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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
エンドポイント編、あるいはリリッキーとポッチーノの章
14/30

友達になってもらえました。

「んーっ、んーっ!」

 口の中に煙草と犬肉料理を1度に入れられ、ポッチーノは目を白黒させた。

 たまらず、どちらも吐き出す。

「ぷはっ……。や、やめてってば!」

「げへへへっ、もう吐き出しやがったか」

「ぐふふふっ、俺よりきたねえ奴だぜ」

 と、ヒョルモーとデイデイは盛大に嘲笑う。

 さらにはリリッキーも、

「この前は、おまえらに酒をご馳走になっちゃったからねぇ」

 と、酒場でCに酒を浴びせられたことを引き出しながら

「そのお礼に、これを嫌いな蛇人はいないっていう、魂の酒をごちそうしてやるよ」

 そう言って、部屋の隅においてあった酒瓶を手に取る。ポッチーノは震え上がった。

 そもそも酒が苦手というのもあるが、それ以上に嫌な予感がしたのは、それがただの酒ではなかったからだ。何せ、酒瓶の中に拳大の蛙の死体が封入されていたのだから。

「ひっ」

「あのときは、浴びるように飲ませてもらったからね。おまえも浴びるように味わえよ」

 リリッキーは酒瓶のコルク栓を口で引き抜くと、その中身をポッチーノの頭へ浴びせた。

「うぅ、生臭い!」

 浴びるだけでも嫌というほど分かる蛙の生臭さに、ポッチーノは顔をしかめる。

 同時に、

「ああ! 最後の1本、俺が飲もうと思ってたのに!」

 とデイデイが嘆いた。

「はぁ!? これ、最後の一本!? あんだけ買ったのに?」

 リリッキーは今更ながら目を丸くした。

 八つ当たり気味に瓶を叩き割ると、中に封入されていた蛙をポッチーノの胸とシャツの間にねじ込む。

「ギャーッ! 気持ち悪いー!」

 と悲鳴をあげるポッチーノを傍目に

「姐さん、俺は無罪だぜ。過半数はデイデイが飲んじまいやがった」

 ひとまず保身に走るヒョルモー。とは言え、こちらも結構酔いが回っているようなので、少なからぬ量を消費したと見える。

「どんだけ飲んだんだよ。アタシの奢りだからって好き勝手しやがって」

 とリリッキーは、迫力のある険しい顔で2人を睨んだ。

「アタシの楽しみを盗りやがって。覚悟の上のこと、て思って良いんだよな」

 その語気の強さに、2人は酔いも吹き飛んだように臆した。

「やべぇ! おい、ヒョルモー、どうするよ」

「どうするって、こうなりゃずらかるしかねえだろ!」

 ヒョルモーとデイデイは顔を見合わせると、一目散にポッチーノの隠れ家から飛び出した。

「おまえのせいだぞ、デイデイ!」

「俺、少ししか呑んでねえよ!」

「おまえの“少し”なんか信用できるかよ!」

「でもヒョルモー、おまえも結構呑んでたじゃねえかよ」

「俺のせいにする気か?」

「やるか? むしゃくしゃしてきた、ぶん殴ってやるぜ」

 と、そんな声がどんどん遠くへ消えていく……。残ったのはポッチーノとリリッキーだけだ。

 リリッキーはニヤリと笑った。最初から2人を追い出す気で、わざと大げさに怒って見せたのである。

「ねえ、なんでボクをいじめるの? ボクが何したって言うのさ」

 ポッチーノは涙で目をうるませながら、リリッキーを見上げた。

「はぁ? よく言うよ。うちのご主人様に非礼を働いといてさ」

「君の主人?」

「バックレんなよ。話は聞いてる。今日の昼、恐れ多くもご主人様を“私のペット”呼ばわりしてくれたらしいじゃん」

「え? じゃああれ、本当に君のご主人様だったの?」

「バーカ」

 とリリッキー、ポッチーノのしっぽを踏みつけた。

「痛いッ!」

