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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
エンドポイント編、あるいはリリッキーとポッチーノの章
17/30

不気味な酒場へ行きました。

 翌日。

「昨晩は色々としでかしてくれたようだな」

 いつものようにハウス・ポスタルへ出向いたポッチーノに、デスドールはキツい視線を送りながら述べた。

 普通に考えれば、ミケローのことだろう。彼は今、あまりにケガがひどそうなので、ポッチーノの伊恵に置いてやっている。

 本当は今日、ここへ改めて謝りに来させた上で、あわよくば雇ってはもらえないかとポッチーノは頼むつもりだったのだが、当のミケローが

「いやいや、兄貴には申しわけねえが、アッシはもうあんな化け物みたいな連中とは関わりたくねえですぜ」

 と、頑なに断ったので、結局ポッチーノ1人での出勤となった。そして今に至るわけである。

「だって──」

「おまえの言い分は大体分かっている」

 デスドールはポッチーノの言葉を遮った。

「だが組織の一員である以上、勝手な真似は許されない。ハウス・ポスタルは忠実な職員には手厚いが、足を引っ張る者へは容赦しないだろう」

「え? まさか、ボク、く、クビ?」

 ポッチーノは恐る恐る尋ねる。やっばり、クビになるのが一番怖い。

「今回は、処分保留に留めておく。だが、また同じようなことを起こせば、こう軽い仕打ちでは済まされないだろう。クビで済めばまだマシな方だと考えておくんだな」

 というデスドールの重々しい言葉に、怖じ気づいたポッチーノはただうなずくだけで何も言えなかった。

「それなら良い。さて、本業の方に話を変えるが。──おまえには明日、この街を出発してもらう」

 デスドールがそう述べると、ポッチーノも頭が配達の方へ切り替わった。

「明日? 良いよ。明日の朝、ここでボスから手紙を受けとれば良いんだよね」

「そうだ。だから、今日のうちに支度を整えておけ。行き先はキャピタル・ヘリストンと六聖教特区だ。ルートや配達の順番はおまえに一任する」

 とデスドールは簡単な説明をすると、

「ポッチーノ・ワンコロフ。素行はともかく、俺はおまえの仕事遂行能力には期待している。全力で取り組め」

「合点了解!」

 ポッチーノは威勢良く返事をした。

 

 

 

「いよいよ明日かぁ。ドキドキしちゃうなぁ」

 ポッチーノはそんな独り言を呟きながら、営業所の外へ出た。これから、一人前の配達員として働く日々が本格化するのだ。

 期待に胸を膨らませながら通りを歩いていると、

「兄貴! ポチの兄貴ぃ!」

 とミケローが、向こうから来るではないか。ポッチーノはびっくり仰天。

 何せ昨日あんな事件があったので、ミケローの両腕は重傷だ。ボロ布で最低限の処置はしたが、それでも安静にしているべきなのに。

「あ、ミケ! ダメだよ、安静にしてなくちゃ」

 ポッチーノは慌ててそう言った。

「でも、兄貴に大迷惑をかけてると思ったら、いてもたってもいられませんぜ」

「そうは言ってもなぁ」

 とポッチーノは、ミケローの肩から吊るされた痛々しい左腕に目をやりながら言った。

「それに兄貴に、あんな薄汚え蛇の金貸しから借金させちまってるんだから、なおさらですぜ。今晩にでも、あいつの鼻をあかしてみせますよ」

「ミケ、もう悪いことはやめてよ。借りたからには、ちゃんと返さないとね」

 ポッチーノがたしなめるも、ミケローは自信たっぷりに

「大丈夫ですぜ、ポチの兄貴。アッシはもう、兄貴に誓った通り、悪事はしません。実はアッシ、一気に大金を稼ぐ良いところを知ってるんですよ」

「へえ。ミケ、詳しいね」

 とポッチーノは感心した。もうちょっと早く教えてもらえていたら、ボクも食い逃げせずに済んでたのかな、などいう考えがぼんやり浮かぶ。

「せっかくですから、兄貴も一緒にどうです? 今夜、一緒に荒稼ぎしてやりましょうぜ。兄貴ほど器のでけえ獣人なら、間違いなくできますぜ」

 ミケローの強い口調に、ポッチーノは強い興味を抱いたのであった。明日からの初仕事に備えて昼間は準備するとしても、夜なら問題ない。

 唯一の懸念は、夜遅くなると眠くなってしまうことくらいだろうか……。

「じゃあミケ。ボク、ちょっと買ってくるものがあるんだ。その後、一緒に行こうね」

「ん? なんか買うんですかい? そんなら、アッシも御供しますぜ。荷物運びはできませんが、小銭なら少しは──」

「大丈夫、ボクが払うよ。そのためにお賃金をもらってるんだから」

 とポッチーノは言った。

 

