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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
エンドポイント編、あるいはリリッキーとポッチーノの章
15/30

偽者が現れました。

 夜もかなり更けてきた。ささやかな晩餐も終わり、ポッチーノは大あくび。

「ふわぁ……。ボク、眠くなってきちゃった」

「じゃあアタシもそろそろ引き上げるよ。明日も仕事だし、それはおまえも同じっしょ?」

「うん。一人前の配達員になったんだから、明日から頑張らなきゃ」

 と言ってポッチーノはまた大あくび。どうにも締まらない顔である。

 よくこれでハウス・ポスタルの配達員が務まるものだ、と思いながらリリッキーは手早くグラスを片付けた。

「じゃあな、ポチ。また気が向いたときにでも遊びに来るわ」

「うん、おやすみー」

 隠れ家を出ていったリリッキーを、ポッチーノは手を振ってを見送った。

 その姿が闇夜に消えてしまうと、ランプの明かりを消し、ボロ毛布にくるまって目を閉じる。

 明日も良いことがあるといいな、なんて思いながらポッチーノは静かな眠りについた。




 翌朝。

「さてと、今日も頑張ろっと」

 ポッチーノは大きく伸びをして、軽く身支度を整えると隠れ家を出た。

 何と言っても、一人前の配達員として認めてもらったのだ。気合はいつもの2割増しだった。

 まずはハウス・ポスタルでデスドールから指示を仰ぎ、今日は仕事がないようならジ=ゴルバート家の営業所で小切手の換金をする。その後のことは……、その後にでも考えればよい。

 今日も良い天気だ。もし時間がとれるようなら、Cかリリッキーとご飯を一緒に食べようかな、なんて考えながら鼻唄混じりに通りを歩く。

 エンドポイントを象徴するバルモット製鉄の高炉塔を見上げながら、のんびり通りを進んでいた、そのとき。

「おっと」

 通りの曲がり角の向こうから歩いてきた人物にぶつかりそうになり、ポッチーノは慌てて一歩後退した。

 幸い衝突は避けられたが、

「やい手前! どこ見て歩いてやがる! ぶつかるところだったじゃねえか!」

 と、相手は傲慢にポッチーノを怒鳴りつけた。

 その割に大して迫力がなかったのは、ポッチーノと歳の変わらない程度の少年だったからだろう。これなら昨晩のリリッキーの方がよほど怖かった。

 それはそうと、相手は獣人だった。見た感じから察するに、猫性だろう。エンドポイントの住民としては、そう珍しくもない。

「ごめんごめん。そうカッカしないでよ」

 ポッチーノはとりあえずのんびりとした口調で謝ったが、

「何ぃ? 手前、アッシを誰だと思ってるんでい」

 と、その猫の獣人はますますいきり立つ。

 しかし、『誰だと思ってる』と言われても、見たことのない顔である。

「君のこと? 知らないや。だあれ?」

「覚えとけ。天下のハウス・ポスタルの獣人ルーキー、ミケロー・ヌコスカヤとは何を隠そうアッシのことよ!」

 と、ミケローというその獣人は自慢げに自身を指さした。

「え? 君も?」

 とポッチーノ、急に声のトーンが上がった。

「“も”って何でい。新人はアッシ1人だけで──」

「いやー、ボク、ついこの前ボスに雇ってもらえたばかりでさ。他にも獣人の仲間がいるって分かったら、急に安心してきちゃった。周り、みんなすごい人なんだもん」

 ポッチーノはにこやかにミケローの肩を叩く。何と言っても同じ獣人だし、歳も近そうだ。これで職場まで同じとなれば、親近感がわかないはずがない。

 ところが、どうしたわけかミケローはそわそわし始めた。

 しかしポッチーノはそれに気づかずに、

「ボク、今からボスのところへ行くんだ。君は? もう行った?」

「い、いや、アッシは、その……」

「ん? まだってこと? それなら獣人同士、一緒に行こう!」

 すっかり上機嫌のポッチーノ。

 実は意外にも彼女、獣人の友達が誰もいなかったのだ。それも無理もない話で、育ちは人間しかいない孤児院で、そこを出てからデスドールに雇ってもらうまでずっと孤独の身だったのだ。