「ご主人様は狼、蛇、カラス、どんな姿にでも姿を変えられる。でも、だからって動物と同列に扱って良い御方じゃないっつの」

「し、知らなかったんだよ。もうしないから、許して!」

「言ったな? 次はないと肝に銘じとけよ」

 リリッキーはそう言うと、ポッチーノを縛る荒縄をナイフで切断した。 

「あー、ひどい目にあった。……もう帰ってくれる?」

「バーカ。こっからが本題だよ」

 リリッキーが意味深に笑いながら自分の鞄を手に取る。ポッチーノは思わず身構えた。

 しかしリリッキーが鞄の中よりテーブルの上へ並べ始めたのは、燻製ソーセージやチーズのかたまり、ワインボトルに青銅のカップ2つと、何だか普通に美味しそうなラインナップだ。こんな一式を酒場で頼めば、お会計は小銭では済まないだろう。

「おまえの好みとか分かんないから、適当に買ってきた。ま、好きにやれよ」

 困惑するポッチーノをよそに、リリッキーはカップにぶどう酒を注ぎ始めた。それも、2人分だ。

「今度は何する気?」

 ひどい目にあわされたばかりなので、ポッチーノはおどおどしながらリリッキーと机の上を交互に見た。

「言ったっしょ? 好きに喰えって。このパーティーはアタシの奢りだ。毒も犬肉料理もないから、安心して喰いなよ」

 という先程から一転しての厚待遇に、ポッチーノはきょとんとしてしまった。

「……ボクをいじめに来たんじゃなかったの?」

「ま、確かにひどいことした自覚はあるよ。でも、おまえがご主人様を侮辱した以上、アタシとしては顔を立たせなきゃいけなかったんだ」

「でも、ビジネスの時間はおしまい。ここからはアタシのプライベート、アタシの好きにやる時間ってわけ」

 リリッキーはポッチーノの困惑など気にも留めず、手際よく準備をしながら

「だから、これらは埋め合わせって意味もある。遠慮するなよ。おまえのことは気に入ってるんだ、ポチ」

 と笑った。

 ポチ。それは、ポッチーノが孤児院にいた頃、仲間からつけられた愛称だ。単に名前を縮めただけなので誰でも思いつけそうなものだが、とにかく、孤児院を出てしばらく経つ今となっては懐かしい呼ばれ方だった。

「本当に良いんだよね? それなら、ありがたくいただくよ」

 ポッチーノは警戒をといて、食事へ手をつけることにした。と言っても、この隠れ家に椅子はないので立食となる。

 まず羊肉の燻製ソーセージに手をつけ、舌鼓を打った。

「うん、おいひ。ありがと」

 ポッチーノはもう、さっきまでいじめられていたことを頭の片隅に置いてきたようだった。お腹が満たされれば嫌なことは簡単に忘れられる、幸せな頭を持っているのである。

 何より、孤児院を出てから雇ってもらえるまで、ずっと孤独な身だったのだ。誰かと食事をするというのは、楽しいことである。

「君のこと、ずっと悪い人だと思ってたけど、結構良ところもあるんだね」

「おまえの頭はどんだけ単純なんだよ」

 リリッキーは思わず笑ってしまったようだった。

「アタシは、ヒョルモーやデイデイみたいな“ただのバカ”は嫌いだ。けど、この前の酒場の件と言い、強盗の件と言い、ここまで損得の計算ができないバカに会ったのは初めてだ。一周して気に入ったよ、おまえ」

「気に入ってもらえたのは嬉しいけど、ボク、そんなにバカかなぁ」

 渋い顔をしたポッチーノに、リリッキーは酒を口にしつつ返事した。

「バカじゃないって言うなら、クイズで試してやるよ。ポチ、アタシとおまえには共通点がある。何だと思う?」

「ん? 女の子だってこと?」

「やっぱバカじゃん」

 とリリッキーはいったん小バカにすると、話を続ける。

「蛇人も獣人も、このヘリストン王国じゃ迫害対象。アタシたちは別々の場所で、同じくらいみじめな日々を過ごしてきた。でも権威ある主人に雇用してもらえたおかげで人生は一転、今やここまで成り上がった。アタシたちは成金仲間ってわけだ」

