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わんこ戦記 ~ ボクをバカ犬と呼ばないで  作者: Roxie
エンドポイント編、あるいはリリッキーとポッチーノの章
13/30

一人前の配達員になりました。

「それは間違いなく、シャイロックだ」

 デスドールは帰還したCとポッチーノに答えた。

 ──エンドポイントのハウス・ポスタル事務室にて、ちょうどCが成果を報告した直後、ポッチーノがあの“砂鉄の狼”のことをデスドールに尋ねたのである。

「やっぱり、あの“金貸し魔女”か。あの化け物ムカデをぶった斬れる奴なんて、そう多くないとは思っていたが」

 とCは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。なんと言ってもシャイロックは、あの悪辣非情な高利貸しリリッキーの親玉である。

「嫌な奴に目をつけられたもんだぜ」

「こちらから刺激しなければ平気だ」

 デスドールは特に悩ましそうな様子も見せず、淡々と述べる。

「うちの職員に手を出せば俺が黙ってないことは、あいつも良く知っているはずだ。シャイロックは、その程度の損得勘定もできないバカではない」

「ボスの友達なの?」

 とポッチーノは素朴な疑問を口にして、Cに足を軽く蹴られた。

「仲の良し悪しはともかく、顔を合わせる機会はやたら多い。何せあいつもまた、ハウス・ポスタルの常連客だからな」

「なるほどー。うちのお得意様だったのか」

 だからボクのことも知ってたのかな、とポッチーノは思った。

「とにかく、ご苦労だった。次の仕事までゆっくり休め」

 と、デスドールは2人に給与の小切手を渡した。

「特に、ポッチーノ・ワンコロフ。おまえは次の仕事からが本番だ。次から俺は、おまえに一人前の配達員と同じ働きを要求する。気を引き締めて励め」

「うん、分かってる。でも、ボス、この紙はなあに?」

 とポッチーノは、今まで見たことも聞いたこともなかった小切手を渡され、きょとんとしていた。

「おまえなぁ、それ、今聞くことか?」

 Cはすっかり呆れてしまったが、

「いや、教えるなら今ほど最適な機会はないだろう。C・コルニクス。おまえはもう引き上げて良い」

 デスドールは大して面倒がる様子もなく言った。

「まあ、ボスがそう言ってくれるなら、今日はもう帰らせてもらうぜ。……おい、犬っころ。終わったらこの前の酒場に来い」

「うん」

「あと、あまりバカなこと言って、ボスを呆れさせんじゃねえぞ」

 と言い残して、Cは事務室を後にした。

「分かってるよ、もう」

 ポッチーノの頬がぷーっと膨らむ。

「つまらん小競り合いは後でやれ。本題に入るぞ」

 と、デスドールは話を始めた。

「まず、おまえはジ=ゴルバート家を知っているか?」

「ごるどぶ? うーん……、聞いたことないや。どこかの貴族?」

 ポッチーノは小首をかしげた。

「そこからか。まあ、いい。ジ=ゴルバート家は由緒正しき古い大貴族だが、銀行家として手広く活動していることでも有名だ」

「ボス、質問。ギンコーカってなあに?」

「ひとまず今は、客の持つ金銭を預る仕事をしている者とだけ考えておけば良い」

「……そんなの、お仕事になるの?」

 ポッチーノは首をかしげてしまった。そもそも、自分の金を他人に“預ける”と言うことについて実感がわかないのだ。

「じゃあ、おまえはその小さなポケットに入らないほどの金を手に入れたら、どうするつもりだ。鍵のかからない自宅にでも無造作に置く気か?」

「えーと……。うーん、そんな大金なんて持ったことないから、分からないよ」

 実に正直な言い分である。

「手段はいくつかあるが、最も金をかけずにできるのは、ジ=ゴルバート家の事業所に余分な金を預けてしまうことだ。彼らは預かった金について、客の要望に応じていつでも払い戻すことを保証している」