 が、

「いや、アッシはその、きゅ、急用があってよ。先に失礼するぜ」

 と言い残して、ミケローはポッチーノの前から逃げるように去ってしまった。

 ポッチーノに比べれば見劣りはするが、なかなかの逃げ足だった。

「え? え? ちょ、ちょっと待って……。あーあ、行っちゃった」

 1人取り残されたポッチーノは、しばし呆然としてしまった。

「変なの」




 その後、ポッチーノはいつも通り、ハウス・ポスタルの事業所に出向いた。

 もしかしたらミケローが来ているかな、と思ったのだが、まったく見当たらない。

 Cもまだ来ていないようだった。仕方なく、ポッチーノは1人、デスドールのいる事務室へ入った。

「──今日はまだ、仕事に行かせるには早い」

 事務室でデスドールはポッチーノに言った。

「ボクはいつでも平気だよ?」

「前にも言ったことだが、仕事の日程は客の多寡次第だ。もう少し手紙を預かったら、おまえの出番だ」

 とデスドールは淡々と、しかしどこか冷ややかな口調でポッチーノに答えた。

「そっか。前もそんなこと言ってたね」

「だが出発の日はそう遠くないだろう。特にシャイロックは、定期的に膨大な郵便物をここへ依頼してくる。いつものパターンなら、ここ数日のうちだろうな」

「分かった。じゃあその日が来たら、ボクに任せてね」

 ポッチーノは、今からその日が待ち遠しくて仕方ないという様子で、しっぽを無意識のうちに振っていた。

「それより、ポッチーノ・ワンコロフ。1つ、訊いておかねばならないことがある」

 と、デスドールはいやに重い口調で切り出す。

「なあに?」

「おまえ、まだ食い逃げを続けているのか?」

 その奇妙な質問に、ポッチーノはきょとんとしながら

「ううん。そんなことしなくても、今のボクにはお賃金があるから平気だよ」

 と答えた。

 食い逃げなんて、好きでやったわけではない。払う金さえあれば、こそこそと逃げ隠れする生活など送らず済んだのに。

「今の返事、嘘ではないな?」

「嘘じゃないよ、本当だよ」

「……それならいい」

 デスドールは、これ以上の用はないと言わんばかりに机と向き合った。

 事務室を出るとポッチーノは、

「──今日は変なことばかり起きるなぁ」

 と呟きながら、建物の入り口まで移動した。

 受付にはいつも通り、ジョーが手鏡を持って化粧に励んでいる。

「ねえ、ジョー、聞いてよ。今日は何だか、変なことばかり起きるんだ」

 と、ポッチーノは話しかけた。

「あらまあ、ポッチーノちゃん。どうかしたの?」

「今日ね、ここに来る途中、ボクと同じ獣人でハウス・ポスタルの新人配達員っていう、男の子に会ったんだ。だから一緒にボスのとこへ行こうって誘ったのに、断られちゃって」

「まーあ、ポッチーノちゃんのところにも現れたのね。困っちゃうわぁ、もう」

 どうも、ジョーも何か知っているらしい。これでは、話についていけないのはポッチーノただ1人だけではないか。

「……どゆこと?」

 ポッチーノが尋ねると、全く違う方から

「君の偽者が現れた」

 と、返事がとんでくる。見れば、ウィロン・O・ウィスプが隣室からやってきたところだった。

「くくっ、それにしても実に滑稽。本物の顔も名前も知らない偽者が、本物を目前にして嘘八百とはね」

「最近ね、ハウス・ポスタルが獣人を新たに雇ったって話が出回ってるのよぉ。それ自体は事実だから良いんだけど、どこかの獣人が、それに便乗して好き勝手やってるみたいなのよ。悪い子ねぇ」

 とジョーが解説してくれたので、なんとなくポッチーノも現状が分かってきた。

「じゃ、じゃあ、ボクが会ったあの男の子は、偽者だったの!?」

「まず間違いないだろう」

 と、ウィロン・O・ウィスプ。

「せっかくボク、ハウス・ポスタルの獣人仲間ができたと思ったのに……」

「生憎、うちは牧場じゃないんだ。家畜は2頭も3頭もいらないよ」

「ボクは家畜じゃない!」

 肉屋に売られ行く子豚の姿を思い浮かべながら、ポッチーノは大声で反論した。

「やめなさいよ、ウィスパー。あまりポッチーノちゃんをいじめたら可哀想よぉ」

 とジョーがポッチーノを庇う。

 ──それはそうとして。

「ねえ。その偽者のこと、ボスも知ってるの?」

 そうポッチーノが尋ねると、ジョーはうなずいた。

「当然よぉ」

「そっか。だからさっき、ボスはあんなこと訊いてきたのか」

 ポッチーノは1人合点した。

「単なる念押しだろうね」

 と、ウィロン・O・ウィスプ。

「この偽者の愚かなところは、君がキャピタル・ヘリストンに出向いている最中に、この街で悪事を働いたことだ。おかげですぐ、君以外の何者かが勝手にハウス・ポスタルの一員を名乗っていると推理できた」

「なるほどー。そういうことだったのか」

 ポッチーノはさらに合点しつつ、

「それで、その偽者はどうするの? 懲らしめてお説教する?」

「君はいったいどこまでバカなんだ」

 仮面の奥でウィロン・O・ウィスプが不気味な笑い声をこぼした。

「“処分”するに決まっているじゃないか」

「処分って? 何するの?」

「君の知ったことではない」

 ウィロン・O・ウィスプは冷ややかに笑いながら、事務室への階段を下っていってしまった。

「まぁ、冷たい言い方ねぇ。そんなんじゃ、私みたいな綺麗なお姉さんにもモテないんだから」

 と、ジョーはその野太い声に精一杯の色気を乗せて言った。

 それはともかく、ポッチーノは何だか嫌な予感を抱いていた。“処分”とは何なのか。言葉の雰囲気から察するに、あまり軽そうな雰囲気ではない。

「なんだか大変なことになってきちゃったぞ」

 ひとまずポッチーノは建物を出た。もう、頭には小切手の換金のことなんか、毛ほども残っていない。

「まだ間に合うと良いけど」

 とにかく、ミケローを探すのだ。まだ間に合うはずだし、そう遠くへ行っているとも思えない。

 今すぐに偽者を名乗るのを止めさせて、デスドールたちに謝りに行けば許してくれるだろう、とポッチーノは思ったのだ。

 とにかく今は、ミケローを捜すのだ。それも、できることならウィスパーより早く!