 ──しかし、大変だったのはそれからだった。


「いやぁ、かかったなあ!」

 ポッチーノはため息をついた。もう夕方である。

 ジ=ゴルバート・バンクとやらで給金の小切手を 換金するだけで、だいぶ手間取った。まあ 、大半はシステムが精密すぎて、ポッチーノの頭では理解できなかったのが原因なのだが。

 それから金貨5枚で、Cのアドバイス通りコンパスを買った。ついでに手帳と鉛筆も買ってみた。何せポッチーノは、よく大切なことを忘れてしまう。そんなときのために防備録を作ろうと思ったのだ。

 所持金の都合でいずれも安物となってしまったが、機能的な不備はないはずである。

 あとは食べ物も買った。パンと干し肉だ。羊の胃袋で作った水筒は高価だったので、それはもう少しお金を貯めたら買うことにしようと決めた。今回は喉の乾きは頑張って堪えるしかない。

「兄貴、本当に手紙運びを続ける気なんですかい?」

 買い物に付き合ってくれたミケローが、ポッチーノを覗きこむ。

「どう考えたって、兄貴は他人の部下でいられるほど小さな器じゃねえっすよ。兄貴が独立したら、アッシはどこまでもついていきますぜ」

「ボクは辞めないよ。ここはボクの持ち味が活かせる仕事だし、ボスが助けてくれなかったらボク、今頃どうなってたか分からないから」

 とポッチーノは正直な感想を述べた。

「そうですかい? まあ、兄貴がそちらの方が良いってんなら、アッシは引き下がりますが」

 ミケローはだいぶ口惜しそうである。

「それより、これでボクの買い物は終わったから、次はミケが行きたいところに付き合うよ」

 とポッチーノは昼間にミケが言っていた「今夜、一緒に荒稼ぎ」のことを思い出しながら、尋ねた。

「で、何するの? 石炭掘り?」

「いやいや、そんな手が汚れるようなことはしませんぜ。ま、アッシについてきてくだせえ。こっちです」

 ミケローが進みだしたのは、なぜか街の中央部。

 てっきり、廃坑をさらに掘って一山当てる気なのだな、と思っていたポッチーノはきょとんとしながらもついていった。

 そしてたどり着いたのが……、

「ここですぜ、兄貴」

「ここ? ……って、ええっ!? ここぉ!?」

 ポッチーノが驚いたのも無理はない。目の前にあったのは、この街では珍しくないごく普通の酒場だった。

 店の名前は“ブラックランブル”。ここで食い逃げをしたことは、確かなかったはずである。

「ここでどうやってお金を稼ぐの? それとも、稼ぐ前の腹ごしらえ?」

「入りゃあ分かりますよ」

 とミケローは扉を開けた。

 その途端、ポッチーノの疑問は“嫌な予感”へと変貌した。いきなり、扉の前に強面の豪傑が立っていたのだ。

 ギャングだ、とポッチーノは直感した。幸い、昨日の奴らではないが、とにかく関わり合いになりたいとは思えない。

 が、

「2人分だ」

 ミケローはそのギャングに銀貨を何枚か渡した。すぐにギャングが道を開ける。

「毎回、入店料を取ってくるケチな奴らですが、勝負はこっからですぜ」

 とミケローはポッチーノへささやきながら、店の中へ踏み入った。

「ミケ、本当に悪いことじゃないんだよね? これ、何かの間違いじゃないの?」

 ポッチーノは不安を抱きながら、ミケローの後へ続く。

 何せ、店員と思われる男たちは皆、入り口にいた用心棒と同じくらいの豪傑たちだったのだ。どれを見ても、ガラの悪さがにじみ出ている。

 それに客も何人かいたが、どれもこれも目をギラつかせているか死んだ魚みたいな目をしているかのどっちかだ。店全体を、不健全な空気が覆っていた。

 ボルンの酒場の方が趣味が良いだろう。あの店の客は炭鉱夫が多いので、直情的だがサッパリした者が多く、そちらの方がポッチーノの性に合っていた。

「兄貴、こっちです。いよいよ、勝負の始まりですよ」

 とミケローが行く先には、酒場の中でも一番大きな机があり、既に何人もの客が座っている。

 彼らは一様に、自分の前へ銀貨や金貨、それになぜか空っぽのグラスを置いていた。それも、いくつかのグラスは上下さかさまだった。

 そして、客とは別に店員も1人座っており、彼だけは銅のコップをさかさまにして自分の前へ置いていた。

「これが人生の一発逆転の肝。この酒場が誇る、ワイングラス・ゲームですぜ。兄貴」

「ワイングラス・ゲーム?」

「へい」

 とミケローが頷くと同時に、テーブルについていた店員が

「全員、腹は決まったな? それじゃ、いざ勝負!」

 と声を張り上げながら、銅のコップを開ける。

「2・3の5でダウンだ!」

 その勢いの良い声に、勝利の喜びを叫ぶ客もあれば、ただただくやしがる客もいた。

「あの銅のコップの中に、サイコロが2つ入ってるんですよ。その目の和が7より大きい・小さい・丁度のどれかを当てるゲームです。当たれば金は2倍、7丁度を当てられればボーナスで4倍ですぜ」

 とミケローがポッチーノへ解説した。

「あのワイングラスは?」

「あれがそのまま置かれていればアップ、つまり7より大きい目への賭けです。上下さかさまならダウン、つまり7より小さい目。あれを横に寝せればジャスト、7丁度の目となってます。ね、簡単でしょ」