「へえぇ……」

 と、ポッチーノはもう雲を見つめるような目で話を聞いている。そんな上流階級の話など、自分とは関係ないと思いこんでいるのだ。

「また払い戻す相手は基本的に預金した当人にしか認められないが、その当人の同意を含む一定の手続きがあれば、第三者にも認められる。例えばその小切手は俺のサインがあるから、それを事業所に持っていけば、記入された金額だけ俺の預金からおまえへ払い戻される」

「ボスの預金から? ボクに? ……ボク、これ、もらっていいの?」

「報酬を直接硬貨で渡すのと、最終的には同じことだろう」

「あ、そっか」

 どうもこの手の小難しい話は、ポッチーノの頭には難解なものなのかもしれない。

 それでも、悪い頭を懸命にフル回転させ、ようやく理解した。

「つまり、ボクがこれをその事業所に持っていけば、お賃金として金貨5枚がもらえるんだね」

 とポッチーノは、全てにおいて納得したような口調で言ったが、元より頭が悪いので、口にして初めて気づくこともある。

「……って、き、き、金貨5枚ぃッ!? ボス、ボス! 何か間違ってるよ! お賃金が銀貨じゃなくて金貨になってる!」

 と目を白黒させながら、大声でデスドールに詰め寄った。

「何ひとつ間違っていない。今回のおまえの報酬は金貨5枚だ」

「そんなにもらっても、何に使えば良いか分からないよ」

「勘違いしないように言っておくが」

 とデスドールは警告じみた口調で、

「これからおまえは、配達先で食べ物や寝床など必要なものを随時手に入れる必要がある。それに、関所を通るにも金が必要だ。つまり、この報酬の一部は、次回の配達における必要経費の前払いでもある。考えなしに今から浪費すると、仕事先で行き倒れになるぞ」

 行き倒れ、その言葉にポッチーノは固唾を飲んだ。野宿生活への逆戻りなんて、嫌に決まっている。

「だから、その金はもらっておけ。そして、大切に使え。良いな?」

「うん。気をつけるよ」

 とポッチーノはコクコクうなずく。金が尽きたときの惨めさは、嫌というほど思い知っていた。もう、草の根や気の枝をかじって飢えをまぎらわせる生活は御免だ。

 すると、これで話は終わりかと思いきや

「もう1つ話がある」

 デスドールは話を続けた。

「研修の締めくくりだ。例えば、エンドポイントの豪商が、キャピタル・ヘリストンの商売仲間に2万枚の金貨を送ろうとしている。最も速く確実な方法を考えてみろ」

「そのまま運んだら良いんじゃないの?」

 とポッチーノは何も考えず即答したが、

「金貨も2万枚になると、かさばる上に結構な重さになる。そんな物を抱えて猛獣や盗賊の潜む道を歩むのは、賢い選択ではない」

 どうもハズレのようである。

「確かに持ちにくそう。じゃあ、うーん……。1枚で金貨千枚の価値がある、すごい宝石みたいなのに変えるってのは?」

「宝石の類は売値と買値が必ず等価になる保証はないし、盗難されるリスクは金貨と変わらない。だが、かさばる金貨を別の形にしてコンパクトに運ぼうとした、その発想は悪くない」