「よし、行かなきゃ!」

 自慢の俊足でポッチーノは駆けだした。

 しかし、街の大通りを駆け抜けたところで、ポッチーノは探すにしても手がかりが何もないことに気がついた。

 唯一知っているのは、顔と名前だけである。どこに住んでいるかも、本当の職業は何なのかも分からない。

 このまま闇雲に捜しまわっても効率が悪いとポッチーノは考えた。こういう発想ができたのだから、今日の彼女は頭が冴えていたのかもしれない。

 が、

「どうしよう……」

 所詮、その程度の頭である。

 良いアイディアは、ついに思いつかなかった。その代わり、頭に浮かんだのが──




「──というわけなんだ。お願い、リリッキー! 手を貸して!」

「生憎ですが、当店では現金以外のものはお貸ししておりません」

 シャイロック商会店長、リリッキーはにこやかな顔のまま、しっかりと鼻で笑った。

 Cの居場所も分からない今、頼れるのはリリッキーしかいない、とシャイロック商会の本店窓口にやって来たのだ。

 しかし、まさかのしょっぱい対応にポッチーノは面食らってしまう。

「……リリッキー?」

「またのご来店をお待ちしております」

「待って! そんな丁寧に接してくれなくて良いから、手を貸してよ」

「いえいえ。どんなバカな客にも、表面上は丁寧に振る舞うのがこのリリッキーのやり方です。友人だろうと腹立つ人間だろうと、営業中なら等しくお客様なのですよ」

 リリッキーは、また貼りつけたような笑みで出入り口のドアを指さした。

「というわけで、お帰りはあちらです」

「お願いだよ、リリッキー。もう頼れるのは君しかいないんだ」

 ポッチーノは必死に頼み込む。つまり、あのミケローとかいう獣人の捜索を、リリッキーにも手伝ってもらえないかとポッチーノは考えていた。

 何せ、数少ない友達だ。それにリリッキーは、良くも悪くも不敵なところがある。味方にすれば、この上なく頼もしいはずだ、と思ったのだ。

 が、

「ヒモならもう間に合っております」

 どうも“友達”の反応は冷たい。

「第一ですね、お客様。この一件、お客様がこれ以上首をつっこむ必要がどこにあるのでしょう。言ってみればお客様は被害者。加害者がどうなろうと、お客様の知ったことではないのでは?」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ。だって、ウィスパーは処分するって言ったんだ。きっと、とんでもないことをする気だよ。今すぐ、あのミケローって人を止めなきゃ」

「でーすーかーらー、お客様は『ザマァ!』という態度で高みの見物を決め込めば良いのですよ」

 どんなにポッチーノが訴えても、リリッキーは冷ややかだった。そもそもリリッキーは、貧しい人を食い物にするビジネスでのしあがった蛇人だ。基本的に、損得を省みず人を助けると言う思考がない。

「そもそも、止めて何になるんです? 何か、得になることでもあるのですか? そんなインチキ商売人に貸しを作ったところで、踏み倒されてドロンだと思いますがね」

 と、平気な顔で言い放った。

「得とか貸しとか、そんなのどうだって良いよ。ボク、その人を助けたいんだ」

「まあ、どう思うかはお客様の勝手ですがね。しかし、私を動かそうというのなら打算に基づいたプレゼンテーションをしていただかないと、どうも食指が。それに今は営業時間中です、業務を投げ出すわけにはいかないのですよ」

「そこを何とか!」

 ポッチーノは必死に頼みこむが、そのとき

「ごめんください」

 と、利子の返済に訪れたとみられる客が入ってきた。

「はい、どうぞおかけください」

 リリッキーはそう対応すると、声を低めて

「ポチ、商売の邪魔だ。自分で何とかしろ」

「う、うん……」

 こうしてポッチーノは、店から追い出されてしまった。

 ヒョルモーやデイデイがいなかったことだけは幸いだったろう。あれに絡まれていたら、もう少し面倒になっていたに違いない。

 しかし、このままでは時間ばかりが過ぎていく!

「こうしちゃいられない!」

 もうこうなったら効率も何もない。とにかく走って走って走りまくる、体当たり作戦しか方法はない。

 “犬も走れば棒に当たる”なんて何かの本に書いてあった気もするし!

「お願いだから、間に合って!」

 祈るような気持ちで、ポッチーノは駆けだした。 

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