「そっか。もうお賃金もらえるもんね」

 ポッチーノは合点した。

 確かに、食い逃げするしか生きる術がなかったときの生活は悲惨なものだった。良心の呵責もなかったわけではないし、常に人々から追われ、この隠れ家で追っ手を恐れながら眠りについていた。

 もう、あんな日には戻りたくないし、思い出したくもない。

「じゃあ、2問目」

 とリリッキーが言い出したので、ポッチーノは我にかえった。

「今度はボクの頭でも分かる奴でお願いね」

「ま、そう難しい話じゃないよ。例えばここに、飲めば人間になれる魔法の薬があったとする。ただし、今すぐ飲まないと2度と飲むチャンスは訪れない。さあ、ポチなら飲む?」

「その薬はどこにあるの?」

「例えばの話って言ってるっしょ。このバカ犬。そんな薬があったら飲みたいかって話だよ」

 リリッキーは顔をしかめた。

「うーん……」

 柄にもなくポッチーノは悩んでいる。

 つまり、獣人から人間になれるとしたらどうするかという話だ。

「うーん……」

 悩みに悩み、その末にだした答えは、

「今はいらない」

「だから、今飲まなかったら2度とチャンスはないって言ってるじゃん」

「それでも良いよ。ただ、ボスに助けてもらう前のボクなら、きっと迷わず飲んでただろうなって。人間になれれば、いじめられずに済んだだろうから」

 と、ポッチーノはにこやかに答えた。

「でもボスは、ボクの足の速さを必要としてくれてるんだ。だから、そういうことならボクは獣人のままでいたいよ。それに獣人のままでも、ボクと仲良くしてくれる人も見つけられたし」

 雇用主であるデスドール、頼れる先輩のC&ヴァローナやジョー、再会できた旧友のトリバー、親切な名士のンディーヤ。それに、怖いところもあるがつい親しみを抱いてしまうリリッキー。

 今はもう、獣人のままでも孤独ではない。

「だから、今のボクはこのままで大丈夫」

 ポッチーノはそう断言した。

「……へえ」

 意味深に微笑むリリッキー。

「ねえ、これ、正解?」

「正解って言うか、アタシが聞きたかった答えはまさにそれだよ、ポチ。蛇人だろうと獣人だろうと構わないから、アタシは堂々と自分の種族を誇れる仲間が欲しかったんだ」

 と笑って、リリッキーはブロック状に切り分けたチーズへ手をつけた。

「でも、それってみんなそうなんじゃないの?」

 ポッチーノが素朴に問いかける。

「ま、奴隷歴のない獣人なら、そう答えられる奴はいるかもね。でも蛇人には、まずいない。どいつもこいつも陰気臭い無気力ばっかで、アタシみたいな一握りの富裕層を除くと、あとは誇りの欠片もないカスだ。みんな言ってるよ、人間に産まれたかったって」

 リリッキーは他人への嘲笑とも、種族としての自嘲ともとれる複雑な顔をしながら薫製ソーセージを一口。

「かく言うアタシも、ご主人様に雇用される前は腐った残飯を漁って命を繋いでた身。けど今は、昔と違って金を持っている。だからこそ、こんなまともな食事がとれる。蛇人か人間かじゃない、大切なのは金があるかないかってわけよ」

