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美しい月

作者: 南野 宰

その日東京は雨だった。


雨と言っても傘のいらない雨。車のワイパーさえも動かない程度の雨に都会の住人はこれでもか、と傘をさす。

人混みの上に傘の屋根が出来ている。

ビルの七階から眺める東京はゴミゴミしていて美しくない。

窓が霧がかったように濡れていた。ふぅっとついたため息が白い跡を窓ガラスにつけた。白く曇った窓の向こう、たくさんのビルの谷間から東京タワーが見えた。本当に333メートルもあるのかしら?決して小さい建物ではないのに、アタシにはお土産用の模型位の大きさにしか感じられなかった。


窓辺に居たせいか少し冷えてきたみたい。アタシはアニエスbのブランケットを羽織り、煙草に火を付けた。メンソールが微かに香る。煙を深く吸い込んだら少しむせた。


何をしているんだろう…

ビルの七階で、その一室で、窓辺に座りブランケットにくるまってタバコをふかしている。


窓に写ったベッドが微かに動いた。シーツが擦れる音が静かな部屋に響く。ベッドの主は寝返りを打つとこちらに顔を向けた。穏やかな寝顔。そう思ったら突然目が開いた。そして彼の声が聞こえた。「そこでなにしてるの?」


煙草。アタシはそう答えた。そして火を消し、ブランケットを羽織ったまま、彼のいるベッドに潜り込んだ。彼はまだ寝ぼけていて、アタシが潜り込んですぐに眠ってしまった。アタシを軽く抱きしめたまま。アタシは彼の腕の中で考えた。都内の一等地のビルのようなマンションの七階に一人で住む行きずりのこの男は毎晩違う女をこの部屋で抱いているのだろうか。何人もいる女の一人のアタシは暇潰し程度の存在だろう。けれど何度も抱かれる女は物好きだと思う。アタシはこの男のセックスは一回でお腹いっぱいだった。愛のないセックスはいくらテクニックが良くてもイチミリも感じない。このまま朝まで暖を取り、明日頃合いを見計らって家を出よう。玄関のドアを開けたら、もうこの男と会うことは無いだろう。そうしたらこの事実は虚偽になる。アタシは一晩だけこの男のモノだったけれど、明日からは元通り…昼は学生、夜は風俗嬢。二つの顔を使わなくてはいけない。たとえ、行きずりの男でも、アタシは甘えざるを得ない。この時、どちらの顔もない時が、アタシが唯一素顔になる時。

学生でも風俗嬢でもない自分を味わう為に、アタシはまた行きずりの男を探すだろう。



明け方、朝日の登る前。アタシは月をみた。雲と雨に隠され、太陽に押し出されるようなうすっぺらい月。


それでもその月は美しかった。光り輝く太陽に押し出されようとしても、なくならない存在感。アタシは窓を開け、ベランダへ出て、煙草に火を付ける。朝日が眩しかった。

消えてゆく月がとても愛しい。

朝日が登ると同じ時間、アタシはそのビルの七階から一階までを移動していた。オートロックのエントランスを抜けると、もう戻れない。

アタシは太陽に押し出されるように現実に戻った。あの美しい月と同じ様に。


短編小説と言えない位短い作品です。貴重な時間を割いて読んで頂きありがとうございます。

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