさ」

「そうですか……。私、この森の裾にある村に住んでいます、モミィ・バンビーナと言います……」

 とモミィ・バンビーナは言った。服装から察するに、農村の子だろう。歳はポッチーノとそう差があるようには見えない。

「じゃあ、君の村まで送ってあげるよ。こんなところで夜になったら、吸血コウモリが来るかもしれないからね。村の方向、分かる?」

「ありがとうございます……。夕日で影が伸びる方へ行けば、私の村があります……。少し遠いかも、しれませんが……」

「平気さ。ボク、走ることには自信あるんだ」

 ポッチーノはニッコリ笑いながら、モミィを背負った。配達先には遅れてしまうだろうが、だからと言ってモミィを見捨てるわけにはいかない。

 ポッチーノは走り出した。周りの木々がものすごい勢いで後ろに飛んでいくような感覚に

「速い、ですね……」

 と、モミィは驚いていた。

「まあね。この調子なら、君の村へ暗くなる前に着けるかな」

「たぶん、そう思います……。すみません、旅の途中に……」

「君が悪いんじゃないんだから、謝っちゃ嫌だよ」

 と言いながらもポッチーノは走る。人をひとり背負って、こんな悪路を平然と走れるのだから大したものだ。

「この坂を登りきれば、もう見えてきます……」

「なんだ。意外と近かったね」

 ポッチーノはそう言う間にも坂を登りきってしまった。すると、

「うわぁ、すごい! 大きな村だなぁ!」

 と、思わず驚きの声をあげてしまったポッチーノ。目下には古めかしくも趣のある山村と、広大な大麦畑が広がっている。

「助かった……」

 背中でモミィが安堵のひとりごとを呟く。

 こうして、研修を終えたポッチーノの初仕事は『負傷した農村の少女を村まで配達する』という、本来の配達業務とは何ら関係ない形となった。

 ある意味、これこそがポッチーノらしいのかもしれないが。

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