「それもダメかぁ……。じゃあ……うーんと……、ええい! ひらめけ、ボクの頭!」

 ポッチーノは、足りない頭を絞って一生懸命に考えた。こんなに頭を使うのは、トリバーと一緒に孤児院の仲間から算法を習ったとき以来かもしれない。

 が、そのとき、ポッチーノの頭にまばゆい名案が浮かんだ。

「そうだ! これを使えば良いんだ!」

 と、デスドールに、たった今もらったばかりの小切手を見せる。

「これならどんなに金額が多くても、重さは紙一枚だよ。盗賊が現れたら、靴の中にでも隠しちゃえば良いんだ」

「妙な蛇足がついたが、及第点はくれてやっても良いか」

 デスドールは言った。

「小切手を使うのは正解だ。だが、何もその商人が直接それを運ぶ必要はない。おまえたち配達員にそれの配達を任せれば良い」

「ボクに? ボクは手紙しか運ばないよ」

「おまえは、自分が運んでいる封筒の中身を考えたことはあるか?」

 その言葉にポッチーノは目を丸くした。

「そっか。封筒に入れちゃえば分かんない! ボス、頭良いね」

「俺が考えたわけではない。人間というのは昔から、金が絡むと惜し気なく知恵を発揮する生き物だ」

 とデスドールは説明を続けた。

「全容はこうだ。まず送金を行いたい客から、ジ=ゴルバート家の事業所が金を受けとる。事業所は次に、宛先の人間にしか換金できない送金専用の為替手形を発行し、これの運搬をハウス・ポスタルに行わせる。これが、送金ビジネスの全容だ。その他の単なる手紙運びは、しょせん片手間の副業に過ぎない」

「うーん……、なんかすごい話なのは分かるんだけど、すごすぎてボクの理解が追いつかない……」

 ポッチーノは小難しい顔で頭を抱えた。

 

 ──世界が発展し、遠く離れたところにも都ができるに連れて、人々は安全に資産を運搬する方法について考え始めた。

 その結論がまさに、銀行家が為替手形を発行し、それを確実に運ばせるプロを雇うということだった。そのプロたちをジ=ゴルバート家が専属化・組織化したものこそがハウス・ポスタルである。

 つまりハウス・ポスタルは、ジ=ゴルバート家の傘下組織なのだ。

 

「つまり、ボクの仕事内容に新しく何かが加わるってこと?」

「そうではない。ただ、おまえが運ぶ物の重要性をレクチャーしたまでだ。やること自体は変わらない」

「なら安心だ。大丈夫。ボク、立派に届けてみせるよ」

 ポッチーノはひとまず安堵した。手紙の中身が何だろうと、運ぶ側からすれば大した問題ではないという認識だった。

 それはそうだ。どうせ手紙の中身を見ることは禁じられているし、中身によって大きさや重さが劇的に変わるわけでもない。今まで通り運ぶだけなら、何の問題もないはずだ。

「今の言葉が口先だけの代物ではないと信じているぞ」

 デスドールはそう言って、机に向かった。

「話はそれだけだ。次の仕事はいつになるか分からんから、ひとまず毎朝ここへ顔を出せ。決まり次第、仕事を言い渡す」

「任せてよ」

 ポッチーノはあまり使命の重さを考えず、気楽に答えた。




 ハウス・ポスタルの営業所を出た後、ポッチーノはボルンの酒場でCやヴァローナと落ち合い、仲良く夕食をとった。

 すっかりお腹いっぱいになって、ご機嫌になったポッチーノ。Cたちと別れて、1人帰路につく。

「それにしても、金貨5枚かぁ」

 建物を出た後、ポッチーノは小切手を見つめながら呟いた。

「ボク、本当にこんな大金、もらっちゃってよかったんだよね。ボスの手違いじゃないんだよね」

 まだ不安な気持ちが残るのは、それだけ貧乏な暮らしに慣れすぎてしまった結果だろう。

 あまりにも頭の中が金貨5枚の重みでいっぱいになっていたポッチーノは、「換金しないと使えない」ということをすっかり忘れたまま歩き続けてしまった。

 そして、街外れまでついたとき、

「あ。これをお金に換えてもらえる場所を聞くの忘れた。Cに教えてもらえば良かったなぁ」

 ようやくそのことに考えが至った。

 でも、もう行動へ移すには時刻が遅すぎるし、何より、キャピタル・ヘリストンから半日も走り続けたポッチーノは疲れ気味だった。

 お腹もいっぱいになったことだし、今はゆっくり寝たい。ポッチーノは街外れの廃坑にある隠れ家へ向かった。

 だが、隠れ家付近の様子が何かおかしい。この辺はひとっこ1人来ないはずなのに、妙に騒がしいのだ。

 誰か来てるのかな、とポッチーノは最初こそ大して気に留めなかったが、すぐに事の重大性を思い知らされた。

 なんとポッチーノの隠れ家の中で、2人の男がどんちゃん騒ぎの宴会を開いていたのだ。2人とも蛇人で、見覚えのある顔だ。

 ひょろ長い体型でタバコを何本も吸っているのはヒョルモー、丸々と太っていて肉にがっついているのはデイデイ。どちらもリリッキーの部下だが、それが鼻歌混じりに盛り上がっているのだ。

 どう見ても、くつろいでいる。ポッチーノは腹をたてた。──ボクの家なのに!