 と上機嫌にぶどう酒をあおり、一息つきながら

「だからこそ、こんな卑しい蛇人ごときに尊いはずの人間様が『金を貸してください』って頭下げに来るんじゃん。マジでさ、サイコーの商売だよ」

「リリッキーは本当に、お金の話が好きなんだね」

 少し呆れの色を見せながら、ポッチーノがつぶやいた。リリッキーのことは友達になりたいと思っているが、やっぱりこういうところだけはついていけない。

「そういうおまえはどうなのさ、元食い逃げ。金のない暮らしのみじめは、おまえだって身をもって知ってる癖に」

「ボクは……、こうやって美味しいご飯を食べるのに困らないだけのお金があれば、それ以上のお金とか、人間とどっちが偉いかとか、そんなのはどうでも良いかな」

 その返事を聞くと、今度はリリッキーが呆れる番だったが、ポッチーノは気づかず言葉を続けた。

「あ、でも友達と家族はほしいや。できれば、壁と屋根がしっかりした家も。でも、そんなこと言ったら、欲張りって怒られちゃうかな」

「はーっ、ハウス・ポスタルの配達員にまで成り上がって、ほしいものがそのレベルかよ」

「う、うん……。ダメ?」

「今までおまえを見下してきたクズどもを見返してやる、這いつくばらせてやる、そういう気持ちはないの?」

「ボク、そういうのはいいや。そんなことより、仲良くしたい」

「なんつーか、無欲な奴だよな、おまえって。ま、見てて飽きないから良いけどさ」

 リリッキーはまたため息をつく。

「まったく、変な友達を持ったよ」

「え? ボクの友達になってくれるの?」

 急にポッチーノは目を輝かせた。

「良いよ、なってやる。おまえ、頭悪そうだから、成金の先輩として相談に乗ってやるよ」

「やった! ありがとう!」

 ポッチーノは勢いよく、リリッキーの手を握った。

「そこまで嬉しいか。いや、良いけどさ」

「うん。友達は多ければ多いほど嬉しいもの」

「ポチ」

 上機嫌なポッチーノに対し、リリッキーは急に険しい顔をした。

「警告しといてやる。今やおまえは有名人だ。街じゃあ、ハウス・ポスタルが獣人を配達員として雇ったって噂になってるし。だから、これからおまえに近づいてくる奴がいたら、その九分九厘はおまえの金にしか興味がない」

「それ、ちょっと大袈裟すぎない?」

「言ったっしょ、アタシは成金の先輩だって。マジな話だよ。だから、そういうクズどもには、絶対に警戒しなきゃいけない。気を許したら最後、おまえ、出涸らしになるまでむしりとられてポイだ」

 とリリッキーは深刻そうな顔で言うが、人の好いポッチーノはやっぱりピンとこない。

「だから、信じる前にまず疑え。この街では、不用心な奴から喰われていくって決まってるんだよ」

「うーん、そうかなぁ……」

 ポッチーノは首をかしげる。

「でも、人のことをまず疑わなくちゃいけないって、それ、すごく寂しいことのような気がする。やっぱりボク、最初は信じてみるよ」

「ホント石頭だな、おまえって。ま、そこまで言うなら好きにしなよ」

 リリッキーも、ついには匙を投げるように言った。

 ──シャイロック商会に勤めるようになってから、リリッキーに媚びへつらいだした蛇人は数えきれない。

 中にはヒョルモーやデイデイのように、金の力で従わせた相手もいるが、大半は向こうから押し寄せてきた。

 リリッキーも、最初のうちは小銭をばらまいて猿山のボスを気取っていたが、あるときにふと気づいたのだ。こいつらは結局、自分の財産にしか興味がないのだ、と。

 それに気づいた後は、ポッチーノが言うとおり、何もかもがむなしかった。

 本気で信じられる人なんて誰もおらず、リリッキーの友達は財産だけだった。シャイロックのことは多少は信頼しているが、結局はそれも金と職務だけの繋がりでしかない。

 そこに現れたのが、損得をまるで考えないポッチーノだった。強盗が来た日、ポッチーノは真っ先にリリッキーを心配してくれた。あのときからリリッキーは、ポッチーノのことを気に入っていた。

 こいつなら。こいつなら、気を許してみるのも悪くはないかもしれない、と。

 だからこそこのバカ犬が、街のくだらないクズどもに食い物にされることだけは、避けたかったのかもしれない…"。

 

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