「つまり、これ、賭け事?」

 ポッチーノは渋い顔をした。

 賭け事はあまり良くないことだと、ワンコロフ孤児院にいた頃に習ったことがある。

「兄貴、やってやりましょうぜ」

「いやボク、賭け事はちょっと……」

「大丈夫ですぜ。兄貴なら簡単に勝てますよ」

 とミケローに強く勧められ、ポッチーノはついにテーブルについてしまった。

「これで、あの蛇人の金貸しへ一気に返済してやるんですよ。さ、兄貴も」

 と言いながら、ミケローはケガした腕で何とか銀貨を賭けつつ、ワイングラスをさかさまに置く。ダウンへのベットだ。

 ポッチーノは迷ったが、結局、ミケローの真似をすることにした。

「全員、腹は決まったな? それじゃ、いざ勝負!」

 胴元の店員はまた声を張り上げながら、銅のコップを開ける。

 中にあったサイコロの目は──

「4・5の9でアップだ!」

「ちっ、幸先が悪いぜ」

 とミケローが毒づく。その間に、2人の前に置かれていた銀貨は他の店員により回収されてしまった。

「さ、次の勝負だ。各自、思う存分賭けてくれ」

 胴元の店員がニヤリと笑う。

 が、そんな声を聴く暇もなく、客の方は勝手にベットを始めていた。もちろん、ミケローもだ。

「アッシは知ってんだぜ。7ってのは、こういうタイミングで出てくるんだろ?」

 と、銀貨3枚と横になったグラスを置く。ポッチーノは迷ったが、前回のように銀貨1枚だけ、ダウンに賭けた。

 そして、その結果は……。

「1・6の7でジャストだ!」

「っしゃあ! どうだ、やってやったぜ!」

 ミケローが雄たけびをあげる。

 補助の店員が後ろから来ると、ミケローには銀貨9枚を与え、ポッチーノからは銀貨を持って行った。ハズレたのだから、仕方ない。

「……」

 喜ぶミケローを見て、ポッチーノは複雑な気分になった。

 単に2連敗したというのもあるかもしれない。それにより銀貨を2枚も失った。あれがあれば、チキン2つ食べられただろうに。

 だがそれ以上に思ったのは、ここで得たお金よりボクはお賃金の方が良い、という気持ちだった。

 手紙の宅配は体力を使う仕事だが、働けば必ずデスドールはその対価をくれた。ここでは、お金が増えるとは限らない。むしろ今、2枚も減った。

 そんな不確実なことをするくらいなら、確実に仕事をして、確実なお賃金をもらった方が良い、とポッチーノは思ったのだ。

 ──やっぱり、お父さんは正しいことを言っていたんだ。ボクには賭け事は向いてないや。

「ミケ」

「大丈夫です、兄貴。そろそろ兄貴も、目の流れが分かってくる頃ですよ!」

「……ううん。ボクにはきっと向いてないよ。あっちで待ってるから、終わったら言ってね」

「え? へ、へい」

 ミケローは急なポッチーノの提案に面食らったが、

「そういうことなら、アッシが兄貴の分まで稼いできますよ! 大船に乗ったつもりで待っててくだせえ! きっと今日は流れがアッシに来てますぜ!」

 と、すっかりギャンブルの熱に頭をやられているようだった。

 ポッチーノは席を立つ。一応は酒場なので、小さなテーブルでは普通に酒を飲みながら食事をしている者もいる。

 そこの空席を見つけて腰かけると、そばを通った店員に

「あの、おじさん。チキンちょうだい。お酒はいらないや」

「金貨1枚だ」

 と、その店員。

「高いね。はい、これ」

 ポッチーノは率直な気持ちを述べながらも、お金を渡した。

 前払いなのは、食い逃げを警戒しているのだろう。入店料と言い、その辺だけはガッチリしている店らしい。

 しかし、少しして出てきたチキンはポッチーノの期待をはるかに下回るものだった。