「ねえ。ここ、ボクの家なんだけど」

 とポッチーノはムッとしながら玄関に仁王立ちしたが、

「げへへへっ、やっと来やがったなぁ?」

「ぐふふふっ、犬肉犬肉ぅ」

 ヒョルモーもデイデイも手を叩いて茶化す。帰ってくれる気配はない。

 すると、

「お帰り。待ってたよ」

 いつの間にかリリッキーが後ろにいて、ポッチーノをびっくりさせた。

「今日も重労働お疲れ。自分の家なんだから、ゆっくりくつろぎなよ」

 とリリッキーはポッチーノの肩を叩いたが、その顔に労いの色はない。営業中の方がもっと柔らかい顔をしていたが、今はもう蛙を前にした蛇のようだ。

「リリッキー? なんでここに?」

「くつろげって言ってるんだよ、バカ犬」

 途端、リリッキーはその場で素早く一回転した。蛇人特有の太く長い尻尾がムチのようにしなり、直撃を受けたポッチーノは家の中に突き飛ばされてしまった。

「きゃんっ」

「ヒョルモー、デイデイ、やっちまえ!」

「へい、姐さん!」

「合点だ!」

 上司の号令を受け、最初から示し合わせていたかのようにヒョルモーとデイデイがポッチーノへ襲いかかる。

 床へ倒れたポッチーノを、デイデイは人間の鉱夫を何人も束にしたような怪力でねじ伏せた。そこにヒョルモーが器用に荒縄を巻きつけ、ポッチーノの手足を縛り上げてしまった。

 いくらポッチーノが俊足の持ち主でも、完全に手足の動きを封じられては、もう蛇のように胴をくねらすことしかできない。

「やめて! 誰か、助けてぇッ!」

 と悲鳴をあげた。

「キシシシッ。無駄無駄、助けを呼んだって、誰も来るわけないじゃん」

 リリッキーが、先の裂けた舌をちらつかせながら笑う。

「“誰も来ないところ”だからこそ、おまえはここに住んでるんしょ?」

 まさに図星で、ポッチーノは何も言い返せなかった。一時は食い逃げとして生きていたのだから、人目につかないところに家を構えていたのである。

 そこに、

「まあ、これでも吸って落ち着きやがれよ」

 と、ヒョルモーが煙草のシケモクを吸わせようとしてくる。

 その匂いに鼻をつかれ、ポッチーノはむせかえった。鋭い嗅覚を持つ彼女にとって、煙草の煙は刺激が強すぎるのだ。

「けほっ、こほっ、やめてよぉ」

「タバコが嫌なら、美味ぁい肉もあるぞぉ」

 とデイデイが差し出した物を見て、ポッチーノはぎょっとした。犬の前足のあぶり焼きだったのだ。

 犬性の獣人であるポッチーノは当然、犬を食べることに本能的な抵抗がある。

「やだよ! 共食いなんかしないよ!」

 もうポッチーノは泣き出す寸前だった。できることならすぐにでも逃げ出したかったが、手足を縛られていてはそうもいかない。

 すると、今まで傍観していたリリッキーがやってきて、ポッチーノの顎をつかみ、くいっと持ち上げた。

「このパーティーはアタシの驕りだ。思いっきり楽しんでよ」

 ああ、まさにそれは蛙を見る蛇の目つきだった。

 そのときポッチーノは初めて、今までリリッキーが見せていたのは営業用の対応に過ぎなかったことを思い知らされた。

 仲間をそろえて標的の自宅で待ち伏せする狡猾さと、その標的が嫌がることを嬉々として突いてくる残忍さ。まさに、世間で言われている蛇人の悪評そのものだ!

「もうやめて! ボクをいじめないでッ!」

 哀れな負け犬の悲鳴が廃鉱に木霊した……。

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