夏の始まり。
朝5時過ぎ。日が上がってきたころ俺たちは起床した。
今日は伊那大鹿野球部、この夏の初陣である。
伊那大鹿野球部は近年部員不足により夏の大会はなんと8年ぶりの単独出場。
今の3年生も主将と副主将が1年だった時に連合チームで出場したのみ。
前泊に先立ち数日前に背番号発表が行われた。
助っ人7人と3年生2人と1年生4人で始まったこの夏のチーム。
助っ人が2人口論になり辞退。更に、コンピュータ部の助っ人が全国大会出場により辞退で3人減り10人のチームとなった。
1番はなんと大岩。練習試合や日々の練習を通して打たせて取るピッチングを習得し1年生ながらエースに選出された。
2番は副主将井上さん。安定したリードで大岩や佐藤主将のピッチングを支える。
3番はなんと山本健太。先日の練習試合からファーストに意欲を見せメキメキと上達し捕球ミスも少なくなっている。憎めない。
4番は陸上部短距離の上島さん。5月の総体で負けてしまってからは沼田さんを野球では追い越そうと猛練習に励んでいる。その成果からかセカンドへ抜擢。
5番は陸上部砲丸投げの沼田さん。先日の総体で惜しい所まで行ったが上の大会へは進めず。野球へ情熱を燃やしている。
6番は主将佐藤さん。守備の要とリリーフを兼ねる。1番を譲ってしまったが、満足気のようだ。
7番は卓球部の山本孝之さん。練習試合にも参加し、3か月でかなり成長した。
8番は手稲。センターライン最後の砦。
9番はサッカー部の畝傍さん。足の速さを生かして外野へ。打撃は苦手だが走塁と守備がなかなか上手い。
10番は俺だ。ランナーコーチや伝令役を主に担当することになる。
記録員は、一年生マネージャーの並木さんだ。俺より運動が出来る。
7時前に球場入りをした。
試合前のシートノックを見る限り早朝とは思えない体の動きで期待できそうだ。
対する相手はまだ眠さが残っているようで序盤がこの試合のカギとなりそうだ。
そして8時。一塁側に伊那大鹿の10人が、三塁側に戸狩野沢の20人が整列し試合が始まった。
先攻は戸狩野沢。部員が21名のようで、唯一ベンチ外の選手と記録員ではないマネージャーが中心で応援が始まった。
サイレンが鳴って一球目。一番打者が初球を果敢に打ってくるがここはセカンドゴロ。
その後5球で三者凡退。
1回裏、伊那大鹿の攻撃が始まる。
一塁側スタンドにはほぼ誰もいない。しかしこの試合の次にある強豪校の試合を偵察に来た総合技術の選手が何人か応援に駆けつけてくれた。総合技術の方には頭が上がらない。
総合技術の選手3人が中心となり周りの野次馬も併せて5人が応援してくれている。
1番はセカンド上島さん。足が速いだけで打撃はイマイチだったが特訓を積みボールとストライクの見極めが非常に上手になり、なおかつ審判の癖もすぐ見抜けるようになった。
鍛えた選球眼を生かしフォアボール。
2番はセンター手稲。影が薄いが小技が利く巧打者で伊那大鹿ではかなりの強打者でもある。
甘く入った初球を叩きツーベース。その間に上島さんが生還し1点先制。
その後3番キャッチャー井上さん、4番ピッチャー佐藤さん、5番サード沼田さんが3連続フォアボールを選び手稲が生還。2点目を入れる。
そして6番大岩へ。追い込まれた後粘ってこの打席7球目、三塁線を破る当たりでランナーが生還。打球処理にもたつく間に大岩も一気にホームへ。少し人が増えた一塁側スタンドは一気に沸いた。
その後も7番畝傍さん、8番山本健太がフォアボールで出塁。9番山本孝之さんがバントを決めて1番へ。
上島さんがセーフティスクイズ。相手の守備連携ミスもあり上島さんは3塁まで到達し8点目を入れる。
手稲がまた初球を叩きあわやホームランという当たりだったが後退していた外野に取られた。油断していて飛び出ていた上島さんも三塁アウトでこの回の攻撃を終えた。
その後悪い流れは断ち切れず1回の3者凡退はどこへやら、ちょっと乱調気味になってきた。
2者連続フォアボールの後ゲッツー崩れで1死1,3塁。スクイズがフィルダースチョイスになり1死1,2塁となり1点を失う。その後2連続ヒットと犠牲フライでさらに2点を失った。
2回裏、クリーンナップが連打で2点を挙げると大岩が2打席連続のランニングホームラン。ここで相手は投手を変えるが、変わり際を突いた下位打線が連打連打で打者一巡この回も8得点の猛攻となった。
しかし、3回表にまた捕まった。全力プレーで体力を消費している大岩をまだ諦めていない戸狩野沢の選手が捉える。この回6点取られてしまう。
3回裏、下位打線から始まった攻撃は3塁までランナーを進めるも無得点で序盤を16-9で折り返す。
4回表、大岩がサードに回り、沼田さんがピッチャーへ。
これまで軟投派だった大岩から速球派に変わったことで相手の流れを断ち切ることに成功。
4回裏、先頭の手稲が柵越えのホームランでこの回の攻撃を始めると連打が止まらずノーアウトでまた手稲へ。
ここでスタンドを見渡すと少なかった観客が増えており、一塁側には見知ったクラスメイト達も応援に駆けつけており初回と比べ随分と大きな声援となっていた。
この回2打席目の手稲は調子に乗ることなくセンター前ヒットでさらに追加点。
その後も連打が続き8番山本健太がデットボールを受けてしまう。本人は問題ないと言うが当たり所が膝だったのでやむを得ずに交代。代走で1塁に俺が入った。
山本孝之さんが浅い外野フライを打ちここで3塁ランナーだった大岩がタッチアップを敢行。結果はセーフでさらに追加点。上島さんのゴロの間にさらに1点。
2アウト3塁で手稲のところ、顧問からサインは出ていない。しかし手稲からあるハンドサインを受けた。
正気か?と疑いつつそのサインの体勢に入った。
1ストライクで迎えた2球目、相手が投げたと同時に三塁ベースを蹴った。それを見た手稲は大きく空振り。そして予想通りキャッチャーはボールを取れずに俺はホームに生還でさらに追加点をもぎ取った。
その後手稲がヒットを打つが井上副主将が倒れた。しかし、この回打者二巡の17得点を挙げて33-9。
山本健太が下がったことで俺がライトへ回り、畝傍さんはセンター、手稲がピッチャー、沼田さんがショート、佐藤主将がファーストに大きく守備を変更した。
そして、伊那大鹿の大きな夏の一勝に向けて5回表の守備に就いた。