「え、これだけ?」

「おかわりはその都度、注文してくれ」

 店員がぶっきらぼうに言ったのと同時に、ポッチーノの尾がしょげた。

 この量のチキンなら、街の大通りの露店に行けば銀貨2枚で買える。単純計算で、6倍の価格だ。

 ついでに言うと、焦げていた。料理の方は、かなりいい加減な店らしい。

 ボルンの酒場はかなり良心的な店だったんだなぁ、とポッチーノはしみじみ思った。あそこで金貨を払えば、満足いく量が食べられる。

 ミケロー、早く終わらないかな、とポッチーノは賭け事のテーブルを見た。

「ちくしょう! 次だ、次!」

 と、ミケローはさっきより熱くなっている。あれは、引きはがそうとしても離れないだろう、とポッチーノは思った。

 そのとき初めて、やることがなくなったポッチーノは店を見渡し、あることに気づいた。

 この店の外観は2階建てだったが、実は大部分が吹き抜けで、単なる“天井の高い平屋”だったのだ。

 だが端の方に、いわゆる「中二階」的な構造があることに、店を見渡して初めて気がついた。店の隅には螺旋階段があるので、そこへ上がることはできるのだろう。

 あそこからなら、この酒場の中をぐるりと見渡せるんだろうな、とポッチーノは思った。解放されているのか知らないが。

 もしかしたら、清掃用具や予備の椅子でも置いておくスペースなのかな、などと推察していると──

「おい、小娘」

 さっきチキンを持ってきてくれた店員が、いやに怪訝な目つきでやってきた。

「え? ボクのこと?」

 にらまれ委縮しながら、ポッチーノはその大柄で無愛想な店員を見上げる。

「ボスがおまえを連れてこいって言ってる。来てもらおうか」

「君たちのボスが? なんで?」

「俺が知るかよ。とにかく、殴られたくなけりゃ、四の五の言わずに来い」

 もう完全に、接客の態度ではなかった。これはもう、完全にギャングのやり方だ。

 来るんじゃなかった! とポッチーノは内心で嘆いた。ちらっとミケローの方を見たが、あちらはもうサイコロの目にしか興味がない様子。

 逃げることも考えたが、考えたときにはシャツをガッシリつかまれていた。万事休すである。

 出来ることなら殴られたくはないので、ポッチーノは仕方なくその店員に連れられて席を立った。

 向かわされたのは、今まさにポッチーノが気づいたばかりの、店の隅の螺旋階段。

 ああ、そうか、とポッチーノは理解した。あの見晴らしが良いところはきっと、この店のボスの特等席なんだ。

 そして、今からそこに連れられるわけである。心当たりはさっぱりないが、もしかしたら乱暴する気なのかもしれない。女の子だし。

 ちょっと悲観的な気持ちになりつつ、どのタイミングで逃げようかとポッチーノは頭をグルグル回していたが、螺旋階段を上りきって、

「あれ?」

 と、目を丸くした。

 中二階のフロアに置かれた1つの小さな机。そこの椅子に座っていたのは──

「リリッキー?」

「どうも。もう下がっていいよ」

 とリリッキーは、ポッチーノを連れてきた大柄な店員に告げた。

 店員は言われるがままに、ポッチーノを置いて1階へ戻っていく。

 何が何だか分からないポッチーノだが、ひとまず友達がいたことに安堵しながら、リリッキーの座る席に歩み寄って、

「奇遇だね。君もこの店のボスに呼ばれたの?」

 と尋ねた。

「バーカ」

 と、リリッキーは急に笑いだす。

「ポチ。アタシがこの店のボスなんだよ。ようこそ、ブラックランブルへ」

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